第72話 出会い(上)

 エトアへの入国は最短の経路を使うことにした。

 つまりテムレスを通る道だ。

 僕らだけなら暗殺の標的になるようなことは無いし、まかり間違って狙われたとしても、それは相手をかく乱できているということだ。

 こちらにとっては良い状態と言えた。


 とはいっても、現実はただ長閑な道を走るだけとなり平和な旅路だった。

 何年も前にみんなで同じ道を旅したことを思い出す。

 テムレスにはあの後も何度か商会の仕事で訪れたけど思い出すのは不思議と初めての旅だった。

 当時はとても長い長い道を家族がいてくれたから進むことができた。

 今はそれを自分の庭のように駆け抜ける。

 五日かかっていた旅路は三日以下まで短くなっていた。

 これが兄さんたちと一緒に積み上げてきたものだ。


 移動中はルイズと交互に休みを取れたので体調も良い。

 贅沢を言えばちゃんとした宿で久しぶりに休みたいと思っているけど、それはちゃんと出国できてからにしよう。


 テムレスでの入国審査はロビンス商会の名義で通過した。

 入国理由は高速馬車事業拡大の予備調査だ。

 テムレスは比較的早い段階から定期行路の内に入っているので商会の事業に明るい街の一つと言える。

 国外ということで後回しになりがちだったエトアからは事業に関して定期的に打診があったのでこの理由で訝しまれるようなことはなかった。


 まだ日の高い時間帯だったのでテムレスに滞在することなくそのまま出発した。

 ここには敵の監視がある可能性が高いからだ。

 出国する人間を暗殺したいなら国境に人を置かない理由はないだろう。

 幸い、怪しい人間に追われることもなく街道に出ることができた。

 そのまま数日進んだところで、一度今後の方針について打ち合わせをすることにした。


「ここから先、どう進むべきか決めておきたいんだ」


 黒の三番、アムマインと呼ばれる街でみんなと落ち合うことは決定している。


「アムマインにここから行く方法は大きくわけて三つ。一つはこのまま街道を進んで地図通りに向かう方法」


 道のりとしては最短経路になる。

 人通りは多いので馬車の速度は場所によってまちまちになるだろう。


「もう一つはここから少しだけ山岳部に進んで、シュネイ川を大型船で馬車ごと下る方法」


 アムマインは大河シュネイ川に面した街だ。

 少し先のケーザまで行けば直通の船が出ているはず。

 多少迂回することにはなるけど、うまくいけばもっとも早く到着できる方法だった。


「最後が、旧道を進む方法」


 最初の経路から少し外れた旧道と呼ばれる道だ。

 かつて栄えた炭鉱のためにつくられた道だけど、今は大きな街や都市から外れているためそこまで交通量は多くない。

 身を隠しながら進むなら悪くない方法はずだ。

 巡航速度も高めで走れると見積もっている。


「一番早い方法を選びましょう」


 ルイズがこの手の判断に自分の意見を主張することはあまりない。

 早く到着したいのは僕も一緒だけど、ちょっと気負っているなと思う。

 僕が冷静になる必要がある。


 彼女の言葉に従うなら、シュネイ川を下ることになるけど、気をつけるべき点もある。

 天候によって船が出ない可能性や、船上では身動きがとれないことについてだ。

 一方で前述の通り早く到着できるし馬を休めることもできるので総合的に見れば有益だろうか。


 しばらく考えたけど、結局ルイズの言葉に従うことにした。

 今僕らの近くには護衛対象はいない。

 誰かに狙われることも考えにくかったからだ。

 天気については行ってみなければわからないが、少なくとも雨季というわけではないはず。

 途中の街で久しぶりに宿をとってゆっくりと休んだ僕たちは、一路ケーザへの道を進み始めた。





 今回通るのはまったく初めての道だったし、少し山がちな場所を通ることもあって速度はあまり出せていない。

 今は山間の道をゆっくりと進んでおり、これまであまり見たことのない黒々とした木々が足元に一望できる。

 このあたりは王都やロムスとはまた違った植生の森が広がっているようだ。

 途中に会った行商のおじさんが言うには、あと二カ月もすればこの森は雪に覆われるらしい。

 ロムスはおろか、王都であっても考えられない時期だ。

 道理で朝夕冷えるなと思いながら、次の集落で防寒具の購入を検討する。


「ルイズは寒くない?」


「気温は下がって来たと思いますが、そこまで寒さは感じません」


 強い子だなぁ。

 ルイズは僕や兄さんほど快適さのために魔術を使わない。

 一人での冒険者活動中は多少不便な野営も結構経験しているはずだ。

 そのあたりで鍛えられたのかもしれない。

 ただ、用心はしておいた方がいいだろう。

 万が一にも体調を崩せば今後の影響は大きいし。


「そっか。でも念のため防寒具をそろえておこうと思うんだ。風邪をひくと困るし」


「良い案だと思います。積み荷には余裕がありますし」


 最初は二台の馬車に八人で出発したのだ。

 今は二人で一台なわけで、たしかに荷物を載せる余裕があった。

 野営の時なんかはもっと毛布なんかがあってもいいのだけれど、今回は兄さんに教えてもらった『化学繊維』で綿を作って毛布の中に入れる方式で行こう。

 服も作れなくはないけど、実用性を考えるとちゃんとしたものがあった方が良さそうだ。

 そうして、足りない荷物の仕入れ方法を検討していた時だった。


「!――」


 最初に気が付いたのはルイズだ。

 彼女はマナ感知については僕らやフヨウほどではないけれど、こと戦いに関しては師匠と同じように独特の勘が働く。

 今回もそれだった。


 様子の変わったルイズのことを訝し気に思っていると、次いで僕のマナ感知にもいくつかの反応があって状況がわかってきた。

 全部で二十人以上の人数が戦っている。

 どうしよう、やり過ごすべきだろうか。


 ――介入しよう。

 少なくとも様子は見ておこう。

 逡巡の時間は短かった。

 合理的な判断なら多分いざこざは避けるべきだ。

 でも僕たちには僕たちの判断基準がある。


「ルイズ、様子を見に行こうと思う。先行して欲しい。もしも戦うべきだと判断したら君の考えで動いていい」


「わかりました」


 そのまま、ルイズが馬車から飛び降りて駆け出す。

 僕も馬車を止められる場所を探してすぐに追いかけることにした。


 急いで行動を起こしたのには理由がある。

 マナ感知にうっすらと感じられる集団の感情の中に強い恐怖や不安、それに対する嗜虐の感情が含まれていたからだ。

 一方的な攻撃が、ただ感情のままに行われている。

 それが、何か正当性を主張する戦いだとは思えなかった。



  ◇◆◇◆◇



 「おい! こっちじゃないか!?」


 馬車の外から聞きなれない粗野な声が聴こえてくる。

 警護の者はどうしたのだろう。

 クロードは、エンゾは?

 私を守るために外にいるみんなの安否が気になる。


「がっっ、ぐぅ」


「……まだ動けやがったか。まったく油断も隙もねぇな。何が箱入り娘をさらうだけの簡単な仕事、だ。どいつもこいつもしつこいったらありゃしねぇ」


 今の悲鳴はエンゾのものではなかったか?

 つられて出そうになる悲鳴をかみしめる。

 今、声を出せば外で頑張ってくれているみんなの努力を水の泡にしてしまう……。


 ……いっそ、いっそのこと自分が外に出ればだれかを助けられるのではないか。

 意識したつもりは無かったが手が、馬車の戸の方へとのびていた。

 その手を隣にいたルネが嗜めるように優しく握りしめた。

 声は出せない。

 万が一にも外の者たちに気が付かれてはいけない。

 でも、彼女が何を言いたいかわかってしまった。

 彼女の背格好は私に似ている。

 異なるのは服装だけだ。


 質素な修道服を着る私に対して彼女のものは少しつくりが良い。

 それは、いざという時、私の身代わりになるために用意されたものだからだ。

 彼女は今、自分の勤めを果たそうとしている。

 そんな、そんなことを許して良いのか。

 なぜ、私は今、この時までこの非情な判断を看過してきたのだろう。


「そのあたりが怪しいっすね、こいつら必死ですもん」


「そうだな、どうせ馬車の中は全部確認しなきゃならねぇしな」


 外の誰かはすぐ近くまで来ている。

 もう、この馬車の戸に触れられるところまで。

 ほとんど間をおかず、戸を強引にあけるためになにか斧のようなものをぶつける音がし始めた。

 ルネは先ほどから掴んだままの私の手を一度だけ強く握りしめると、決意したように離す。

 そのままこじ開けられようとしているのとは逆側の戸に手を伸ばして……。

 やめて……、お願い。


 私の願いは届かない。

 ルネは勢いよく戸をあけ放つと転ぶようにして外に出た。

 斧を持つ誰かの意識が、音のしたそちらの方に向いている。


「来ないで! 誰か、誰か!」


 必死の声で叫びながら走っていく。

 私は知っている。

 鍛えた彼女は本気で走れば、声など上げなければ逃げ切れる可能性があることを。

 大人の男といえど、武装したままでは追いつけないはずだ。

 その機会を、私を守るという目的のために捨てようとしている。

 わざと相手を引き付けようとしている。


 やるせない気持ち。

 迷い。


 それでも今この馬車の外にいるみんなの気持ちを無駄にするという行動だけはとってはならないと心のどこかが強く叫んでいる。

 しばらく、外の様子をうかがって人気がなくなっていることを確かめた。

 あの様子だと彼らはしばらくすればここに戻ってくる。

 私たちの馬車にはそこそこ価値のあるものが積み込まれているし、場合によっては証拠の隠滅を図る可能性もある。

 ここに残っていては危ない。


 音をたてないように、ルネの開け放った戸に近づく、あたりに人気はない。

 そのまま外に降り立ち、木々の生い茂った方へ慎重に身を投じた。


 気を抜いたつもりはなかった。

 上手く茂みの中へ入ってゆっくりと奥へと進んだ時にそれは起こった。

 なんでもない枯れ木を踏んだパキリという音。

 ついさっきまで戦場だったはずのこのあたりに、その音は不思議なほど響き渡った。

 そして不運は重なる。

 ルネを追いかけなかった敵が、近くにまだいたのだ。


「おい! そこに誰かいるのか!?」


 聞かれて答えるわけがない。

 それでもこれ以上気配を悟られるわけにはいかない。

 その場を動くこともできなかった。

 その粗野な振る舞いからは考えられないほど慎重に相手はこちらのことを探っている。

 無情にもその気配はだんだんとこちらに近づいてきた。


「お、こんなところに一人隠れてやがった。その見た目、聖女様ってのと似てるな。さっき向こうへ逃げて行ったって話だったが、影武者ってこともありえるか。むしろ、こんなところにいたってことはこっちが本命か?」


 そんなことを口に出してどうなるというのだろう。

 しかし、そんな軽口をたたく余裕は私にはない。


「どっちにしても捕まえておくか。おい、おまえ、大人しくこっちにこい。それとも、痛めつけられるのがお好みか?」


 動けない。

 なんとかしてこの場を逃げる方法はないか、ちょっとでも隙を作れば。


「おおい! こっちにも一人いる。誰か来てくれ!」


 これ以上、人が増えたらだめだ!

 意を決して走って逃げる。

 そのために踵を返した。


「まあ、逃げるよ、なっ、と」


 いくらも走らないうちに、相手の投げた何か重くて固いものが背中に当たった。

 それだけで私は地面に倒れ、動くことも出来なくなる。

 息もできない。


 みんなが、私のために頑張ってくれているのに。

 ただの一つも報いることができないのか。

 呼吸ができなくても涙は流れる。

 うまく息を吸い込むこともできずに咳き込むように胃からせりあがってくる液体を吐いた。

 この状態では癒しの魔術も使えない。


「おいおい、弱っちいな。小石を投げただけだぞ。あんまりひ弱だと困るんだがなぁ」


 下卑た笑いを浮かべてこちらに近づいてくる。

 もう、動けない。

 打開する手段がない。

 でも、諦めるわけにはいかない。

 その先に何かがあるわけでもないのに、救いを求めて必死に手を伸ばす。

 それは無意味なあがき、そのはずだった。


 風ひとつ吹いていなかった森の中にふわりと動く気配。

 場違いなほど優しい空気の流れ。

 そして、これは魔力?


 なんとか現状を確認しようと目を開くと、そこには一人の天使が立っていた。

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