第90話 せっかくだから(下)
「――あの者たちはなんだというのです。まったく」
小声で呪詛を吐き続けているオリヴィアさんを、なんとか引っ張って先に聖遺物の安置所へと向かうことにした。
挨拶が出来ず終いだが、理由があるのだからイセリア様も怒るまい。
その部屋は言ってみれば小さな博物館のような場所だった。
霊験あらたかといわれる聖人や勇者ゆかりの品が展示され、見学できるようになっている。
さすがにガラス張りというわけにはいかず、見学者は近づけないようにロープが張ってある。
警備員も複数がこちらを見張っていて多少物々しい感じがしなくはない。
展示された品々は恐らく歴史的価値や骨董的価値の高いものなのだとは思う。
一方で、説明書きにあるほどの力を秘めているようには思えなかった。
魔術師である俺やメイリアにはそういった術具の良し悪しが多少はわかるので、ほんの少しありがたみが少ない。
まあ、力を秘めたものを観光客の触れられるようなところには置かないか。
「あっちの方ってやっぱり何か凄いものが置いてあるんですかね」
オリヴィアさんをあやしていたメイリアがふと、奥の方を向きながら言った。
立ち入り禁止になっているが廊下が続いている区画だ。
そちらについては俺も気にはなっていた。
今まで行ったどんなところとも異なるマナの反応があるのだ。
表現が難しいが明らかに普通ではない固められたかのような魔力。
何か大型の魔術具か遺物によるものだろうか。
ここがただの博物館然としている以上、もしかしたら凄いものはあっちの方に保管する構造になっているのかもしれない。
イセリア教の長い歴史の中には封印すべき力を秘めたもの、とかもあるのだろうか。
「気付いたか、やっぱり気になるよな」
心の中の男の子部分が活性化しそうになっていたところで警備員がこちら注視したので我に返った。
もし予想が正解ならそっちを気にしている客は要注意だろう。
メイリアと二人であわてて視線をそらす。
その行為自体も怪しかったかもしれないが、特に咎められることはなかった。
展示品の他にも、時間ごとに劇をやる区画があるというので覗いてみるとあと少しで始まるというタイミングだった。
一日に何回もないようなのでかなりラッキーだ。
当然視聴していく。
内容は例によって勇者と魔王の話だな。
やっぱり人気のある演目なのだろう。展示品にも所縁が深いし。
『時は四百年ほど前、突如現れた魔王によって人は虐げられ、いくつもの国が滅びた。魔王は六頭の使徒を操り、狂暴な魔物の軍勢を与えて巧みに人の国を襲ったのだという。恐怖と悲劇の時代。ついに一人の青年がイセリア様の啓示を受けて勇者として立ち上がる』
そんな物語だ。
シンプルな内容だが王道だけに没入感は中々だった。
どうやら、魔王の使徒一人一人? との戦いに一エピソードが使われ、今日はそのうちひとつだけが演目のようだ。
毎回同じなら飽きてしまうが日によって話が異なるならリピーターがうまれる。
なかなかうまいやり方だと思う。
演劇なので話は登場人物の会話で進んでいく。
魔王の使徒も何か人ならざる形をした着ぐるみなのだが、ちゃんと人語を解して喋っている。
どうやらなかなかの知能を持っているらしく手下の魔物を操って村を襲い、搦め手で勇者を追い詰めていく。
最後には仲間となった聖騎士が捨て身の攻撃で隙をつくって勇者によって使徒が討たれた。
聖騎士はひん死の重傷を受けてこと切れるかと思われたところに、聖女が現れて奇跡を行使する。
これによって聖騎士が一命を取り留めるというところで話が終わった。
続きは次回というわけか。
本気でもう一回来ようかと思わせる見事な引きだった。
自然と拍手がおこり、安置室の隣という場所を考えるとギリギリのうるささで演者を褒める言葉が続いた。
俺も満足したし、これだけでも入館料の価値があったなと思う。
隣を見てみればオリヴィアさんは目じりに涙をためており、物語に入り込んでいたのは俺だけではなかったことがわかる。
「マリオン様もあの様な奇跡を行使されるんですかね……」
メイリアのつぶやき。
今世に勇者がいるかどうかはわからないが、少なくとも聖女はいる。
俺は彼女の御業(みわざ)というものをかすり傷に対する治癒という形で見たことがある。
それは間違いなく秘術で、簡単なことではないように思えた。
一方で明らかに魔術の一種でもあり、俺が長らく研究していた治療のための魔術に大きな知見をあたえるものでもあった。
ただし、世界にたった一人だけが行使できる奇跡というものとは少し違うのかもしれないが。
カイルは彼女の護衛をする中で本当の奇跡を見たと言っていた。
それは魔術の根幹にかかわり、今、再現できるのは聖女のみだという技術。
俺だって凄く気になるのだが、なかなか口頭での説明は難しいもののようだ。
曰く魂すら救済する死者に安らぎを与える御業。
前世の死生観を引きずっている俺とはちょっと相性が悪いのかもしれない。
カイルはそれを目の当たりにして何か強い影響を受けたようだ。
加えて、異性として聖女様に惹かれている部分もあるような気がするのだが、それに口を出すのは無粋というものだろう。
相手は強敵だが、他ならぬ俺の弟なら結構チャンスがあるのではないかと内心思っている。
「それじゃあお祈り、もう一回行っておきましょうか」
仕切り直してイセリア像へと向かう。
ちょうど良い機会なのでここで俺とルイズは入れ替わりだ。
いつまでも観光地を一人でぶらぶらするのもつまらないだろう。
演劇鑑賞の前にも声をかけたのだが、「私はあまり興味がありませんから」と断っていたのだ。
「ここまで貧乏くじ、悪かったな」
そう声をかけるとなんだか意味ありげな目でこちらを見つめてきた。
何か問題でもあっただろうか。
「どうかしたか?」
素直に問えば、ルイズははっとした顔で
「いえ、なんでもありません。カイル様たちも外で経路の確認をしているわけですから」
と答えた。
確かに、俺たちばかり観光しているというのも申し訳ない話だ。
後で何かお土産でも探しておこう。
とはいっても、カイルはあれで要領が良いので護衛対象を離れた自由を謳歌しているかもしれないが。
「――、――――」
そんなことを考えていて、その後にルイズが呟いた何事かを聞き逃してしまった。
聞き返そうとしたときにはもうメイリア達と合流している。
俺に向かって言ったわけではないのだろうか。
礼拝堂には例の集団の影はなかった。
これで落ち着いてお祈りができるだろう。
みんなから離れて順番にお祈りしている様子を見る。
護衛としての仕事がおろそかにならないように気を付けながら。
まずルイズが膝をつき、手を組んで何かを願うように頭をたれる。
マナを通じて真剣さが俺のところまで伝わってきたような気がした。
そんなに敬虔な信徒だっただろうか。
それとも女神になにか伝えたいことがあるのかもしれない。
続いて、オリヴィアさんとメイリアだ。
考えてみれば、メイリアが膝をつく相手というのは本当に限られている。
この世界では原則敵対国でも王族はそれなりに厚遇されることが多い。
たとえ敗戦国の王でも、頭を下げることを強制されるということはないようだ。
加えてウィルモアはメイリアが生を受けてから一部の紛争を除き、戦争らしい戦争もしていない。
そのため従属する相手などいない。
もしかしたら世界で唯一膝をつく相手が女神様なのかもしれない。
そう思えばなんだかレアな光景を見ているという気がしないでもない。
そんな稀少な様子はごくわずかな時間で終了だ。
……おっといけない。
俺にだって願いも祈る理由もある。
護衛の途中なので目を閉じてというわけにはいかないが、これまでの旅の安全に感謝し、これからの家族と仲間の安寧を願った。
最後にお目当てのお土産屋へと向かう。
宗教団体が俗的なサービスをしているものだと思わないでもないが、これには理由があるのだそうだ。
もともと、信仰に関わる物品は教会で販売されていた。
小さな女神像だとか教えが書かれた本だとかお守りだとかそんなものだ。
しかしこれ、この聖都で買えばそれだけでプレミアがつく。
霊験あるありがたい品に早変わりというわけだ。
それに目をつけた商人が外縁部で見た市で、同等のものを販売しだした。
同等であればまだマシで、粗悪品が横行し、それに目の飛び出るような値段が付き始めるにつけ、教会も動かざるを得なかった。
つまりお墨付きの品をほどほどの値段を保証して大々的に売り出すようになったのだ。
正規品で海賊版を駆逐する感じだろうか。
その作戦はうまくいき、巡礼者がたちよる場所には販売店が併設されるようになった。
それが数百年前のこと。
今では人が通る場所の売店ということでお土産を一通りそろえるようになったということだ。
そんなわけで護衛を続けていたのだが、女性陣は買い物に夢中で当分動くことはなさそうだ。
理由は簡単で、品揃えが良すぎるのだ。
高いものから安いものまで置いてあり、絵画の様に嵩張るものまであった。
どうやって持って帰るんだと思ったのだが、どうやら、聖都内なら郵送してもらえるらしい。それなりに手数料はかかるようだが。
買い方も洗練されていて、送りたい品を名簿に書き込んでいくようになっている。
なんなら代筆もしてもらえる。
この様子なら俺の方も買い物を済ませておいた方が良さそうだな。
彼女たちの方から意識をそらさないようにしながら手早く選んでいく。
まず、この大判の星図は決定だ。このためにここまで来たと言っても過言ではない。
次に、この革で作った天球儀も欲しい、なかなかよくできている。
それから教会に関わる歴史書を二冊選んだ。
あとは、外組のお土産だけど……。
ちらっと女性陣の様子をうかがうと、それらしきものを選んでいる様子が見て取れる。
どうやら俺の出番はないようだ。
ならこれで終わりかな、と全体を見渡したところで少し気になるものがあった。
これは髪留めだろうか。
白を基調とした鮮やかな模様、端の方には小さな赤い石が星を模して取り付けられている。
なんとなく黒髪によく映えるような気がする。
無意識にルイズがそれを使っている様子が思い浮かぶ。
値段を確認すれば安くはないがそれだけに造りも良さそうだ。
金具の部分はそこそこだが、それは魔術でも改造できる。
魔術でイミテーションを作ることができるので、あんまり宝石というものに投資することはないのだが……。
俺が持ち主になるわけでもないのだからいいか。
経済的にも余裕はある。
喧嘩にならないように女性陣全員分、見た目の異なるものを選んで一緒に名簿に書き込んでいく。
ちゃんとミリヤムさんのものも選んだ所で手続きを終えた。
さぁ、これからは護衛の方に集中だ。
そう意気込んでみたものの、メイリア達の方はさっきからずっとスカーフ等の布地が飾られた場所で話を続けており、すぐにこの場を出るということはなさそうだった。
結局、彼女達の買い物はその後もかなりの時間を使い、しばらくカイル達を待たせる結果となってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます