第123話 挿話3

 地竜を討伐して帰った僕たちは、最も危険にさらされていた集落、そこに一週間近く滞在することになった。あまり迷惑をかけたくはなかったけど、それ以上まともに動くことができなかったから。一番酷かったのが僕で二番目がルイズ。

 怪物と相対するというのはそういうことなのだ。

 その間、マリオンは付きっ切りで看病をしてくれた。なんだか申し訳ない気持ちになるのだけれど、彼女はそれが自分の仕事だからと頑なに譲ろうとしなかった。

 ちょっと思い詰めている部分があるようで、自分の体調よりはそっちの方が心配な日々だった。


 僕が臥せっている間に村の男衆が竜の死骸を確認に行って大騒ぎになるという一幕もあった。

 まだ逃げた魔物たちの動向もはっきりしていないのに、無理をしないで欲しいという気持ちはある。

 だけど、竜から採れる素材というものは高価なものばかりなので、それを森の奥深くに放置しておくことはできなかったみたいだ。

 念のため、レッダが先導して状況を確認してくれていたので、万が一ということもなく死骸の元にたどり着くことはできたみたいだけど、それからが大変だったらしい。

 不思議と存在感のない竜だったけど、近づいてみればさすがにその威容はわかる。

 山影に突然あらわれたかのような巨体に腰を抜かす者もいたそうだ。

 どう考えても丸のまま森から運び出されるような大きさではない。

 落ちた首だけでも、そこにいる男たちでは持ち帰ることができなかった。

 なんとか心を落ち着け、覚悟を決めて素材だけでも剥ぐことにしたはいいが、今度は鱗一枚外すことができない。

 結局途方にくれながら、ごく少数、戦闘の過程で地面に落ちたもの、僕が落とした首まわりのものをむりやりこそぎ取って帰って来たらしい。

 それだけでもナイフが二本ダメになったと言っていた。

 骨や牙の回収など望むべくもない。

 しかし、当面誰かが持って行ってしまうようなことができる大きさではないと理解できたことが良かったのか、集落の仲間も多少は納得できたみたいだった。


 一方で僕たちとしても第三者に竜討伐を確認してもらうことができたので手間が省けたと言える。

 そこに迫っていた脅威を知ってもらうには、あの巨体を見てもらうのが一番良いのだ。

 ここまでの時点で経緯を手紙にして近隣の都市に送ってもらったので直、都市国家群の評議会が認めた調査員が遺骸のもとを訪れることになるだろう。

 そこからは僕たちの仕事ではない。

 ここからほど近い村落を防衛していたディマスの仲間からも、魔物の襲撃が急激に減ったという連絡が入り始めている。

 頻発していた集落襲撃事件が決着の時を迎えようとしていた。





 僕の体調が戻ってから向かったソーベリア。

 そこで待っていたのは歓迎のパレードと女王からのお叱りの言葉だった。

 非常に婉曲で長い時間のかかったそれは、かいつまんで言えば「無茶をするな、国や組織と連携しろ」という意味になる。

 その内容は理解できるものだし、僕も同じ立場だったらそう言ったんじゃないかと思う。

 事件の調査に出しただけで化け物退治をしてくるようでは先が思いやられるだろう。

 為政者としての貴重な時間をそれはもうたっぷり割いて行われたお説教には、その思いが入念に込められていた。

 しかし、目の前で助けを求める人を無視するという選択肢はなかったのだ。

 そして偉い人達もその選択を頭ごなしに否定するわけにはいかなかった。

 人助けこそがみんなが勇者一行に求めること。

 その印象こそが大切で助けられる人数の多寡は必ずしも重要ではないものだから。


 そういった人々の思惑のから準備されたのが、帰りの街々で行われた歓迎のパレードだったのだと思う。

 勇者が巨大な竜を討伐した。

 その話は伝令を通じて都市国家群に伝わり、それぞれ偉い人によって統治のために都合の良い情報として使われた。(民衆の自治、元首の統治)

