第105話 誰が育てた?

 アリスが俺を連れてきた場所は冒険者ギルドからほど近い一軒の刀剣屋だった。

 ここ、来たことあるな。

 たしかジュークと再会した場所だ。


 しかし、どう考えても女の子向けの何かを取り扱っているという感じではない。

 今度は砥石でもねだられるのだろうか。


 余談なのだがウィルモア王国では山岳部の偏った地域でしか砥石が産出されない。

 一方で需要は結構高いので高額取引されている製品の一つだ。

 ロムスでは船舶によって輸入したものを使うことが多いのだが、ブランドにこだわる人なんかはこうして都会に出た時に買い求めたりする。

 アリスもそんな話を聞いてきて欲しくなったのかと思ったのだが。


「これ! 残ってて良かったー」


 アリスの掲げるものを見つめる。

 ああ、フィブラか。

 いわゆるマントを首元で留めるためのブローチだ。

 とはいってもかなり武骨な造りで、どうみてもアクセサリーという感じではない。


 この店自体は刀剣屋なので武具刃物以外の取り扱いはほとんどないのだが、質流れ品なのかちょっと毛色の異なる物品が積まれた一角がある。

 どうやらそこで見つけたようだ。

 そういえば、この店で魔杖を買ったこともあったなあ。

 あれと同じ感じなのかもしれない。


 そのブローチを受け取ってよくよく眺めてみる。

 これは……、結構いい造りなんじゃないのか?

 装飾の素材は銀、針の部分はしっかり鍛えられた鋼でできている。

 アリスから聞いた価格は捨て値といって良いものだが、これは装飾の表面が錆びすぎて真っ黒になっており磨いても元の状態に戻らないという判断からだろうか。

 でもそれなら――。


「良い物をみつけたな、さすがアリス。ちょっと待ってろよ」


 この値段なら値引き交渉も必要ない。

 さっさと言われただけ払って会計を済ませた。

 しかし、この店主、顔を合わせたこともあるはずなんだけど全然覚えてるそぶりも無かったな。

 まあ何年か前に一回会ったきりだし、背も伸びてるから無理もないか。


「よし、買ってきたぞ」


 目をらんらんとさせたアリスに、ブローチを渡す。

 その直前にちょっとだけ魔術を使っておいた。


「ありがとう、兄さま! え、あれ?」


 俺がやったのは硫化銀の還元、いわゆる錆取りだ。

 一瞬のあいだに長年磨きこんだか、あるいは新品のようにぴかぴかになったそれを見てアリスは口をあんぐり空けている。

 こらこらはしたないぞ。


「もう、兄さま、魔術を使ったでしょう! 勝手なことしないで!」


 あれ?


「すごい! こんなことができるなんて!」みたいな返答を期待してたんだが……。


「こういうのって自分で磨いて綺麗にするのがいいのに……」


 ああ、そういう。

 なかなか渋い趣味をお持ちで……。


「アリス、だめだよ」


 落ち込んだ様子の俺を見かねたのかケインが諭す。


「せっかく買ってもらったのにそんなことを言って。まずはお礼でしょう?」


「……ありがとう、兄さま」


 ちょっとしぶしぶではあったが、自分が酷いことを言ったという認識はあったようですぐにお礼を言う。


「それに、こういう物って冒険者や旅をする人が使うものだよね。アリスはまだまだ初心者なんだから、綺麗なものを使い込んで、手入れして、少しずつ変化させていくほうが味があるんじゃないかな」


「確かに……。ごめんなさい兄さま。勝手なことを言ったのは私だったわ……。兄さまの気も知らずに」


 そこまで深い考えがあったわけではないのでバツが悪い。

 「気にしてないよ」と答えるので精いっぱいだ。

 それにしても、ケインはアリスをたしなめるのが上手だな。


「アイン様、さっきやったのは以前言っていた『還元』で合っていますか?」


 加えて、勉強まで始めるとは。


「その通り。よく一瞬でわかったな」


 そして俺も教えるのにやぶさかではない。


「ということは魔術を使わなくても再現できるということですよね!」


 あ、ちょっと熱が入ってきた。


「もちろん。そして、いい着眼点だ。銀錆は簡単に分解できるからな。熱するだけでもいいし、塩基、そこらの灰みたいなもので磨いても綺麗になるはずだ。より厳密に言うと――」


