第114話 異文化交流の基礎(中)

 その後も、片付けがすすむ市場の中を歩き回り、なんとか食材買い込みに成功した。

 海と河川に近い立地のためか、やはり魚介の取引が多いようだ。

 このあたりでは一般的なのであろう、比較的沢山並んでいた中型の魚を何尾か購入してみる。

 もちろん調理方法の確認にも余念がない。

 『焼く』、『食べる』というジェスチャーをしてみせたところ、ありがたいことにちゃっちゃと鱗を落として内臓をとるところまでやってくれた。

 あとは焼けば大丈夫ということなのだろう。

 港でも思ったが、この街の人はなんだか大らかで優しい気がする。

 あるいは外の人間が珍しいからそういう対応なのか。

 どちらにせよありがたいことには変わりはない。

 丁寧に礼を言ってその場を離れた。


 買い込んだ食材を持って集落を離れる。

 目指すは砂浜。

 正直もう我慢できないのでさっさと調理して食べてみようということになったからだ。

 砂浜を汚すが出来るだけ復帰させて帰るので許して欲しい。


 時間は折よく太陽が天頂に向かおうとしている。

 昼食にぴったりの時間だった。

 調理担当は安定のフヨウ。

 俺の作った魔術まな板と魔術籠に食材を分け入れると早速準備を始めた。


 その間、かまど、日除けと順番に作っていく。

 太陽の高さが上がるにつれ、これ以上ないと思っていた暑さは予想を上回り始めていた。

 屋根かパラソルの様なものは必須だ。

 一つありがたかったのは海からの風が思ったよりも涼しいことか。


 恐らく、このあたりの内陸部は乾燥しており日中かなりの温度まで上がるのだろう。

 相対的に比熱の大きい海側との温度差ができ、高温で上昇気流のある内陸側に向かって海から風が吹く。それが涼しいのだ。


 そして、この海風を効果的に生かそうとメイリアが悪戦苦闘していた。


「全然、氷が大きくなりませんー、作ったそばから溶けていきますー」


 炎天下で火を焚く作業というのは苦行という他ない。

 せっかく、俺たちには魔術があるのだから、そういった要素は知恵と技術で減らしていくべきだ。

 根性でなんとかするのは最後の手段でいい。

 ということで氷を作って原始的なクーラーを設置しようとしているのだが。


「先に壁を作って日差しを遮った方がいい。砂を固めて作れば断熱効果も高いしな」


 多少涼しい海風も、熱せられた砂と天頂をつく太陽の光には勝てなかったらしい。

 氷を作ったところで溶けて水滴になることも許さず昇華させていく。

 食材を冷やすことを優先して氷を先に作ったのだろうが、それは間違いだったようだ。


「……はーい」


 いつもの減らず口すらなく、素直に提案を受け入れるメイリア。

 暑さでまともに頭が動いていないのかもしれない。

 今後もずっとこんな感じならいろいろ対策が必要だな……。


 地脈が活用できないという問題もある。

 魔術の使用に制限がある海上でも、氷がうまく作れないほどではなかった。

 それだけ、このあたりのマナが少ないのだ。

 こうした、魔術のエネルギーとも言える魔力が少ない場合、同じ術を使用しても完成までの時間が長くかかることは多い。

 今回の氷作成のように、時間の経過で消耗していくような術はこの地域とは絶対的に相性が悪かった。 


 なんとか日差しを避ける屋根と海風を利用した空冷装置を作成したころ、ずっと頑張ってくれていたフヨウがかまどから戻ってくる。


「ここは天国だな」


 これまで火の番をしていたフヨウにはこの温度差は格別だろう。

 感謝の意味を込めて冷やしておいた水を渡すと、樹脂で骨とフィルムを作って張り合わせたうちわで扇いでやる。


「ご苦労様。料理の方、手伝えることはあるか?」


 ビーチチェア的なものをすすめながら聞く。


「いや、特にない。串の魚は焦げたりしないからしばらくあのままだ。そこに置いてある鍋は蓋をして少し置けば食べられるが、この気温だと熱々でという気にもならないだろう」


