第113話 異文化交流の基礎(上)
その日一日は周囲の探検のために費やした。
目的は第一に地形の把握、そして可能なら人里の発見だ。
本来の冒険という意味ではまず水探しを行うべきなのだろうが、万全でないとは言え魔術が使用可能ならその優先順位はかなり下がる。
最近は保存食が中心の食生活だったので、食材を探したいという気持ちもある。
しかし、それも安全性を考えると今すぐやるべき、とは思わない。
詳しい植生を知らない地域で採集を行っても、中毒リスクが高すぎるのだ。
それはみんなの共通見解なのだが……。
「せめて、新鮮なお肉かお野菜どちらかが食べたいです……」
人はなかなか欲求には逆らえない。
栄養的にも本当は保存食以外を摂った方が良いのだろう。
「さすがにその辺のものはだめだぞ。食べられそうな果実がそこら中にあるけど」
「だって、こんなに美味しそうなんですよ? 色も派手で目立つし、食べるより前に目の毒です」
確かに、やたらと派手な色合いのマンゴーのようなものが鈴なりに木になっている。
フヨウの見つけた鳥といい、俺たちの大陸と比べると目立つ色彩のものが多いかもしれない。
「試しにちょっと持ち帰るくらいはいいけどな」
船の積載量には余裕がある。
その上、最近は物資を消費する一方だったので気になった物を持ち帰る余裕は十分にあった。
「でも、なんか腐っちゃいそうじゃないですか、雰囲気的に」
「そうかもしれないな。だけど種は残るだろう。それを育ててみてもいいかもしれないぞ」
生育環境はかなり異なるが、なんなら簡易温室を作って実験農場にしてみてもいい。
それもこの果実に利用価値があれば、だが。
「便利魔術で毒探知、ってわけにはいかないんですよね」
「……この話は何回も講義したことがあるだろう」
去年、飽きるほどメイリアの毒見には立ち会ってきた。
分かっていて言っているはずだ。
青酸系のものを分離するくらいのことはこのあたりのマナを活用しても可能だが、基本、植物毒(アルカロイド)の構造は複雑で多様だ。
その全てを確かめることは不可能に近い。
一方で効果(どくせい)は非常に高いという厄介な特性を持っていた。
「なら、肉の方はどうだ?」
黙って話を聞きながら先頭で周囲を警戒して進んでいたフヨウが話に入ってくる。
背負った弓に手を添えて言っているので、狩りでもするか? と聞いているのだろう。
……完全に仕事を全部任せてるな……。
「お肉の毒ってどうなんです?」
詳しくは分からない。
蛇やカエルのように明確に毒を持つ種族はいる。
蛇なんかの場合ほとんどは頭を落とせば肉は食べられるはずだが。
「蛇とか獣ならいけるかもしれない」
一方で獣、ほ乳類はあまり毒を持たない、と思う。
あくまで前世の知識とこちらの世界の経験則になるが。
たしかカモノハシは毒があったんだっけか。
でも卵を産んで嘴があるのに、ほ乳類と言ってもピンとこないが。
「あまり大型の獣はいなさそうだな。蛇やトカゲはそのあたりに結構いるみたいだ」
マナの反応と動き方で判別しているのだろう。
彼女は優秀なスカウトだなぁ。
温暖というには暑すぎる気候が関係しているのか、全体的に変温動物が多いようだ。
「げ、毒蛇とか危なくないですか? 食べるとかの前に、噛まれたら大変ですよ」
「今のところ敵意を持つようなもの、人を飲むような大きさのものはいないな。私の後ろについてきていれば大丈夫だ」
……本当にフヨウが頼もしい。
俺の出番がないくらい。
ちなみに、メイリアの様子を見てもわかるように、王国では蛇食に対する忌避感はそんなにない。
毒を持つものが少なく、高たんぱくでおいしいからだと思う。
どちらにせよ南方の限られた地域で食べられているものであまりなじみはない。
輸入品の中で酒に漬け込まれたものを見たことがあるくらいだ。
結局、こちらを襲ってくるような相手がいなかったこともあり、狩猟による食料調達もなし崩しに行わないことになった。
新鮮な食事はもう少しお預けだ。
王国や教国の森では、こちらを見ると襲ってくるような魔物がうろうろしていたので拍子抜けである。
地形の把握については上陸したあたりに高台がなく、少し難航することになった。
しかし、それも一日歩き回れば概略が見えてくる。
なぜなら、上陸地点付近にあった藪と林はあまり広範囲に広がっていなかったからだ。
森というにはあまりにも狭いそれを抜けた先には、背の低い草がまだらに生えた草原のようなものが広がっていた。
草原というものには二種類が存在する。
一つは人間が作ったもの。
森を拓き、牧畜に使ったり農業用途に使用していたもの。それが放棄された場所。
船舶用材や燃料を得るために長きにわたって木材が産出された結果、出来上がったもの等だ。
もう一つは人を介さない環境によってつくられた草原。
大概は水の不足や強烈な海風、地形や標高の高さによる過酷な暑さ寒さ。
そういった森を育むのが難しい環境で開けた土地というのは作られる。
そしてこの地域は後者ではないかと思われた。
フルーゼの手紙や書籍から得られた情報によれば、この地域には年に一度雨季と呼ばれる季節がある。
カーラの目的地としていた港とは数百キロメートル単位でずれがあるので、必ずしも同様の気象条件ではないだろうが、おそらくここでも降っているはずだ。