 その後、再度むくれてしまったアリスに叱られるまで講義は続いたのだった。

 近くの花屋で切り花を纏めたものを買ってやっと機嫌を直してもらい、帰路につく。

 あとは約束した買い食いだな。


「何を買ってもいいが、夕食を残さないようにな。イルマに叱られないように!」


「大丈夫ですよ。母さん、この間この街で父さんにスカーフを買ってもらって機嫌がいいから。ニナもいるし、お土産にみんなの分を買っておけば良いはずです」


よく見ている。

 もしかしたらゼブよりイルマの機嫌に詳しいかもしれない。

 ここは従っておくのが吉だろう。


 みんなのためにたっぷりお土産を買って充実した一日になったのだった。





 ただの来賓であるところの俺たちは観兵式典自体が終わってしまえば長居する理由がない。

 街はまだまだお祭りの様相だが、その終わりを見る前に帰ることになる。

 騎士団を始め、関係各所に挨拶回りは済んでいた。


 そんな中で、今回俺が護衛を務めたメイリアたちがいやに淡泊な反応だったのが気になる。

 別に今生の別れというわけでもないのだが、一言二言話して「それではご息災で」で終わりというのは味気なくないか?

 そう思って最後に顔でも見ておこうと場内を探し回ったのだが……。


「なんでこんなところにいるんだ?」


 結局見つけることができず、帰郷の準備に戻って来たまさにその場で見つけてしまった。


「見ての通りですが」


 見ての通りだから聞いたんだ。

 ただ、じきに出発する俺たちを見送ってくれるというのならそれは嬉しい。

 多少恐れ多いことだがゼブたちも喜んでくれるだろう。

 しかし、荷運びを止めてこちらを見ているゼブはまるで悪戯の見つかった子どもか叱られた子犬のようだ。

 どうやら何かを知っているらしい。

 それもこれも原因はメイリアの横に積み上げられた旅装品の山が原因だった。


「……どこかへ行くのか?」


 あまり意味のない質問だった。

 なぜならその旅装品は今もなお従士たちの手によって馬車に積み込まれているからだ。

 俺たちがロムスから乗って来た馬車に……。


「ええ、港町の方へちょっと。以前寄ったときに良い場所でしたので」


 そうだな、俺も散々自慢したしな……。


「わかった、説明してくれ。いいかげん、この急に驚かせるやり方やめろ。俺の心臓に悪いだけで誰も得しないから」


「私の心が少しすっとしますが」


 そんなことのために心負荷をかけられる方の気になってみろよ。


「だって先輩、この間は私を置いて妹さんたちと楽しく遊びにいっちゃうし、お土産も買ってきてくれないし」


 しょうがないだろう。

 悪かったと言えば悪かったが。


「本当にそんな理由でうちの馬車に荷物を積み込んでるのか?」


「意趣返しはついでです。今回のアーダン来訪はロムスへ行く途中に寄っただけなんですよ。先輩も来そうっていうんで、それじゃあ護衛でもしてもらおうかと」


「旅行したいだけっていうなら別に案内くらいしてやるが」


 そこでメイリアはちょっと変な顔をした。

 これはイルマが、ニナが可愛いけれど後始末の面倒な失敗をしたときに見せる顔だ。

 間違っても元上級生に向けるものではない。


「ちょっと違いますね。先輩、そもそも私、導師って呼ばれてますけどそれが本当に正しいと思います?」


「教会が言うならそうなんだろう。教皇のお墨付きだぞ」


「直に託宣があったわけじゃないですよ。カイル先輩もですけど、状況証拠でそういうことになっただけです」


 まあそうかもしれない。


「託宣にあったのは『聖女と導師に勇者が導かれた』ということだけです。カイル先輩が勇者だとしてそれを導いた人って誰ですか? 先輩本当に心当たりがありませんか?」