「わかった、もう少しかかるってことだな。なら、こっちを先に試して見るか?」


 メイリア渾身の巨大氷の隣でちょっとだけ冷えた果実を指さす。


「そうしましょう。さっきから気になって気になって」


 別にオドを使ったわけでもないだろうが、精神的に疲れたのか氷の隣で伸びていたメイリアが元気になる。


「なら少しだけ味見だな。せっかく作ったんだ、料理の前に満腹にならないでくれよ」


 もっともな意見に頷く。

 では、食事の前のデザート、禁断の果実を試してみますか。

 ひとつだけよく熟れていそうなものを手にとり、様子を検分してみる。

 ナイフを入れてみたものの、何か固いものに引っかかってしまった。

 これは、種か? 随分大きいな。

 思ったより食べられるところは少ないのかもしれない。

 これが袋いっぱいで硬貨二枚の理由か。


 気を取り直して、刃先で種の大きさを確かめる。

 これなら、あの切り方で行けるかな。

 二度、種を避けるように思い切って実を切り、三分割した。

 魚を三枚におろした要領だ。

 真ん中の部分は想像通りほとんど種だ。

 このあたりも魚と同じだな。

 味見とばかりに種の周りを口に含んでみると、


「おぉ、甘い!」


 久しぶりの生鮮食品、しかも熟れた果実となると感動もひとしおだった。

 果肉も柔らかく食べごろだ。


「あ、先輩ずるい!」


「ちょっとまってろ、今切ってやるから」


 残りの二面に格子状に刃を入れていく。

 最後に裏返して、出来上がりだ。いわゆるマンゴー切り。

 見た目がよく似ているので、いけるんじゃないかと試してみたがやっぱりできたな。


「え、え、これなんですか、面白い」


 あまりウィルモアの王宮で使われたりもしない方法らしい。

 樹脂フォークをつけて渡してやった。

 しかし、こういう小物一つ作るのにもちょっと時間がかかるのは面倒だな。

 完全に体が魔術の便利さに慣れきってしまっている……。


「適当に四角いところを切り取ってどうぞ」


 フヨウにも同じものを渡しながら言う。

 俺は、種の周りで我慢するか。

 まだたくさんあるし、食後の楽しみだ。


 試食は我慢しきれずに食べてしまったが、良く冷やせばもっと美味いかもしれない。

 アイス、スムージー、色々とやりようがありそうだな。


「先輩、今何を考えているか当てましょうか?」


「ん?」


 いろいろ考え事をしていると唐突な一言で現実に引き戻された。


「ルイズ先輩に食べさせたいなぁ、ですよね?」


 ……まぁ概ねあっている。


「正解だ」


 俺が一拍分回答に困って黙っていると、代わりにフヨウが答えあわせをしてしまった。

 いくらマナを読むのが上手いからって、具体的な思考まではわからないだろう。

 ……わからないよね?


「……二人してなんだよ。たしかに、ルイズは甘いもの好きだしそういうことも考えたけどさ。もっとアリスとかカイルとかみんなに食べさせたいって思ってたんだよ。俺たちこっちに調査のために来てるんだから、別に悪いことじゃないだろ」


 なぜか言い訳がましく、まくし立ててしまう。

 その言葉に、二人はただ笑顔を浮かべるだけで答えも返してくれない。


 こんな時は、これ以上言ってもどうにもならない。

 数的優位を取られてしまったのだから、選択戦術は撤退だ。


 日陰を出て炎天下に戻る。

 何も気恥ずかしかったという理由だけで苦行に戻ったわけではない。

 マナ感知に反応があったのでそれを確かめようと思ったのだ。


 俺たちが来た集落の方向、少し離れた茂み。

 おそらくそこに彼らは隠れている。

 それだけ言えば何者かに狙われているようだが、多分そんなことはない。

 彼らの感情に警戒や敵意が感じられないからだ。

 かわりにそこにあるのは好奇心、興味。

 反応の大きさから考えても子どもなのではないかと思う。


 このあたりのマナの薄さは困ることも多いが、感知に関しては王国にいたときより伝わりやすい気がするな。

 フヨウも何も言わないし、そのままにしておいてもいいかなと思ったのだが、こちらからアプローチしてみることにした。

 反応に向かって片手を上げるとゆっくりと右左と振ってみる。

 急に近づいてきても怖いだろうしな。


 しばらくそれを繰り返したところでひょっこりと小さな頭が茂みから出てきた。

 それに合わせて少しだけ腕を振るペースを速めてみる。


 俺の意思が伝わったのかはわからないが、彼らはアプローチを受け入れるつもりになったようだ。

 三人とも砂浜に現れるとこちらに向かって歩き出した。


 しっかり日に焼けた、いかにも南国の子という感じの見た目。

 年長の子はアリス達と同じくらいの年頃だろう男の子。

 それに何歳か年下だろう女の子と男の子が続いている。


「人の気配がしましたけど、どうかしました?」


 最近は少しずつマナ感知もできるようになりつつあるメイリアが、少し警戒しながらこちらに問いかける。


「こっちを見てる子たちがいたから呼んでみた」


「……大丈夫なんですか?」


 子ども相手に、と思わないでもない。

 しかし、これは長らく命を狙われていたメイリアらしい反応なのかもしれない。


「ああ、あの子たちはこっちが気になっただけだろう。心配するな」


 その質問にはフヨウが答えてくれた。

 そんなやりとりをしている間に子どもたちはすぐ近く、五歩ほどのところまでやってきていた。

 剣を抜けば一刀の間合い。

 とはいえ当然攻撃するわけでもないので今は関係ない。


 メイリアが片手に持っていた果実が気になるようだったので、一度小屋に戻って袋ごと持ってくる。

 それを見せてみたのだが……、


「アグーイ……」


 この果実の名前だろうか?


「アグーイ?」


 港でのやり取りによると、ここでも語尾を上げれば疑問形になるはず。


「%& アグーイ!」


 多分正解。

 ファーストコミュニケーション成功だ。

 しかし、興味はあるが別に食べたいとかそういうことを思ってはいない様子。

 まあ、安価にたくさん売ってるくらいだしな。

 珍しいものではないのだろう。

 ということは、マンゴー切りが珍しかったのかもしれないな。

 これだけたくさんあるので、別にあの切り方で振舞うのは構わないのだが、どうせ味は変わらないしな……。


 少し考えてから思いついたことがあったので試して見ることにした。

 まず、樹脂でコップを作る、人数分。

 アグーイの皮を剥いて種をとり、適当にざく切りにしてコップに入れると準備はオーケーだ。


 魔杖を構えると集中して使用する魔術を組み立てる。

 簡単に言ってしまえばスムージー作成だろうか。

 ミキサーでもあればすぐ作れるものを魔術で再現しようとしている。


 以前戦闘で使用したものと比較すると、この手のナマモノの運動量制御は複雑で難しい。

 そこであえて、果実に含まれる水分だけに着目してそれを行ってみることにした。

 結果は……、成功と言っていいだろう。


 当然細胞中の水分だけが暴れまわったので組織がズタズタになっているのだが、それが良い感じにドロっとした質感を醸し出している。

 運動と引き換えに温度が下がって調度良いかなとも思ったのだが、想定ほど冷たくはならなかった。

 それでもなかなか良い感じにトロピカルなジュースになったのではないだろうか。

 ……なぜか自分で説明していてまったく美味しそうに感じない。

 だが、味は良いはずだ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る