第104話 根付いた意志

 かつて、この騎士団で有数の腕を持っていたにも関わらず、それを評価されず孤立していた騎士がいた。

 名前は確かハンス。

 今、目の前にいるこの男だ。


 他の騎士と同じように式典用の鎧を着こんだその様子は如何にも強そうだ。

 どうやら、それなりに団のみんなとは仲良くやれているらしい。

 観兵式典という晴れ舞台にちゃんと一員として参加していたようだ。


「君と話がしたいそうだ」


「ご無沙汰しています」


 表情は真剣で、ちょっと挨拶というだけではないように感じた。


「立ち話もなんだろう。詰め所の方を使うといい」


 そんな様子をみてドミニクさんが場所を用意してくれた。

 石造りの小部屋に甲冑姿の大人はちょっとだけ圧迫感があるが、そこには椅子も机もあり、一息つけそうではある。

 そのうち一つをハンスは俺にすすめ、着席を確認した後に自分も座って一息ついた。


「やっぱりその鎧、重いですか」


「ああ、凄いよ。ずっと石を背負ってるみたいな気分になる。でもこのために訓練したからな。伊達に毎日土嚢を運んでない……、っと失礼しました」


 そこで突然語調が変わった。


「受爵されたのでしたね。無礼をお許し下さい。つい以前のつもりで話してしまい……」


「構いませんよ。会ったことのある人の言葉が変わるって悲しいですから。良かったら楽な方で話してください」


 あ、これってもしかしてメイリアの気持ちか?

 人生わからないところでわからないことを知るものだな。


 俺が敬語を使っているので居心地が悪そうだったハンスだったが、結局、元の話方を選んでくれたようだ。


「……失礼。でも、こうしていられるのも君たちのお陰なんだ。君の弟に負けてみんなに謝りに行った。あの時は渋々だったよ。でも、あいつらも頭を下げてるやつを無視するほどでもなくてさ、誰かが軽口を叩いたんだ。「どういう風の吹き回しだ」ってね。なぜか俺はそれに素直に答えてしまった。「そこで子どもに手ひどく負けて、ぐうの音も出ないほど正しい説教を受けたんだ」って」


 我を忘れるくらいショックだったんだろうな。

 俺だって年下に負ければ相当凹むはずだ。


「しまった、って思った。あのとき俺は強くあるためには弱みを見せたらいけないって信じ切っていたから。笑われるか、けなされるか、その両方がくるんだろうって身構えた。でもそのあとに誰も話さないんだ。ほんのちょっとの時間だけど凄く静かに感じた。でもそのあとに聞かれたのは「ほんとか?」って、その一言だけだった。もう口にしてしまったことだから訂正は利かない。正直に「手も足も出なかった」ってそう言った。そうしたらさ、みんな言うんだ。「すごい子どももいるもんだな!」、「未来の大剣豪かもしれないぜ」って。俺のことを表だって貶すやつはいなかった。中には「まあ気を落とすなよ、負けて学ぶこともあったろ」なんていうやつもいた。今思えば上から声をかけられたものだなって思うけど、その時は優しく慰められたなと思った。全部真実だったしな。今までこんなことは一度もなくて。それでやっと気が付いた。みんな同じだったんだって。俺が試合で勝ってきた相手はみんな同じ気持ちになったんだ。

 あとは、その子どもは何者なんだって聞かれるからゼブさんの弟子だって話をして、そうしたらゼブさんのことを知ってる先輩がいて。気が付いたらみんなと向き合ってちゃんと話をしてた。初めてのことだったのにあっけないくらい普通に話せたよ。

 それですぐにみんなに馴染めたかっていうとそんなことはないけれど、あのことがなければ今こうしていることはなかったはずだ。

 だから君たちに会ったら一言礼をしようって決めてたんだ」


 謙遜してもよかった。

 もともとカイルがやったことだったし、俺が誇ることなんて何にもない。

 でも、


「どういたしまして。といっても今回カイルは来ていないので俺の方から必ず伝えておきますよ」


 これはちゃんと受け取るべき礼だ。


「そうだ、今回は君がクルーズ殿の名代ということだが、カイルはロムスで領地を手伝っているのか? めでたいことだが大変なんだろうな、新たに地位を得るということは」


 カイルのことを話すべきだろうか。

 本当なら黙っておくべき相手、だけど伝えたい。そんな気分になった。


 そろそろカイル達はソーベリアで都市国家群協調のための声明発表を行っているはずだ。耳の早いものなら勇者の登場を知り始めているタイミングでもある。

 彼はここまで礼を尽くして話していたのだ、言葉を濁すのも感じが悪い。


「もうしばらくの間、誰にも話さないで欲しいのですが――」


 最初に口止めだけはしておくことにする。

 ハンスがそれに頷いたことを確認してから、カイルが勇者として認められた経緯をかいつまんで話した。


「――俄(にわ)かには信じがたい話だ。でもそうか……。確かにここ何年も魔物の被害は増加する一方だ。以前のエルオラ街道のように封鎖される所も各地で増えていると聞く。そういったことを考えれば本当なのだろうな、魔王も、勇者も……」


 何かを考えこんでいる様子だ。


「俺も少し前まで実感がなかったです。なんだか一方的に家族を取られたみたいな気持ちになって。やっと最近ちょっとだけ踏ん切りがついた感じで」


 不思議とこれまで、あまり人に話せなかったことを続けてしまった。


「もしかしたらこれは失礼なことなのかもしれない。でも、ひとつ伝えておきたいことがある」


 なんだろう。

 俺の言葉はそこまで女々しかっただろうか。


「俺は強さがどういうものなのか、カイルに教えられて良かったと思っている。独りよがりに顕示欲のためだけに鍛えても強くなれるわけがないのだと。でも――」


 でも?