 ゆっくりと伝令の走り抜けた道を追いかけた僕たちのもとに、あるタイミングから歓迎のお祭り騒ぎが頻発するようになったのだ。

 これまでの旅路では小所帯での移動だったこともあって、勇者一行という扱いをされるのは限られた場所だけ。それが明確に変わっている。

 以前おこなった勇者と聖女の声明発表、そして今回の討伐、二つの報せが間を置かず入ることで否が応でも民の期待を煽ったのだ、というのがレッダの推測だった。


 言葉にするのは簡単だが、実際に宴会が続く毎日はあまり快いものではない。

 ただ、そういった日々にも良い点があって、僕らが戦いで被った怪我はしっかりと癒すことができた。

 それに最近落ち込み気味だったマリオンも調子を取り戻しているように思う。

 これは単に社交辞令としてみんなの前で笑顔を浮かべているという、それだけではないことが僕にはわかる。





「しばらくの間、勇者殿には各地を周遊して首長たちとの交友を深めて欲しい」


 退治された竜に関する調査。

 本来ならその地域の主権によって行われるはずのそれに、待ったが入った。

 魔王の下僕である可能性がある以上、それは広く公開されたものであるべきだ、という意見が多かったのだ。

 その後も多少の政治的駆け引きはあったものの、汎国家的な調査団を組織するということで比較的速やかに結論が出たらしい。

 そちらの方へは僕たちの協力は要らない。

 しかし、これまでの経緯を考えるとあまり勝手なことをされても困る。

 適度に仕事を与えて鈴をつけておこうということになったらしかった。

 そうして、ほとんど一方的に伝えられた行先の話を聞いて、めずらしくマリオンが口を開いた。


「もしも、このあたりへ向かうというのならば、寄りたい場所があります」


と。

 地域としては多少道を迂回しなければいけない場所。

 だが、今回の周遊は絶対なさなければいけないこと、というわけではない。

 時間はあった。

 理由を聞いてみれば、特定の地方で発生している奇病の調査を行いたいからだという。

 癒しの聖女であるマリオンの元には、日々周辺地域の病に関わる情報が集まってくる。

 それに関わるものなのだろう。

 都市国家群に限らず、近年、この大陸では魔物の増加によって農作物の生産能力は無視できない打撃を受けた。流通も充分とは言えない。

 そんな環境で充分な食事や治療が行渡らずに病気にかかる人は多い。

 疫病も増加傾向にある。この地域もそんな場所の一つなのかと思った。

 しかし、詳しく聞いてみるとそういうわけではなさそうなのだ。


 指示されたのは、僕たちの出身、ウィルモア王国の東北部辺縁。

 鉱物資源が豊富な山岳地帯。

 以前はその権益を争って長い紛争が続いていた。

 だけど、十数年前の平定から、今は治安の安定している地域だ。

 鉱山から得られる利益を守るために騎士団も駐留しており、経済的な不安も少ない。

 魔物の増加との関連は見られなかった。だから気になったのだと思う。


 少しだけ時間がかかったけど、その地域を周遊の中に組み込む許可が出た。

 近年の治安向上と疫病に在留者以外への罹患(りかん)の様子が見られないことが理由だと思う。

 集落襲撃事件の時のように、戦いに身を投じる危険や感染症を持ち帰る可能性が低いという判断なのだろう。

 それでも一部の人間はこの地域へ僕らを向かわせることを渋った。

 仕方のないことだと思う。それほど病というものは恐ろしいのだ。

 なんとか許可が出たのは、勇者一行 (自分でそういうのもなんだか慣れてきた)の公平性を示すのにちょうど良いと思ったのかもしれない。

 国境をわずかに超えて、都市国家群以外の地域でも活動していれば外交上の言い訳くらいには使える。

 そして病に倒れるもの達の元へ向かう聖女という物語にも利用価値がある。

 どうせ反対した人達自身が王国に向かうわけでもないので、そこまで強く引き留められもしなかった。





「レッダさん。本当に僕らと一緒に来てくれるんですか?」


「ああ、もちろんだ。いつかアインの手紙を運ぶなら一番大切なやつがいいからな。君を手伝っていれば機会もあるだろう」


 今回の竜退治、真の立役者の一人であるレッダは僕らの旅を手伝ってくれることになった。

 年長で経験豊富な彼の助力は僕らの助けになってくれるだろうなという確信がある。


「くそっ、なんだかむかつくな。カイル達の仕事は俺が先に請け負ったんだぞ」


 もう一人の冒険者であるところのディマスも僕らの仲間になりたいと、そう言ってくれた。『仲間になった』ではないのには理由がある。


「君には君の責任があるだろう。それを果たせばいい。それが彼らの助けに必ずなる」


「んなこたぁわかってるよ!」


 今回の事件、最後に竜を退治するまでの間、地域一帯が守られたのはディマスと仲間たちが奮戦してくれていたからだ。

 それを関連各国は『義勇隊』ということにして報奨金を出すことにした。

 また、中心人物である彼と何名かは勲章が授与されることになっている。

 そのため、この地を離れることができないのだ。

 今回、矢面に立って人々を背に戦ったのは彼らなのだから、偉い人達の行動も当然と言えば当然だった。ちゃんとしておかないと民草の支持が離れていくことになる。

 僕個人としても、報酬度外視で人のために戦ってくれた彼らは、ちゃんと評価されないといけないと思っている。

 やるべきときにやるべきことができる彼らのような人が『勇者』なのだ。

 本当は、女神の加護があるかないかは関係ない。そのことを僕は知っている。


「全部済んだら俺も合流するからな。ちゃんと居場所がわかるようにしておけよ」


 別に周遊が済めば、報告のためにソーベリアに戻ってくる予定なのだけど、ディマスはそれが待てないらしい。


「まかせておけ、連絡は俺の専門だからな」


「くそ、レッダに言われるとやっぱりむかつく」


 頼もしく気安い。得難い仲間が二人増える。

 それは僕たちの使命にとって本当に嬉しいことだった。

 ここまで、たった数か国を旅して来ただけでもわかる。

 今の世界は恐らく少しずつ余裕を失って言っている。そのことにちゃんと『気付いている』人間は多くない。

 徴税する為政者、治安を預かる騎士や衛兵。獣害の対策に奔走する辺境の農家。

 みんな、自分の職務の範囲で部分部分を実感しているに過ぎない。

 それは僕だって同じだ。


 そんな人達が横のつながりを持ち、力を合わせる準備をしなければ、本当にある一点、僅かな綻びから破綻が始まる。

 それを防ぐために、僕たちは仲間を増やして走り周るんだ。

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