第119話 山積みの目的

 在留外国人事務所での通訳との顔合わせ。


「私はアバス、よろしくね。こう見えて商談は得意だからまかせて!」


 指定された場所で待っていたのはやたらと人当りの良いおばちゃんだった。見た目はカーラの人らしく褐色の肌に少し明るい髪色。なかなか恰幅がよく、まさに肝っ玉母さんといった感じだ。

 そういえば、フルーゼってカーラが地元のはずだけど、このあたりの人とはちょっと見た目が違ったな。フィーアさんもそうだったし、この国には他の人種の人も住んでいるのかもしれない。


「私はフヨウ、今回の商談を任されている。こちらはアインとメイリアだ」


 旦那様は恥ずかしいので控えてくれと言った結果、普通に名前を呼んでもらえるようになった。やっぱりこっちが落ち着く。

 「お世話になります」と、二人で挨拶をすると、「しっかりした子たちねー、うちの子なんて」と見た目通りのおばちゃんトークが始まってしまった。しかし、話しやすそうな人、というのはとても助かるので文句もない。こちらの人のように見えるが、会話もとても流暢だった。そのあたりのことを聞いてみると、


「うちの旦那が北生まれの船乗りなのよ。あいつを捕まえるために必死で勉強してたら話せるようになってたわ。言葉を覚えたいなら恋愛するのが一番よ」


 とのことである。そのあとに「でも、二股はダメね」とけっこう怖い顔でこちらを向いて言われたのは聞かなかったことにする。

 最近こんな扱いばっかりだ。


 アバスさんちに限らず、ギタンでは国際結婚は珍しいものではないらしい。

 そんな人達は大概、在留外国人事務所にはお世話になっているので、ここで仕事を斡旋してもらっている人間の中だともっと割合は増える。


「あれだけ格好良く見えた旦那も今じゃろくに仕事もせずに……。船乗りが陸に上がってどうするっていうのよまったく。お陰で私はこうしてお仕事ってわけ。報酬は弾んでもらえるって聞いたから張り切って交渉するから、任せてね」


 中々大変な事情があるようだ。

 しかし、それを感じさせない明るさは凄い。

 ただ、フヨウやメイリアにこっちを見ながら「男は甲斐性よ」と実感を込めて言うのは勘弁して欲しい。


 第一印象から変わらず、おしゃべりこそ多いものの、通訳、交渉人としての腕はかなりの物だった。

 船内の物資の検品から始まり、交渉、受け渡しの手続きまで怒涛の勢いで進めて行く。

 その上、仮見積もりを聞いてみれば当初想定していた売上げをかなり上回る数字となっているのだから凄い。

 行きに積んだ物資は事故の時のことを考えて糧食を多めにしてある。

 だからあまり利益率は高くないはずだったのだが。

 このままだとこちらでの活動費を考えても大幅な黒字でロムスに帰ることができそうだ。


「たったあれだけの交渉でなんでこんなに高値で捌(さば)けたんですか?」


「どうしてだと思う?」


 質問で返されてしまった。


「日頃の価格調査と信用、ではないか?」


 ほとんど考える時間もなくフヨウが即答してしまった。


「へ~?」


 アバスさんは聞きの構えをとかない。

 なんとなく途中式の説明をさせられている感じがする。


「交渉の時、最初に数字を提示したのは全てアバスだった。恐らくあまり吹っ掛ける余地の無い絶妙な額だったのだろう。続けていくらか説明していたのはその額の妥当性というところか。要はよくわかっている人間に食い下がっても時間の無駄、と相手に理解させていたということだな。そういう交渉は日々、相場の動きを見て回って、一見関係ないような噂も集めなければできないことだ」


「……こちらの言葉、わかってた?」


「いや、数字と物資の名前以外はほとんどわからなかった。あとは交渉相手の振舞い。ちょっと諦めているような感じがした。それとあなたに対する尊敬や信頼も同じように感じられたよ。これは、物資の売買に長い間積み上げた実績があるということだろう」


「……正解。お手上げだわ。悪いこと言わないから、この子に対して浮気をするのはやめておきなさい」


 最後のは俺に言っているのか? 他にそんなことを言われる相手もいないと思うが、俺だってそんな立場じゃない。

 それにフヨウに隠し事ができないことなんて百も承知だ。


「本当は内緒の商売道具だったのに、会ったその日に暴かれちゃうなんて」


 よっぽどの自信があったのだろう。

 わりと芝居がかったもの言いをする人だが、これは本心から言っている気配がした。


「フヨウさん、無名の商会を五年で王国中に広げた腕は伊達じゃないですね」


 落ち込んでしまったアバスさんに代わってメイリアが褒める。

 その言葉はアバスさんにとっても驚きだったようだ。


「五年? あなたかなり若いわよね。なのにそんな大店を任されていたなんて。兼業主婦じゃ勝てないわけだわ」


 そうは言うが、彼女の様な敏腕の商人というのは、決してどこにでもいるわけではない。それなりの数の商談に関わってきた俺にはわかる。


「種明かしをしたところで誰にでも真似できるようなものではない。うちの商会で働いて欲しいくらいだ」


 それには異存はない。


「あら、うれしい。お給金も弾んでもらえそうだしちょっと迷うわね。……でも今はこの街を離れるわけにはいかないの。ここに商会の支店を立てることになったら是非相談してね。立ち上げからばっちりフォローしちゃうから」


 海外に支店を立てるなんて、考えたこともなかったな。

 でもこの人が手伝ってくれるならなんとかなるような気もする。

 ロムスにとっても良い案だし真面目に考えてみようか。フルーゼとの連絡もとりやすくなりそうだし。そこまで考えたところである当たり前の事実に思い当たる。

 ……まずは彼女の安否をはっきりさせなければいけない。

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