「…………」


「……黙ってても続けます。話は変わりますが今、王宮では粛清の嵐が吹いています。先輩がしれっと受爵だけ済ませて手紙一通の挨拶だけ私に残した後のことですね」


 ああ、もしかしてそのあたりのことを根に持ってるのか。


「それはしょうがないだろう。成り立て男爵の子が、どうやって王女殿下と連絡とるんだよ。挨拶状一つでも結構手間かけたんだぞ。例のインク使ってただろう」


 それでも当たり障りのない話題しか書いてないかもしれないが、そんなに薄情なことをしたつもりないぞ。


「あれが無かったらこんなに穏便に済ませてません。でも、それは余談ですね。問題は粛清の方です」


 王都から流れてくる噂にあったやつだ。

 なんでもメイリアのお父さんが頑張ってるとかいう。


「本当なら私がもう少しだけ静かに進めるつもりだった件が、いろいろあって大炎上、というか爆発しています」


 少しだけ静か……。


「起きてしまったことは仕方がありません。しかし、困ったことですが私もその渦中の一人でして、しばらくほとぼりが冷めるまで避難が必要かなと」


 それでロムスか。

 去年の事件の続きというわけだ。


「……身の安全重視はわかったが、それでいいのか?」


 あのとき、あれだけ頑張ったのはそういったことをやり遂げることも含めていたのではないだろうか。

 とはいえ、俺にとってはあまり近づきたくない話題でもあり、メイリアも逃げるというのなら喜んで手伝うが。


「……父が、お父様が頑張るみたいですから。私がいない方がやりやすいそうです」


 この表情は寂しそうと形容できるかもしれない。

 しかし、俺にはどちらかというと憑き物が落ちたように見えた。

 こいつにはこいつの親子事情というものがあるのだろう。


「なので教会の人とか巻き込んで、『真の導師の元で勇者に力を与えるために修行をする』という名目で王都を離れてきました。厳しい修行なので行先も内緒です」


んー? いろいろと変なことを言ったな。


「それがさっきの話か。お前は俺を『導師』とやらにしたてあげたいと」


「本気で言ってるんですけどね。むしろ私がその仕事を引き受けてどれだけ苦労したか知りたいですか?」


「……それはおいおいということにさせてくれ」


 導師かどうかはともかく、カイルの成長に俺が強く関わっているというのは自分でもそう思う。


「先輩の話を信じるなら。ロムスの改革の一つでも勉強すればいい感じに誤魔化せるんじゃないかなって思うんですよね。その辺の段取り、よろしくお願いします」


 勇者の実家で勉強して何が勇者の力になるというのか。

 まあそこはどうでもいい。


「この感じだと、みんなメイリアのこと、知ってたのか?」


「先輩が買い物を楽しんでいた間、仲良くさせてもらいましたから?」


「申し訳ありませんでしたアイン様。この件についての処罰は如何様なりとも」


 それぞれの反応が違いすぎる。

 処罰とかできないから!


「いいよ、イルマたちがそうしたってことは理由があるんだろう。二人を信じるよ」


 だいたい悪いのはメイリアのはずだ。


「まあ、父さんたちは驚くと思うけど……、ロムスを案内しろっていうならやってやるよ」


 ついでに研究所あたりで仕事もしてもらおう。

 できるだけみんなが運営できるようにしているが、魔術師がいると助かる部分があるのも事実だ。


「ただ、馬車の方がなー」


 今回は六人でやってきたので、荷物も併せて二台の馬車に分乗してきた。

 乗員に余裕はあるが、さすがに何人も増えるとなると……。


「それなら大丈夫です。ご一緒するのは私だけですから」


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