第91話 伝えたくて

 この日、お土産屋で購入した物品は、数日と待たずに俺たちの滞在する迎賓館まで届けられることとなった。

 かさばらないものやカイル達へのお土産は自分たちで持ち帰ったのでそれ以外のものだ。

 お土産のスカーフを渡されたヘルゲが、自分の分もあるという事実に感動して涙する一幕なんかもあった。

 女性陣が選んだそれはなかなか洒落ており、さすがのセンスだなと思わされたものだ。


 しかし、重たいものばかりとはいえ、これは俺が発注したものが多いな。

 責任取って運ぶか……。


「だいたい俺の物みたいだから運んでおく。他の人のは食堂の方でいいか?」


「……何か一人で発注していると思ったら、こんなに買い込んでいたのですか」


 言葉もない……。


「まあまあ、先輩もこれ目当てで大聖堂へ向かったところがありますから。例の星図関連ですよね」


「たしかにそうなんだが、これが目当てと言われるとさすがにそんなことないぞ。ちゃんと下見のためだ。でも、こっちの天球儀が良くできててな。こことここ動かすと今の季節の今の時間の星がわかるんだよ」


 俺の言い訳がましい発言を、ちょっと引いたような、微笑ましいような微妙な表情で見るみんな。

 ……少し食い気味だったかもしれない。

 前に星の話をしたせいかオリヴィアさんとミリヤムさんの視線はちょっとだけ優しい気がする。


「どちらへ運びますか?」


 一人だけ手伝いを買って出てくれたルイズはいい子だね本当に……。

 そういえばあれがあったな。


「ありがとう、星図と本は俺の部屋へ、このデカブツは倉庫に持ってくつもりだ。だけどその前に」


 簡単に包装された箱をいくつか見つける。

 中身は一つ一つ異なるのだがちゃんとどれかはわかるように伝票が付属していた。

 ……これだな。


「ルイズの分だ。良かったら付けてみてくれ」


 箱を開けて中身を渡す。

 ちゃんと柔らかい皮革につつまれていて特に壊れていたりもしないようだ。

 良かった。


「「…………」」


 赤い宝石の髪飾りを渡す。


「……ぁりがとうございます……」


 どこかいつもと比べて生彩に欠ける動きで、ルイズがそれを受け取ったのだが、これは喜んでくれているのだろうか。


「……あっ」


 そのまま自分で取り付けようとしたところで、ぱちっと音がして小さな声をもらす。

 どうやら髪の毛が引っかかってしまったようだ。

 そうだった、この髪飾りはちょっとだけ金具のつくりが甘いのだ。


「あぁ、すまん、ちょっと返してくれるか」


 そういって茫然と髪飾りを見つめていたルイズから手早くそれを回収し、魔術で金具を変形させていく。


「これでいいはずだ。後ろ向いて」


 なんだか躊躇している様子が見て取れるので勝手につけてしまうことにする。

 今度はひっかかるようなこともなくうまく髪をまとめることができたようだ。

 やっぱりよく似合う。

 俺の想像は正しかったようだ。


「よく似合ってるよ、自分でも確かめてみるといい」


 都合のいいことに、この部屋には姿見もある。

 本来は高級なものなのでそこらに置いてあるようなものでもないのだが、俺に課せられた服飾訓練の名残だった。

 何がどこで役に立つかわからないものだ。

 ふわふわした足取りのまま鏡に向かったルイズは後ろを確認する形で背を向けて立った。


「ぁ……」


 背中越しでは見えにくいかなとも思ったが、それなりに確認できたようだ。

 反応を見るに結構気に入ってくれたのだと思う。


「……差し出がましいことを言うようなのですが」


 それまで黙って見ていたミリヤムさんが声をかけてくる。

 そういえば嫌に静かなんだが。


「そういったものはお二人だけのときに渡したほうが良いかと」


 ? どういうことだ?


「ん? ああ、違う違う。みんなのやつも買ってあるんだよ。これから渡すから」


 勘違いはいけない。

 しかし平等なはずの俺の意見にみんなモヤっとした表情を浮かべる。

 困惑、というのとはちょっと違う気がするが。

 もう少し喜んでくれてもいいんじゃないか?


「こっちがメイリア、こっちがオリヴィアさんのです。ちゃんとミリヤムさんのぶんもありますよ」


 お土産の二重取りになるが、みんなこのことをとやかく言っているわけではないだろう。


「……そうでした、先輩はこういうことをする人でした。まさかどこかに宿題が隠されているんじゃないでしょうね」


 卒業の時の餞別の話をしているのか。


「あんなこと、そう何回もしないって。これは純粋に日ごろの感謝の気持ちだ」


 ひとりひとりに金具を調整して渡すと、それぞれ何かを検査するかのように自分の物を確認している。

 もう、髪にひっかかたりしないと思うが。


「全員、違うものなのですね」


 ぽつりとオリヴィアさんがこぼした。


「ああ、いちおう髪の色なんかを考えて選んでみたんですけど、気に入らなかったですか」


 場合によっては交換くらいはしてもらってもかまわないが、ここに無いものは選べない。


「いえ、そんなことはないです。ありがとうございます。あんな短い間でちゃんと選んでいただけたのだな、と」


 それは女性陣が、買い物にかかりっきりで余裕があったからなのだが。


「でも先輩、これたぶんルイズ先輩のやつ見つけたからみんなの分も買ったんですよね」


「よくわかったな。確かにその通りだ」


「っ!」


 後ろで、落ち着きを取り戻しつつあったルイズが反応するのを感じる。

 大丈夫、ちゃんと似合ってるから。

 メイリアは時々、こういう俺にはよくわからない勘が働く。

 もしくは王者の素質とか貴族の嗜み的なやつなのだろうか。


「まぁ、それは……、ちょっと違いますもの色合いとか……」


「確かにな。この石、黒い髪によく映えるだろう」


「っっ!」


 何か不味いことを言っただろうか。

 他のみんなもちょっとだけ渋みが入ったかのような笑い方をしている。


「やっぱり、褒めるのは二人だけのときにしてあげて下さい。あ、もちろん私たちのを褒めてくれてもいいんですよ?」


 そういう言い方をすると恥ずかしいじゃないか。

 自分で選んだものなのでちょっと自画自賛っぽくなるし。


「……また、思い出したらな」


 俺に言えるのはこれが精いっぱいだ。


「あ、あの!」


 そこでずっと会話に混ざらないでいたルイズが声をあげた。

 彼女にしては珍しい何かを意気込むような感じにちょっとびっくりする。


「どうした?」


「い、いえ、ありがとうございました。大切にします」


「あ、あぁ。気が向いたら使ってくれ」


 こくこく頷くルイズの様子に今度はみんなも何も言わなかった。

 要は気に入ってもらえたならそれで良いのだ。


 



 聖都の日々が過ぎる。

 大陸で王国の北に位置するエトアでは、冬の訪れは早い。

 秋というにはもう寒すぎる日が続き、予定されている託宣の期日が迫って来た。

 それまでの間、敵対する者の対策を色々と考えてきたが、結局、例の精神制御については決め手といえる解決方法が得られずにいた。

 これはもう、ある程度裏切りが発生する前提で護衛をしなければいけないかもしれない、そう考えていた所だったのだが。


 少し風向きが変わったのはある報告を受けてからだ。


「心を操る術というものが、かつて研究されていたことがあるそうです」


 久しぶりに顔を見るジョエルさんが言った。

 なんとなく一緒に護衛をしていたときと比べると張りがある表情をしている気がする。

 護衛の手を抜いていたとかではなく自分のフィールドに戻ってのびのびと仕事ができているのだろう。

 話によると諜報のためにずっと飛び回っているという。


「……やはり魔術を使用して、ですか?」


 報告に対して聖女が問いかける。

 今日、この場は定期的に行われている聖女・王女懇親会の場だったのだが、調査結果を携えたジョエルさんが現れたために急遽その報告会へと変更された。

 和やかな雰囲気が緊張したものになってしまったがこればかりはしょうがない。


「その通りです。かつてエンデ領のあたりである宗派が、信仰を一にするという名目で精神(こころ)に働きかける魔術を研究していました。結局この宗派は時の枢機卿暗殺を目論んだ旨で主要者は処刑されています。宗派についても邪教として解散、魔術の資料は処分されたと記録が残っています」


「その資料が現存、流出していたと?」


「それはわかりません。しかし可能性はあるかと」


「その術についての対策まで処分されているのでしょうか」


「少なくとも確かなものは残されていない。文献をあたったものの言葉によれば対策法から邪術の再考を防ぐためではないかと」


 ルネさんの問いかけに対する答えは納得できるものだったが、正直困るのも事実だ。


「しかし、少しそれらしい言葉が残っています。『邪教の術は女神に届かず。聖女の祈りによって祓(はら)われた』と」


 みんなの視線が一人のもとに集まる。

 つまり今代の聖女のもとへ。


「……やはり私が――」


「マリオンの、一人の能力(ちから)に頼るべきではないと思います」


 珍しくカイルが人の話を遮っていった。

 それは一見冷たい言葉のように感じるがそうではないことをここにいる全員が分かっていた。

 それに、カイルの言い分には賛成だ。

 状況の推移はできるだけ一人の動きに任せたくない。

 前回のように百人単位で来られると力負けしてしまう。


「当然だ。聖女様は私たちの護衛対象。騎士が前に立たずして危機にあたるようなことはありえん」


 ジョエルさんが強い口調で言う。

 これもまた彼の真意なのだろう。


「――それでも、私にできることがあるのでしょう。ならばその道を避けるつもりはありません。それが女神の導きですから」


 聖女様だって人任せばかりにしたいわけではない。

 自分の力が及ぶところを譲るつもりはないようだ。


「……幸い、託宣の場には教会関係者がおります。心を操られるものがあってもそれが魔術であれば多少の対応は可能でしょう。それでも、力が及ばないとき、どうかマリオン様の御力をふるい下さい」


 彼女は最後に切るカードということだ。

 まあ順当なところだろう。


「……私の力ではありません。それでも……、この力が必要となる時が女神の願われた時なのでしょう。わかりました」


 誰もがわかっている落としどころだ。

 みんなで頑張ってだめなら聖女の、女神の力を借りる。

 人事を尽くして天命を待つとはこのことだろう。

 みんな、目の前に迫る託宣の日に緊張を高めている。

 しかし、そんな中でカイルの見せる憂いはそれだけが理由ではないことが分かった。

 他ならぬ血を分けた兄弟だからだ。

 こいつは本当はたった一言伝えたかっただけなのだ。

 「君は僕が守る」と、聖女に対して。

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