第102話 逃れ得ぬ
慣れた旅路を少し新鮮なメンバーで過ごす。
ゼブは少し白髪が見え始めたものの、剣の腕は衰えを見せていない。
そんな信頼できる護衛といっしょの旅はすぐに終わった。
高速馬車で四日程に短縮された道のりを俺はそう感じたが、アリスとケインにはそうでもなかったようだ。
二人とも受爵の折りに王都まで行っているので初めての旅というわけではないが、まだ旅慣れたというには早かった。
一方、ルイズの妹、七歳になったニナは前回ロムスでお留守番だったので正真正銘初めての旅だったはずだが、終始ご機嫌だった。
両親やケインと一緒に過ごす時間が長いことが嬉しいらしい。
その中にルイズが含まれていないことがちょっとだけモヤっとする。
これはお姉ちゃんのカッコいい所をちょくちょくお話ししていかねばなるまい。
家族の縁をつなぐのも、残った者の使命なのだ。
平民の時と異なり、基本この街を訪ねる時は宿などとらず、アーダン城に宿泊することになる。
ここの伯爵は顔見知りなのでまだ良いが、他の街でも同様の扱いになると思うと面倒だなという気持ちが先立つのも事実だ。
以前、師匠とここに来た時に、貴族門の通行をぐずった理由が今更ながらわかるのだった。
「いい齢して」とかほんのわずかにでも思ってごめんなさい……。
すみませんでした。
むくれた師匠を頭に思い浮かべながらほぼ待ち時間もなくその貴族門を通りすぎる。
見慣れたといっていい城門で声をかけると、待合いへ移動するまでもなく、俺たちの担当だという騎士がやってきた。
この顔は、
「オラフさん!」
「よう、元気にしてたか? おっと、男爵家令息にこの挨拶はなかったな」
そういって優雅な振る舞いで会釈を含んだ礼をした。
騎士服も相まっていつもとはまるで異なる上品な印象を受ける。
この人、こんなこともできたんだな。
映えあるアーダン騎士団で長い間やっているんだから当たり前なのだが、正直こんな印象は全然なかった。
「できたらいつも通りにしてください。やりにくいですよ」
「なら偉い人が見てないときだけな」
ニカっと笑うとそう答えた。
初めて会った時と比べても髪は白くなり、年齢を感じさせる見た目になったのだが、こういう子どもっぽい反応の方がオラフさんらしいなという気持ちになる。
「ゼブもそれでいいかな?」
名誉騎士爵を得たのはルイズだけなのでゼブが偉くなったというわけではない。
だが、今回は正式に来賓として来ているので一定の敬意を払われる立場ではあった。
「オラフさんに頭を下げられるなんてやりにくくてかないませんよ」
ゼブとしては柔和な表情。
ロムスでもなかなか見せない姿にケインが少し驚いている。
「こっちがうちの家内のイルマ。そして息子のケインと娘のニナです。ルイズは以前会いましたね」
「おお、別嬪さんを捕まえたな。俺はオラフ。もうずいぶん昔にこの男の上司をしていたことがある」
「お噂はかねがね。ケイン、ニナ、ご挨拶を」
それぞれが、おっかなびっくり簡単な自己紹介を行う。
「おう、よろしくな」
そんな様子に笑顔で答えた後に続ける。
「前のルイズの嬢ちゃんのときは驚くことばっかりだったが、あのゼブが結婚して三人も子がいるってのは感慨深いな。それにみんないい子だ。ゼブ、良かったな」
「ありがとうございます」
こうして自分の幸せを喜んでくれる人がいる。
だからゼブは今回家族をここに連れてきたのだろう。
「それとな、理由があってカイルと嬢ちゃんのことも聞いている。困ったことがあったらいつでもアーダンに連絡しろ。このことは領主様直々の言葉だ。遠慮はいらん」
真面目な顔で心配してくれた。
託宣に選ばれた勇者の存在は一部を除いてまだ公開されていない。
他国との協調であったり、実績をつくってから国民に知らせようという広報戦略なのかなと思う。
魔王という存在があったとして、それを打ち払うことができるのは勇者(カイル)たちだけなのかもしれないが、相手が軍勢である以上、人類(こちら)の足並みがそろわなければ勝てるものも勝てないというのも事実だった。
慎重に情報公開するという方針に反意はない。
一方で受爵や外交の関係で各友好国の上位者間では勇者の存在はおおむね認知されている。
そうしなければ話し合いもできない。
オラフはその立場ではないが、伯爵が信頼して言伝を頼むのには向いた人材だったのだろう。
「早速ですが、伯爵にお目通りはかないそうですか?」
「それがな、王都の方から偉い人が参列するってことでドミニク坊と一緒にそっちの応対にまわってるよ。先に部屋に案内するように言われてるからゆっくりしててくれ」
偉い人、か。
アーダンの観兵式典はなかなか見もので近くの集落からも人が集まってくるとは聞いていたが、伯爵自身が迎え入れるような来賓もいるのか。
式に箔はつくかもしれないが、伯爵も大変だな。
やることがあるわけでなし、そんな人が近くにいるというなら念のため子どもたちと挨拶の練習をしておいた方がいいかなと、すっかり保護者然とした考え方に染まった頭で考えていた。
今でも偉い人というのが怖いものだという考えは持っている。
しかし、カイルの受爵以降どこかそういった感覚が麻痺してしまったような気がする。
あるいはメイリアとの付き合いが悪かったのかもしれないが。
緊張しないのはいいが、アリスたちに悪い癖がうつってもよくないから気をつけるようにしよう。
メイドさんにお茶を入れてもらったりしながら過ごす。
そういった雑務を人に任せることにイルマが落ち着かなそうだったのがちょっと面白かった。
恐らく前に王都へ向かった時もこんな感じだったのだろう。
いつも母親業とメイド業、二足の草鞋で頑張っているのだから旅の間くらいはゆっくりしかたを覚えてほしいな。
アリスとケイン、ついでにニナに今回必要になるかもしれない礼の仕方を復習させる。
とは言っても、アリスとニナがくるくるとおしゃまにかわいらしく動き回る様子を俺が褒めまわしているだけだが。
ケインについては俺が何か言うまでもなく完璧にやってのけるので、ただそこを当たり前に褒めるだけだ。
イルマの日頃の教育がいいのか、物覚えがいいのが理由か。
とにかく全員、褒め殺しだ。
よもやこんな可愛い子どもたちに難癖をつける参列者はおるまい。
おっと、王都から結構偉い人が来ているんだったか。
そこは俺がうまく取りなさないとな。
ついさっき決意したことを忘れそうな可愛らしさに気を引き締めていると、ちょうど良く控室にノックの音が響いた。
これくらいは自分の仕事だとばかりにそれを取次ぎに行くイルマ。
呼び出しに来たのは案の定オラフだった。
「ああ、これはすみません。ちょっとゼブとアインを呼んでもらえますか」
ちょっと恐縮しながら呼び出された俺たちは、イルマが声をかけるまでもなくそこへ向かう。
「伯爵様が挨拶をしたいとお言いだ。ちょっと込み入った話もあるらしいな。二人だけだそうだ。お待たせしてすみませんね」
最後は一緒にいるイルマに一言伝え、呼び出しを受ける。
どうやらお偉いさんとの話に一段落ついたらしい。
「兄さま、いってらっしゃい」
子どもたちの見送りを背に、伯爵の執務室に向かった。
頻繁に訪れるというわけでもないのだが、さすがにこの城の構造は把握してきた。
形だけはオラフさんの後ろをついて歩いているが通るべき道はわかっている。
しかし、場内になんだか人気(ひとけ)が少ないな……。
間近に迫った観兵式典のために出払っているか、来賓客の対応で忙しいのかもしれない。
そして辿り着いた執務室の立派な扉の前。
そこで俺はある事実に気が付いた。気が付いてしまった。
……室内にあるいくつもの知っている気配に。
……こういうことか。
いや、どういうことかはわからないが、概ね話の方向性は見えてきた。
「ゼブ、ごめん」
ノックをしているオラフの背を見ながら、声をかける。
「なんでしょうか?」
少し驚きを含んだ小声。
普通こんなところで声かけないよな。ごめん。
「少し騒がしくなるかもしれない」
「……?」
疑問に答える時間はなく、入室の許可が出てしまう。
どちらにせよ中に入ればわかることだ。
願わくば、ゼブに心の準備をする余裕があることを。
「お二人をお連れしました」
敬語の切り替えがうまいな。
「ああ、よく来てくれた。オラフは下がっていてくれ」
「は!」
入れ替わりにやってきた俺たちは首を動かすことなく辺りを見渡す。
そこにいたのは反応の通り五名。
どれも覚えのある顔だった。
「アイン・ロビンスです。父クルーズの名代として観兵の栄誉に預かれると聞き、参りました」
「ゼブです。同じく末席に加えて頂きたく。ご無沙汰しております伯爵」
部屋にいるのはゲオルグ・アーダン伯爵、嫡男のドミニクさん、筆頭家令の、たしかあヒムさん。
そして、
「ああ、ご苦労だったな。楽にしてくれ、と言いたいところだが今回はそうはいかん。ふさわしい行動をとってくれ。今回来賓として参列されることになっている王太子殿下のご息女、導師メイリアーナ殿下とオリヴィア殿だ」
昨年、相当長い時間、共同生活を行った見慣れた二人が並んでいた。
「アイン様、ご無沙汰していますわ」
行動と発言の優雅さとはかけ離れた厳しい目線を一瞬だけ俺に向ける。
オリヴィアさんは逆に口角を一瞬だけあげて笑顔を浮かべたような気がする。
「姫様もご機嫌麗しゅう」
精一杯の皮肉をこめた挨拶。
ただ、入室前に心の準備ができていた俺とは異なり、さすがのゼブも狼狽していた。
慌てて最敬礼をとる。
「楽にしてください」
その言葉に伯爵の方に目を向ける。
「仰せの通りにせよ」
しょうがないなという感じで出された命令に従い、やっとメイリアのご尊顔を視界に入れる名誉を受けたのだった。
……これが普通の対応なんだよな。
「ルイズ先輩のお父様ですね」
ああ、お姫様モードはここまでなのか。
確かにゼブは早めに楽にしてやりたい。
「私が今ここにいることができるのは先輩たちのおかげですから。去年のことも、その前も。何年もの間、ずっとずっとお世話になりました。そのお礼を言いたかったんです。いつか御恩は必ず返しますから」
立場にそぐわない言動にドミニクさんが目を白黒させている。
ゼブはもっと酷くて何も言葉にできない。
「ルイズ先輩の魔術院の後輩、メイリアです。以後お見知りおきを」
何も言えないみんなの前で、さすがに優雅な、だけど親しみのある一礼をしてみせたのだった。
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