第127話 挿話4
「あなたたちを受け入れることはできないわ」
開口一番の否定。
それはもしかしたら、僕たちがこの旅に出て初めて受ける明確な拒絶かもしれなかった。
「なぜですか! ここには病に苦しむ方がいるのでしょう。私たちには治療の心得もあります。お金をとったりするつもりもありません」
珍しく声を荒げるマリオン。
医療行為を行うならなんらかの対価は受け取った方が良いとは思うけれど、それを吊り上げるつもりは確かにない。
「お金で治るのなら惜しむつもりはないわ。問題はそこじゃないの」
はっきりとした言葉。
王都にいてもおかしくないような上等な衣装。どこか旅慣れた雰囲気。今はそんなちぐはぐな見た目を一目でわかる疲れが覆っている。
奇病の調査と治療にここを訪れた僕たちの前に現れた、アデリーナと名乗る女性。彼女はこの集落で治療の責任者をしているのだという。そして、助力を申し出た僕たちにかけられたのが最初の言葉だった。
「怪しいと思われても仕方がありません。しかし僕たちの身元を証明する物もちゃんとあります。せめてそちらを確認してもらってからでも……」
都市国家群の物ではあるけど、各首長が僕たちを支援しているという覚書がある。
王国の領土内であるここで政治的な力までは期待できないけど、多少は信用してもらえるはずだ。
「あなたたちのことは知ってる。聖騎士と聖女を連れた勇者様。こんな田舎でだってその気になれば情報は集まるのよ」
そう思っていた僕らの予想はすぐに打ち砕かれることになった。
世の中には伝説だとか権威だとか、そういったものを忌避する人はいてもおかしくない。その考えはそれなりに理解できる。だから、
「勇者を名乗る人間が信用できないというのなら、僕は集落に立ち入ったりしません。せめて他のみんなに治療行為の手伝いをさせてもらえませんか」
そう伝えることにした。その間にこの地域で他にできることもあるだろう。
実のところ、僕自身は勇者という立場にあまり強いこだわりはない。
成り行きな部分も確かにあった。
この仕事を全うすればマリオン達を助けられるからやっているにすぎないのだ。立場がみんなの邪魔になるというのなら、別行動するくらいのことはなんでもない。
「ルイズ、ユークスと一緒にマリオンのことを頼む。レッダさんは悪いんですが僕に付き合ってもらえませんか」
ちょっと気になることがあるのでそのあたりのことを手伝ってもらおう。
そう思っていたのだが。
「だめよ、認められない。勇者、聖女も聖騎士も……、治療責任者として中に入ることを許可できない。それが答え」
少し引っかかる言い回しだったが、拒絶されているという点は一貫して変わらなかった。
「なぜですか、せめて理由を」
なおも食い下がろうとするマリオンをレッダさんが制するように前に出た。
「突然やってきて失礼した。また日を改めることにするよ。ただ、覚えておいて欲しい。俺たちは何か助けになれないかと思ってここに来ている。嘘じゃない」
今日、この場ではどうにもならないと判断したらしい。
僕らは拒絶されており、理由を今ここで知ることはできない。
その事実が確認できたのならちょっとだけだけど前進はしている。そう考えるべきだ。
事実、レッダさんの言葉を聞いてアデリーナさんは少し落ち着いたようだ。
「……気持ちだけではだめ。何かしたいと思っても、それに相応しい場所や時があるわ。あなたたちはそれが違っただけよ……」
それでも考えが変わるには至らない。でも助言はもらえた。
これが僕たちの今後の行動を決める助けになれば良いと、そう思う。
集落に入れてもらえなかった僕たちは少し距離をあけて野営をすることにした。
もう日も傾き始めており、近隣の街まで戻るには少し遅いからだ。
「何が、いけないのでしょうか……。どうすれば……」
それにマリオンはまだ諦めていない。
何もわからないままこの地を離れるなんて考えてもいない。
この奇病問題の解決について、彼女は並々ならない決意を持って臨(のぞ)んでいる。
ここまでの調査でも、これまで以上に熱心に、ともすれば体調を崩しかねないほどに真剣にやってきた。
それが今気負いとなって重くのしかかっている。そう感じる。
「マリオン。人が目的を持って動こうとするのなら、必ず他の誰かが壁になるものだよ。それを気に病んではいけない」
ユークスの家族としての言葉。それは正しいものだとは思うけど、今の彼女には届かない。
「それは、わかっています、そういうものだと。でも実際にそこに苦しんでいる人がいるのですよ。みんなそれはわかっているはずなのに……」
「人が人を避ける時には必ず理由がある。本人がそれに気づいているかどうかは別としてな。そこで俺たちには二つ選択肢ができたわけだ。その理由を考えるか、解決方法を考えるか」
その中に諦めるという言葉はない。
レッダさんはマリオンの気持ちを蔑ろにするつもりはないと言っているのだ。
「……その二つは異なるのですか?」
それがわかるから、マリオンは俯いていた顔を少しだけ上げる。
「ああ、たまには同じことだが大概は全然違う。今回は病気が問題なんだろう。この治療法がわかるなら俺たちが村に入る必要なんてない。アデリーナっていったかな。あの女性が言っていることはどうも奇病とは別の問題のようだから」
