第88話 針子修行

 異国の地で始まった新生活。

 俺はその最初の日々を裁縫の勉強に費やすことになった。

 ……なぜだ。

 本当になんで?


 事の起こりは王都組護衛の服装見直しだった。

 これまでの間は洗いざらしの旅装束、駆け出し冒険者の様な簡素な皮革の防具で旅してきたのだが、聖都での滞在ではそういうわけにはいかない。

 国賓の数少ない護衛が貧相な格好をしていては国の沽券に関わる。

 今はまだ滞在自体が公開されていないが、託宣の前後ともなれば俺たちも多少は表舞台に立つことがありえる。

 その時のために急ぎ服を仕立てようということになった。

 それ自体は滞りなく採寸が済んで、後日予定されているメイリアが出席予定の晩餐会には間に合う予定になっている。


 問題はその後だ。

 せっかく全員の採寸データがあるということで、俺はカイルとルイズのために新技術で防具をつくることにした。

 全部魔術を使って。

 目立たないように革の胸当てに合わせられるデザインを意識する。

 肘や膝を守る防具をCFRP(炭素繊維強化プラスチック)の外殻と発泡素材で作った衝撃吸収材で作成した。

 同様に兜の下に着けられる鉢がねのような防具、顎を守る面当て等作っていく。

 そしてその後。

 防具の下に着こむインナースーツが問題だった。

 パラ系アラミド繊維で作ったインナースーツは全身を覆い、薄く軽量かつ急所を動きを阻害しにくいように厚みをもたせて防御力を上げるという自慢の出来。

 だったのだが、それに待ったが入ったのだ。

 主に女性陣から。

 このスーツ、動きやすいように採寸結果を反映して体にそった形状をしている。

 それが破廉恥だというのだ。


 別にどこかのSFのように肌にぴったり張り付く構造というわけではない。

 前世で言えばスキニージーンズほどの密着性でもなく、いいところシルエットの綺麗なシャツくらいの感じなのだがそれでもダメらしい。

 やれベンチレーター用のメッシュが煽情的だの生地の色合いが良くないだのと叩き放題叩かれてしまった。

 最後にはメイリアの


「こんな服を本当にルイズ先輩に着させるつもりですか?」


というきつい一言でお蔵入りになることが決定した。

 上司の言葉は絶対である。

 命令口調でなくとも忖度(そんたく)せねばならない。


「この生地、縫い目が無いのですか?」


 メイリアの言葉を推し量り、(勝手に)試作スーツを片付けていたミリヤムさんの一言で情勢は再度一変することとなる。


 この世界、当たり前のことだが縫製されていない服というものはほぼ存在しない。

 おそらく前世でもそうだったはずだ。

 一方で魔術さえ使えれば作成できるかというと俺以外にはそれも難しい話だった。

 なぜなら一般的に使われる繊維はほぼ天然のもの。

 俺の様に原料から想像して合成する術師はまずいない。

 麻や綿の類はセルロースで出来ているがその構造はそこそこ複雑だ。

 ただ高分子構造が連続しているというわけでもなく、仮に繊維に詳しい魔術師がいたとしても、一から合成するのは不可能だと思われる。

 絹なんかはまた組成が異なるのだが、どちらにせよ魔術による生成という話は聞いたことがなかった。


 つまり、無縫で天衣を仕立てるこの技術は図らずしも秘術であるということになる。

 別に社会構造を一変させる技術ではないと思うのだが、女性陣にとっては違ったようだ。

 なぜこの技術をちゃんと使わないのだ、と愚か者を見る目で一通り蔑まれた後に、ちゃんとした服を仕立てられるように訓練することになった。

 そこまでの流れに俺の意志は一切存在しなかったことを追記しておく。


 客として滞在している立場でどうやったのか、翌日には腕の良い仕立て屋が家庭教師としてやって来て、型紙の意味から順に教えられることになった。

 今のところ、この世界にはミシンなどというものも無いようで手縫いの種類まで一つ一つ学ぶことになる。

 魔術の特性から考えれば無駄なことをやっている気がしないでもないのだが、一般的な服がどうやって作られているのか知らずに秘術を活かすことはできない、というわかるようなわからないような言葉で丸め込まれて今にいたる。


 とはいえ、服飾に関わる勉強はやってみれば面白いことも多かった。

 所詮付け焼刃なので、できることは限られるのだが、なんとか託宣までにみんなの意志に沿う服を作ることができそうだ。

 ……なんだかここにいる目的からは大きくそれている気がするが。


 俺がそんな猛特訓に日々を費やしている間にもみんなはやるべきことをやってくれた。

 具体的には捕虜として連れてきたジャックの処遇に便宜を図ってもらったり、護衛体制の見直しをしたりだ。

 お陰で、いまだに精神制御に関わる抜本的な解決こそ行われていないものの、ある程度落ち着いて日々を過ごすことができている。

 これにはユークス様々という他ない。


 一連の襲撃には聖女を狙ったものも多かったが、リュートでわかったことから、王女も一緒に狙っている公算が高くなった。

 つまり、聖女の敵だけではなく、俺たちの敵もこちらの命を諦めていないということを意味する。

 どうつながっているのかわからないが、出発前にメイリアの言っていた「何をどうやっても殺される」という言葉にはそれだけの重みがあったことになる。

 だからこそ、この前提だけは覆さなければならない。


 彼女はこちらに着いてこのかた、沢山の手紙をしたため、方々に連絡をとっているようだ。

 恐らくこの地に入ったという事実を武器に王国で時間差の情報戦を仕掛けているのだと思う。

 オリヴィアさんだってメイリアの身の回りの世話と防衛のため、日夜厨房から寝室まで見回っている。

 そんな中で俺は本当にチクチク針仕事をしていて良いのだろうか……。





 ある日、その葛藤を否応なしに消し去る情報が遠方よりもたらされた。


 日々、多くの人物へ手紙を送っているメイリアだがこちらに送られてくるものとなるとほとんどない。

 王国へ送ったものの返事が届くほどの日数は経過していないし、聖都ではここでの滞在がまだ明かされていないので当たり前の話なのだが。

 そんな中、珍しくメイリア宛で手紙が送られてきた。

 送り主は聖堂騎士団第一団、ジョエル。

 聖女の護衛として旅をともにした彼だ。

 丁寧に蝋で封をされた封筒には部外秘の文字がある。

 この時点で軽々と扱ってよい内容ではないことがわかる。


「先輩たちも目を通しておいた方が良さそうですよ」


 俺たちの前で封を開け、内容を確認したメイリアは憂鬱そうな顔でそう言った。

 手渡された便箋に記載されていた内容は単純ですぐに確認は終わった。


 その内容はこうだ。

 リュートの街に到着するまえに俺たちを襲撃した一軍が尋問中に全て死亡した。

 死因は衰弱死。

 罪人とはいえ、命がつなげる程度の環境は用意されていたはずの彼らは、一様に一切食事を摂ろうとしなかったらしい。

 情報収集のために一部の相手にはなんとかむりやり栄養をとらせようとしたが少量の水を与える以上のことはできなかったと。

 点滴という技術の確立されていないこの世界ではしょうがない話ではある。


 実はこの結果は『もしかしたら』という程度には想定されていた。

 なぜなら、カイルが退けた何人かの暗殺者。

 彼らは皆、大した情報を漏らすこともなく自死を選んでいたからだ。

 今回の一軍は彼らのように暗殺目的で育てられた様子が無かったことから、異なる結末を迎えるのではないかと小さな期待があったのだが、それを裏切られた形である。


 

 最後に残された証人。

 ジャックを含む指揮官組の捜査における重要度が大きく増したことになる。

 彼らにはまだこの情報は伝えられていない。

 暗に一団の食事の様子を確認したところ、ただ用意されていた糧食を決まった時間に摂っていたとのことだった。

 なんらかのルールにあった食事しかできないように暗示を受けていた可能性はあるが、今となっては確認もできない。


 これで事件の真相は藪の中かというとそんなことはない。

 一軍からは何もわからなかったということはなく、少なくとも彼らはドルー騎士団の人間ではないことが判明している。

 つまり襲撃者は騎士団になんらかの濡れ衣を着せようとしたのだ。

 いち早くそれを確認したジョエルさんはドルー伯と連携し聖堂騎士団に聖女の護衛妨害を仕掛けた人物の洗い出しを行った。

 その成果もあり、何人かの教会関係者と貴族を拘束したそうだ。

 現時点ではトカゲのしっぽ切りが想定されるため泳がせている者も多いが、一斉検挙の予定もあるとのことだった。


 ドルー伯爵領は簡単な位置くらいしか聞いていないのだが決して聖都に近い地域ではない。

 それをこの短期間で連絡、連携をとっているというのはかなりの早さのはずだ。

 時の利を活かした電撃戦のお陰で関係者の捕捉もすんなりいったようだが、これはジョエルさんの手腕によるところが大きい。

 ユークスの彼に対する信頼はこういうことだったんだな。


「彼らはこの襲撃で何を目的にしていたんだろうね?」


「それは聖女の命を奪うことではないのですか?」


 カイルの疑問にオリヴィアさんが質問で答える。


「もちろんそれはあると思うけど、それならあんなに大がかりに人を動かす必要はなかったと思うんだ。もしも襲撃が成功していたとしても、実行犯は血眼になって探されたはず。ジャックたちが予定通り口封じされていたとしたら、そこにはドルー騎士団のふりをした百人以上が残る。何か他にも目的があるのかもしれない」


「たしかに擬装騎士団には目的がありそうだな。簡単なのは聖女襲撃の濡れ衣をドルー伯に着せることか」


 偽騎士団とはいえ、現地とは距離があるし有力者を抱きかかえて本人のあずかり知らぬところで犯人と決めつけてしまう算段があったのかもしれない。

 もしそうだとすれば計画はご破算になっているわけで多少は留飲が下がる。


「だとすれば、襲撃者は元から死ぬ予定だったということでしょうか?」


「おそらく。今回みたいに衰弱死か、聖女を殺した悪人として処罰されるか。どちらにせよ排除される予定だったのかもしれない」


 その言葉でみんな一様に暗い顔になる。

 心を操って濡れ衣を着せられ殺される。

 そんな人物が百人以上いて、それを防ぐことはできなかった。

 ……嫌な気分だ。


「聖女はそれ以前も二度暗殺未遂がありました。……それが成功していた場合、別の計画があったのでしょうか」


 彼女の護衛としてケーザからずっとやってきたルイズの疑問は最もだ。


「今のところそれはわからないけど、他にも偽騎士団には使い道があったのかもしれない。ジャックによればメイリアも標的に含まれていたきらいがある。つまり、王国の方とも連携している可能性が高い」


 国をまたいで有力者の力を借り、百人を超える兵力を動員する。

 敵は強い、間違いないく。

 だからこそ、彼らの予定を打ち砕いた今この時をうまく使わなければならない。

 その第一矢目がジョエルさんというわけだ。

 それは上手くいっていると見ていい。


「王国(うち)の方は今、色々と手をつけ始めたところです。こっちには情報の利がありますからね。残してきたみんなが上手くやってくれるはずです」


 第二矢のメイリアが不敵に笑う。

 最近出している手紙もこの為だろう。

 彼女にしてみればやっと反撃ののろしを上げられたのだ。

 そのために自分の手勢まで残してリスクをとった。

 今がリターンを得るときだということか。

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