第89話 せっかくだから(上)
立ち並ぶ白と青を基調とした荘厳な建物。
聖地エルトレアにあってなお特別な場所であることが敬虔な信者でない俺にも感じ取れるここは、大陸全土から巡礼に訪れる人々の最終目的地。
おそらく大理石で組み上げたであろう、一際大きなドーム状の建物が目の前にそびえ建っている。
数多(あまた)の街に聖堂はあれど、ただ『大聖堂』とだけ言えば、大陸ではここのことを指す。
ゆうに馬車が数台すれ違える広大な石畳の道は聖都に入ったその時からここまでまっすぐにつながっており、名実ともにこの都市の、そしてこの国の中心地がここであるということがわかる風景だ。
「はー、これは大した建物ですねー」
そんな様子を口を開けてポカンと眺めているメイリアは、隣国ウィルモアでこれに匹敵する凄い建築物を飽きるほど見てきた王族なはずなのだが……。
少なくとも今ここにいる様子は巡礼に来たお上りさんそのものだった。
そんな人物は周りにいくらでもいるのでその中に埋没しているといえる。
護衛をしている俺達としては変に目立ってもらうより全然いいが、国の権威とか的にはどうなんだろう。
「ああ、これって千年近くも前に建てられたんだろう。魔術とか使ったのかな」
なんで命を狙われるような立場のメイリアがこんなところに来ているかというと、一つは託宣の下見のためだ。
この大聖堂の奥には一般の入場者には立ち入りが禁止されている区画があり、そこには聖人の遺した奇跡の品や勇者の力がこもった武具等が安置されている。
そんな中には託宣専用の部屋があるのだという。
個人的にはそういう大型の魔術具があるのではないかと思っているのだが……。
とにかくそこで神の記す言葉を、教皇から国を代表して聞き遂げるのがこの長い旅の目的なのだ。
その前に会場がどんな所なのか確認しておこうと思った。
とはいえ、メイリアがついて来る必要などなく、むしろ護衛することを考えればリスクばかりが目立つ。
それでも彼女がこうしているのは言ってみれば息抜きだ。
護衛と同じように主人だって疲れているはずだから。
現実的に考えてみると王都にいるはずの敵はメイリアを見失ったままのはずだ。
すでにロムスでそれらしき人物が通過したことは確認しているかもしれないが、その後の指示が聖都に届いているということはないだろう。
一方で王女一行がすでにここにいることはまだ公にされていないし、普通に考えれば早すぎる到着なので彼女だけを狙った暗殺者が動いている可能性も低い。
この後、託宣の期日が近づけば否応なしに危険度は上がっていくだろうが、今なら多少は自由に動けるのだ。
それならちょっと観光でもという非常に甘い見立ての上での行動だった。
「そんな記録は残ってないらしいですから、みんなで力をあわせて石を積み上げたんだと思いますよ」
「……気の遠くなるような話だな。これも信仰の力か」
「……人間、やってみればできるもんなんですねー」
気の抜けた会話を続けながらもそれなりに周囲は警戒している。
今のところ行動、感情ともに気になる相手はいなかった。
「メイリア様、入場の許可が出ました」
一足先に大聖堂の入口で受付をしていてくれたオリヴィアさんが戻ってくる。
今回の下見には王都組全員が参加している。
今ここにいる三人と距離を空けて護衛をしてくれているルイズが大聖堂の中へ入る。
残りのカイル、デニス、ミリヤムさんにちゃんとヘルゲも合わせた四人は周囲の下調べだ。
向こうはちょっと貧乏くじっぽくて悪いので何かお土産でも探しておこう。
滞りなく手続きを済ませると中へと入る。
そこには考えていたよりずっと神秘的な風景が広がっていた。
前述の通り、大聖堂は外からみても荘厳さや大きさで大陸中に名を轟かせている。
しかし、それは前世の知識を持つ俺にとっては世界中にあった歴史的建造物と比較されるもので、決して神の威光に涙するようなものではなかった。
王族であるメイリアにとっても似たようなものだったのだろう。
しかし、一般的な感覚はもう少し異なる。
ろくに二階建ての建物も見たことの無いような田舎から、一生に一度の巡礼に訪れた者はエルトレアの巨大さに驚き、この大聖堂の美しさに涙する。
その後に、内部に安置されている聖遺物だったり象徴となるイセリア像だったりに思いを馳せながら入場するわけだ。
そこでこの風景を見ることになるわけか……。
無理やり自分の知識で表現するのならば、それはプラネタリウムだった。
恐らく半球状をしている広間の天井は完全に光が落とされ、空には星々の瞬きだけが灯っている。
それはただ投影されているだけの光とは違い、宇宙そのものを表現しているような、異様な説得力のある光景だった。
建物の中に入ったはずなのに自分は今、夜の草原のようなどこかにいる。
時間も空間も超越した力を見せつけられている。
魔力の素養がある俺たちにはその原因となっているものがわかる。
ドーム天頂部から少し下のあたりに設置された魔術具。
かつて勇者がダンジョンから持ち帰ったと言われる遺物がこの光景を作り上げている様子が。
この光、ただでたらめに星を模して瞬いているのではない。
今は日中なので正確に確かめるすべはないが、リアルタイムで星の位置を示す星図なのだ。
この遺物のお陰で航海術は飛躍的に進歩し、占星術は大きくそれまでのありかたを見直すことになったという。
故に聖地は信仰とは別の場所で船乗り達にとっても聖地であり、占術家にとっては研究の最先端という重要な役目を担うことになった。
実のところ、俺が今日、少し無理をしてでもここに下見にやってきたのはこの遺物の見学が目的でもあった。
しかし、そんな学術的なことはほとんどの人にとっては関係がない。
ただただ、あり得ない風景に圧倒され、信仰を新たにするのが多くの巡礼者の姿だった。
「ここからまっすぐ行くとイセリア様の像と礼拝堂。左手が聖遺物の安置所。右手奥が託宣に使われる降誕の間に続いているようです」
「降誕の間は立ち入り禁止だから、この先は二か所か。どっちにいく?」
「まずはイセリア様に挨拶でしょう、お邪魔しているわけですから。他のものは後でゆっくり見ればいいんです。先輩のお目当てもそこでしょう?」
……バレている。
これは今、天頂に設置された星界の遺物と呼ばれるものに関係した話だ。
この大聖堂では結構な数の聖遺物が見学できるのだが、そこには俗っぽいなりにお土産屋が併設されているのだという。
イセリア教に関係する書物だとか遺物のレプリカだとか売っているらしく、わりと賑わっているのだそうだ。
今回の隠れミッションはそこで星図っぽいものを手に入れることだった。
今後、海龍丸を運用するなら必要不可欠だからな。
「……そういうことなら真っすぐ行くか。確かに挨拶は重要だな!」
誤魔化しきれていないのは理解できていたが、無理やり話を切り上げて進む。
だってなんか行動を予測されると気恥かしいだろう……。
とはいえ、護衛という立場上、二人やルイズからあまり離れるわけにもいかずもどかしい気持ちで真ん中の道を進むのだった。
次の部屋へと向かう廊下では先ほどの遺物の効果はない。
真っ暗だった道に少しずつ明り取りからの光が増えて大理石とモザイクの内装を照らしていく。
決して明るすぎないその様子は硬質な素材の道を不思議な柔らかさで表現していた。
そしてイセリア様の像。
その大きさは目算で二十メートル無いくらいだろうか。
人の十倍を超える大きさは室内にあって圧倒的な存在感を醸し出している。
ご尊顔については美女なのだと思うのだが、下から見上げるという構造上、見下ろされているという圧迫感が勝たないでもない。
もしかしたら自分の罪を述べよという告解を促す構造なのかもしれない。
実際にこの広間の隣には懺悔室があるんだよなぁ……。
「みんなあのあたりでお祈りをしてるみたいですね」
この大きさだとどうしても東大寺の大仏か、お台場にある巨大ロボットあたりで考えてしまうなと、どうでもいいことを考えているとメイリアからさっさと行くぞという感じで促された。
確かに指さす先を見てみればそこだけ床の色が違う場所がある。
訪問した時間の問題か天頂の明かり窓から言い感じに光が降りており、いかにもご利益がありそうな感じだ。
外が曇る前にお祈りをしておこう。
「わかった、じゃあ前の人達が終わったら俺たちも行こうか」
そう言いながら片手をあげてルイズを呼ぶ。
こういうイベントは全員で、だろう。
護衛を考えると二組に分かれてやった方が良さそうだ。
そんな段取りをしていざメイリアとルイズが祈りに向かおうとしたところだった。
後ろからずんずんやってきた団体が俺たちに近づいて来た。
流石にそれを無視するのも危ないのでメイリア達に手で合図をして祈祷をとりやめさせ、後ろに庇うような位置に立つ。
「何か御用でしょうか?」
集団の先頭でこちらをねめつけるような目で見てくる男に声をかけた。
「お前たちに用など無い。ただ我々が進む先をお前たちが遮っているのだ」
なんという言い草か。
自分の進む先には一つの小石も許さないという信念の持ち主なのだろうか。
あまりの無礼な言い方にオリヴィアさんが何かを言おうとしてメイリアに止められている。
今の殺気、本物でしたよね……。
せっかく最近こういうこと減ってたんだぞ。
どうしてくれるんだ。
「お前たち、どこの者だ? この方の邪魔をするというのがどういうことかわかっていないようだな」
そういうそちらこそ、こっちの状況を一切理解できていない様子で言う。
後ろには初老の女性がなにやら高そうなローブ姿ですまし顔をして立っていた。
はっきり言ってどこの方なのかよくわからないのだが、ローブに入った青いラインから考えるとイセリア教関係者なのだろう。
お偉いさんを煩わせるなということか。
つまりこの男は虎の威をかる狐ということだ。
それでよくそこまでふんぞり返られるものだな。
正直そういう振る舞いはどうかと思わないでもないが、こちらにことを荒立てるつもりはない。
「これは失礼しました。私たちは先日国外から参ったばかりでしてエトアの事情には疎いのです。すぐに立ち去りますのでご寛恕を」
相手の行動にそれぞれのやり方で殺気を振りまいているオリヴィアさんとルイズを、メイリアと一緒になだめながらさっさと立ち去る段取りに入った。
「わかれば良いのだ。まったく手間をかけさせよって。ささ、キトリー様こちらに」
なにやら大きな風呂敷のようなものを広げて大がかりな儀式を始めようとしている彼らを置いて、一時礼拝堂を後にすることにした。
しかし、キトリーと呼ばれた女性は最後までこちらのことを見もしなかったな。
眼中にないということだろうか。
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