「――それは勇者カイルから教えられたからじゃない。家族を守りたい、いっしょにありたいと願う少年から教えられたからだ。その考えが勇者に選ばれた理由なのかもしれない。だが、勇者だと知っている人間から諭されてわかった気になるようでは駄目だったんだ。権威ではない少年の真摯さ。俺たち全員がその強さを持つことができるのだと信じるために」


 ここに、あの時のカイルが残したものが確かにある。

 それは俺にとっても意味のあることだった。


「……失礼なんてことはありません。カイルは……、弟はこの後どのような道を歩んでも勇者という立場がついて周るでしょう。そんな中でただ一人の、俺の弟だったカイルのやったこと。それを覚えていてくれる人がいるというのはとても嬉しいです」


「そう言ってもらえると助かる。これは俺の勝手な意見だからね」


「それと、カイルですがあの時と変わっていませんよ。もっと強くなってもっとたくましくなりましたが、根っこはあの時のままです」


「そうか、もっと強くなった、か……。俺も今度は負けてられないな」


 そこまで話したところで詰め所の入り口をたたく者がいた。


「お、ハンス、こんなところにいたか。おっと、失礼しました。ゼブさんのお連れの方ですね」


「どうかしましたか?」


「ああ、お邪魔をしてすみません。今、ゼブさんが希望者に稽古をつけてくれてるんですが、ハンスもどうかな、と」


 なるほど、どうやらゼブの凄さは若手にもちゃんと認められたようだ。


「ハンスさん。良かったら行ってきて下さい。ゼブとの訓練、勉強になると思いますよ」


 教え方の上手さはお墨付きだ。


「わかった、今日はありがとう」


 剣に懸けるハンスは、達人の技を見る絶好の機会を逃したくないのだろう。

 素直に参加を決めた。


「なら早く来い。休み時間はそんなに長くないからな」


「ああ、すぐ行く」


 そこで俺の方を振り返る。呼びに来た騎士が離れたのを確認してから口を開く。


「カイルの言葉。もう一つ覚えていることがあるよ。「どんなに強い人、アイン、君みたいな人でも誰かに助けてもらいたいことがある。そんなときに後悔したくない」だ。勇者だって誰かの力が必要なことはあるはずだ。そんなときのために俺は強くなってみせる」


 「そう伝えておいてくれ」と一言残してゼブの方へ向かっていった。

 カイルの魂は確かにここに根付いている。

 力になってくれる人がいる。それを確認できて良かった。





 要人警護ということでかなり気を遣う観兵式典だったが、滞りなく終わらせることができた。

 終わってみれば拍子抜けだと言えないこともないが、これこそが最も望んでいた結果なので不満はない。

 とにかくアーダンの騎士団というのは優秀で、実際に行進するような表舞台の騎士以外にも警備、一般人の誘導等の諸事を上手くやりとげていた。

 毎年の行事ということもあり出店に大道芸人、ゆるくなった財布のひもを狙った行商人など街は未だに活況だった。

 せっかくこの街を訪れたからということでしばらく滞在して荒稼ぎしていくのが目的らしい。

 多くの民にとってもこのお祭り騒ぎが例年の式典本番みたいなところがあるようだ。


 浮かれ歩く人々のいる街並み。

 そんな中をアリス、ケインの歩調にあわせてゆっくりと進む。

 今日、こうして出歩いているの身内では俺たち三人だけだ。

 警備のための日々が続いたので慰労のためということだろうか、一日の休みをもらった。

 それを二人との約束を果たすために使うことにしたのだ。


「それで、どんなものが見たい?」


 急ぎ入用の物もないので個人的にはウィンドウショッピングに近い感覚だ。

 今日は二人の財布兼荷物持ちに徹するつもりでここに来ている。


「あっち。欲しいものはもう決めてあるの」


 準備はばっちりのようだ。

 俺と異なり、滞在中に結構暇を持て余していたアリスはゼブたちに連れられて街の散策を済ませている。

 大方その時に下見を済ませてあったのだろう。

 その時にすぐ買わず、俺と一緒に買い物に行こうというあたり可愛い妹だ。


「まあ、ちょっと待て。ケインの方は何か欲しいものあるか?」


「特には。本屋の方はだいたい見て回ったし、満足です」


 うちの家族では書籍の購入を推奨している。

 代官屋敷には小さいながらも書庫をつくり、そこに置く本については俺がかなり出資していた。

 今回自由に動けなかった俺はイルマにそのあたりのことを任せていたのだがうまく取り計らってくれたようだ。


「あ、でももし良かったら」


「なんだ?」


 なんでも言ってみなさい。

 兄は平等でなければならないからな。


「なにか出店で食べ物を買ってください」


 そんなのでいいのか?

 ちょっと拍子抜けだ。


「母様はなかなかこういうこと許してくれないので、一度試して見たかったんです」


 教育の問題だった。

 イルマ、悪いけどちょっとだけハメをはずさせてやってくれ。

 成長期なんだからちょっとくらい間食してもいいはずだから。


「さんせーい、あっちですごくおいしそうな匂いのお菓子売ってたの」


「わかったわかった、帰りにな。まずは目的のものがあるんだろう?」


「そうだった。こっちこっち」


 走りだそうとするアリスの手をあわててつかんでつなぎなおす。

 人が多いんだから気をつけるようにな。

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