第122話 黒波(下)

「……ところで、どこでこんな奴見つけてきたんですか?」


 俺の方を指しながら言う。

「お説教はここまで。あとは各々(おのおの)ちゃんとケジメをつけるように!」という言葉とともにすっぱり話を変えたアバスさんに男のうち一人が言った。


「言ったでしょう。今回の依頼人よ。ギースを探しているっていうから連れてきたの。でもここまでの強さは想定外だったわね」


 「え?」という顔で男たちがこちらを見る。

 俺だって、「え?」だよ。

 アバスさんも「あ、言っちゃった」みたいな顔しないで欲しい。


「……俺のことを信頼して送り出してくれたのでは?」


「いやぁ、それは無理よ。一目で喧嘩の強さなんてわからないもの。私は、それくらいできないと神殿なんて行けないわ、ってそういっただけ。そうしたら自分でなんとかするっていうから。こいつらなら喧嘩しても滅多なことにはならないだろうしいいかな、って」


 ちょっと状況が違ったら折檻を受けていたのは俺だった……。


「メイリアちゃんも、なんかすごく心配そうだったし、良くわからないけど万全の状態じゃないんでしょう? あんまり期待はできないかなって思ってた」


 衝撃発言が続く。

 それはさておき、この大陸と地脈のことか……。

 結局今にいたるまで北大陸の様な魔術は使えていない。

 だから万全ではないというのは事実なのだが。


「私もびっくりです。先輩、魔術とか使えなくてもちゃんと戦えたんですねぇ」


 いやいやいや……。


「去年はそれなりにやってただろう……」


 大聖堂でだって最初は魔術使えなかったんだぞ。


「あの時は私、大きな旗を被せられた覚えしかないんですが……。必死で逃げ回っているうちに真っ暗になって、何がなんだかわからないうちにカイル先輩たちがなんとかしてたなぁと」


 まあ、あの日の主役が俺でなかったのは確かだが。

 自分で指名した護衛なんだからもうちょっと信頼してくれ。


「私は大丈夫だろう、と言ったはずだが」


「でも、心配はしてたでしょう」


 え? 本当?


「……」


 アバスさんの言葉にフヨウがすぐに答えないせいで、信ぴょう性が増すことになる。


「……まぁ、荒事となると多少はな」


 珍しく歯切れの悪い回答は、驚いたことに肯定だった。

 フヨウは人の考えを看破するのが得意な上、感情を抑えるのもうまい。

 ポーカーだけは絶対に勝てない相手なのだ。

 だからこれには驚いた。アバスさんはどんな魔法を使ったのだろう。


「結婚した後に、初めて夫を海に送り出す女みたいな顔してたわよ」


 ……そういう経験に基づいた勘は凄いのは凄いのだが……。

 この人はどうも俺たちの間に男女の関係を挟もうとする悪い癖がある気がする。


「そんなものだろうか」


 ちょっと意地悪な説明だったが、フヨウの答えは羞恥でも開き直りでもなく純然とした問いかけだった。

 こういう素直さは彼女の高い交渉能力の源泉なのかもしれない。


 その後は、本題に戻ってエンセッタや神殿、そこまでの道のりの話等を聞く。

 問題と目的がはっきりしたので気持ち頭がよく回る気がする。

 さっきまで酒瓶を抱いてぐだっていた男たちも、新しい人員が入ったことで気分転換になったのかよく質問に答えてくれた。


 その間、アバスさんとフヨウは厨房を借りて何か料理を作っているようだった。

 ここ、一応酒や料理を出して商売をする場所だと思うのだが、自由だな。





「……これはどういうことだ?」


 なんとか必要そうな情報を押さえたところでスウィングドアが開く。

 夕日を背負って逆光になったひげ面の男。

 俺の朧げな記憶から考えてもきっちり十年ほど年をとった日に焼けた姿。

 一人目の探し人、黒波のギース氏、やっとの登場だった。


「ご無沙汰しています」


 なんだか色々あったが、まずは挨拶だろう、そう思ったのだが。


「どちらさんかね? 悪いが北の知り合いはそんなに多くないんだ。坊主みたいな若いもんだと特にな。人違いじゃないか?」


 散々だった。

 とはいえ、十年以上も前に娘がちょっと遊んでた子どもとか覚えていなくても仕方がないか。

 そう思い直してて自己紹介をしていこうとしたのだが。


「悪いな、今忙しくしていてな。何か用ならまた今度にしてもらえないか。勝手な事情で悪いが金髪の子どもっていうのにもあまり良い印象がないんだ……」


 そこまで言ったところでこちらの顔をまじまじと見つめる。


「いや、待て、坊主、もしかして北のロムスの出か?」


 おお、覚えてもらってた!


「そうです。クルーズの息子、アインです。覚えていてくれましたか」


 ありがたい話だ。


「忘れるものかよ。ちび助たちが散々うちの娘を連れまわしてくれて、六歳の子を隣の国まで連れてっちまったんだぞ。親御さんの身元がはっきりしてるんじゃなけりゃ、人さらいを疑ってた。あれから娘はなんつーかな、俺の使い方を覚えちまって大変だったんだぞ」