それが容易かどうかはともかく、事実ではあるかもしれない。
「……私は……、私は両方ともなんとかしたい。我儘だと言われても理由もわからずに拒絶されるままでいたくないです」
しばし沈黙した後にマリオンは答えを出した。
「大丈夫。人を助け、人を理解する。それは女神の教えに背くことではないよ。それは正道の我儘だ」
ユークスが柔らかに微笑みながら妹の背中を押す。黙って何か考えている様子のマリオン。
「じゃあ決まりだ。レッダさん、僕たちは両方選ぶことにするよ。欲張りに我儘なのが、どうやら僕らのやり方みたいだ」
「そうなんだろうな。薄々そんな気はしていたよ」
ニヤリと笑ってレッダさんが続ける。
「我儘ついでに一つお願いがある。俺のことをさん付けで呼ぶの、やめてくれないか。なんだか仲間扱いされてない感じがして寂しいんだ」
この中で一番の年長者の、少し子どもっぽい発言。
それに緊張した面持ちだったマリオンが相好を崩す。
「じゃあ、お姫様の笑顔を呼び覚ましてくれたことに免じて、レッダ。これからも色々お願い」
「任されよう。これでも人の間を取り持つのは得意なんだ。ラブレターを運んだことだってある」
頼もしい言葉で答えてくれた。
まだ、問題は何も解決してはいないけど、なんとかなるんじゃないかと不思議とそう思えてくる。
仲間と何かをするっていうのはそういうことなんだ。
「カイル様」
それまで黙って僕たちのやりとりを見ていたルイズが声を上げた。
「どうしたの?」
「先ほどの方との交渉。私に任せてもらえませんか?」
ルイズが何かを主張する時は、いつも理由がある。
今回はそれが問題解決の糸口になるかもしれないと、そう思った。
だから希望通りアデリーナさん達のことはルイズに考えてもらうことにする。
僕らはその間、病気の調査の方をやることになった。
今回の奇病、地図で見ると発生の中心に近く最も被害が多いのはルイズに向かってもらうあの集落だけど、他の地域でもそれらしい症状を訴える人達はいる。
そちらの治療支援をしながら病原や発生経路を調べるのだ。
少しだけマリオンがここを離れることに難色を示したけど、困っている人はここだけにいるわけではない。
だから自分が何かできる可能性のある行動に移るという考え方で納得してくれた。
ルイズとの連絡についてはレッダが請け負ってくれる。
「後はどこで治療と調査を行うか、だな」
ユークスの尤もな疑問。
「それについてはエルンの街がいいんじゃないかと思う」
「エルン? ウレア川水系からは外れることになるけれど……」
今回の奇病には名前がまだない。
ただ、痛みや体力の低下を伴う症状から鉱毒によるものではないかと、まことしやかに噂されている。
この地域では百年ほど前、鉱山開発の活発化に伴って水に毒が混じる鉱毒の害が出た歴史があり、地域の住民はその症状に過敏に反応を示した。
まだ病状の確認される地域が限られているため暴発こそしていないが、ともすれば内紛の原因になるような危険な火種なのだ。
ここからは僕らが立場を活かして調べた話になる。
当然この地域を納める領主は即座に各鉱山の調査を行った。
かつて酷い公害を引き起こした各鉱脈は今でも開発が続けられている。
しかし、鉱毒については長い年月の中で様々な対処が行われている。
例えば、排水系を厳密に分け、魔術師を常駐させて高価な魔術具で水の浄化を行う。
そういった処置を考えれば奇病の原因になるはずはないのだ。結果、そうやって構築された処理は問題なく続けられていることがわかった。
また、病気を訴える地域が必ずしも鉱山から流れる川の支流に含まれないこともあり、調査結果として正式に無関係であると発表されている。
しかし、現実として病気に苦しむ人々はいる。
領主や国に対する不信が募り始めているのが現状だった。
ウレア川は鉱山の一つに源流を持つこの辺り一帯を流れる河川だ。
生活用水、農業用水、工業用水、そのすべてに深く関わっているため今回の病気の原因がここにあるのではないかと考えられているのだが。
「先に、河川と病気が本当に関係あるのか調べておきたいんだ」
前述の通り、調査結果の中には鉱山との関係が見えない地域での病状が少数だが確認されている。
そういった地域を地図に並べてみると、ウレア川沿いというよりも、ある一点を中心に同心円状に被害があるようにも見える。
「しかし、エルンで病気が発生したという情報はまだないんじゃないか」
「うん、今のところは。でも苦しんでいる人がみんな声をあげられるわけじゃないよ。この病気のこと、みんな鉱害が原因だと信じ始めてる。だからもし苦しいって言っていたとしても、原因の同じ奇病だって信じてもらえていないかもしれない」
そういった点ではエルンは河川と病気のつながりを調べるのに適した立地なのだ。
「そんな人がいたら、誰かに寄り添って欲しいはず。もし、病気が確認できなければ、それはそれで良いことだから」
わかることが一つ増える。
その間にルイズがうまく集落の問題点を見つけて来てくれるかもしれないし。
「できることをやってみよう」
まずは手の届く所から、だ。
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