第116話 港と門(上)

 出発前からこの地方は、雨季以外の降雨が少ないと聞いていた。これはどうやら事実だったようで、天候不順に悩まされることもなかった。

 あえて言えば陸(おか)に近いわりに波が高い気がするが、外洋に慣れた俺たちにはどうということもない。

 道中は特に人の生活跡もなかったので、集落間の移動は船や内陸の道を使用しているのだと思う。

 三日程で人の住む街らしきものを発見することができた。

 そこで、俺たちはまた驚くことになる。


「おっきーですねー!」


 視界一杯に広がる石造りの建造物群。

 それは、この都市にかなりの人口があることを示している。

 王国には南東部に主要港であるデヴェーザという場所があるのだが、話に聞くその都市よりも明らかに広い。


 そして俺たちが入港しようとしている港、そこにはなんと巨大な門があった。

 いや、厳密に言えば門ではない。

 けれど、高さは三十メートルほどの塔が二本並んでそびえ立つ様子はまさに門のようだった。

 海上に石造りの塔。

 その上部は灯台を兼ねているのか火を焚く櫓の様な構造になっている。

 門の両側は石の橋が広大な港の外縁に向かって続いており、入港しようと思えば必ずここを通過しなければならない。

 海上の関所といったところか。


 さてどうしたものかと考え込む。

 事前に調査を行ったときには、船乗りから「行ってみればわかる」という非常に雑な説明を受けたのだが……。

 

 なんとなく気圧されて、その外側から様子をうかがっていると一隻の小舟が近寄ってきた。

 乗員は二名。

 よくよく観察してみるとそこかしこを似たような舟が行き来している。


「――――」


 何かを問いかけるように話しかけてくるのだが、単語の難しさと話す速さのせいで全然わからない。

 どうしようもないので、対語表や学んだ単語を組み合わせて海、外、停泊、王国といったぶつ切りの情報を伝えてみた。

 すると、


「シバシ待テ」


 と片言で返ってくる。

 おお、俺たちの知る大陸の言葉だ。

 それと同時に、両手に持った旗で二本の塔の方に何か連絡している。

 どうやら、この港では手旗信号で情報伝達を行っているようだ。

 なんとか話が通じたらしいと安堵して待っていると小舟の方から「旗ニ従エ」との簡素な指示。

 彼らはこれで仕事は終わったとばかりにそのまま離れて行ってしまう。

 なかなか忙しい仕事らしい。

 言われた方を見ると手旗とは異なる大きな旗が上がっている場所があった。

 あそこを目指せということだろうか。


 言われた通りに旗を目指して船を進める。

 そうしていると、大きな旗はさっさと降ろされてしまった。何? 進路変更?

 うちのはともかく普通の帆船はそう簡単に行先は変えられないぞ……。周囲を確認してみると離れた場所に次の旗が上がっている。いくらなんでも進路変更では説明できない距離だ。

 どうやらすでに次の船のための目印を上げたということらしい。忙しいことだ。


 最初に指示された場所に着き、タラップを降ろす。船内の雑事を二人に任せて俺は入港に関わる手続きを行うことになっている。船を降りるとすぐに興奮した面持ちで一人の男が話しかけてきた。


