第103話 立場は選べない

「……娘が、娘が何か失礼なことをしませんでしたか?」


「そんなことないですよ。今言った通りです。先輩は私の学院で最初の親友ですから。あ、オリヴィアもちゃんとお友達だからね」


 後ろを向くメイリアに、オリヴィアさんは「お戯れを」と小さくつぶやいたが、俺は知っている。

 あれはかなりうれしいときの顔だ。


「少しでも殿下の、国のためになったというのなら親としてこれ以上の栄誉はありません……」


「国とかそういうことじゃないんですけどね……」


 小さな声で、ほんの少しだけ寂しそうにつぶやくメイリアの様子にゼブの緊張感は限界点を突破しそうだ。


「二人にここに来て貰ったのには理由がある。まあ顔を見たかったというのも本当だがな。本題はこのお方、王女殿下についてだ」


 その様子を不憫に思ったのか伯爵が助け船を出した。

 話を進めてもらえるのはありがたい。


「国費を慮った王女殿下は非常に少人数でこちらに参られている。無論、こちらのオリヴィア殿は護衛としても頼れる方だが、人手が少ないということが色々と負担になることはわかるな」


 もちろん。

 去年嫌というほど痛感した。

 伯爵もそのことを知っているのだろう。

 しかし、メイリアはまたやらかしてしまったらしい。

 どこまで王女らしい振舞いが嫌いなんだ。

 俺たちが悪い癖をつけてしまったのだろうか……。


「これはアーダンの騎士と街を信用していただいてのことだ。光栄だし当然騎士団による護衛も増強する。しかし、な」


 そこで少しだけ言葉を切った。


「それなりの数の来賓がある以上、万が一にも殿下を侮るようなものが現れてはならん」


 当の王女が後ろでちょっと苦笑している。


「ひとつ、ふさわしい護衛をうちの身内から出そうと思ってな。どうだ、最近急に新興の男爵として名をあげた家の嫡子。そしてしばらくすれば勇者の実家であると知れる。うら若い王女を守る騎士としてはなかなかじゃないか?」


「父が来る可能性もあったと思うのですが……」


「その時はその時でなんとかした。なんにせよ、お前が今ここにいる、これが現実だ。殿下もきっとお前が来るであろうと仰せだった」


 なんで俺が適当に決めたことがわかるんだよ。


「それにお前、殿下の『王家の盾』らしいな」


「えっ!」


 なんだそれ、と思っていたところで驚きの声は思わぬところからあがった。

 これまでの経緯をなんだかそわそわしながら聞いていたドミニクさんだった。

 内輪だけで話をすすめていたようなものだったし、本当ごめんなさい。


「し、失礼しました」


「……その事実がある以上、殿下の護衛はお前以外いないというわけだ」


 伯爵は今のを無かったことにしたいらしい。

 演出に水をいれたお子さんはあとでお説教なのかもしれない。

 しかし、あのレリーフのことだよな。

 やっぱり大仰なものだった。

 そいういえばそんなこと言ってたもんな。

 知らないでしょうけど、俺、不意打ちで渡されたんですよ……。

 そんなことを口に出せる雰囲気ではなさそうだが。


「よもや断ったりはしないだろうな」


 以前見たことのある、わざとらしい重圧のかけかた。

 手紙の方で、大した責任もないし、って言ってませんでした?

 ただ、メイリアの表情を見てだいたいわかった。

 これ、お前が仕込んだんだな。


 ほんのちょっとだけ自分にできることを考えてみる。

 なんだかんだ言って護衛としては素人としての域を出ない俺。

 ただ、それをすることを嫌だとは思っていない。

 友達だしな。


 今回はカイルとルイズはいないが、ゼブ達もいれば騎士団もある。


「もとより、我が剣は王国のために」


 さすがにお姫様に忠誠を誓うのは気恥ずかしかったので国に対して誠意を見せる方向でいくことにした。


「……まあいいだろう。王女周辺の警備もあるが、お前の仕事は観兵式当日が本番だ。それまでは多少ゆっくりすることもできるだろうから準備をしておくように」


 回答が正解だったかどうかはともかく、間違いではなかったらしい。


「ゼブ、騎士団のやつらはそれなりに忙しくしているが、古参にはお前に会いたがっている者も多い。来ていることは伝えてあるから、よかったら激励に行ってやってくれ」


「お気遣い感謝します」


「ドミニク、騎士団の方はお前が連れて行ってやれ。アインもしばらく仕事はないから一緒に行くといい」


「承知しました。殿下、失礼します」


 最大限のやりやがったなという意思を視線に込めて退室する。

 ゼブたちもそれに続いた。

 背中には、やってやりましたよ、というありがたくない返事の意思が返ってきたような気がした。





 騎士団員は観兵式典に出る者もそうではないものも場内練兵場で最後の予行演習をしているらしい。

 以前、騎士団の活動を見学させてもらった場所だな。


 道中、ドミニクさんとちょっとした世間話をする。

 最近アーダンに寄ったときにも挨拶はしているので久しぶりに会ったというわけでもなく、気安い感じだ。


「あのときの三人はみんな凄い人物だったんだな。君も王家の盾だったとは」


「……こんなことを俺が聞くのは変だとは思うんですけど、それってやっぱり凄いことなんでしょうか?」


 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。

 今聞いておかなければ後々ものすごく苦労しそうな話だったのではっきりさせておくことにした。

 以前、オリヴィアさんたちにさらっと説明されたきりで一般的な解釈を知らないままなのだ。

 何度かその話題を出したこともあるが、「形骸的なしきたりで法的拘束力はない、上下関係のある中での友情と信頼の証みたいなもの」というふわっとした説明しか受けることができなかった。


