第66話 疾走

 普段通りの検問を受ける。

 通商許可証を提示して貨物のチェック。

 ダミーの貨物は積んであるし今回は人を乗せることも事前に申請してあった。

 最近こそ現場を離れているが何度も繰り返した仕事だ。

 特に不備もない。


 だからこそ、検査を行う衛兵の様子が気になる。

 違和感がある。

 俺が過敏になっているだけか?

 いやそんなことはない、マナの流れにもうっすらと懐疑の様子があらわれている。

 こいつ、敵の息がかかってる可能性がある。


 何か変な動きがあれば相手の命を取る準備をする。

 たとえ殺人を犯しても、この状況にあってメイリアの命を天秤にかけるつもりはない。

 その覚悟はとっくにしてあった。

 オリヴィアさんも動けるとは思うがいざという時は俺がやろう。


 俺の心中を知ってか知らずか、荷台の様子を普通といっていい時間をかけて丁寧に確認した衛兵は特におかしな行動に出ることなくもとの検問に戻って行った。

 これで無事、王都を出ることができる。

 だからといって安心できるわけではない。

 ここを通ったという情報を流されるだけでもこちらにとっては不都合なのだ。


 オドを流して馬車の幌を変質させる。

 とはいっても色を変えてあらかじめ決めてあったマークを天板部分に浮き上がらせるだけなのだが。

 平行してマナに干渉して二度鋭く反応を強める。

 どちらもカイルに連絡をとるためだ。

 意味は『周囲要警戒』。すぐに『了解』を意味するマナ反応があった。

 これで怪しい動きをする人物がいればカイルが対応してくれるはずだ。

 こっちは護衛対象(メイリア)の身の安全を優先しよう。


 街道までの道をゆっくり進む。

 カイルと合流する必要があるからだ。

 空いている関所を選んで少し遠回りしていたこともあり、街道に出るまでしばらくかかる。

 最短ルートで先回りされていた場合、まだ待ち伏せの可能性が残っていた。


「先輩、さっきの検問の話なんですが――」


「気づいたか、なんか怪しかったな」


 メイリアにはメイリアの勘があるらしい。

 オリヴィアさんは「なんだって?」みたいな顔をしないでほしい。

 ちょっとわかってきたけど、この人完全に呑気な人だろ……。

 案外こういう人が生き残るのかもしれない。


「なんでそんな落ち着いてるんですか。確かに無事出門できてますけどー」


「いや、かなり緊張感をもって対応してたんだぞ、毛布だって渡したろ。それにもうカイルに連絡してある。変な動きをしてもあいつがうまくやってくれるよ」


「いつの間に……。どうやったんです?」


「幌に符号を表示させた。あいつからも確認したって連絡があったよ」


 上を指さしながら説明する。


「はえー、ちゃんと仕事してくれてるんですねー」


 俺は、お前がそうやって気楽そうにしていられるのが凄いと思うよ……。

 首元まで刃が迫ってたってことだぞ。

 こいつもそういうことを理解してないわけではないだろうから、そういう「落ち着いている」という演技をしているのかもしれないが。


 しばらく進んだところでカイルが合流してきた。

 無事でよかった。


「兄さんが気にしてたのは関所の衛兵?」


「そうだ。メイリアも気にしてたから何かあると思うんだけど」


「うん、あの後すぐに持ち場を離れようとしたから追いかけて拘束しておいた。しばらく見つかることはないと思うから、王都を離れる時間くらいは稼げると思う」


 やっぱりか。

 おそらく敵対勢力は各関所で金を握らせるか何かして見張りを立てたのだろう。

 怪しいやつ、なんらかの条件に一致するやつが王都を出れば連絡が来るようにと。


 仮に、ここでこの衛兵を処分してしまったところで連絡が途絶えれば、そこを怪しいやつが通ったってことになる。

 多少情報は漏れてしまうが、拘束ってのは妥当なところか。

 完全にうまく行くとは思っていなかったが、やっぱり本隊から離れて行動しているのがバレてしまった。


 ただ、こっちも相手の情報が入った。

 その場で暗殺を強行せずに情報を集めていたってことは王都にそこそこの規模の指揮系統があるってことだ。

 こっちの足を活かして距離をとれば、この人員は実質無駄な戦力にすることができる。

 連絡手段の限られるこの世界にあって遠距離の連携はなかなか難しいだろうからこの先で大規模な軍勢と対峙という可能性は減ったと見ていい。

 今日はできるだけ距離を稼いでおきたいな。


 心配していた街道合流地点付近の襲撃もなく、うまくロムス方面へ向かうことに成功した。

 ここからはスピードも出せるので追いかけてくる敵をあまり意識しなくてよくなる。

 気にするべきは待ち伏せだが、しばらくは見通しも良いのでマナ感知と合わせれば早めに気付くこともできるだろう。


「それで私たちはどこに向かっているのですか、そろそろ明かしてもよいでしょう」


 見通しの良い街道を進んでいるとオリヴィアさんに質問された。

 聞き出すタイミングを計っていたのだろう。


「ロムスだよ。エトアに行くとなると一番近いしね」


 もっとも普通の経路といえる。

 他には別の港町へ向かって船に乗る方法もある。

 俺たちの知るウオス越えなんかがこれにあたるが、好き好んで刺客に狙われやすい難所を選ぶ必要もないだろう。

 今回は足の速さを活用する方針だ。


「普通ですね」


「一番慣れているからな。ただし、今回はほとんど街や村に滞在しない。人の多いところにとどまって見つかりたくない」


「姫様に野宿をさせるというのですか」


「そのあたりは我慢してくれ。命の方が重要だろ」