「おおい! ウィルモア王国からの船っていうのはこれか?」


 ああ、言葉がわかる。ちゃんと通訳のできる人が常在しているらしい。さすが大きな港。


「そうです。ウィルモア王国籍 海龍丸です」


「ああ、ご丁寧にどうも。しかし、すごい船だなこれは! 港湾内の移動があんなに安定している船はそうそうないぞ」


 入港手続きの説明より先に船の話が始まってしまった。


 当たり前の話だが、船というものは俺たちの知る自動車とは異なり直進、右左折、ブレーキ、後退という動きが一操作でできるわけではない。

 だから帆船、特に外洋航行の船の入港は非常に難しい。

 なぜなら荒波に耐えるためにほとんどの場合、櫂が動力として使えない構造になっているからだ。つまり、マストを微調整して風力のみの力で接舷しなければいけない。

 その上、出航をスムーズにするために接舷前に回頭して後ろ向きになる必要まであり、熟練の船乗り無しにはできない作業だった。

 そのあたりのことを指摘しているのだと思う。


「……ここだけの話なんですが、魔術を使用している船なんです」


 変に隠して興味を引くより本当のことを言ったほうが良い。そんなことを教えてくれたのは何を隠そうこの船の製作に関わったハイムだ。


「魔術、な。北の方ではそんな不思議な力を使う人間がいるらしいな。これがそれなのか」


「やはりこのあたりには魔術師はいませんか……」


「少なくとも俺は会ったことはないよ。ちなみに北の方に住んでたこともあるが、その時もお目にかかれなかった。それがこんなところで会うことになるなんてな」


「大陸間航路を航行してたんですか?」


「ああ、東大陸に行ったこともあるぞ。カルワートを中心に何年か向こうで仕事をしてた。結婚を機に船を降りて、今はこっちで働いてる。向こうで覚えた言葉が役に立ったよ」


 なかなかカッコいい人生を送っているようだ。


「おっと、長話が過ぎたな。入港手続きを行いたいんだが字は書けるか? 北の言葉でいい」


「それなら大丈夫です」


「よし、じゃあ、この書類に記入してくれ。それと、もしここで荷下ろしをするなら検品の手続きが必要だ」


「そちらは、相場を確認してからにしたいんですが」


「構わんよ。でかい船なら倉庫を借りて先に荷下ろしをするが、これくらいの船なら後からでもなんとかなるだろう。何人か人夫が必要か?」


 細かい話を調整していく。言葉が通じるというのは本当に助かる。

 それなりに面倒な手続きだったが、お陰で大きな躓きもなく終わらせることができた。


「しかし、あの二つの塔は凄いですね。驚きました」


「ああ、初めて来たやつは大概驚くな。カーラ建国王の時代の物だ。ここは建国以前から大きな港だったんだが、船の作法が場所によってバラバラでな、諍いが絶えなかったから作ったんだと。あれを通れるのは一度に一隻のみ。面倒に感じるかもしれないが確かに船同士のケンカはあんまりない。だから伝統として今も残ってる。ちょっと時間がかかるが、すぐ近くまで歩いて行けるようになってるから観光には丁度いいかもな」


 時間が空いたら行ってみるか。

 色々と旅をしてきたが、でかい建造物があるとむやみに近づきたくなってしまう。なんでだろう。


「船の方は任せてくれ。魔導船だろうとしっかり保管しておく。まあ、船ってのは船乗りにとっては神聖なものだからな。港の人間ならまず悪さはしない」


 海龍丸の心配をしているのが顔に出ていたのかそんなことを言われた。

 ハイムが正直に話せって言っていたのはこういうことか。

 たった三人しか乗組員のいない俺たちの船は、誰かを駐在させて船を守るということができない。

 そのため、船室の鍵代わりに色々金属で固めてしまうという物理的なセキュリティを施すようにしているのだが、安全を保証してくれるというのならもちろん助かる。


「それに、あの船に手を出すやつは多分いないよ。なんせ、甲板に人の気配もないのに入港してきた船だからな。じきに『幽霊船』って呼ばれるようになるんじゃないか。海の男はげんを担ぐからそういう噂には手を出さない」


 「俺みたいなのは珍しいんだ」と笑いながら言われてしまった。

 小舟の二人が怖い顔をしていたのはこういうことか。俺たちとしては何も言えない。


「そうだ、魔術の話になるんですが、まったく噂とかもないですかね?」


 話題転換というわけではないが、俺たちの言葉が通じる相手なら話は聞いておきたい。

 今回の旅の目的の一つは魔術師(フルーゼ)探しなのだから。


「うーん、北に行くまでは言葉も聞いたことがなかったからな……」


 しかし、最初の一人は空振りか。そう思ったのだが。


「ああ、でも……」


 何か思いついたようだが、そこで言葉が止まってしまった。


「どうかしましたか?」


「いや、エンセッタっていう集落に神殿があるんだが、そこの巫女様が不思議な力を持っているって話があってな」


 それが魔術と関係があるんじゃないか、って思ったってことか。

 だけどこの歯切れの悪さは何だろう。それに神殿か。なんらかの権威を持っていそうだけど、事前の調査では出てこなかった名前だ。

 現地に来てみないとわからないことは多いな……。


「神殿に、巫女、ですか?」


「ああ、俺たちカーラの人間は太陽と雨、星、月、そういった天候と空を司る神殿の教えを大切にしているのさ。なにせ年中こんな気候だからな。雨季の恵みの雨がなくなったら干からびちまう。巫女様はそんな神殿の教えを伝える方たちだ。北の方、特にエトアなんかじゃそういう教えを受け入れられない人間もいるだろうし、あんまり広まってないかもしれないな」