 ありがたくない話だった……。


「いやでも……、でっかくなったな。親御さんは元気か。それにほら、他にも子どもがいただろう。似ているような似てないような兄弟と女の子。あの子たちはどうしてる」


 この店に帰ってきてこのかた、ずっと疲れた顔をしていたギース氏は、それを懐かしそうなものに変える。


「北大陸で、元気にしてるはずですよ。二人とも凄く立派になってるんで会ったらびっくりすると思います」


 半分は俺の希望だった。

 ただし、あるひとつの理由で俺はそれがある程度は事実であると知っている。


「おう、なんつーか、昔から子どもらしくないところがあったしな。うちの娘も、まぁ、ちょっと変わったところがあるから馬が合ったんだろうな」


 俺の知るフルーゼは才気煥発という言葉が似あう女の子だ。

 手紙からわかることを考えればあの時以上に賢くなっていることだろう。


「なんにせよ、元気ならいい。それ以外のことなんて……、本当に些細なことだ。親御さんに心配かけるなよ」


 事実から言えば、心配はかけ通しだと思う……。

 それでも、今回はここまでやってくる理由があった。


「……フルーゼのことですが」


「……まさかとは思うがあいつに会いにここまで来たのか?」


「そうです、手紙が途絶えたので。今、彼女は困ったことになってるんですよね?」


「手紙出すのだって安くはないんだぞ。ちょっとしたことで届かないくらいのことはあるだろう」


「フルーゼはそれで急にやめたりしないですよ。手紙が書けなくなるならかならず説明してくれる子です」


「……まぁな。しかしそうやってわかったようなことを言われるのも、なんかあんまり気分が良くないな」


 そこでギース氏は少しの間黙った。

 俺にはそれが言葉を選んでいるように見える。


「ちょっとあいつのいる所までの道が通れなくなってる。ほれ、お前たちの街も前はそんな感じだったろう」


 エルオラ街道のことか。

 今俺たちが大丈夫なのだから、フルーゼも大丈夫だと言いたいのかもしれない。


「しばらくすれば国も対策をするだろ。また道を通れるようになったら手紙を書かせるから今回は悪いが帰ってくれないか」


 周囲の船乗りたちの間に流れる沈痛な空気。

 彼は、娘のことが大変な中で俺のことまで慮ってくれている。

 そして俺たちは彼の善意を無駄にしなければならない。


「……全部、聞きました。討伐の計画がうまく行っていないって。ギースさんもそれで自分達で向かおうとしたんでしょう?」


 ギース氏は周りを見渡して嘆息する。


「口が軽いやつらだな……。それでもなんとかして見せる。俺は親で、男だからな」


 エンセッタで彼を待っているのはフルーゼだけではない。

 奥さんであるフィーアさんもいっしょにいるらしい。諦めるという選択肢はないのだ。

 しかし、マナから感じる彼の思いには諦観の念が強い。


「その手伝い、させてもらえませんか」


「……無理だ。手伝えるようなことは何もない」


「それは話を聞いてみないとわからないじゃないですか」


 俯き加減だったギース氏はそれを聞いて顔を上げた。

 そこにあるのは焦燥と、怒り。


「簡単に言うな! 昨日今日南に来たようなやつに何が出来る! みんな必死でやったんだよ! 死人だって出た……。そんな中で気軽に危険なことをしようとするな!」


 これは、父親の言葉なのかもしれないなと、唐突にそう思った。

 俺の父であるクルーズはほとんど声を荒らげるようなことはしない。

 しかし、子を思うあまり、こういう言い方をしてしまう親、というものも珍しくはないはずだ。

 そんな思いやりを無碍にして、相手の感情を逆なでにして。でもそうしないと進まない話があるからここにいる。

 たとえ、これ以上にギース氏を怒らせることになっても、腰を据えて話す必要がある、そう思った時のことだった。


「はいはい、そういうのはご飯の後! お腹空いてるでしょう。腹ペコで話し合いなんて無意味よ!」


 それぞれ思いを秘めた緊張感のある対話だったのだが、この人にはそんなことは関係なかったらしい。大鍋を抱えたアバスさんに重ねた皿を持ったフヨウが続いている。

 確かに、話し込んでいるうちに日はだいぶ傾いてしまった

 少し早いかもしれないが食事時と言ってもいいかもしれない。


「あんたたちも、動きなさい! 皿をまわして」


 さっきさんざんやりこめた男たちを顎で使っている。しかし誰も文句は言えない。

 あっけにとられながらも、少しほっとした空気でそれに従うのは、なんだかんだいって張り詰めた空気から解放されたことと、空腹感が関係しているのだろう。

 つがれたシチューのような物をギース氏も受け取った。

 彼もこの場の流れに逆らうつもりはないらしい。みんな、それを無言で口にした。

 この地方の料理にしては香辛料の風味が淡い。家庭の料理という感じがする。


「それ食べ終わったらみんな自分で洗うのよ。こっちは家に帰ってからまた子どもたちのをつくらなきゃいけないんだから。もう帰るわ。連絡先はフヨウちゃんに伝えておいたから、また通訳が必要になったら言ってね。あんたも今日の酒は終わりだからね。あんまり遅いと家に入れないわよ」


 場をかき乱すだけかき乱して帰宅してしまった。

 最後の言葉を向けられた男が彼女の夫だ。

 ずっと隅の方でやりにくそうにしていた。





「問題はな、砂嵐とサンドワームとスキュラの化け物だ」


 みんなの空腹が癒えたころ、ギース氏が口を開いた。


「ええ、話は聞きました」


「言葉にするだけなら簡単なんだよ。その一つ一つがいくつ命があっても足りない恐ろしいものだ。それでも砂嵐はなんとかする。ただ、残りの二つはどうにもならないのが現状だ」


 やっと、本音にたどり着くことができたと、そう思った。

 腹が減ってはなんとやらという、アバスさんの考えは正しい。

 そこでなんとなくメイリアと目が合う。今、この時が話の進め時だという、立場から来る勘だろうか。


「これは、もしかしたらの話ですが、その残りの二つ、どうにかなるかもしれません」


 ギース氏が帰ってくるまでの間、彼の手下から話を聞いてずっと考えていたこと。

 起死回生の一刀。その鯉口を切ることにした。

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