第74話 本質

「亡くなった方の埋葬?」


「ええ、私たちの手の及ばなかったものが三名。皆を守るために命を散らした者たちです。正しく葬りたいと思っています。しかし、我々は今動ける者が少ないため満足にその準備もできません。お手間をかけさせるとは思うのですが、どうか手伝って頂けないでしょうか?」


 それは別に構わない。

 魔術を使えばすぐだと思う。

 だけど、


「この地にお墓をつくるということでしょうか。みなさんの故郷、せめて街の墓地ではなく?」


「もっともなご質問だと思います。これは女神の教えに関わることなのですが、生きとし生けるものが命を失うとき、その命の根源は大地に還ります。それは言葉通り命を失ったそのときから始まること。もし、正しく命の還元を願うならば今この時に祈らねばならないのです」


 小さなころに兄さんに教えてもらった魔術の仕組みを思い出す。

 死ねばオドはマナに溶けて大地に還ると。

 魔術院でも、最初にだいたい同じことを教える。

 それから考えればそうおかしなことではないのかもしれない。

 僕の知るイセリア教はそこまで葬儀を急ぐ習慣はないはずだけど、それは宗派の違いによるものだろうか。

 少なくとも、彼女は真摯に死者の冥福を祈っているのだと思う。


「わかりました。それでしたら早い方が良いでしょう、必要なことを教えてもらえますか?」


 墓地の形状や作法、場所なんかについて手早く打ち合わせると、さっそく魔術で準備を行う。


「こんなものでどうでしょう?」


「――これは。やはり、カイル様は魔術師なのですか?」


 マリオンには循環を施したのでその時に気が付いたのかもしれない。


「王都で剣術と一緒に学びました。こんな時ですが役にたって良かった」


「私も魔術の才ありといわれ多少の教育を受けましたが、このような大規模な土魔術は初めて拝見しました。早くとも一刻はかかると思っていたのですが……。これでかの者たちに安寧を与えられます」


 そこで、驚いた顔をしたまま魔術の行使を見つめていた傍らの少女に声をかけた。


「ルネ、葬儀の準備を行います。動けるものだけで良いので集めてくれますか?」


「は、はい、ただいま」


 そうして、死者を弔う準備をすすめていると、三々五々、残った者たちが集まり始めた。

 僕が考えていた以上に人数が多い。

 どうやら、怪我を押してかなり無理をしてきた者たちが何人もいるようだ。


 ……そうだよね。

 一緒に過ごして、一緒に命を賭けた相手なんだ。

 僕は彼らとは距離が異なるけど、せめてちゃんと祈ろう。


 死者が急増の墓地に運び込まれるとマリオンとルネがみんなの前に立った。


「どうか皆、我らの同胞の新たなる旅立ちを見送り下さい。祈りを」


 そうして両手を組んで目を閉じる。

 イセリア教の一般的な礼拝だ。

 僕たちを含めた全員がそれに続く。



 ――そこで見た、いや、感じたものを、僕は一生忘れない。



 墓地に向かって祈りを捧げるマリオンを中心にマナが、そして地脈すらもが渦巻き始める。

 その規模からは考えられないほどに繊細に。

 その流れは墓地の中の死者に向かい、彼らの体に僅かに残っていたオドの残滓、魂とも呼べるものを優しくすくいあげる。


 驚くべきはその後だ。

 すくいあげられたオドは本当に僅かなものだったが、そこにマナが流れ込んで少しずつ膨れ上がっていく。

 やがて一個の人の命ともいえる大きさとなり、それが人数分出来上がった。


 これは、救いだ。

 生き物が死ぬ時に持つ、苦しみや無念の情。

 そういったものが死後のオドに残ることはある。

 彼らもその死の境遇からそんなオドを持っていた。

 それが変質している。

 入れ替わるようにそこにあるのは安らぎと感謝。


 マリオンは死者を救済することができるんだ……。

 先ほどの治療でもその片鱗を見せていたが、彼女は魔術師として特異な力を持っているらしい。

 彼女たちが葬儀を急いだ理由がわかった。

 これはオドが少しでも残っているうちにやらねばならないことなのだ。


 彼女の奇跡は彼女だけのものだが、そこに魔力が介在しているのならば手伝えることがあるかもしれない。

 自然とそう思えた。


 自身のオドで地脈をくみ上げると、可能なかぎり繊細に彼らの魂を導く道をつくる。

 この時僕は初めて、マナに、地脈に、純粋に魂の救済を『願った』。

 雑念なく、助けて欲しいと請うた。

 地脈はそれに応え、魂のゆりかごとなって優しく行くべき先へと導き始める。

 大地のより深い女神の御許へと。


 僕の干渉に気が付いたのはマリオンとルイズだけだったようだ。

 マリオンは驚きながらも祈祷を止めない。

 ルイズは反応こそ示したものの、いつも通りの様子だった。

 また、僕が何かお節介を焼いていると思ったのだと思う。

 その通りだ。


 マリオンの祈りにより魂が大地に還ると、彼女はみんなを振り返って言った。


「オード、レッキ、エンゾ。三名の命と名は大地、女神の御傍へと還りました。長き時の先にあるであろう彼らとの再会を願いましょう」


 その言葉を皮切りにみんなが動き始める。

 墓地の横に準備してあった柔らかい土をひとりひとりが遺体の上にかけていく。


 そうはいっても、すべてが埋まり切るほどの量ではない。

 全員がそれぞれの思いを胸に作業を終えたとき、ルネから声をかけられた。


「カイル様、どうかお願い致します」


 頷いて見せる。

 段取りの通り土魔術をつかって埋葬を済ませると、墓石となる石碑を作り始めた。

 ただの土ではなく雨風に耐える丈夫な素材。

 火山性の黒い石を模してケイ素や金属酸化物を合成していく。

 兄さんに教えてもらった知識でやってみたけど、これは結構難しい。

 この近くに鉱山があるのが理由なのか、金属素材が充実していて助かった。

 なんとかそれらしいものができあがると、彼ら三人の名前と命を守って散って行った経緯、今日の日付を刻印する。

 最後に、死者を看取る花の形を彫り上げて終わりだ。

 こんな場所だから献花もできなかったのでせめてその代わりにと。


 あまり見たことの無い魔術だろうと思う。

 僕も初めてやった。

 だから集まった人達の驚きは想定の範囲ではあった。

 でも、出来上がったお墓を見て我を取り戻して涙を流す彼らの様子は、死者の人となりを知らない僕でも胸を打たれるものだった。


 ひとりひとりがお墓に再度祈る。

 その後に、少しずつ僕のもとへ集まり始めた。


「ありがとう。俺たちのことも、あいつらのことも」


「良かった、このまま野ざらしにするなんてことにならなくて」


「聖女様とあなたのお陰だ。これでオードたちは安らかに眠ることができる。あいつらが本当にそう言ったような気がするんだ」


 最後の言葉に、集まって来た人達が「自分もだ」と声をあげる。

 彼らの安寧を感じとったのは魔術の才があるものだけではないようだ。

 これもマリオンの力なのだろうか。

 それに、先ほどから気になる言葉を聞く。


「聖女様ですか?」


「ああ、そうか、自己紹介もまだだったんだな。俺はクロード。エトア教国が誇る、『国司の聖女』『奇跡の人』マリオン様の護衛だ。ここにいるみんなもあの方の護衛か身の回りの世話をする者だよ」


 やはり、あの女の子は只者ではなかった様だ。

 聖女。

 教国には常にただ一人、奇跡を行使する女性がいるのだという。

 歴代の聖女の中には大陸の歴史において重要な役割を果たした人も多い。


 僕たちがメイリアの護衛として(一緒にはいないけど)ここにいることと何か関係があるのかもしれない。


「それも、ここで終わってしまう所だった……。本当に面目ない。いいわけになるが、襲撃者達はそこらの山賊ではなかったよ。それに事前に情報を持っていたかのような動きをみせていた。完全に虚をつかれた。そんな彼らをいとも簡単に退けてしまうとは……。魔術も使える。君たちも俺の主と同じように並みの人間ではないのだろう」


 それは完全に買いかぶりだなぁ……。


「カイル様、確かに彼らの動きは訓練されたものでした。暗殺術と思(おぼ)しき連携を見せました」


 黙って話を聞いていたルイズが付け加える。

 僕の出会った人間は粗野な言動だったけど、あれももしかしたら演技なのかもしれない。

 マナの冷静さは野盗としては少し変だった。

 それでも誰かを虐げることに対する悦びだけは隠せていなかったけど。


「要人暗殺、あるいは拐かしか。そんなことを言っていました。後ろに大きな組織があるのかもしれない。心当たりはあるのですか?」


「……偉い人ってのはそれだけで敵をつくるからな。俺たちみたいな下っぱにはわからないよ。ただ、誰が来てもやることだけは同じだ。命に代えても守る、だ」


 そういって出来たばかりのお墓の方を見る。


「なあ、もしかしたらちょっと流れが違えばあんたはあいつらも助けることができたのかもしれない。そう思って悔やんでたりしてないか」


 顔に出ていただろうか。


「それを傲慢だとは思わない。あんたたちは強かったからな。でも忘れないでくれ、エンゾ達は自分の仕事を全うした。だからちゃんと聖女様は無事だ。あんたたちが助けに来てくれたのは本当に幸運だったが、それはあいつらがやるべきことを最後までやり遂げたからでもあるんだ。だから、悔やむくらいなら、あいつらを褒めてやってくれ」


「……すみませんでした、確かにあなたの言う通りです。僕だってこれから出来ることをやるべきだ」


「そういうことだ。いや、勝手なことを言った。本当は命の恩人にあいつらのことで後悔して欲しくなかったんだ。聖女様のお陰でちゃんと見送ってやることも出来た」


「僕にも、彼らの安堵と感謝がはっきりと感じられました。魔力を通じて。これが彼女の力なんですね」


「――そうか、魔術師様の目から見ても、あいつらはそう言ってたのか。聖女様の安らぎの力。俺たちにはそこまではっきりとはわからないが、あの方が特別なのは感じ取れるよ。それに治癒の奇跡もある。今、こうして動けるのもそのお陰だ。あの方は俺たちの誇りそのものだよ」


 自分の仕える相手を真に尊敬していることがわかる言葉だった。


 そんなことを話していると、当の本人とルネが後ろからあらわれた。

 クロードが慌てて敬礼する。


「楽にしてください、まだ治療も充分ではないのです。それとクロード、この力と奇跡は私のものではありません。すべては女神の導きによるものです。変なことを喧伝してまわらないように」


 話は聞こえていたらしい。

 僅かに恥じらいの感情がマナを伝わってくる。

 これは失礼になるかな、今はあまり詳しく感知を行うのはやめよう。


「はっ、失礼しました。しかし我々は日ごろより、聖女様の努力を拝見しております。女神に導かれたあなたの力を誇っても良いかと」


 上下の関係はあれど、彼女たちの気安い関係が感じ取れた。

 ルネも横で笑っている。


「もう……。怪我に障らないように早く休んでください。私たちはカイル様とお話がありますので」


「ご感慮ありがとうございます。それでは失礼します」


 そういって彼は笑顔のまま、治療所となっているテントの方へと向かったのだった。

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