 空を司る神殿。

 大地の女神イセリアとなんとなく対になっているように思うのだが、その教えには断絶があるようだ。宗教史を専門にする人がいれば非常に興味深い話題ではないだろうか。

 

「興味深いです。その神殿に参拝することはできるのでしょうか?」


「……それなんだが……、今は難しいと思う」


「祭事で信徒以外は立ち入り禁止とかですか?」


 イセリア教徒が来れば気分が悪いというのは理解できる。

 あるいは、祈祷だとかで部外者が近づいてはならない時期があるのかもしれない。


「信徒がどうとかより巫女様と認められた人しか入れない場所だからな。ただ、本来なら近くの集落へは行けるはずなんだ。信心深いやつなんかはそこまでお参りをする」


 はず?


「でも、もう一年以上、大規模な砂嵐と魔物の異常発生が同時に起こっててな。神殿までの唯一の道が閉ざされてるんだ。無理に先へ行こうとした人間も、運の良かった一部が命からがら帰って来たくらいで、どう考えても集落にはたどり着けてない。でかい化け物を見たってやつもいる」


 一年以上……。看過できない言葉だった。

 フルーゼと音信不通になった期間と重なっているからだ。

 ここまでは好奇心以上の話ではなかったが、本腰を入れて調査する必要が出てきたようだ。魔物の異常発生というのも気になる。

 俺たちの大陸と同じことがここでも起きているのだろうか?


「? すまない、そんなに深刻な顔をしないでくれ。今、本国の方じゃあ対策を考えてくれているはずだから、そのうち討伐隊が編成されるさ。魔物たちさえなんとかなれば、本職の砂漠の民が砂嵐は越えてくれる。もしかしたら討伐の前にそっちはおさまってくれるかもしれないしな。またこっちを訪ねた時には参拝くらいできるようになっているさ」


 こちらの表情の変化を同情と勘違いしたようだ。

 とはいえ、話につきあってくれたこの人は何も悪くない。心配させる理由もないのでなんとか元の表情を心がける。


「ありがとうございました。俺の国はイセリア教が国教ですが、女神は慈悲深い方です。すべての人の安寧を願っていますから。討伐、うまくいくと良いですね」


「ああ、ありがとうな。あんたみたいな人達なら、神殿にも寄ってもらいたいと思うよ。次に来た時には考えてみてくれ。そのころには万事解決しているはずだから」





 入港手続きを済ませた俺たちは、定番の情報収集を行うことにした。

 ギタンは、この旅の一応の終着点なのでやるべきことは多い。

 文化風習の調査、市場確認に物資の売買。建前とはいえロムス領主の名代としての仕事はちゃんとやる必要がある。

 そして封鎖された神殿について。

 フルーゼとの関係はわからないが、この国の人達が大切にしているものなら、知っておいて損はないはずだ。


 そんな様々な調査に先んじて最も重要なのが通訳の確保だった。

 どんな話も円滑に会話できなければまともに進まないのだ。

 その上、商談をすればちょっとした額の金が動くし、フルーゼのことは口の堅い人物にしか話せない。

 そういった理由から可能な限り信用できる人員を探したかった。

 ちゃんとした人が確保できるのなら相場の倍払っても惜しくないのだ。最初の一歩は慎重に。


 目的のために最初に目指したのは、国際都市であるギタンの外国人互助事務所だった。

 各国から船の入るこの港では当然文化言語風習の違いから諍いが発生する可能性は高い。

 そういったもめごとを解決するために自然発生した組織がここだ。

 名前だけ聞くとNPO法人的な感じだが、規模が規模なのでこの都市においてはかなりの権益を握る集団だと聞いている。

 少なくともここは俺たちの言葉が通じる人がいる。

 出発前から、ギタンに到着したらここを目指すように言われていた。港の男もそんなアドバイスをくれたので、外国人には鉄板の選択肢なのだろう。 

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