第67話 手札の切り方(上)

 目の前にはかなりの数の(多分)敵。

 なんとかしなければならない。

 ちょっとでも情報が欲しい所だが……。

 クルーズ父さんたちから何か連絡はないだろうか。


「手紙が来ていないか確認したいのですが」


 受付で身分証のカードを提示する。

 念のため名乗るのはやめておいた。


「少々お待ち下さい」


 対して時間もかかることなく手紙を持ってきてくれた。

 結構あるな。


「お待たせ致しました。こちら七通になります。ご確認下さい」


 こちらの気持ちを汲んでくれたのか、最後まで名前の確認はなかった。

 ありがたいことだ。

 礼を言って受け取ると足早にギルドを出て人の少ないところを探して手紙を開封する。

 数が多いなと思ったが、どうやら早めに連絡を開始して新しいことがわかる度にアップデートする形で手紙を送ってくれたらしい。

 こういう合理的なやりかたはクルーズらしいな。

 内容をまとめるとこうだ。


 何日か前からナッサウ伯爵領の所属を名乗る武装集団がエルオラ街道へ入ってくるという噂があった。

 これは実際に最新の手紙でロムスに到着したことが確認されている。

 人数は三百人ほど。

 騎士団ではなくその多くは徒歩の兵士らしい。

 街の代表として相手方と面会したクルーズが聞いた話だと、外交官として伯爵家の使い(一応男爵らしい)がエトアに向かうための護衛だという。

 しかし、伯爵家の規模に対して人数が過剰であるとのこと。

 アーダン領通行の許可は確認できたが、おそらくこの人数がすべてエトアへ入国することはないだろうという意見が記載されていた。


 こちらで確認した話とも一致する。

 所属はナッサウ伯か。

 このあたりはメイリアにも相談してみよう。


 しかし、三百人か。

 その後の動きは確認できていないが、入国手続き待ちを言い訳にしてロムスにしばらく駐留する可能性はある。

 普通にお金を払って宿をとっているとすれば追い出すこともできない。

 実家と港を抑えられてしまったな。


 他にも街中に諜報員と思われる人員が少数滞在していることが確認されたが、こちらは理由をつけて情報の分断と排除に成功したとのこと。

 さすがだな。

 後は、直接は関係なさそうな話がならんでいる。

 近海で海賊船が出没とかそんな感じだ。


 手早く手紙の返事を書いて送付すると、いくつかの用事と買い出し、主に生鮮食品、を済ませて合流ポイントに向かうことにする。

 ここから先は一筋縄ではいかなそうだ。


 街道を外れたロビンス商会の隠れ休憩スポット。

 ここが今回の合流地点だ。

 マナ感知で俺に気が付いたらしいカイルが最初にあらわれた。


「兄さん、お帰り。どうだった?」


「良いニュースと悪いニュースがある」


 一度言ってみたかったフレーズだ。


「とりあえずご飯食べてから聞こうか」


 スルーされてしまった。

 そういえば、この世界でこの言い回しを聞いたことないな……。


 カイルたちが準備してくれた料理はいつも通り絶品だった。

 俺の買い出しの成果もあるのでまたしばらく美味いものが食えるはずだ。

 これはピンチでもやる気の出る要素だ。


「――この先にかなりの規模の敵が待っているということですか?」


「その通りだ。ところで、ナッサウ伯ってのは敵ってことでいいのか?」


「完全に敵側ですね。少なくとも、領主のロルフと嫡男のヴェンデルは確実に。今回の話で排除しようと思ってる人員の上位にいます。長く外交に関わっているので、エトアに現れるのはあり得ない話ではないですが、人数が多すぎますね」