 オリヴィアさんの不満は分からないでもない。

 それなりに快適に過ごせるように気を遣うからそんな目で見ないでくれ。





「先輩たちって旅の途中でいつもこんな野営してるんですか?」


 王都からアーダンへ向かう街道からしばらく外れたところ。

 ここが今日のキャンプ地だ。

 俺が準備した特製風呂を堪能したらしいメイリアは天幕の中で身支度をしながら護衛をしているルイズに話しかける。

 身支度とはいっても一緒に入って行った御付きのメイドさん、ミリヤムさんというらしい、が全部やってるんだろうけど、王女だし。


「いつもじゃないわ、アイン様かカイル様がいる時だけ」


「それにしたって豪勢な話ですねー。旅の途中だとちょっとした街でもお湯を運んでもらうだけっていうのがザラですから」


 王族でもそうなら、ほとんどの人間は頻繁に風呂に入るのは無理だろう。


「そんなものなのね。お湯だけならメイリアでも作れるでしょう」


「ですよね。考えたことも無かったですけど思ったよりも魔術って便利かも。お風呂に入れる魔術だけでも練習しようかなー」


 風呂にせよ洗濯にせよ、俺たちが使っているのはそう高度な魔術ではない(薬剤を使おうと思えばそれ相応の知識が必要だが)。

 単純な技術の組み合わせだ。

 ただ、多くの場合、魔術には得意不得意があるもののようだ。

 温度管理が不得意だったり、土魔術の硬化が全然できなかったり。

 そんなわけで俺たちのキャンプ魔術はただ魔術師がいれば再現できるというものでもなく、あんまり普遍的な技術ではない。

 その点、俺やカイルは特異な才能を持っていると言えなくもない。


 さて、別に俺はただ無為に聞き耳を立てているわけではなく、キャンプ地の防備を固める為に従士の人達と罠の設置なんかを頑張っていた。

 このあとは見回りもやる。

 天幕の中の声が聴こえてきたのはあくまで偶然だ。

 本当だよ?

 

 ちなみにこの従士二人、かなり真面目に職務に対応してくれているのだが、かなり緊張している様子が見て取れる。

 長期戦を考えると疲労が心配だ。

 二人もしっかり風呂に入って休んで欲しい。

 俺たちみたいな力仕事こそリフレッシュが重要になってくるよな。


 カイルはというと、なんとオリヴィアさんと一緒に食事の準備をしている。

 俺たちのチームから調理担当といえば、フヨウがいない以上カイルで鉄板なのだが、オリヴィアさんも料理できたんだな。

 メイドさんなんだから当たり前なのか?

 俺の彼女に対する評価が存外に低くて申し訳ない。

 食事の内容についてだが、これから何日かは持ち込んだ生鮮食品が使えるので結構期待できるはずだ。


 出来てきた料理を食べた感想としては、かなり美味かったと言っておく。

 みんな満足いく出来だったはずだ。

 彼女には心の内で謝罪しておくことにする。

 ただ、毒見なんかが必要なのは面倒だった。

 必要なこととはいえ、今ここにいる誰かを疑うということなのであまりいい気分はしない。

 慣れるかなぁ。


 旅路は順調に進んでいる。

 最初は野営について不満げだったオリヴィアさんも、毎日風呂に入り、魔術で作った小屋で寝起きするに至り、不平を言うことはなくなった。

 満足いただけたようでなによりだ。

 宿場町に滞在する必要もないため、一日分好きなだけ走ることができた。

 おかげで移動距離もかなり稼げている。

 目下、問題は人目を避けているために情報が少ないことだ。


 そんなわけで俺は今、情報収集のために単独行動をとっている。

 夜明け前に出発してオド循環全開で走り、先行してニオーシュの街に向かう。


 もし、俺たち兄弟がメイリアの協力者であることが知れていれば故郷であるロムスには待ち伏せがある可能性があった。

 仮に俺たちのことが知られていなくても、ロムスは海路、陸路でエトアへ向こうことができるため、罠を張るにはもってこいなのだ。

 だから、隣町であるここで現状を把握しておく必要がある。

 ゼブが先立って連絡してくれているため、何かトピックがあればここへ手紙が届いているはずだった。


 朝一番の混みあいに紛れて街へと入る。

 俺の風貌はカイルと一緒にいれば目立つが、一人で行動していればその限りではない。

 年格好からいって丁度、駆け出しの冒険者に見えるはずだ。

 隠密行動には向いている。


 まず冒険者ギルドへ向かって掲示された近辺の最近のニュースを流し読みする。

 当たり前だが東側、王都方面のニュースについてはそっちから全速で向かってきた俺たちの持つ以上の情報はなかった。

 そして要の西側のニュースについてだが――。


「――貴族の護衛と思われる兵士団がエトア方面へ向かってる?」


 非公式な情報だが、エルトレアで女神の託宣に関わる重要な催しが行われる予定。

 ここについては俺たちが王都で聞いた話とそう違わない。

 まさに、メイリアが今向かってるやつの話だろう。

 しかし、王国から他の貴族や王族が参加するという話は聞いていない。

 しかし噂の段階をすぎないが、エトアへ向かう貴族とその護衛の集団がいるのだという。

 実際に武装した集団が数日前にニオーシュを通過している。

 メイリア暗殺計画と無関係だとは考えにくいな。

 この先、ロムス、テムレスと向かう先で待ち受けている可能性はかなり高い。

 ここを抜ければ王国内のように自由に動けない以上、相手もここに戦力を集めてくるだろう。

 正念場だな。

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