第126話 風の砂漠

 ギタンに戻った俺たちは手早く今回の成果を伝えた。

 これまで失敗を繰り返してきた彼らは、俺の話を聞いても半信半疑だったと思う。

 それでも複数の作戦を立てていることが功を奏したのか、ギース氏からも許可をもらうことができた。

 どうしても向こう側へ行きたい壁があるとき、いくつも梯子を用意されたら誰だって試して見たくなるものだろう。


 そうとなれば話は早い。

 嘆きの峡谷までの道のりはすでに通ったことのある人間がいる。準備が必要なものは分かっていた。

 最も難航したのは危険な場所に赴く人員の選別だったが、それについても途中まで荷物運びを行う人間を別途雇うことでやりくりして乗り切った。

 フヨウやメイリアが同行するという話には疑問の声があがったが、それは彼女たちの手によって黙らされることになった。

 具体的には、旅の途中でやったのと同じ。腕相撲で男性陣と勝負をして一定の成果を出して見せたのだ。日頃から循環訓練を行っている二人は本気になれば本来の数倍の力を使うことができる。

 それをいかんなく発揮して自らの強さを示して見せた。それでも、場の空気を読むことに長けた二人は全力を出していない。

 決して弱くないということを見せつけた後は力自慢に勝利を譲って彼らを立てることもちゃんとしていた。要は男たちの中で筋力に遜色がないという点をわかってもらえればいいのだ。

 だいたい、力が強ければ難題を乗り越えられるかというとそういうわけでもない。

 だが、船乗りにとって力比べというものはどこか神聖なところがあって、それによって評価されることは彼女たちがみんなに認められる上で大切なことだ。

 窮地に背中を任せる相手とは、なによりもまず信頼関係を構築する必要がある。


 ちなみにこの同行、フヨウについては難題突破作戦で力を借りたいので必須だったのだがメイリアは実は残るのもありだと思っていた。ギタンに一人残すのはかわいそうとはいっても、身の安全には変えられない。

 アバスさんのように頼れそうな人もいたので任せることもできたのだが。


「え? 何言ってるんですか。一緒に行きますよ。ここまで船旅に付き合っておいて今更安全もないでしょう」


 と簡単に断られてしまった。


「お忘れかもしれませんが、私は誰かさんに押し付けられた導師の修行がありますからね。ここらで外国の『天を司る神殿』で教えを請うのも良いかなって思うんですよね。託宣からこのかた、王国の教会関係の人がちょっと面倒ですし、イセリア教以外の権威におもねっておくのも悪くないかなって」


 各方面に不遜な発言である。とはいえ彼女には彼女の立場があるので、こういったバランスをとっておくことは中長期的に見て必要なことなのだろう。

 ただし、王女様をなんというか、サバイバル方面に経験豊富にしてしまうことには一定の不安があるのだが。

 なんにせよフヨウだってギース氏だって危険な目にあわせたいとは微塵も思っていない。

 立場は関係なく無事でなければいけない。

 だから綿密に作戦を立てたのだ。最悪、撤退することになっても被害が出る前にはみんなの安全を守る方針ではあった。


 こうして、エンセッタへと向かうメンバーは決まった。

 作戦も立て、旅の準備も終わった。やるべきことを一つずつこなし、後は計画を実行に移すのみだ。





 時刻は夜明け前。

 キャラバンを組んだ俺たちは静かに荒野を南下する。

 気温はそれなりに低いが、これから日が昇るにつれて極端な速さで上昇していくことだろう。その前に目的の野営地へ着く必要がある。

 集団の人数は十五人。半分ほどはサンドワームの多発地帯に着く前の街道の交差点まで荷物を運ぶ役目を負ったポーターだ。

 彼らが消耗品の移動を請け負ってくれるお陰で俺たちは体力を温存しながら難題のある地点まで向かうことができる。この人数に加えて旅の仲間として四体の巨大な生き物が随行していた。この地方ではサウラと呼ばれている。

 見た目の描写は少し難しいのだが、とげとげしていない手足の長いトリケラトプスというのが比較的想像しやすいだろうか。

 背中には特徴的なこぶが三つほど並んでおり、その隙間に両側から掛けるように物資やキャンプ用具が積み込まれていた。

 いわゆる馬の代わりだ。

 砂地を行く今回の旅では馬車のようなものは使い勝手が悪く、急がない旅ではわりとポピュラーな動物らしい。

 爬虫類的な見た目をしているものの、北大陸で言うところの竜種とは異なり非常に温厚だ。

 実際に竜の仲間なのかはわからない。移動速度は見た目通り鈍足だが、運搬能力の高さが売り。馬と異なる点として、頻繁な飲料水の供給が必要ないらしく、その点がこの地域の特性に合っているようだ。

 この地域の旅では、限られた地点以外では野盗や大型の魔物の襲撃は少ない。というのも彼らだって生き物なので来るか来ないかわからないような獲物を炎天下の砂漠で待つことはできないからだ。

 一方で暑熱、砂嵐、毒を持ったサソリのような一部の生き物には注意が必要だった。必然、キャンプ道具もそういった危険に対応したものになる。

 風通しが良く日光を通さないぶ厚い天幕、砂地でも効率良くハンモックを張れる機材、小動物の進入を防ぐ蚊帳等がそれだ。

 そんな中でも特別目立つのがサウラが鎧の様に纏っている風防だった。

 この風防、名前の通り風を防ぐためにある。砂を含んだ風は完全に凶器なので身を守るための必須品だ。特に今回は特殊な嵐が観測されているために入念に準備した。

 これは荷物の一番外側に配置され、普段は中身を守っている。金具を外せばすぐに着脱できるようになっており、風が強くなれば、サウラの巨体を重しに展開してその内側にみんなで隠れるという算段だ。

 樹脂やFRPで強化することも考えたが、温度耐性や摩擦に対する強度を鑑みて一般に使用される皮革製の物をそのまま使っている。


 旅はゆっくりと進む。急ぐ気持ちもないではないが、サウラ律速の俺たちにはできることもない。

 日中は暑熱を避けるために日陰を作って休んでいるし、夜間も無理をして移動はしない。星のあかりだけが頼りでは道標のない荒野で街道を外れる可能性があるからだ。


「最初の旅の時、荷物持ちが教えてくれた話がある。目立つ場所にある骨は正しい道。物陰にある骨は間違った道だそうだ。念のため覚えておけ」


 ギース氏が教えてくれた言葉によると、この国では旅の途中で死んだ場合、人、動物を問わずそのまま置いておくのが普通なのだそうだ。どういった理由なのかはわからない。だが、そのため、主要な街道には骨が落ちていることが多い。

 一方で道に迷って死んだものは日射を避けて物陰に行きたがる。それで遭難者の骨が隠されたような形になると。

 必ずしも正確な情報ではないだろうが、多少は理にかなっている。こういった知識が生死を分けることもあるかもしれない。覚えておこう。


 最初は川沿いを進み、途中からはオアシスと呼べる集落を数珠繋ぎにする様にたどっていく。

 時に迂回をすることもあるのだが、ショートカットの成功率は低いらしいのでこのあたりは経験者に従うしかないだろう。


 エンセッタに向かうにつれて風が強くなっていくのを感じる。

 ギタンに近かったころは海風と陸風が毎日決まった時間に吹いていた。それが拮抗する時間帯は凪となって落ち着くのが普通だったのだが、今は昼夜を問わず風の吹かない時間はない。

 何度か身動きがとれないような砂嵐もあった。

 砂漠の民の知恵というものは確かなものでサウラを重しにした風防はこれを乗り切るためには必須だ。配置を一つ間違えれば翌朝には砂に覆われて何も残らないということもあり得たかもしれない。ターバンにせよ袖や裾を絞った服装にせよちゃんと理由があってこんな形をしているんだな。


 昼夜長袖でいることは暑いのではないかと思ったのだが、案外そうでもない。

 乾燥して風が吹いていることもあり日中でも暑いのは暑いがそれなりに耐えられる程度だ。むしろ日差しに当たり続けると、すぐに肌が熱を持ってもっとまずいことになる。

 内陸部に入り、夜間の温度が下がるようになったので、そちらはそちらで長袖が必須という状況だった。

 想定外だったこととして、フヨウのことがある。

 彼女の耳は知っての通り特徴的で大きな愛らしいものだ。

 これが砂嵐との相性が悪かった。一応ターバンを巻いてはいるのだがどこかから砂は入るらしく、砂を含んだ風が吹くと不愉快そうである。

 休憩時間中はメイリアに手伝ってもらって耳掃除をするのが日課になってしまった。

 俺は俺で、なけなしの魔力を使ってメントールを主体として薬液を作って渡したりしていた。

 要は耳掃除の後に塗ってちょっとすっきりさせる薬だ。最初は匂いと刺激が強すぎると言われたのだが、濃度を調整することで次第に使ってくれるようになってきている。


 こういった日常の面倒こそあったものの大きな問題は起きず、最後の分岐路となるオアシスに到着することになった。

 ここからは四体いたサウラは二体になり、メンバーも半数以下の七名になる。

 無論、俺たち三人とギース氏、そして彼の部下三名だ。残りのポーターたちは内陸の村落を周って運送の仕事を続ける。

 物資の大半は俺たちのサウラに持たせることになっている。

 ここで別れる方は空荷ということになってしまうが、今後のことを考えるとこれだけは譲れない。スキュラたちの課題を乗り越えられたとしても、唯一の道が閉ざされてしまったエンセッタに十分な食料がある可能性は少ない。物があって困ることはないはずだ。


 このオアシスはまだ人の行き来がある地域だが、すでにサンドワームとの遭遇が何度かあった。明らかに頻度が高い。また、もう一つ大きな問題が発生していた。


「……先輩、なんだかどんどんあたりの魔力が減って行っていませんか?」


 そうなのだ。この大陸に着いて以降、顕著だったマナの希薄さはここに来てまた一段と目立つようになっていた。

 既に魔杖を使わないと、水分回収すら覚束なくなりはじめている。


「減ってるな。これからはこの杖、預けておくからちゃんと使えるように練習しておいてくれ」


「先輩が持っておかなくていいんですか」


「俺は前衛をやることになるだろ。ここからは剣を握ってることも多くなるからお前が持ってる方が良い」


 ありがたいことにマナ感知とオド循環、俺たちの二大魔術はこんな環境でも仕事をしてくれる。


「……わかりました」


 何か言いたそうな顔をしていたが、結局杖を受け取る。

 

 もしかしたら……、希薄なマナはこの大陸の特性とは限らないのかもしれない。

 こんな環境ではフルーゼだって魔術を行使することはできないはずだ。しかし、そんなことを手紙には書いていなかった。

 砂嵐、巨大な魔物、そういった今回の異常の一つとして、マナの枯渇があるのかもしれない。もし、そういった要素が横でつながりを見せるとすれば想像もつかないような危険な事態になっている可能性もある。


 それでも、今ここで道を引き返すという選択肢がない以上、やりかたを考えていかなければいけないのだ。

 考えることをやめないかぎりまだ手段は無数にあるのだから。

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