第120話 荒事に至る推理

 ここまで商談がうまくいくなんて。

 そう驚くほど物資の売買は首尾よく終わらせることができた。

 いくら港がしっかり船を見てくれているとはいえ、金目のものを置いたままにしておくというのは不安要素だ。さっさと売り払うことができたならそれに越したことはない。

 売上の金銭は大半を為替として次回の買い入れに使うために保管しておく。

 貨幣というものは重たすぎて持ち運びには向かないのだ。五百円玉だけで百万円持ち歩くことを想像してみて欲しい。

 ちなみにこれで十四キログラムくらいのはずだ。

 一つ二つ桁が上がれば、もう普通に歩くこともできない。


 王国をはじめとした北大陸では、冒険者ギルドや教会の存在もあって銀行業がかなり発展している。

 しかし、さすがに大陸間ともなるとそれを維持するわけにもいかず、あくまで南大陸で使用できる為替ということになる。

 それでも、現金を荷馬車に乗せて走らずに済むのは俺たちの身元を保証してくれた在留外国人事務所あってのものだった。まあ彼らもそれなりに手数料で潤っているはずなのだが。

 少なくともトラブルらしいトラブルに遭わなかったのは紹介してもらったアバスさんのお陰なのは確かだ。

 物資を売り払って相応の資金は得たが、まだ帰りの品を購入するつもりはない。

 刻一刻と変化していく相場の中で今日購入したものが帰りのタイミングでもその値段であるという保証はないからだ。

 無論、値上がりしている可能性もあるのだが、後で買うなら割安のものを選ぶ自由もあるので賭けをする必要はないと判断した。


「とりあえずはこんなところかしら」


 アバスさんおすすめの軽食屋。

 言い換えればカフェのような場所でみんなで一服する。


「ありがとう。考えていたよりかなり早く売りつけを済ませることができた」


「そう言ってもらえると嬉しいわ」


 優雅にミルクティの様なものを飲む。

 この地域では茶といえばこれのことらしい。

 風味はスパイスの入ったぬるいミルクティそのものでかなり甘い。

 インドのチャイなんかと似ている。


 暑気が酷いので熱々でないのは案外嬉しい。

 暑さのせいで疲労がたまりやすいのか、甘味も身に染みるようだ。


「じゃあ、本題に入りましょうか」


 みんながそのお茶を飲んでカップを置いたのを見計らって、アバスさんが言った。


「もう一つ依頼があるんでしょう?」


「その件についてはアインの方から説明してもらう」


 この中でフルーゼについて知っているのは俺だけなので、そういうことになる。


「友人を探しています。もう一年以上、連絡がとれなくなっているので安否を知りたいんです」


「……一年……」


 何か思うことがあるかの様に黙考している。

 もしかしたら例の神殿のことに思い至ったのかもしれない。

 あるいは別の心当たりがあるか。


「……ごめんなさい、考え事しちゃって。お友達なら心配よね。それまで連絡が取れていたということはだいたいの住所はわかっているのよね」


 黙っている場面ではないと感じたのか、こちらの話に戻ってくる。


「連絡先はこちらでした」


 そういって長く手紙に書き続けた番地を教える。


「この通り……、ここは船乗りの組合関連施設が並んでいるあたりね」


「友人のお父さんは船乗りでしたから。その関係かもしれません」


「……まずは、手紙がちゃんと届いているか確認してみましょうか」


 現時点でほぼ唯一明確な手がかりだ。行かないという選択肢はない。


 アバスさんの予想通り、指定の場所には船乗りのギルドがあった。

 どうもフルーゼは自分宛の手紙をお父さんに持ち帰ってもらっていたようだ。

 あれだけ立派な船を持っているのだから、ギルドにはこまめに寄っていたのだろう。

 手紙は港町を必ず通るから、比較的確実に受け取ることができる方法かもしれない。


 確認してみたところ、俺達の送った手紙はちゃんとこの港まで届いていた。

 そして半年ほど前の分までは受領も済んでいる。

 その後に送った俺が南大陸へ向かうという内容の手紙は、まだ受取人が現れておらず保管されているようだ。

 

 これまでの流れだと、彼女は手紙を受け取るとあまり長い時間を置かずに返事を書いていた節がある。半年前の分までちゃんと届いているというのなら、何通かは返信があってもおかしくない。

 つまり、ここから先でフルーゼの手元に渡らない問題が発生している。あるいはフルーゼ自身が手紙を書けない状況にある、ということだ。


「それだったら、まず探すべきはお父さんじゃないですか?」


 いろいろと仮説を話していると、メイリアが言った。

 ……言われてみればその通りだ。

 絶対ではないが手紙を実際に受け取っていたのはフルーゼではなく父親のギース氏だろう。


「……確かに、そうかもしれない。この街から別の場所に転送されていた可能性もあるけど」


「どちらにせよ、そのお父上とやらは探しておいた方がいいだろう。大きな船を持っているというのなら、この街に手がかりが残っているはずだ」


 捜査方針はそれでよさそうだ。

 いろいろと力を借りることになりそうだ、とアバスさんの方を見ると、先に彼女が口を開いた。


「……その、お父様のお名前はわかるかしら?」


 どうせこれから探すのだから、もちろん教えるつもりはある。

 しかし、その少し渋い顔が気になる。

 彼女はちょっと面倒な家族環境があっても元気溌剌だった人なのだ。


「ギースさんです。フルーゼは『黒波のギース』って言っていました。大きな黒い船を持っていて。なんとかご主人のつてで探せませんかね?」


 俺がそれを言い切る前に、アバスさんの顔がより苦いものへと変わっていく。

 それを俺たちはどう受け取ったら良いのだろう。

 少なくともなにか手がかりは握っているようだ。やはり、彼の身に何かあったのだろうか……。


「……だいたい事情はわかったわ。おそらくあなたたちがこれからどうしたいかも」


 だったらなんでそんな表情なんですかね。


「ギースという男のことなら探すまでもないわ。居場所はわかるから」


 え、そうなの?


