第75話 学んできたやり方

「こちらをお受け取り下さい」


 ルネが横から渡してきたのは革袋だった。

 恐らく貨幣。

 重さから考えると決して少額ではない。


「このたびの御礼金です」


 窮地を助けたこと、葬儀を手伝ったことについてだろうか。


「お金が欲しくてやったわけではないですから、そのようなものは必要ありませんよ」


「……カイル様は清廉な方なのだと思います。しかし、我々は教会の人間。葬儀を手伝ってもらえば相応の対価を用意しないわけにはいきません」


 イセリア教のお金に関する考え方は宗派によってまちまちだ。

 無駄遣いを良しとしないものもあるが、冠婚葬祭では一定以上にお金を使うことを推奨しているところも多い。

 昔はなぜそんなことをするのかわからなかったけど、大局的に見れば経済を活性化し、みんなに良い影響を及ぼす。

 こういったことはどこの学校でも教えてくれない。

 だいたい兄さんから学んだことだ。


「そうですね、わかりました」


 そういって革袋を受け取る。

 中を開くと金貨と銀貨数枚が入っているのが確認できた。

 予想よりも大金だ。

 そこから銀貨一枚だけを取り出して残りをそのまま返すことにする。

 いくら弔事とはいえ、今明らかに困っている人達から大金をもらうのは気が引けるものだ。


「こちらはお見舞い金です。このたびの不幸に対して、そして怪我をされた方々の治療のために。みなさんやご遺族のために使って下さい。その代わり、ロビンス商会の名を一緒に伝えて欲しいのです」


 広告料ということにする。

 これならなんとか建前が成り立つだろう。


「……ご厚意感謝いたします。あなたと近しい人々に女神の加護がありますように」


 これ以上押し付け合いをするつもりはないようで助かる。

 実際、今はそれどころではないはずなのだ。


「みなさんの様子はどうですか?」


 彼女たちは十名以上の大所帯だ。

 とはいっても要人の移動としては少なめなのだとは思うけど。

 とにかく、そんな中で現在まともに動ける人間は少ない。

 なんとか助かったはいいが、このままでは旅の目的地はおろか、最寄りの街であるケーゼに辿り着くことすら難しい。

 そのうえ、監視しなければいけない賊もほぼ全員捕縛したままなのだ。

 今後、どうするべきか考える必要があった。


「我々の取りまとめをおこなっていた者は今、満足に自分で動くこともできないような状況です。そこで、今後の方針を決めようと私どもで話し合った結果、あまり長い時間ここに留まるのは良くないということになりました」


 ここは峠を少し過ぎたあたり。

 夜間ともなればかなり冷え込むだろう。

 そんな中での野営は治る怪我も治らないというのは確かだ。

 まだ夕方というには早い時間だが、ケーゼまで今日中に到着しようと思えば、あまり余裕があるとは言えない。


「早いうちに動ける馬車を復旧して移動するつもりです。まだしばらくかかるとは思いますので、カイル様とはここでお別れということになりますが」


 それは自分たちでなんとかするという意志表明なのだろう。

 謝礼金も、ここで離別の挨拶をするつもりで用意したんだ。


「それについてですが、まだお手伝いできることがあると思うのです」


 でも、そこには気が付かないふりをする。

 兄さんがお節介を焼くためによくやるやり方。


 もう少し深入りしよう。

 兄さんの言葉を借りるなら『乗りかかった船』だ。

 ルイズにも目配せをして僕の意志を伝える。

 急いでいるといっても、彼女がこのやり方に反対することはないはずだ。


 二人はしばらく、恐縮した様子で提案を断ろうとしていたが、そこは押し切った。


「――それでは、厚かましいのを承知でお願いします。特に怪我の酷いものを四名、先行してカイル様たちの馬車でこの先のケーゼまで連れて行ってもらえないでしょうか」


 確かに、要治療者を先に運ぶという手はありかもしれない。

 少々窮屈だが、ゆっくりいけば重量は大丈夫だろう。


「わかりました。僕たちの目的地もケーゼですから、それくらいの人数なら窮屈さを我慢してもらえれば連れていけると思います」


 その言葉で二人の顔に安堵の表情が広がる。

 今だに苦しい状況だと思うのだが、そんな時でも仲間のことを考えられる良い人たちだ。


「それで、あとは何をしましょうか?」


 お節介を焼くときは徹底的に。

 これが僕らのやり方だ。

 驚く二人の顔に気が付かないふりをして提案を続けることにした。


 色々と現状から確認することになった。

 話を聞いてみると、元々は四台の馬車と護衛の乗った馬で移動をしていたらしい。

 しかし、一番前を走っていた車両は移動中に敵によって車輪に何かを差し込まれて壊されてしまったそうだ。

 そこに集まって来た護衛と戦闘になり、全車が停止を余儀なくされてしまう。

 混戦の中、移動に使っていた馬は散り散りになってここにはいない。

 これは逃げられないようにするための、賊による意図的な処置なのだろう。

 なんとか近くにいた馬を集めても馬車を三台引くぶんしか確保できなかったようだ。

 当然護衛の乗る分も無い。


 確かに、僕らが怪我人を運べば、ケーゼまでの移動はなんとかなるのかもしれない。

 しかし、それはすべての馬車がちゃんと動いて三名の御者が確保できればの話だ。

 見たところ、一台目の馬車がまともに走れないほど故障しているのは確かだが、他のものが万全かというとそんなことはない。

 中の様子を確かめるためなのか、入口はこじ開けられ戸は外れていたりする。

 なんとか動きそうとはいっても、馬を逃がすときに破損させられたのだろう、軛が外れかかっているものもあった。

 修理はそう簡単ではない。


 でも今この場所には僕がいる。

 うぬぼれだと思われるだろうけど、伊達に何年も流通業に関わっていない。

 特に馬車に関しては一から設計に関わっているので修理は得意な方だと自負している。

 魔術を使った応急処置だって何度もやってきたのだ。


「これなら、すぐに動けるようにできるはずです」


 三台分の検分を済ませた僕は自信を持って言った。


「……すぐに、ですか?」


 それに付き合ってくれたルネは懐疑的だ。

 他の人達に大仕事だと伝えられていたのかもしれない。

 重傷者さえ送り出せれば、野営をして救助を待つつもりだったのだろう。


「ええ、以前、馬車の設計に関わったことがあります。僕の乗って来たものも自分たちで作ったんですよ。それに、魔術で部品をつくることもできますから」


 そう言って外れてしまった戸の蝶番を修理してみせる。

 実際に見てみるのが一番だろう。


「これは……、すごい」


「このまま、ここでだいたい直してしまおうと思います。ところで、御者は足りていますか?」


 その質問に、彼女の顔が少し陰る。

 やっぱり経験者はみんな怪我をしているのかもしれない。

 あるいはルネ自身もその勘定に入っている可能性がある。


「こちらを信用してもらえるのであれば、ルイズに一台面倒を見てもらいましょう」


 合理的な方法だと思うのだが。


「そうして頂ければ助かるのは事実です。しかし、それではカイル様たちの出立が遅れてしまいます」


「どうせ、僕らの目的地もケーゼですから。今日中に到着できればいいんです。ついでですから皆さんを先導して一緒に行きますよ。そうすればこちらに乗り込む人も怪我人に限る必要がなくなります」


 こうすれば護衛にもなるだろう。

 襲撃が一度だけとは限らない。


「……なにからなにまでありがとうございます。マリオン様に相談してみます」


 件のマリオンは、今、治療用のテントの方で責任者と打ち合わせをしている。

 聖女という立ち場のため彼女がこの場を取り仕切らなければいけないのだ。

 マナ感知を使わなくてもわかる、彼女の不安を隠して気丈に振舞う様子はここで先を急ごうという気をなくさせるのに充分なものだった。





 結局、全員でケーゼの街に入ったのは暗くなってから随分たったころだった。

 連れていた馬が夜でも移動できるよう訓練されていて良かったと思う。

 そのあと、衛兵に簀巻きにした襲撃者を二人引き渡してもっと遅い時間になってしまった。

 ちなみに残りはいつか兄さんがやったように生き埋めにしてある。

 空気を含ませて断熱構造にしておいたし、地下は外ほど寒くないはずなので上手くいけば夜を越すこともできるだろう。

 それ以上の配慮はできなかった。


 この時間で宿をとれるか内心不安だったけど、そこはマリオン達が解決してくれた。

 エトア教国にあって聖女様御一行の名前は伊達ではないらしい。

 何日も前から先触れを出して、この街の代官の屋敷に宿泊することがもとから予定されていたのだそうだ。

 そこに僕らも潜り込ませてもらう。

 なにはともあれ、旅の道中にあって屋根と寝台のある場所での就寝は最大の贅沢のひとつだ。

 お言葉に甘えてゆっくり休ませてもらおう。

 今日はいろいろあったから。

 まだ、みんなに会ってから一日もたっていないんだな……。


「カイル様方はこのケーゼでお兄様と会われる予定なのですか?」


 代官屋敷に到着を告げる使いを出したところで手持無沙汰になったマリオンが尋ねてきた。

 そういえば少しだけ兄さんのことを話してあった。


「いいえ、この街には船に乗るためにやってきたんです。この後はシュネイ川を下ってアムマインに向かう予定です。兄に会うのはそこですね」


 船を使うという話にルネが横から入ってくる。


「まあ、それでしたら私たちと同じではないですか、マリオン様」


「そうなのですか?」


「ええ、アムマインを経由する旅の予定だったのですが……」


 今回の襲撃のせいでどうなるかわからないということか。


「目的地がアムマインというわけではないのですね」


「エルトレアへ行きたいのです。聖務のために」


 目的地の名前、そして聖務という言葉。

 その両方が僕の心臓をわしづかみにする。

 もしかしたらとは思っていた。

 それがほぼ確実になってしまった。


 この時期に聖女が聖都へ向かう。

 それがメイリアが出席する託宣と無関係とは思えない。


 同じ場所へ同じ時に向かう二人の要人。

 そしてその両方ともが命か身柄を狙われてる。


 ただ偉いから護衛が必要というだけではないのかもしれない。

 今回の会合が上手くいっては困る人間がいる。

 それも力を持っている者が複数。

 その根っこが一つなのかどうかはわからないけど、問題がここまでで終わるとは考え難かった。

 旅の途中で少しだけ人助けするつもりが、気が付けば大変なことになっている。

 彼女たちとは予想外に長い付き合いになりそうだと、論理的な思考よりも先に予感が告げていた。

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