第124話 検証(上)
目の前の課題を乗り越える目途が立った。そう思う。
絶対に問題が解決するという段階にはないが、少なくとも試して見る価値はある。
ここまで、思いのほか時間がかかってしまった。
いや、思いのほかというのは俺が焦っているからというだけで、本当はこれくらいの時間がかかって然るべきことなのだが。
焦燥とともに、一体俺が何をやっていたのか。
それは目の前の血だらけの一枚岩とバラバラになった魔物、そして解体されたその部位が答えだった。
つまり、やつらの研究を行っていたのだ。
ギース氏との再会までの間。俺はずっとフルーゼが置かれている現状について酒場にいた船乗りたちから情報を集めていた。
エンセッタに行ったことがある者は少なく、土地柄や神殿の神秘性についてはあまりわからなかったが、今回はあまり重要ではない。問題はこの土地が孤立している三つの理由についてだった。
一つ目の砂嵐。
南大陸内陸部に広がる砂漠ではそれ自体は珍しい現象ではないそうだ。言葉から感じる印象はそう危険なものではないが、対処を誤れば容易に命を失う恐ろしい自然現象だそうである。
従来発生するものはあくまで一過性で長く続いても数日間。
早いものならものの半刻で過ぎ去るそうで、今回の旅路で待っている物とはその点が大きく異なる。ただ、観察によってわかったことだが、その嵐には強弱があって弱まったタイミングであれば移動も可能らしい。
決して軽視できるものではないが、砂漠の民の経験と知識を組み合わせることである程度解決できている問題と言っていい。
次が多発するサンドワームについて。
これも、その魔物自体はこの地域で珍しいものではない。
砂の中に潜み自在に移動する。生き物の少ない砂漠で昆虫を始め、生物はだいたいなんでも食べる生き物らしい。大型のものは人間を襲うこともあるので一般的に駆除対象となっている。
巣を形成し、集団で生息する生態が確認されている一方で、チームワークを活かした狩りを行ったりはしない。知能は低めの魔物のようだ。
エンセッタまでの道はこのサンドワームとの遭遇が例年を大きく超えて多発している。そして、その頻度が最も高いのが『嘆きの峡谷』と呼ばれる場所だった。
そう、もう一つの問題であるスキュラが陣取っているその場所だ。
つまり、三つの課題は一度に乗り越えなければならない。
サンドワームは前述の通り珍しい魔物ではない。
遭遇戦になるようなことはあっても極端に危険な毒などはなく、知識があれば戦えないことはない相手だそうだ。
問題は単純に数。シンプルで難解。よほどの準備を整えるか、条件がそろわない限り、数には数で対処する他ない。そしてギース氏は数をそろえることに失敗している。
なら、やるべきことは条件を揃える、準備する、の二つということになる。
一旦この問題は棚上げすることにする。
最後の難敵、スキュラ。こいつは異様な巨体と尋常で無い強固で甲羅のような皮膚を持つ。巨体ゆえに広大な範囲を攻撃できる触手を無数に持っており、推定半径で七、八十メートルは射程に入るらしい。これは隘路(あいろ)である『嘆きの峡谷』の幅を大きく超えてカバーしている。実質こいつをなんとかしなければその先には進めないわけだ。
攻守ともに隙のない危険な魔物だ。
だが、実は俺はこいつについてはなんとかなるのではないかと考えている。なぜなら自身で移動をしないという単純な弱点があるからだ。さっきの言い方でいえば、条件と準備の双方が揃えやすい。
こうして、ギース氏と会うまでの間に、どうやったらフルーゼのいる場所へと向かうことができるのか、やるべきことを整理はできていた。
だからこそのギース氏への言葉だ。実際には心が決まった、というだけで何も解決していないともいえるのだが……。
最悪、彼らの了承を得ずとも現地へ向かうことはできる。
だが、当然協力者は多い方が良いし、みんなで納得した上で向かいたいという気持ちが強かった。自分が苦境にあり、悩んでいてもなお、俺のことを心配してくれるギース氏のことを考えても。
三つの課題、その前に立ちはだかるこの人の説得。そのために強い言葉が必要だと思ったのだ。
「なら、まず俺を納得させてみろ」
難題に途方に暮れる彼の前に、美味そうなニンジンとしてぶら下げた「なんとかなるかもしれない」という言葉。
それでやっと条件付きの許可をもらった俺たちは、翌日、フィールドワークとして郊外へと向かった。案内人として酒場でたむろしていた何人かが付いてきてくれているので、特に迷うということもない。有志を募る受付なんてものにそんなに人数が必要なわけはなく、ただやることがなかった人たちだ。
可能性が低くとも、道がつながるのなら率先して手伝ってくれた。俺の言葉がニンジンになったのはギース氏だけではないということだ。
当のギース氏は活動費用を船舶の貸し出しによって捻出しており、その事務手続きで忙しく走り回っている。
船長ともなればやることが多いのだろう。
ここにいる男たちも手伝ってやれば、と思わないでもないのだが、彼らは船乗りとしての経験や力はあっても書類仕事はからっきしだそうで、そんな人間が受付をしなければいけない現状というのも悲しい。