「でも、そう簡単に会わせるわけにはいかないわね」


 突然の発言。

 それはまるで正体を明かした悪役の物のようだった。





 古いけれどしっかりしたつくりのスウィングドアを開く。

 この入り口からしてそうだが、まるで西部劇の映画のような雰囲気。

 内部もまた、まさに酒場、という雰囲気の少し薄暗い店だった。

 まだ明るい時間だというのに、中でぬるい酒のジョッキを傍らにカードゲームに興じているのは、みな腕っぷしの強そうな一目で船乗りとわかる男たちだ。


 気は乗らないが、彼らとはちょっと喧嘩をしなければいけない。それが約束だから。

 今のうちに体格、位置、近くにある戦いに使われそうな道具。それらを把握しておく。

 そこで俺に遅れてドアをくぐるフヨウとメイリア。彼女たちには面倒な役目を押し付けることになってしまったな……。

 ドアが立て続けにゆれ、音をたてるたびに店内の人間の視線が集まる。

 その人数が最大になったな、と思ったところで声を上げる。あまり大きすぎないように、でもしっかりとみんなに聞こえるように。


「黒波のギースという男を探している。悪いことは言わないから隠し立てなどするな」


 一気に店内の弛緩していた空気が冷える。

 どうやら北の言葉は通じているらしい。

 良かった、のか?

 少なくとも、作戦が最初からとん挫するのは良くない、か。

 とりあえず見た目通り北の人達だということは確認できた。

 

「……あぁ? おいガキ、今なんて言った。もういっぺん言ってみろ」


 店の中ほどの席に座っていた男が立ちあがる。

 俺も成人して一年以上たつのだが、まだまだ子ども扱いだな、と他人事のように思った。

 これでも最近は結構背が伸びてるんだぞ。


「黒波のギースを出せって言ったんだよ。ここにいるのはわかってるんだ」


 あくまで挑発の姿勢は崩さない。

 しかし、ちょっと単調すぎるかなと思わないでもないが、みんな俺の言動を疑うようなこともなく素直にイラっとしてくれたようだ。

 その様子が四方八方からマナ感知に感じられる。煮詰まっているというのは本当らしい。


「……面倒だから絞めましょうよ。簀巻きにしてから何考えてるか吐かせたらいい」


 平静を装っているが、この中でも最も感情的になっている男が立ち上がり言った。

 こいつが最初かな。


「…………」


 それでも、他の男たちはまだギリギリ沈黙を保っている。

 正直こんな言動をしておいてあれだが、海の男たちとしては思慮深い方なのではないかと思う。


「これだけ言っても出てこれないなんて。ガキ一人にブルってるってことか。そんな男に本当に船を任せてもいいのかね。それとも、最近、陸(おか)にこもりっきりってことは船乗りは廃業か?」


 あんまりこの言葉は言いたくなかった……。

 俺だって港町の男なのだ。彼らがどう感じるかはわかる。

 そして、想像通り効果は絶大だった。


「てめぇ!」


 二番目に立ち上がった男がこちらに殴りかかってきた。


 多勢に無勢。

 今回の喧嘩は俺一人でけりをつける約束になっているので、そういうことになる。

 一人目が動いた時点でフヨウとメイリアは後ろに下がることになっていた。メイリアの不安そうな感情がマナから伝わってくる。……なんとかめちゃくちゃにならないようにやってみるから。


 戦い。

 喧嘩だろうと戦争だろうと共通する点の一つに『これから戦いが始まると先に気が付いた方が有利』というものがある。

 当然戦力差なんかで覆されうるものだが、これは忘れてはいけない要素だ。

 そして、最初に手を出してきたのは向こう。

 だからといって相手側が有利かというとそんなことはない。俺はこの店に入るずっと前から『ここで戦いが起こる』ことを把握していたからだ。

 つまり機先を制していた。


 想像通りに最初に仕掛けてきた男のまっすぐな一発を、懐に入り込むように避けると鳩尾に掌底を入れる。

 確かな手ごたえを感じながら、相手の体で他の男たちから身を隠す。

 次にしかけてきそうなのは右と左、それぞれ一人ずつか。

 正直、良いコンビネーションだと思う。

 左側の男にとっては一人目の体が邪魔になるはずなので右に狙いをつけて深く踏み込むことにする。相手はまだ喧嘩の状況を見極めるために構えられずにいる。

 そこを顎に掠らせて意識を奪うことに成功した。これで二人。

 そこで、やっと一人目の男が倒れる音が店内に響き渡った。


 この音を皮切りに、今まで様子をうかがっているだけだった男たちが次々に立ち上がり始める。

 彼らにとってはここでやっと戦いが始まったことになるかな。

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