第101話 新しい日々

 ロムスの生活は穏やかなもので、去年のあわただしさが嘘のような日々が続いていた。

 当然カイル達の現状が気になるのでそのあたりの確認に抜かりはない。

 最初の目的地としていたソーベリアという国に無事到着し、そこを拠点にしばらく活動するという情報を新たに得ている。

 まあ、到着を知らせる手紙が来ただけなのだが。


 王国内の話だと、宮廷で近年稀にみる大粛清が行われたとのことで、どこの街もその話題でもちきりの様だ。

 辺境ではあるものの交通の便が良いロムスも例外ではなく、酒場やギルド、港等へ行けばそういった噂を聞かない日はない。

 エトアからわざわざ情報収集に現れる者もいるらしい。

 市場は外部からやってきた人員の生活を支えるためにいつも以上に活況だ。


 なんのことはない、メイリアが計画していた反撃が行われた結果、ということのはずである。

 これまでの領地整理は嵐の前触れに過ぎなかったわけだ。

 ただ、噂話というのは尾ひれがつくものなのか、ここ最近聞く情報は多少異なる。

 この粛清、表立って出てくるわけではないが、首謀者は王太子。メイリアの父親だというのである。

 まあ、王女様が粛清とか外聞が悪いのでどこかで力が働いたのかもしれない。

 ただ、王太子は長らく穏健派として知られ、悪く言えば貴族に舐められている部分がないでもなかったので、この変化は上流階級の人間たちに激震をもたらしたらしい。

 おのおの派閥をつくってやりたい放題やっていた彼らは、ここに来て王太子の行動に迎合するか反抗するかの選択を迫られている。

 いよいよ次期国王を見据えた行動に出たなと、彼のことを評価する声も少なくない一方で、大領地を取り上げられた貴族の関係者もいるため、落ち着くのにはしばらくかかるだろう。


 わがロビンス家といえば、新興すぎて蚊帳の外というのが実情だ。

 あえて言うなら寄子となっているアーダン伯爵家に従うことになるだろうが、こうしろ、という命令は今のところない。

 今回、カイルの勇者としての立場は現時点ではそこまで広められているものではないが、当然貴族たちの中にはそれを知っている者もいる。

 そういった人間が勇者の権威を取り込もうとしないよう、今のところ現国王の庇護下にあるというのも大きいのかもしれない。

 いつの間にか(実際はエトアにいるときに)成人していた俺は、父クルーズとともに社交界に出るのが普通だ。

 しかし、これが理由で当面は積極的な交友は必要ないと王都にいるときに言われていた。

 御家立ち上げの庶務に専念せよ、とのことだ。


 だからこそ、のんびりできる。

 社交界デビューは妹のアリスと一緒くらいかな、とそう思っていたときにアーダン伯爵家からちょっとしたお誘いがあった。

 名目は毎年ある騎士団の観兵式典への来賓客。

 言って見れば賑やかし要員だった。

 大した責任もないから、貴族の練習がてらどうだという意味の手紙がアーダン伯爵直々に添えられていた。

 社交界には出ないほうが良いが、内輪での集まりは人間関係固めにも良いだろうという判断だろうか。

 実際、他家との交友をまったく断ったままで準備をするというのは不可能だ。

 だからこそ寄親であるアーダン家にはロビンス家を助けるよう王命があったという話も聞いている。

 その一環かもしれない。


「できたら行って来てもらえないかな。僕はちょっと……、これだから」


 このことについて相談すると、クルーズは目の前に積みあがった書類を見ながら言った。


「結構長い間王都に行ってロムスを空けたろう。ここが所領になることでテムレス経由の物品の関税なんかも僕の方で見ることになって、少しそっちの方に集中したいんだよ」


 気持ちはわかる。

 カイルが独立して嫡子という立ち場から逃げられなくなった俺は、これでも結構統治の仕事を手伝っている。

 とはいっても改革とか改善とかそういうことに力が入っていて、クルーズの仕事をしっかり肩代わりしているとは言えない。

 減らしている仕事とは別に増やしている部分も間違いなくあるためだ。

 そして、堅実に働くクルーズを横で見ていても今が忙しいときなのは間違いない。


 一方で彼も貴族になったのだからそういった仕事はもっと人に投げられるようになってきているのも事実なのだが。

 せっかく学校をつくって優秀な人材をどんどん輩出しているというのに、そちらに仕事を回さないのはなぜか。


 結局のところ、クルーズは根っからのワーカホリックなのだ。

 案外、いま俺が一番取り組まなければいけない仕事は当主殿の意識改革なのかもしれない。

 とりあえず、アーダンの式典には俺が名代として向かうと返事を出した。

 これだけでもクルーズがやることを少しは減らしたことになるだろう。

 そして、当主の業務改善計画についてフヨウに相談しようと思ったのだが……。

 いざ探してみると、なかなか見つからない。

 やっといたと思ったら、


「今ちょっと取り込んでいてな。急ぐ話か?」


 とすげない様子。

 自分の家族の働き方改革を忙しい相手にするというのは、なんだかとんちんかんなことを言っているような気がしてそれ以上は話せなかった。


「いや、ちょっとしばらくアーダンに行くことになってさ。またしばらく空けることになりそうなんだ。いつも仕事を任せて悪い」


 だから口をついて出た言葉は目下計画中の観兵式典の話だった。


「ああ、貴族になったからそんな話もあるのか。ちょうどいい。少し気分転換をして来い」


 気分転換が必要なのは忙しそうなフヨウの方では?

 そんな言葉を飲み込む。


「帰ってきたらしばらく時間ができるはずだから、そっちの仕事を手伝うよ。なんでも言ってくれ」


 そこでフヨウは真顔でこちらを向くと、ニヤリと不敵に笑った。

 ちょっと見ない顔で怖いって……。


「じゃあ、色々と頼もうか。こっちでも準備をしておく」


 これは……、迂闊なことを言ってしまったか。

 まあ、フヨウなら無茶なことは言わないだろう。

 これで優しいお姉ちゃんなのだ。

 世話になっているし、二、三日徹夜仕事くらいはどんとこいだ。


 流れで決まってしまった観兵式典への参加だが、次に問題になるのは同行者かな。

 クルーズは欠席。

 となるとエリゼ母さん、アリスの二人がまず候補。

 目的地がアーダンなのでゼブが行くのもいいだろう。

 このあたりで話をしてみよう。





「兄さま、私も行きたい!」


 予想できたことだったが、街の外に出る機会が少ないアリスは乗り気だ。


「だったら、貴族らしい振る舞いができないとな。どうしたらいいと思う?」


「お兄様、私も連れて行ってくださらないかしら?」


 これでいいのかな?

 どこかのお嬢様っぽくはある。


「よしよし、よくできたね」


 アリスは可愛いので、正しい敬語かどうかはともかく頭をなでておく。


「母さんはどう思う?」


 満足そうな顔で頭をなでられている妹をそのままにエリゼ母さんに話をふると、


「そうね。クルーズが行かないのなら、私もロムスに残ろうかしら」


 アリスの「えー」という視線にかまわずそう答えた。


「ゼブ、アインのことを頼める?」


 変わりにという感じでゼブへ話を持っていく。

 知己の人間も多いアーダンのことなのでいわゆるサービス発言だ。

 男爵家とはいえ嫡男や息女だけで行くのも面子の問題があるだろうから、従士が帯同するのはおかしな話ではない。


「無論です」


「なら、ついでにイルマたちも一緒に行ってきたらいいわ。いつも家族を置いていくなんて良くないもの」


 他意はないのだろうが耳の痛い言葉だった。


「よろしいのですか?」


「旅費のことは気にしなくていいから、アインのことお願いね」


 しばらく、他の同行者の調整があった。

 結局、今回の旅はアリス、ゼブ、イルマ、そして彼らの子、ケインとニナが参加だ。

 クロエは街に残ってくれる。

 寡黙な人だが縁の下の力持ち的な意味でこの人には本当にお世話になっている。

 念のためフヨウも誘ったのだが案の定忙しさを理由に断られてしまった。

 ルイズの時も思ったが、嫌われてるとかじゃないよな……。





 旅となれば準備が必要になる。

 そこまで遠出の経験がないアリスとケインにそのあたりのことを教える仕事を俺は買って出た。

 ニナはさすがに幼いのでイルマが用意してくれている。


「兄さま! このナイフどうかしら!」


 大振りの実用一辺倒な形をした刃物を振りかざしてみせる。


「うんうん、旅でナイフは重要だな。でも、今回は貴族としての仕事が目的だろう。お嬢様らしさの方がもっと大切だ。俺はアリスの綺麗なドレス姿が見たいなー」


「そーお?」


 まんざらでもなさそうに今回のために用意した礼服を広げ始める。

 この子はどこか冒険にあこがれているところがあって、昔からそういった話をよくせがんでいた。

 荷造りで最初にナイフを選び出すのはそのあたりが原因だ。

 完全に俺たちの責任なのだが、貴族令嬢としてはちょっとだけやんちゃ過ぎると思うので丁寧に教育していかねば……。

 幸い、といえるのかどうかはわからないが、エルトレア滞在中に叩き込まれた服飾の知識はここでも活きることになった。

 最先端とまではいかないが、妹を流行外れの田舎者として見られずに済む程度にはおしゃれさせることができるだろう。


「アイン様、本は何冊くらい持ち込めばいいでしょうか」


 アリスに、服に似合う扇子と手袋を選んでやってひと段落したところで入れ替わりにケインが話しかけてくる。


「そうだな、大切なものだから沢山はやめたほうがいい。旅の途中で汚れちゃうかもしれないだろう。できたら一冊だけにするんだ」


 ルイズの弟であるケインはアリスと同じ年のいわゆる幼馴染だ。

 ゼブの息子なのだが、あまり剣に関心がないのかルイズの様な尋常でない才能を見せることはなかった。

 ちょっとだけゼブがそのことを残念そうにしていたが、ルイズみたいなのがそう何人もいても困るのでこんなものだろう。

 ただ、それでケインが普通の子かと言うとそんなことはない。

 この子は別の意味で天才だと俺は思っている。

 その一端がこの本に対する関心だった。


「でも、一冊だけだとすぐに読み終わってしまいます」


「だから、何回も読みたいやつにするんだ。隅から隅まで覚えていると便利そうなやつ。それで足りなかったらいろいろ俺が教えてやるから」


 俺たちの教育のために揃えられた本は無駄にならなかった。

 このケインがいたからだ。

 幼いうちにその数々を読破し、あっという間に理解してしまった。

 ほとんど独学で。

 動植物学、数学など科学的手法にも理解が早く、個人的にはロムスの未来を担う人材の筆頭なのではないかと思っている。

 クルーズと俺でしばらくケインをとりあうことになりそうだが、このままだと余所に出て行ってしまう恐れがある。

 それだけの才能だった。

 気を付けないと……。


「やった! アイン様の授業だ!」


 何これ可愛い。

 俺の弟は素直な子ばかりだな。


「それと、読んだ内容をアリスに教えてやって欲しい。人に教えるっていうのは一つ上の段階で理解するってことだから。あとでためになるはずだ」


「わかりました」


「えー、旅先でまでお勉強?」


「日頃の積み重ねが大切なんだよ。がんばったらアーダンで何か買ってあげるから」


「じゃあ、お買い物に付き合って! 約束よ」


「いいよ。でも、あんまり高いものはだめだぞ」


「はーい」


 お転婆でも学習意欲が高くても、子どもというのは元気で素直に育ってくれるだけでありがたい。しみじみと思う。

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