第125話 検証(下)
「この先を進んだあたりのはずです」
メイリアの指示に従って目的の場所を目指す。目的は――、
「あれ……、か?」
岩陰に転がる巨大な貝殻のような物体。それに慎重に近づいて行く。
俺たちがやってきたのは、人里からそうはなれていない『かつて』サンドワームの巣があった場所だった。
例によってこいつらは害獣なので数が増えれば山狩りのような討伐が行われる。その一環で潰されたうちの一つ。
ここにはスキュラも『いた』らしいという話があった。
今回の課題の一つである巨大スキュラ。
その元の生物がどんな生き物なのか調べておきたかった。
しかし、こちらが思いのほか難航したのだ。運がよければサンドワームの調査中に発見できるのではないかと期待していたのだが空振りに終わった。
そこで、フヨウとメイリアにはアバスさんと一緒に別行動をしてもらい、討伐した人たちから目撃情報を集めてもらっていた、とそういうわけである。
スキュラ自体は人間の活動圏内にいなければあまり被害の出る魔物ではない。
なにせほとんど自力で移動できないのだから。それでも発見されれば殺されるのが通例だ。
無情なものだが一応理由がある。彼らはサンドワームの糞や食べ残しを餌として生きている。その一方でワームの巣や幼体を守って快適な住環境を提供しているのだ。
当然こいつらを生き残らせているとまたサンドワームが集まってくる可能性もあるので潰さざるをえない。
固い殻を持つ生き物なのだが工芸品等への応用には向かないらしく、その遺骸は打ち捨てられるばかりだ。
そんなものでも、まったく参考がない状態よりはマシということで調べているわけだ。
「まぁ、死んでいるよな……」
大きさは俺の腰くらいまでよりちょっと大きいので、生きていればそれなりに迫力がありそうだ。しかし、今はマナ感知にも反応はないし、そもそも生気が感じられない。
砂浜に転がる貝殻の様に、ただそこにあるだけのそれを剣で裏返す。
本来はなんらかの方法で地面をつかんでいるはずだが、そんな感じもなく簡単にころりと裏返った。
その裏面は、無理に形容するなら足の無いカニのような感じだろうか。
表面とは異なった象牙色でちょっとつるっとしている。境目あたりに冶具を入れて解体を試みてみたが……。
「あっ」
ぼそっと割れて崩れてしまった。
「中もこれは……」
干からびてしまったのか、このあたりの小動物や昆虫が食べてしまったのか内側もスカスカだった。
これだとあんまりわかることもないかな。そう思いながら解剖を続ける。合間に成分分析なんかもはさみながら体の構造を調べていく。
んー、この殻、カニや昆虫の様にキチン質が主体なのかと思ったのだが、そうではなさそうだ。
代わりにカルシウム、リン酸カルシウムが多い。つまり、見た目から想像されるような外骨格生物ではないっぽいということになる。
そんなことを考えながら内側を見ると、それを裏付けるように動物らしい骨のようなものが確認できた。もしかして脊椎動物のお仲間なのかもしれない。
カニや昆虫よりアルマジロや亀よりの生き物なのか。
「そんなに死骸をバラバラにするの、楽しいですか……?」
集中していたせいか、メイリアが変なものでも食べたような顔でこっちを見ている。
「興味深いぞ。こいつ、こんななりをしているくせしてわりと俺たちと近い生物なんだよ」
「そんなことを興奮した面持ちで伝えられましても……。先輩は実験とか研究とか、どこでもできるんですねぇ……」
まぁ、事実だとは思うがなんだか納得いかない。
「それで、何かわかりそうか?」
「ああ、さすがにこれだけで有効な方法がわかるわけじゃないが、いくつか仮説は立てられる」
戦い方を考えるとき、その生き物がどういう分類にあるかは結構重要だ。
このファンタジーな世界には、俺の想像もできないような変な魔物もいるようなので、あくまで指針になる程度ではあるが。それでもわかることがあるなら知っておきたい。
「しかし、主要な戦いかたは触手による鞭打(べんだ)らしいんだけど、それらしい部位がないな」
ここに残っているのは甲羅や骨だけ。内臓なんかもなしだ。
「トカゲか何かが食っちまったのかもしれないな。このあたりの討伐からは結構時間がたっちまってるから、それが残ってただけでも運が良い方だと思うが」
ジョゼの言葉ももっともだ。
もしこいつがもっと普通の生き物だったなら、骨すら残っていたか怪しい。
それほど砂漠の環境は過酷だ。
「まあ、今日のうちに周れるところを周ってみよう。他にもわかることがあるかもしれない」
討伐中のスキュラ目撃情報はここだけではない。
「……アイン」
わずかに緊張を含んだフヨウの声。
「……ああ、わかってる」
「ん? どういうことだ」
状況を把握できていないジョゼの声。
今日三つ目の目撃現場。
岩がいくつか転がった砂場。その物陰に一つの反応がある。
これはもしかしたら当たりかもしれない。
「そこの物陰、何かいる。もしかしたらスキュラかも」
「なに?」
都合よく近場に落ちていた小石を拾うと、ゆっくりと投げ入れる。
すると、それに反応するように何か紐状のものが飛び出てきた。それはかなりの速さで器用に小石をつかんで物陰に捉えていってしまった。当たりだ。
ここは、さっきの場所と同様にかつて討伐されたサンドワームの巣、の跡だ。