 人を動かすというのは存外金がかかる。

 三百人を他領へ移動させて時間を過ごさせるだけでそれなりに手痛い出費になるはずだ。


「今回、私に協力した人達に難癖つけて領地を取り上げるつもりなんでしょう」


 憂鬱そうにメイリアが言う。

 そこから遠征費を払うわけか。

 皮算用を後悔させてやらないとな。


「それで、良いニュースというのは何なのですか?」


「この情報を俺たちが先に入手できたことだ」


 オリヴィアさんだけが納得できなさそうな顔でこちらを見てくる。


「もし、知らないまま突っ込んでたら延々出てくる敵と泥沼の遭遇戦をしてた可能性もあるんだ。相手がこっちに気が付く前にわかったのはかなり大きい」


「それでも、解決できる手段がないなら同じでしょう」


「いや、そうとは限らない」


 相手の立場に立って考えてみよう。

 ロムス近辺にいる部隊はおそらくナッサウ領から直に現地に入っており、王都は経由していない。

 別の指揮系統を持つ集団だ。


 王都にいる敵は王女の出立に監視をつけて旅程の途中で暗殺を遂行するつもりだったと考えられる。

 しかし、俺たちの手引きでターゲットを見失った。

 関所に置いた人員からごく少人数で出国したことは確認したものの、いまだに見つけることはできていない。

 計画の第一段階に失敗した時点で、ロムスにいるはずのナッサウ軍に連絡を出したはずだ。

 「計画失敗、目標は少人数でそちらに向かっている」と。

 これで第二段階であるナッサウ軍が対応すればいい。

 相手は少人数なので捕捉さえできれば簡単だろうと。

 しかし、その情報は未だにロムスまで伝わっていない可能性がある。

 俺たちの足が速すぎたからだ。

 ここまで四日そこらしかかかっていない。

 実際ここまでの経路で後ろから追い抜かれたことは一度も無いし、夜間に街道を進む馬というのも見つけていない。

 全員がマナ感知を使えるわけではないので夜間の監視が万全とはいえないのだが。

 他に伝書バト等を使う手もあるかもしれないが、この世界では一般的な手段とは言えなかった。

 魔物が跋扈する世界であるため、伝達の正確さに問題があるのかもしれない。


「――だから、俺たちの情報が伝わる前なら行商の馬車に紛れて通り抜けることができるかもしれない」


 ここでみんな黙ってしまった。

 各々作戦の勝算を考えているのだろう。


「……情報が伝わっていた場合どうなりますか」


 オリヴィアさんの最もな発言。

 いつだって最悪は想定しておくべきだ。


「見つかってしまうと強行突破以外に手がない。そうならないように、一人馬で先行して様子をうかがうつもりだけど」


 ロムスで潜入調査をしてから行動を決めても良いけど、藪蛇になる可能性もあるしな……。


「……姫様を危険に晒す以上、私は賛成できません」


 しばしの黙考の後、静かに言った。

 どうだ、言いたいことがあったら言ってみろという感じでこっちを見つめてくる。

 代案の無い否定は場の空気を悪くすると思ったのかもしれない。

 それでも看過できないぞと。

 これ以外手は無いと彼女は思っているのだ。


「そうだね、確率が低くても、失敗を考えると僕もやめた方がいいと思う」


 空気を読むのはいつもカイルの仕事だ。

 メイリアが連れてきたみんなは驚いた顔でカイルの方を見ている。


「ねぇ、兄さん。そろそろ切り札を一つ切る時じゃないかな?」


 そうかもしれない。

 ぎりぎりまでとっておく方がかっこいいかもしれないが、早めに使っていく方が有効なのが切り札というものだ。

 そうして作った余裕で次の切り札を準備する方が合理的だろう。


「先輩、良案があるなら早めに出してくださいよ……」


「……下準備はしてあるけど、そんなに万全の策じゃないんだよ。ちゃんと説明するから聞いてくれ――」





 今、また俺は単独行動に戻っている。

 今回の策を使うには俺かカイルのどちらかが動く必要があった。

 そしてより適任なのが俺なのだ。


 向かう先はロムスの街。

 例によって一人行動ならそう目立たないとは思うが、この街は知り合いばかりなので声をかけられることも多い。

 夕暮れを過ぎたころに人気の減った道を選んで代官屋敷に向かう。


 家族は急な帰宅に驚いていたが、全員無事なようだ。

 わかってはいたがやっぱり心配だった。

 簡単な情報交換をしてから今、何をしようとしているか伝える。


「――そのやり方は悪くないと思う。ただ、ナッサウ軍が何か活動を開始したみたいだからそっちには気を付けるように」


 クルーズのお墨付きをもらった。

 どうやらナッサウ軍は部隊をいくつかにわけて要所で検問と情報収集を開始したようだ。

 面倒だな……。

 やっぱり早めに動くのが正解かもしれない。


 せっかく帰宅したものの、あいさつもそこそこに屋敷を出発する。

 次の目的地の前に研究所で寄り道だ。

 手早く俺の執務室の机を確認して、あった、これだな。

 メイリアの卒業の時にもらった文鎮を回収する。

 あいつが王族だった以上ただの文鎮ではないのだと思うが、王女さまじきじきに余裕があったら持ってくるように言われてしまった。

 葵の御紋が入った印籠みたいなもんなのだろうか……。

 そんなもん気軽に渡すなよ。


 研究所の施錠をしていると、後ろから近付いてくる人影があった。

 フヨウだ。


「お前はまた、誰かを助けるために走り回っているんだな」


「友達のこととなるとほっとけなくてさ」


 そこでフヨウはちょっと笑った。


「私だって友人のお前を助けたいと思ってるんだぞ。本当についていかなくていいのか?」


 冷静に考えた時、フヨウは能力的にも信用的にも力を貸して欲しい人材だ。

 ただ、


「今回の行先はエトアなんだ。だから……、フヨウにはロムスを守る方を任せたい。手紙にも書いたけど、しばらくはここも警戒が必要なんだ」


「行先は関係ない。私はお前と会う前の私じゃないんだ。エトアでだって戦えるぞ」


 あのフヨウが、あれだけ苦しんだエトアにだって助けに来てくれると言っている。


「……ありがとう。そういってくれるだけで大丈夫だ。ロムスを守りたいっていうのも本音なんだ。カイルとルイズが頼んでも残ってくれなくてさ。今回は早い者勝ちってことで我慢してくれ」


「……あの二人じゃあしょうがないな。ロムスのことは任せておけ。しっかり守っておくから、ちゃんと帰って来るんだ」


「うん、約束する。みんな連れて帰ってくるよ」


 そう言って次の目的地を目指す。

 フヨウが、みんなが守ってくれるならここは大丈夫だ。

 俺は約束を守るためにがんばろう。


 今度は人と会うために港に向かう。

 家を訪ねたらここにいると言われたのだ。

 もうすっかり暗い時間だっていうのに、まだ働いているらしい。


 港には兵士と思われる人間がうろうろと巡回を行っていたが人数はそう多くなかったし、やる気もなさそうだったのでやり過ごすのは簡単だった。

 そのまま目的地の工廠に向かう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る