第111話 挿話1

 勇者としての仕事というものは、やってみるとあまり面白いものではなかった。

 話を聞いた時から、つまらないだろうなと思っていたし、実際にその予想が当たっただけだ。

 かといって、この仕事を投げ出すつもりにはなれない。

 外国の偉い人と挨拶をし、話を聞き、相槌を打つ。

 それだけで救われる人たちがいるのは確かだから。


 このあたり、ユークスやマリオンは大したものだった。

 慣れた様子で笑顔を浮かべ、相手の求める言葉を他の人に角が立たないように述べる。

 夜会なんかが終わっても、なんだか気疲れしてしまう僕の隣で、なんでもない顔をしている。

 『なりたて』の僕なんかとは違って、ずっとこういう仕事をしていたんだ。

 早く慣れておかないと、みんなの足を引っ張ることになるなぁ……。


 ルイズはルイズでこんな日々も案外平気そうだ。

 彼女は僕の護衛ということで、最低限の挨拶以外はあまり会話に参加しない。

 ただ、姿勢を正して立っているだけで、可憐なのに武人の雰囲気があると評判だった。

 少し羨ましい。

「あの憂いを帯びた表情で何をお考えなのだろう」と言われることもある。

 例えば今は軽食に出た甘味を摘まんでも許されるかどうか、とそんな感じのことを悩んでいる。

 この場にいる人間でそのことに気が付いているのは僕だけかもしれないけど……。


 本当は、彼女はもっと落ち込むんじゃないかなと、そう思っていた。

 兄さんと別の道を歩むことになってしまったから。

 僕は僕なりに覚悟して今があるけど、彼女はそれに巻き込んでしまったから。


 ロムスを出発する間際、恐らくルイズは兄さんと何か大切な話をした。

 それは話だけではなく彼女の中に強く根付いている。

 例え話ではなく、僕にはそれがわかる。

 ルイズは、その兄さんとのつながりを支えに、この使命に付き合っている。


 本当なら、無理をしなくていいよと、そう伝えたい。

 それでも彼女は僕ら『二人』の護衛であると、昔から言い聞かせられて育っている。

 ただそう言われただけでは困惑してしまうだろう。

 自分で道を選ぶということに、まだ考えが及んでいない。

 僕にできるのは、彼女がいつかそれに気が付いた時に、後押しをすることだけだ。





「この辺りで頻発している集落の襲撃事件の調査を行うことになったのね」


 地図を指しながらマリオンが確認する。

 一通りの挨拶や公的行事が終わった僕たちに、ある仕事の依頼があった。

 依頼者は都市国家群に所属するいくつかの自治体。

 話を伝えてきた偉い人は「勇者に小事を任せるようで悪いが」とそう言っていたけれど、それが本音ということもない。


 この問題で、僕たちが『どれくらいの仕事』ができるか確かめたいのだと思う。

 現場に出すか、看板として使うか、そういう見定めだろう。

 僕も別に小事だなんて思わない。そこに住む人たちにとって大ごとだ。

 自分の人生そのものを左右するのだから。


「そう、ここ一年で立て続けに集落が消えてる。国の調査では魔物の仕業ってことになっているけど、辺境で他国からも近いってことで、人間の仕業を疑う人も多いんだ」


「軍事行動の一環ということか。しかし、ちゃんと調査をすればわかることのはずだ。例え容疑のかかった者たちが隠そうとしても、軍が動けば残る証拠というものがある」


 これに僕も同意する。

 騎士団を率いていたユークスならすぐわかることだろう。


「実際、初期の調査で他国の干渉は否定されてる。生き残った被害者も獣に襲われたっていう証言をしているし。でも、魔物が原因というには統制が取れすぎているんじゃないかっていう、根強い意見があるみたいなんだ。実際に魔物の集団暴走ならもっと他の地域で獣害が増えていてもおかしくないだろうって」


「それでは山賊などの可能性は?」


「目撃情報を疑うことになるけど、否定はできない。これだけの被害を出す賊ならかなりの規模だから気を付けないとね。ただ、人がやったにしては金銭価値のあるものが残っていたり、家屋が破壊されていたり。おかしなところが多いらしい」


「それで軍の工作を疑っているのですか」


「そういうこと。どちらにせよまずは調査だけどね」


「久しぶりの社交以外の仕事だ。本音を言うとこっちの方が性に合ってるよ」


 たぶんこの場の人間共通の見解をユークスが口にする。


「上手くやってるようにみえたけど」


「昔、色々と苦労したから練習したんだ。今でもあんまり楽しくはないけどね」


「兄さんは最初からそつなくやっていましたけど」


 拗ねたようにマリオンが続けた。

 彼女はこの旅で以前より子どもっぽいところが増えたと思う。これが彼女の普通。

 とても良いことだと思う。


「妹の前では見栄を張っていたのさ」


 その一言にアリスの前で良い格好をしようとする兄さんのことを思い出した。





「やっぱり人の仕業には見えないね」


 目の前には崩れてしまい、屋根もなくなったような建物が並ぶ『元』集落。

 病気が広まらないように、すでに被害者の葬儀は済まされ、魔物の死骸も片付けられている。

 それでも酷い、嫌な気分だ。

 判明しているうちで最も新しい被害地。

 ひと月ほど前に襲撃を受けた村だ。


「これだけの被害が出ているのなら攻城兵器かそれに準ずる機材が必要だろう。もしそんなものを運用していたら、いくら人の少ない地域とはいえ証拠が残らないとは思えない。最初の調査の結果通りだな」


「そもそも、相当数の魔物の死骸が確認されている時点で人の線はほぼないでしょう」


 ルイズの発言に頷く。

 実際に見てみればすぐにわかること。それでも疑う人間はいる。

 噂は怖い。

 それを信じたい人がいれば瞬く間に広がって現実と拮抗してしまうのだ。

 時間がたってしまえば真実と塗り替わる可能性すらある。


「でもおかしいね。調査をした人の話によるとここで確認された魔物は中、小型の物が百くらい。この規模の村になら脅威だと思うけど、家屋をここまで破壊するほどかな」


「その数だけなら絶対に無理だ」


 そこに後ろから声をかけてきた者がいた。

 野太い声に粗野な格好。

 ただ、肝の据わった瞳のせいか、見た目から考えると不思議なほど落ち着きを感じさせる物腰。

 彼の名前はディマス。

 この調査のために近隣の街で雇った冒険者だった。

 なんでも、元は傭兵だったけど、今は仕事が少なく仕方なく冒険者をやっているのだという。

 僕が話して僕が選んだ協力者だ。


「もっと数がいたと?」


「ああ、それにウルフみたいな群れるのばかりじゃない、必ずデカいのがそれなりの数いたはずだ。足跡は雨で流されてるが、ヒュドラやベア、なんなら竜族が混じってた可能性がある」


 竜族。人にとって恐怖と力の象徴。

 多くの種類があり、あまり生物として共通点が見られないことから学術的にはそれぞれ別の種族なのではないかと言われている。

 共通するのはトカゲのような鱗ある体と人里にはあまり現れないことだろうか。

 どちらかというと人が竜を避けて住んでいるともいえる。

 このあたりは人の少ない地域だけど、だからといって竜の生息地ではなかったはずだ。


「……こんなところにあらわれるとは思えないが」


 ユークスの発言はもっともだ。

 そして、彼の経験に基づく言葉でもある。

 ユークスはかつて、エトアの東方ではぐれ竜を退治して聖騎士になった人間なのだ。

 当然、竜というものがどんな生き物なのかこの中で誰よりもよく知っている。


「俺もそう思うよ。ただ、運の良い生き残りがそれらしい影を見たってだけだ。でもそういうあり得ないことが起きてないか、勇者様方は確かめに来たんじゃないか?」


 そうかもしれない。

 そして、ディマスには道中で僕の正体を明かしてあった。

 彼のことを信じられると思ったからだけど、何か心中に『そうするべきだ』と訴えかけるものもあった。

 女神の導きというものなのかもしれない。


「だとしたら、それだけの軍勢の統制をとってどこかからやってきて、魔物の中で大きな被害を出すことなく破壊の限りをつくして、また行方をくらましたということになる。全部が全部異常事態。確かに魔王降誕の先触れとしか思えないね」