とはいえ、この雨季はあまり長くなく、降水量も俺が東南アジアのそれで予想するようなものではなさそうだった。
そんな恵みの雨をたよりにこちらの人々は暮らしているはずなのだが。
「人の気配、ありませんでしたねぇ……」
多少は歩き回って地形を把握したものの、人影どころか人が過ごした形跡すら見つけられない。
半径数キロメートルは人の過ごす地域ではないのだろう。
せっかく上陸したはずなのに結局保存食を使用した代わり映えのない夕食を浜辺でつつきながら話し合う。
「一度、船に戻って予定通り東に向かうか?」
「ああ、それでいいと思う。林を抜けた時にさ、東の方には緑があったのに西には荒野が続いていただろう。あれ、川があるんじゃないかな。このあたりは塩の無い水は貴重だろうから、そっちに人がいる可能性もあると思う。どうせ目的地もそっちだしな」
「早く現地ご飯食べたいものですねぇ……」
「まったくだ」
こればかりは三人そろって共通の見解になる。
明日は人が見つかりますように。
果たして、その願いが聞き届けられたのか、翌朝には人の営みらしきものを発見することになった。
予定通り海龍丸に戻って東に向かうと、そこには河口らしきものが見えてくる。
規模はまずまず大きく、橋がなければ渡河はできなさそうな感じ。海龍丸で遡上は不可能といったところだ。
ちょうど時間が良かったのだろう。
朝食の準備と思われる煙が上がっているのを見つけて人がいることに気が付くことができた。
残念ながら外洋船が停泊できるような場所はなかったので、様子をうかがいながら東への移動を続ける。
そして辿り着いたのがこの集落だ。
ここに着くまでにいくつかの川を越えてきたのだが、その中でもひときわ大きい河口。
そこは、これまでより明らかに人の行き来が多かった。
川の本流を下ってきたらしき船も停泊しており、物流拠点であることを示している。
海側の方にも船を停泊するための波止場が用意されているため川上から運ばれてきたものを、各地へと運び出す機能がこの港にはあるのかもしれない。
小舟を出して入港可能かどうかの確認に出たのだが、ここで一つ『想定通り』の壁に当たることになった。
それは、
「%&#**&$?」
言葉が通じない。
かろうじて語尾の上がり方から疑問形であることが予測される。
事前の調査で目指すことになっていたギタンという港は大陸間航行の拠点となっているため、俺たちが普段使っている通称北大陸語が通じる、らしい。
そこで案内人を雇って調査を行うつもりだった。
しかし、先に訪れることになったこのあたりではあまりそういう人間もいないようだ。
もちろん、こちらの言語のコミュニケーションが必要になるケースも想定して対語表のようなものは作ってきたのだが、とにかくこれが複雑だ。
なにせ文章と音が一致しない。
どうやら筆記されるものと発音されるものでは文法自体が異なるらしいのだ。
残念ながら実用性の高そうな辞書は手に入らなかったので勉強は十分とはいえない。
気合で乗り切るしかない。
どうにかこうにかジェスチャーとイエス、ノー、そして指も使った数字を駆使することで入港の条件を知ることができた。
どうやら一定の金額を払えば国家等は関係なく停泊できるようだ。
しかし、その過程で分かったことなのだが、俺たちが海龍丸を置いているあたり、そのまま沖に停泊するならべつにお金も要らないよ、とそう言っているようなのだ。
かなり大らかな雰囲気だな。
少し話し合うことになったが、結局セキュリティのことも考えて小舟でそのまま上陸することになった。
ここではそう大規模な物資の売買予定はないのでなんとかなるだろう。
海龍丸の方は魔術を使い、錨が物理的に上げられない構造になっているので帰ったら船がない、ということもないはずだ。
上陸した俺たちが本来行うべきは情報収集だ。
まかり間違って治安の悪い場所へ入っても困るしな。
だが、今回はそこまで気を回すこともできなかった。
久しぶりに保存食以外のものが食べられるかもしれない。
その一心である。
周囲の警戒はする。
でも向かうのは人の往来のある場所、食べ物の匂いがする場所だ。
残念ながら何かを焼く屋台、というような典型的な場所を見つけることはできなかった。
朝の遅い時間ということが関係するのか、昼食の習慣がないのか外食できる場所も見つからない。
それでもフヨウの確かな鼻を頼りに、俺たちはすぐに市場を発見することに成功した。
市は朝から始まって昼には片付けるものなのか、店じまいの準備をしているような売り子が多い。
しかし、それが良かったのか売れ残ったらしい果実の類がどうやら捨て値になっているらしいものを発見した。
籠に小分けにしてあったものが袋にどさっと詰め込まれている。
果敢にジェスチャーで交渉を試みたところ、あっけなく最小単位の硬貨二枚で良いという。
これ以上、値切る余地もあまりない。
コヴェント諸島で物資を売買した際に入手していたこちらの硬貨を払って、ついに二週間ぶりの新鮮な食材を手に入れることに成功したのだった。
……でもこれ、どう考えても俺たち三人分には多いよな……。
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