「こういう風紋の中にねじれるような跡が残ってたら十中八九あいつらだ。ついさっきまでここにいたってことだから警戒を怠るな」
リーダー格のジョゼという男が言う。
「わかった」
とは言ったものの、実はもうどこにいるのかまで当たりがついている。
「みんな少し下がって……」
反応は地中右前方六メートル。自在に動けるといっても、さすがに砂の中だと動きが遅い。
こちらに近づいてくる途中にゆうゆうと踏み込むと、抜き放った剣を素早く砂の中に突き刺した。
「――――!」
鳴き声をあげる生態ではないのかぐぇ、とかぎょぇ、とかそんな音を目立たなくしたような声を絞りだしてサンドワームが絶命する。
うろたえることなく、こちらに近づいてくる他の個体を順番に処理していく。
「何がどうなってるんだ? やつらの居場所がわかるのか?」
もちろんわかる。単純にマナ感知で。
俺たちのいた大陸だったとすればこんなに簡単にはいかなかったかもしれない。
地中には地脈が通っており非常に強い魔力が絶えず満たされている。
そんな場所ではここまで簡単に魔物の反応を把握できたかは怪しい。
しかし、ここは地脈乏しい南大陸だ。皮肉な話だが、俺やメイリアから大きく力を奪うこの環境は、地下の魔力を感知する、という一点においてそれを非常にやりやすくしていた。周囲にいるやつらの存在が手に取るようにわかる。
「ああ、魔術を使用すれば相手の数と居場所はほぼ確実に把握できる。俺たち三人、みんなわかるからそれを伝える方法を決めておこう」
「……正直助かる。やつらは近づいてくるまで対処ができないだろう。旅の途中はずっと気を張ってなくちゃいけない。休憩一つでも岩場を探す必要があって難儀するんだ」
一つ目の有用性を示すことができたらしい。後は数に対処する方法だが。
「……それで、こいつらと戦った後はどうするんだ?」
「もちろん、観察する」
「観察?」
見せる方が早いので、とどめを刺したワームたちを掘り起こし、時間的に日陰になる岩場まで引きずっていく。
それぞれ体長は一、二メートルほど。中型の個体ということになるか。数が集まると結構重たい。
さて、検分だ。
体長から考えると口が大きい。
これがこいつらの主要な武器でもあるのだろう。他に話に聞いたところでは、自身よりも小柄なものに対しては締め付け攻撃もするらしい。
次に事前に金属で作っておいた冶具を使って口を開いてみる。
中には細かい歯と少し大きい歯が互い違いに円形に並んでいた。それが多重に層をつくっており、正直グロテスクだ。
「……なかなか衝撃的な形だな……」
となりでこちらを覗いていたジョゼが言った。
戦ったことはあっても口の中をマジマジと見たことはなかったらしい。
「こいつの頭は食えないから、最初に落として捨てちまうからな。こんな気味悪い構造だったんだな」
「食える? サンドワームを食べるんですか?」
「まあ、そういうこともある。他に食い物が手に入る街なんかじゃわざわざ口にすることはないけどな、砂漠だと数少ない現地で手に入る食べ物だ。食料を切り詰める必要があれば食う。正直あんまり美味いとは言えないが、毒はないぞ」
神殿へ向かうことになったら俺も口にすることになるのだろうか……。
何を食べて大きくなったかわからないような生き物なので正直気は進まない。しかしまあ、考えてみればいつも食べている魚だって同じか……。
気を取り直して構造の把握を続けることにした。
想像通り、目は見当たらないな。もしあっても退化しているのだろう。地中の移動にはあまり必要のない器官だ。
となると、周りを認識するために使っているのは多分……、耳と鼻、皮膚というところだろうか。
大穴で魔力感知という可能性もなくはない。嗅覚部位についてはそれらしき器官が確認できないが、おそらく昆虫的な見た目なので持っているのではないかと思う。聴覚部位については耳殻はないがそれらしいパーツを確認することができた。
他にも、食料とするためにワームをさばいたことのあるジョゼの指示に従って解剖をすすめることにする。
それでわかったのは、やっぱり砂漠の昆虫を食べているらしいということ。鳥の砂肝のように、砂利を内服して消化のために使っているらしいというような興味深い生態だった。ただし、これが今回の攻略に活用できるかどうかは別の話だが……。
一通りばらしたワームは一部を残して砂に埋める。次は生態実験だ。
過酷な砂漠の生き物らしくワームには共食いの習性がある。
食べられるものは全部食べる、というやつだ。これを利用して残った部位や持参した食材を餌にワームをおびき寄せ、いろいろと能力を確かめてみることにした。
結果、『聴覚、嗅覚共に活用している』、『特に嗅覚は精度が高い』、『マナ感知能力があるかどうかは不明』ということがわかった。言葉にするのは簡単だが、なかなか過酷な実験だった。そのうえやっていることは魔物の虐殺なので鬼畜の所業と言えなくもない。とはいえ獣害の原因にもなるのでこの行動をとがめる者もいなかった。
こうして砂漠の生き物の生態にちょっと強くなったところで今日はお開きということになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます