第四章
第95話 あれから
豪奢ながらも下品ではない、歴史を感じさせるつくりの広間。
ここには三十に少し足らないほどの人間がいるが、その中で椅子に座っている者はたった一人だけ。
そして過去現在未来、すべてにおいて、この部屋でそれを許されるのは常に一人だ。
その大層な椅子は一般に玉座と呼ばれる。
そこに座っている老人、彼こそが俺の暮らす大陸きっての大国、ウィルモア王国の王、ルドルフ・デムラ・ウィルモアその人だった。
今ここにいるのは王都に滞在している王族、ほんの一部の高位貴族、そして近衛騎士――彼らもまた貴族の出自だ――、そして俺たち家族だった。
正確には俺、カイル、ルイズ、そしてクルーズの四人。
なぜこんな場違いな所にいるかというと、それは呼び出されたからに他ならない。
その理由は――
「その者、クルーズ・ロビンス。面を上げよ」
「はっ」
王のとなりにいる宰相の呼び出しにクルーズが答える。
緊張でがちがちだ。無理もない。
それでも大きな粗相もなく応対しているのはわが父ながらよく頑張っていると思う。
「汝に男爵の爵位を与える。王国貴族の名に恥じぬ働きを期待しておる」
玉座の王が口を開き、それだけ申し付けた。
「ありがたき幸せ」
事前に取り決められたなんの面白みもないやりとり。
これで、俺たちには『高貴なる者の義務』が発生することになったわけだ。
受爵。それがここにいる理由だった。
「その者、ルイズ。面を上げよ」
「はっ」
続いて呼び出されたのはルイズだ。
「汝にエルフェンの家名と名誉騎士爵を与える。その武をもってウィルモアに貢献してみせよ」
「必ずや」
ルイズもこの度、王国貴族の一員として序されることになった。
彼女自身のあげた功績によって。
あの日、女神の託宣を見届けるために大聖堂に集い、襲撃を受けたあのとき。
俺たちを襲った集団はその風貌通り、主に冒険者で構成されていた。
その数、四百余り。
受託会場に攻め入った者は多めに見ても百人ということはない。
残りのうち何割かは最初に大聖堂を護衛している聖堂騎士団とぶつかり、突入を成功させるためにそこで戦っていた。
それでも二百に足ろうかという襲撃者はどこへ行ったのか。
端的に言えば、その大半を足止めしていたのがルイズだった。
順番に話そう。
大聖堂の控室は会場とは異なり、それなりにマナの自由が利く環境にあった。
だからカイルとルイズは俺たちに随分先んじて異常を知った。
建屋の中では多くの場所で諍いが起きており、その中には司祭服を着たものも混じっている。
誰が信用できるかわからない危険な状況だ。
いち早くそれに気が付いたカイルたちは、控え室内の様子を確認しながら情報を共有した。
幸い、室内に異常行動を起こす人物はいなかったが、一部の者が冷静さを失ってしまった。
止める声を振り切り、ある者は託宣の会場へ、ある者は現状を把握しようと聖堂内の他の部屋へ向かった。
この時点でカイル達が把握していた通り、すでに大聖堂にはかなりの戦力が集まっており個人での状況の打破は不可能に思われた。
結果、単独行動した者たちは冒険者との戦いになり、数に負けてしまったようだ。
控室内にいた残りの人間は、協調して作戦を立てることにした。
つまり、自分たちの主を守るために聖堂内部に残るチームと敵陣を突破して救援を呼ぶチームに分かれたのだ。
カイルとルイズ、それにオリヴィアさんは本人の希望通り残って主を守り、敵を食い止めることになった。
ミリヤムさんは他の非戦闘員とともに室内で怪我人の救助にあたっていたらしい。
上手く敵を誘導しながら食い止めていた彼らだったが、襲撃者は後から後から攻めてくる。
一方で護衛をしているはずの聖堂騎士とも、なかなかうまく合流できない。
こちらには十分な装備もない状況で彼らは疲弊していくばかり。
追い打ちをかけるように現れた三人の強敵。
その登場によって瞬く間に味方は数を減らしていった。
後でわかったことだが、その敵はいずれも国に名を轟かす達人だった。
うち一人は、王国の人間で『流浪のウィンサー』としてウィルモアで王国四剣に数えられる人物だったという。
師匠と同じ一級冒険者でもある。
対面した者たちはまずいと思った。
そこでルイズが言ったのだ。
「ここは私が足止めします。託宣の会場へ向かって下さい」と。
誰もがルイズの正気を疑った。
カイルだって迷った。
しかしそれに被せるように続けられた言葉。
「まわりに味方がいては全力が出せません。カイル様、メイリアの言葉を思い出してください。彼女の想いを無駄にしないで」
カイルを除く全員が虚勢だと思った。
それでも任せるしかないと思ったものは走り出した。
「……無理をしないで、必ず助けに戻るから」
そして、カイルもまた走りだす。
自分だけはルイズのことを信じながら。
同行していたオリヴィアさんによると、カイルの移動速度は尋常ではなかったそうだ。
先に行ったものを文字通り飛び越えて会場へと向かった。
その結果が俺たちが目の当たりにした光景だ。
一部始終を見届けた者は少ない。
当の本人であるルイズと、ウィンサーに切り伏せられ重傷を負って倒れていたある護衛くらいだ。
残りはその護衛の証言になる。
虚勢と思われたルイズの言葉はただの事実だった。
そこには敵の足元を駆け、天井を蹴り、縦横無尽に戦う黒い影があったと。
いつの間にか相手から奪った剣を、二刀に構えたその様子は死神の様だったと。
自分は命を狩られて死んでしまうのだと本当に思ったらしい。
しかし、いつまでたってもその時は来ない。
ルイズは絶えず迫りくる敵を捌き、誘導しながら手練れとともに移動していった。
大きな廊下が合流する広間へ。
大聖堂を外部から攻めるとき、大きくわけて六か所の進入路があるのだが、そのうち半分ほどが合流する場所だった。
まともな考えではない。
ルイズは圧倒的とも思える達人複数と切り結びながら、まだなお足止めの為に敵を増やそうとしていたのだ。
そしてついに、その偉業を最後まで成し遂げた。
カイルと聖女が奇跡を行使し、状況が収束に向かい始めたとき、そこに立っていたものは少ない。
そんな中でルイズは手練れ三人のうち二人までを倒し、残りの一人を追い詰めていたのだという。
この時、ルイズの未来が決定した。
誰にも成し遂げられないことを果たした、もう一人の英雄として。
襲撃が止まったからといって簡単に何もかも終わったわけではない。
その日は誰もが夜中までやるべきことに追われることになったのだが、それでもなんとか状況を検分することができるときがやってきた。
そしてその任務を任された大聖堂の警備担当者は、ある不可思議な事実に気が付いた。
襲撃現場で一部区域の死者が異常に少ない、しかも敵味方双方で。
その区画こそが最も多くの敵が戦った、激戦区だったことに。
ルイズはあの状況で相手の命を奪わなかった。
少なくともそうしようと努めていたということだ。
報告は尾ひれをつけて広がり、他の噂を燃料にして拡散されていった。
結果、つけられた通り名が『最も優しい死神』。
どう受け取って良いのかわからない……。
事態は混迷を極めていたが、後に続く襲撃らしいものはなく、徐々に、徐々にこの日起こったことの全体像は判明していった。
想像通り、襲撃者の母体は精神制御を受けた冒険者だ。
出自は様々だったが、みんなこの日までは周囲に異常を感じさせずに普通に仕事をこなしていたのだという。
そんな彼らはあの日、あの時間になって一気に大聖堂に集結した。
当時、大聖堂周辺にはそれなりの数の観光客がいたのだが、さすがに武装した人間が集まってくれば何かおかしいと気づき始める。
しかし、警護をしていた聖堂騎士団はほんのわずかに後手にまわってしまった。敵は冒険者だけではなく内部にもいたからだ。大聖堂の内外にいる教会関係者は巧妙に騎士団に対して遅延工作を行っていた。
分断され、初動の遅れた騎士団が現地を確認したときにはもう冒険者は動き出していた。
いくつかの小規模な集団が騎士団の足止めを担当し、付かず離れず攻撃を繰り返しながら残りの集団を大聖堂内へと誘導していく。
教会の人間も補助する。
結果、護衛の騎士たちは信用できる人員を把握できず想定を大きく上回った被害を出してしまったのだ。
そんな中で数百という戦闘員を動員した今回の襲撃を、なんとかはねのけることができた理由はカイル、聖女とそしてもう一人、ルイズの活躍によるものに他ならなかった。
女神の託宣という国を挙げた一大イベント。
それを邪魔されたとあっては国の、そしてイセリア教の沽券(こけん)に関わる。
驚いたことにそのプライドだけのために、女神の託宣は略式ながら当日中に続きが遂行されることになった。
そしてその内容。
「既に勇者は導師と聖女の導きによって現れている」
という言葉である。
聞いた誰もが聖剣を掲げた一人の少年のことを思い浮かべた。
世論も体制も、英雄の存在を求めていた。
公式に認められるまでは随分時間がかかったが、街の噂では数日後にはカイルが勇者ということになっていた。
どこから漏れたのか、聖女を聖都まで連れてきたという噂がその信ぴょう性を担保していた。
とにかく、ルイズは本当にその剣の腕だけで貴族に成りあがってしまった。
レア師匠の弟子という立場が相乗効果を生み、いつまでたっても克技館の名声は収まらない。
その結果が目の前の様子だ。
頭を垂れているので彼女の表情をうかがい知ることはできないが。
そして、
「その者、カイル・ロビンス。面をあげよ」
「はっ」
「汝に子爵位を与える。また、女神の託宣における自身を顧みぬ振る舞い、大儀であった。余の孫娘の無事も汝の働きによるものと聞く。それにも礼を」
室内がざわめく。
王という立場では配下に安易に礼を伝えることも許されない。
カイルの立場が特別だというアピールなのだろうか。
「……勿体なきお言葉」
これで、カイルもまた貴族となった。
男爵家の次男としてではなく、子爵家の当主として。
貴族の階位はその爵位のみに縛られない複雑怪奇なものだが、それでも父であるクルーズより上位に立ったということになる。
しかし、それも当たり前なのだ。
自身の手で騎士となったルイズとは異なり、俺たち父子の受爵は完全にカイルのおまけなのだから。
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