「……――――」


 あ……、これは絶句というやつなのでは。


「……君は元々騎士ではなかったものな」


 深呼吸とため息の後に出てきた言葉がこれだった。

 今世この方、つい最近までただの平民だったので……。


「すごいよ、とても。この国の騎士は大概二つのものに忠誠を誓っている。一つは自分の所属する騎士団の長、うちなら父上がそれにあたる。そしてもうひとつは国、ウィルモア王国だ。例え命令に矛盾が生まれても、無辜の民に仇成すようなことはあってはならない」


 なるほど、そういうものか。


「多少の例外はある。近衛騎士団なんかは王族を国より優先するように言われるようだ。それに騎士団を私利で動かす大貴族、というものも歴史上は何人もいた。だが、これが原則だと思って欲しい」


 ここまでは前提だから、という感じで説明を受ける。


「稀に、その中に三つ目の忠誠、あるいはたった一人にだけ忠誠を誓っても許される騎士がいる。それが君、王家の盾だよ」


 あ、はい。って、えー……。


「王国の法にあるわけじゃない。もし君が知らないなら年金も出ないのかもしれない。そういう意味では勲章のような力はない。ただ、多くの騎士は君たちに憧れている。私が知っているのは軍神アイテル殿下の背中を守り切った男、不倒のラグランド」


 会ったことある、その人会ったことあるよ。

 師匠と戦ってた!


「その剣に断てぬもの無しと言われた陛下の右腕、エーベルハルト。そして東国に嫁がれた第一王女メヒティルデ様と共にある白百合の騎士パトリツィアの三人。君を加えて四人だな」


「すみません、なんだかいろいろと不理解で。みんなそういったことは知っているものなのでしょうか?」


 平民として、行商人として生活する範囲では耳にしたことはなかった。

 そもそも多くの町民は爵位と等級の違いだとか行政の組織構成、勲章の種類などはほぼ知らない。

 商人としてこの知識が無かったことについてはかなり危機感を覚えているのだが。


「ふむ……、私がこのことを知ったのは騎士学校で学んでいたときだったな。いわゆる憧れの存在としてまことしやかに噂されていた。ただ、教科書に乗っていたという覚えはない。本当に王家の盾であると聞かされたのも考えてみれば君が初めてかもしれないな」


 七不思議的なやつか?


「……このことは内密に願います。殿下の安全にも関わりますから」


「そうだな。これはそういうことなのかもしれない。少し興奮しすぎていたようだ。私もまだまだ修練が必要なようだ。父上もそう感じたのだろうな……」


 確かに、貴人の信頼する護衛なんてものは公になっていない方が都合がいいはずだ。

 だから俺がこのシステムを知らなかったのも当然、ということにしておく。

 何も解決はしないが。


 その後も唐突に落ち込み始めたドミニクさんを慰めているうちに練兵場へと到着した。

 そこでは、荘厳な騎士鎧に身をつつんだ集団がいて、周囲の人間も真剣な表情でそれを眺めている。

 いつかのように泥だらけになって訓練をしている者は一人もいない。

 こちらに気が付く様子もなく予行演習に集中していうようだ。

 邪魔をするつもりもないのでしばらくの間はそれを見学していた。


「よし、いいぞ。次の招集まで休みだ。各自準備した糧食をとって水を飲んでおけ」


 少したったころ、全体の様子を確認していた年長の騎士の言葉で一気に空気が弛緩した。

 やはりあの全身鎧であれだけ動き回るというのは続けるだけで大変なのだろう。

 このあたりの気候は穏やかだが、もう暖かい季節なのでかなりつらいと思う。


 休憩に入った騎士たちは見学をしていた俺たちを今更ながら「誰だ?」という目で見てくる。


「ゼブさん? ゼブさんじゃないですか!」


 そんな中、三十半ばくらいの年長の騎士が俺のとなりのゼブに気が付いて声をかけてきた。


「来ていたなら声をかけてくれれば良いのに!」


 その言葉に、なんだなんだと騎士たちの視線があつまる。


「行進訓練の途中で声なんてかけられるわけがないだろう。しかし、お前が旗を持つようになるとはな。私にはついにそんなお役目は回ってこなかった」


 集団の先頭で旗を持っていたのが彼だ。

 過酷だろうが名誉な立場なのだろう。


「それはゼブさんが強すぎたからでしょう。あれ、絶対他の先輩の僻みがありましたよ」


「お前は、そういう目にあわず、仲間に信頼されたということだろう」


 その言葉に、彼は兜を脱いで汗でびしょぬれになった顔の目じりを赤くした。


「……話には聞いてましたけど、ゼブさん、変わりましたね。渋くなりました」


「答えに困る言葉だな」


「褒めてるんですよ。そうだ、ちょっと待ってください。おーい、みんな!」


 好奇心の目で見ていた人たちが集まり始めた。


「この人がゼブさん。退団した今もこの騎士団で最強って言われてる剣士だ。拝んどけ拝んどけ」


 ひょうきんな言葉で人を集めているが、集まってくる人の目はわりと真剣だった。

 ゼブ、本当にこの騎士団でも評価されてるんだな。


 そんな様子を何歩か引いて微笑ましく眺めていると、声を掛けられる。

 そこに並んでいたのは一緒にやってきたドミニクさんと見おぼえのある一人の男だった。

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