 気になるのは、統制を取って、という部分だ。

 魔物がお互いに争うより、人を優先して襲うというのは普通のことだ。

 その、人に対する敵意そのものが魔物を魔物足らしめている。

 しかし、お互いに強く尊重する習性があるかというと疑問が残る。

 同じ種族ならともかく、他種族は捕食対象ということも珍しくはない。

 そんな集団がこれだけ暴れまわった上で軍隊のような規則正しい動きをするのは歴史上、魔王の下僕と共に暴れたときだけだ。


 魔物は強い。

 中型以上のものはだいたい一体で人一人を殺す力を持っている。

 そんなものが純粋な敵意を持って襲ってくるのだ。

 人間はそれに対し、知恵を絞って陣を敷き、守りを固め、罠を張った。

 協力し、武器を使って少数ずつ駆除を行い、少しずつ安全な地域を増やしてきた。


 それは人が協力したからできたこと。

 魔物が協力しなかったからできたことだ。

 ひとたび、何かの理由で魔物の数が増えれば、エルオラ街道のように人の営みがいとも簡単に破られる事実もある。

 魔物の軍勢。人に敵意のある統制された集団はまさに悪魔そのものだ。





「ここに、その『いけ好かないけど信頼できる人』っていうのがいるのかな?」


「ああ、いつもいろいろ飛び回ってるやつだが、どういうわけか最近はこの街をねぐらにしてるらしい。今回みたいに何かの行方を追うとか、調べるときには使えるだろうよ」


 あのあと、被害を受けたいくつかの集落の調査を行った。

 襲撃から時間が経っていたこともあって、最初の所ほどの手がかりは残っていない。

 それでも比較することで見えてくることもある。

 そうしてわかったのは、敵の驚くべき狡猾さだった。


 彼ら――そう、彼らと言える知性がある――は統制がとれているだけではなく、集団を分離させて潜伏、集合させて襲撃、必要に応じて撤退と戦術的な行動をとっている可能性が高い。

 それぞれの小集団に指揮をとる個体がいる可能性があるし、人にわからない連絡手段を持っていると考えられる。

 これはもう、討伐ではなく戦争だ。


 この戦い、相手のしっぽを掴めていない僕たちが絶対的に不利だった。

 もう少し情報がなければ軍や騎士団の出動要請もできない。

 時間をかければ被害が広がるかもしれない。

 そんな中で情報収集のために頼れる相手がいるとディマスが言うので、協力を得るためにこの冒険者ギルドまでやってきた。


「いけ好かないっていうのはどういうことですか?」


 ルイズが気になることを聞いてくれた。


「なんか挨拶とかが鼻にかかるんだよ。だが、仕事はきっちりやる。気は進まないがあんたたちなら大丈夫だろう」


 どんな人なんだろうか。

 そう広いギルドでもなく、併設の酒場の奥まった場所に目的の人物はいた。


「よう、俺に用だね勇者殿」


 話しかけてきたのは向こうからだ。

 赤毛の、経験豊富そうでいかにもな冒険者。


「……知っているの?」


「ああよく知ってる。そっちの聖女様も聖騎士様も剣士殿も。特に勇者殿についてはな。ウィルモア王国ロムスの出身。魔術師にして剣士、カイル・ロビンス殿」


 な? と何か同意を求めるような目でディマスがこちらを見てくる。

 彼の性格だったり調査能力のことを言っているのだろう。

 でも僕が黙っている理由は彼の人柄のせいじゃない。

 そんな沈黙に耐えかねたのか、ディマスは話を自分で進めることにしたようだ。


「最近起きてる集落襲撃事件。知ってるな?」


「もちろんだ」


「なら、力を貸せ」


 単刀直入な言葉だった。


「そのつもりだ」


 しかし、同じように単純な返答に対してディマスは驚いたようだった。


「あ? お前にしたら嫌に素直じゃねえか。まだ報酬の話もしてないぞ」


「君は俺をどういう目で見てるんだ。まあ今回は俺の個人的な理由だよ。昔受けた恩を返すために、君たちに協力するのが一番だと、そう考えたのさ。勇者殿、俺は君に昔会ったことがある。覚えているかい?」


「ええ、もちろんです。レッダさん」


 精悍な顔つきに浮かべる少し子どもっぽい笑顔。

 それには確かに見覚えがあった。

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