討伐漏れがあったのか、環境が良くて新たに住み着いたのか、ついに生きたスキュラにお目見えできそうだ。しかし自力で移動できないこいつらはどうやって生殖したり、生息域を広げているんだろう。興味は尽きない。
「それでどうするんですか?」
短く黙考していた俺が、またあまり急ぎでないことを思い浮かべていることに気が付いたのか小声でメイリアが問う。
「もちろん予定通りだ。どんなことに反応するか。どれくらいの射程か。わかる限りの情報を集める」
「その後は……」
「当然倒してから解剖するぞ。なんなら食べてみるか?」
「遠慮しておきます」
即答だった。
街道沿いにはあまりいない魔物なこともあって、こいつについては食料にするという話はない。毒なんかはないと思うのだが。
美食家の王女様も動いているところを見ると無理、か。
まあ、生態さえわかればいい。計画していた実験を始めたのだった。
「――こんなところだな」
考えうる限りの実験の後、次はこいつにとどめを刺すことになる。
色々と試しすぎたせいか、スキュラはぐったりしてしまい動きに生彩がない。
やろうと思えば今ならナイフ一本を甲殻の隙間に差し込んでも処置できそうだが……。
「普通は毒餌を使うんですよね」
この生物、今の基準ではたいして恐ろしいものでもないが、前世的に考えると結構怖い。全長一メートル近くあり体長の数倍ある触手を振り回してくるのだ。
うさぎくらいの生き物なら即死もありえる力で。
感覚的にはおおきなスズメバチの巣くらいは危険かもしれない。
必然、近寄らずに処置するのが良いのだが槍は届かないし矢は甲殻に弾かれる。
そこで使われるのがこれだ。
「ああ、水場の近くに生える花の種を使うらしいな」
この話をした時に俺も渡されてはいた。
成分を分析したがあまり変わったものは含まれておらず、それなりに高度な構造のアルカロイドなのだと思われる。
時間と設備があれば抽出を試みるのもありかもしれない。
この種を混ぜた肉を投げ入れるわけだ。
「ただ、結構時間がかかるらしいから今回は直接やることにする」
餌を与えて半日から一両日でほぼ動けなくなるらしい。
他にも、今回の俺たちの様に物を投げ続けて疲れさせるという方法もセオリーの一つではあるらしいので、謀らずしも今回はその手法を使うことになった。
「巨大スキュラ、毒餌が効かなかったっていう話は聞いたんですけど、今みたいに疲れさせるのも無理なんでしょうか」
エンセッタへの遠征は何度か失敗している。
そのうち、巨大スキュラの存在が確認された後は当然、毒を用いる手法も試したようだ。まわりにはサンドワームも数多くいたわけで決死の作戦だったのだと思われるが……。残念ながら失敗に終わった。
毒が効かなかったのか、餌の投与に失敗したのかは混戦のせいで確認がとれていない。
これは推測になるが、スキュラの巨体が理由ではないかと考えている。
多くの毒や薬は生体の体重でその効果に関係する容量が大きく変化する。
普通のスキュラに与えるよりは文字通りけた違いの毒を与えなければいけない。
その計算を間違えた可能性はある。
一方、疲労作戦の方は。
「難しいな……。相手をしなけりゃいけないのはスキュラだけじゃない。サンドワームがいるせいで、やつよりこっちが先にばてちまうのが目に見えてる」
ジョゼが苦々しい顔で言う。
経験者の言葉らしい重みのあるものだった。
ただし、逆を言えばその問題を解決できればなんとかなる可能性はある戦法だ。それが可能かどうかは今日の解剖の結果にかかっている。
やっと出会えた生きたスキュラ。お前の命は無駄にはしないからな。
そう語りかけながら両手を合わせてとどめを刺す。その知見が活かされる先を考えると、かなりサイコパスな行動になるのだがあまり考えないでおくことにした。
そして。
一枚岩の上で丁寧に解体されたスキュラ。お前のおかげで関門突破の見込みが立ったぞ。ありがとう。感謝の言葉を心中でとなえながら見下ろす。
「先輩、だからそうやって黙り込むと怖いんですって。フヨウさんもそう思うでしょう」
水を差す後輩の声。
「……まぁ、な。その格好だと表情は見えないし、飛び散った青い液体もあまり気分の良いものではないな。その上、嬉しそうな感情が伝わってくると逆に……」
周りに味方がいない。
恰好というのはこのマスクや眼鏡、帽子のことだろう。他にも全身を丁寧に覆っている。
よくわからない生態に触れるのだから衛生管理上やらないわけにはいかないのだが。
青い液体はスキュラの血液だな。多くの生物と異なり、鉄を主体としたヘモグロビンではなく銅を主体とした成分が流れていることでこの色になっているらしい。これが流れているということは恐らくこいつは俺たちと同じように呼吸をして代謝を行っている。
「今回の課題、なんとかなるかもしれないぞ」
そんなことを詳しく説明しても、もっと引かれるだけなのは自明なので、必要なことだけを端的に伝えることにした。
「こんなので、ですか?」
「こんなので、だ」
敵を知り己を知らば百戦危うからず、だ。
文字通り、敵の表も裏も知った俺達には今や無数の戦い方がある。
「なら、向かうのか、神殿に」
「ああ、峡谷の向こうの人達。まとめて助けるぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます