第68話 手札の切り方(下)
「お前、アインか? 仕事で暫(しばら)く出てるって聞いてたけど帰ってきてたのか」
目的の人物、ハイムはすぐに俺に気が付いた。
ありがたいことに仕事を終わらせて帰るタイミングだったようだ。
彼は何年も前に妹さんの出産に所縁があって知り合ったのだが、その後俺の趣味に色々と付き合ってもらっている人物だ。
「その仕事で、例の物を使うことになってさ。周りの兵士に気づかれずにやりたいんだ。力を貸してもらえないか?」
伝える内容はここに来るまでの間に整理してあった。
話せないこともあるけど、と前置きして説明していく。
「――隠密行動のため、あいつらに気が付かれないようにロムスを出たいと。そのために『あれ』を使うわけか。たしかにうってつけかもしれないな。どれくらい遠くに行くかにもよるけど、外洋に出ないなら大丈夫だろ。しかし、面白そうなことになってるな」
結構危険って話しておいたんだけどなぁ。
「よそのやつらが港や街で好き勝手するのが気にくわなかったところなんだ。船を出したらいいか?」
「いや、外の兵士に見つかりたくない。『あそこ』には陸路で行くよ。南の砂浜があるだろ。そこで出発前の準備と荷揚げをしたいんだ。それを手伝って欲しい」
「そうか、確かにちょっとまだ手を入れる必要があるか。わかった、俺はそっちに向かう」
一度家に寄るというハイムに時間や合図の取り決めをしてから工廠を出た。
さぁ、これからが本番だ。
夜闇に暮れる森の中をひた走る。
魔術を使わなければ到底かなわない芸当だ。
今はとにかく時間が惜しいので出し惜しみは無しでいく。
足元はかなり悪いため、木の枝をつたって空中移動。
気分はターザンだ。
そのおかげもあって、ここ数年通いなれた目的地にはそう時間もかかることなく到着することができた。
ここは以前発見したラムファベリーの群生地。
そして遺物が眠っていた洞窟。
そこへ飛び込むように中へと入る。
俺はあのとき発見した竜骨を何年もかけて船として再構成することに成功していた。
今回の旅の切り札がこれだ。
遠出するのは初めてだが、すでに近場の島をめぐるような練習航海は済んでいる。
多少の不備があっても俺たちが同乗すれば近海をすすむことくらいはできるはずだ。
土魔術を使ってドックに改造した洞窟を進む。
全長二十メートルを超える俺とハイムの作り上げた船。
手早く舫(もや)いを解くと乗船して船首付近に設置した魔術具にオドを交わせる。
この船にはマストも櫂も取り付けてはあるがどちらも念の為以上のものではなかった。
動力は海からくみ上げる魔力。
そしてそれを航行能力へと変える力を持った巨大な魔術具。
これが俺たちの魔導船『海龍丸』だ。
風や人力に左右されずに浅い海も渡れるこの船は今回の隠密行動にはぴったりの船だった。
この洞窟はフローティングドックに改造済みのため、すでに海水が流入しておりそのまま外へと通じている。
船が動かせるようにさえなれば、あとは出航するだけだ。
ぶつけないように慎重に海へと出る。
ドックを土魔術で隠すとみんなの待っている南の砂浜を目指すことにした。
風向きに注意する必要がないため、目的地まですぐだった。
恐らくこの大陸に海龍丸に追いつける船はないだろう。
この船の航行能力は、俺の発見した竜骨にもともと備え付けられていた機能だ。
マナの力で慣性に働いて運動する、前世の基準で考えれば夢の動力機関。
俺には感知できない謎の物質は他にも多くの素材としての特長を持っており、それが俺を魅了した。
傷をつけることも変形させることも出来ない強靭さ。
比重もかなり軽く海水はおろか真水を大きく下回る。
つまり、骨組みの状態だけでも浮力がある。
そこまで特性が分かった時点で船舶として利用することを決めた。
その後はドックを設置し、材料を集めて体裁を整えていった。
俺の作った船は竜骨の流線形がそのままあらわれた非常に近代的な見た目だったため、港に入れるには目立ちすぎるという問題がある。
そこで力を借りることになったのがハイムというわけだ。
彼は船大工の息子で自身も工廠に出入りしている職人の卵だった。
彼に秘密をうちあけ、擬装を整えて出来上がったのがこの海龍丸だ。
真っ暗な砂浜に波の音だけが聞こえる。
今のところ、近くに兵士の気配はないが念のため明かりは付けていなかった。
夜の火は想像以上に遠くまで見えるものだ。
慎重に使うに越したことはない。
予定していたポイントの近くで鋭くマナを操作して合図を送る。
そうするとすぐにみんなが現れた。
その中にはハイムもちゃんといる。
良かった、うまく合流できたようだ。
さすがに浜まで着けることはできないので、錨をおろして海を渡る。
もう少し深い場所なら小舟を下ろすところだが、これくらいなら少々濡れても歩く方が早いだろう。
ハイムが船内で航海に必要な調整をしている間にこれまで俺たちが旅に使っていた馬車を一台分解してしまった。
骨組み以外の固定に使用される金属部品を魔術で変形させればすぐだ。
これは船に乗せてエトアに到着してからも使うつもりだった。
貨物量的にもう一台は無理なので、こちらはハイムにロムスまで運んでもらうつもりだ。
ここまで頑張ってくれた馬たちともここでお別れになる。
かなり金はかかるが、向こうで新しく調達することになるだろう。
当たり前のことだが半身を海に浸しながら馬車を船に乗せるというのは重労働だ。
オド循環と魔術伸縮ロープがなければ無理だったと思う。
さすがにお姫さまにこれを手伝わせるわけにはいかないので、メイリアには先に乗船してもらってミリヤムさんに身だしなみを整えてもらっている。
疲れた……。
砂浜と半身海水浴がここまでしんどいとは。
ヘルゲとデニス、従士の二人なんか船尾で動かなくなってしまった。
彼らも結構鍛えてると思うのだが、それだけ大変だったのだ。
しかし、そのかいがあった。
なんとか必要な物資を積み込み、出航の体裁が整った。
「最低限だけど、内装の方準備できたぞ。航行するときはできるだけ陸から離れずに羅針盤を使っていけよ。船梯子もそろえておいたから、大概の港なら接舷できるはずだ。この船は色々勝手が違うが、浸水の対策はできてるんだろう?」
「ああ、最悪魔術でなんとかできるはずだ」
「帆の管理が要らないのは助かるな。これまでの感じなら大丈夫だとは思うが、無理はするなよ。それじゃあ、良い航海を」
「急な依頼で悪かったな。報酬は弾んでおくよ」
「気にすんな」
そういって船を降りた。
なんとか出航に漕ぎつけたか。
そこで少し不味い事態に気が付く。
マナ感知によるとこちらに近づいてくる集団がいる。
そうこうしていると遠くに松明と思われる明かりも見えてきた。
さっさと船を出した方が良さそうだな。
あとはハイムなんだが、あいつはまだ明かりに気が付いていないようだ。
……相手の移動速度が速い!
夜間にこの速度なら馬、それも軍馬の可能性が高いか。
敵だと思った方が良さそうだ。
それに、あの様子だとこちらに気が付いているかもしれない。
目立たないように気はつけていたが、作業の為に明かりをつけたのが仇になったか。
俺たちの残した馬も夜に移動する訓練はしてある。
だが、追いかけっことなると分が悪い。
証拠を残すことになるがハイムには一度離れて隠れてもらったほうが良さそうだ。
そう考えていると、相手の集団から二つ、突出してスピードを上げたものが現れた。
明らかにこっちに向かってくる。
不味い!
「ハイム! こっちに誰か近づいてくる。馬車は良いから明かりを消して隠れろ!」
いっそ船までハイムを引き上げるか?
……ダメだ、こっちは出航準備で結構距離が離れている。
すぐに連れてくるのは難しそうだ。
敵はかなり近くまで来ている。
明確にこちらに向かっている。
なんとかする方法がないかと考えてると、相手側から何かが飛んできた。
……あれは矢だ。
警告も無しに攻撃してきた。
そのうえ夜間に馬上で弓を使うということはかなりの手練れだ。
いよいよ不味い。
そこでやっとハイムが明かりを消す。
しかし、敵の攻撃は止まない。
「僕が行くよ。兄さんは船を出して」
「……わかった。どこで落ち合う?」
「すぐには合流しない方がいいと思う。黒の三番で」
そういって返事も聞かずに飛び出して行った。
オド循環を使用した文字通りの大ジャンプだ。
黒の三番は事前に取り決めた符号。
黒がエトアで三番はその中の街の一つだった。
つまりカイルは陸路で向かうと言っているのだ。
しばし逡巡する。
カイルは優秀だ。
おそらくこんな窮地でもうまくやれるだけの能力がある。
……でも優しすぎる。
明確に敵意を示す相手に対して万が一があり得ないと言えるか?
「ルイズ、カイルのことを頼む。あいつの言う通り黒の三番で落ち合おう」
迷っている時間も勿体ない。
万全の態勢でいこう。
「……わかりました」
俺の意図を理解してくれたルイズは、問答するだけの余裕が無いことを分かってすぐにカイルの後を追う。
風魔術を使用した飛翔。
夜の闇にルイズの黒髪が広がって溶けていく。
俺はその後を目で追うこともなく、急いで術具へ向かうと船を動かした。
二人なら大丈夫。
ハイムを守った上でうまくやってくれる。
その確信を持った予測で不安を無理やり押さえ付けながら砂浜を離れる。
向かう先は暗闇の中。
ただ波の音だけが聴こえていた。
翌朝。
俺は波打つ海を眺めている。
別に無駄に時間をつぶしているわけではなく、海面に垂らした釣り糸に注視しているのだ。
長旅にあって新鮮な食材は貴重。
ゲットできるチャンスを無駄にするつもりはない。
「本当にあれで良かったんですか?」
話しかけてきたのはメイリアだ。
暇を持て余した王女様は有ろうことか俺の隣で食材確保の手伝いをしていた。
日焼け対策か凄くデカい帽子をかぶっている。
「それは終わってみないとわからないな。でも、護衛対象のお前は無事だろ。それに二人がいるならハイムも大丈夫だ」
あのあと、急な出航に状況も把握しきれていない全員を集めて現状を説明した。
護衛が減るという事実は皆を不安にさせたとは思うが、メイリアの安全が最重要事項である以上、この判断に明確に反対するものはいなかった。
夜のうちの航行は自信がなかったので近くの離島付近に投錨し、一夜を明かした。
今はエトアに向けて航海を開始したところだ。
この船、優秀なことにオートクルーズ機能を搭載している。
ただ前進するだけなら最初にオドで指示を行えば継続してくれる。
このあたりはコレン先輩にかなりお世話になった。
「信用、してるんですね」
当たり前だ。
十年以上あいつらを見てきたんだから実力を見誤ったりしない。
「まあな。あの二人が揃えば、ナッサウ軍全部を相手取っても大丈夫だ。だからハイムも無事だよ」
三百人程度の兵士ならルイズ一人でもおつりがくるはずだ。
からめ手を使われてもカイルがいれば打破できる。
最強の二人なのだ。
「……いくらなんでも評価が高すぎません? しかも先輩、本気で言ってますよね。まあ、あの状況をなんとかできてるならいいです。でもなんでカイル先輩はロムスの近くで落ち合おうとしなかったんでしょう?」
「ハイムのことを心配したんだよ。たぶんあの時こっちに来たのもナッサウ軍だ。他所の兵士といざこざを起こしたとなれば、あの場が凌げても後で困ることになる。確実に父さんたちの所に連れて行こうと考えたんだろう」
みんなならハイムも守ってくれる。
ただ、それを待っていればメイリアを危険に晒すことになる。
全部を守ろうとしたあいつらしい判断だ。
それは、護衛を任せた俺を信用してくれているということでもある。
ルイズを向かわせたのは俺の判断なので今、頭を抱えている可能性はあるが……。
「優しいですね……」
「ああ、あいつは優しいんだよ」
二人のことは信用している。
カイルの判断も支持する。
でも、それと俺が不安になることは無関係だ。
今、自分にできることが釣り竿を握るだけともなれば、来てほしくない未来を頭に思い浮かべないことも難しかった。
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