第64話 素直な言葉で(下)
ここまではいいだろう。
具体的な話は時間をかけて検討する必要があるが、メイリアがどんな戦い方を考えているのかは理解できた。
それより先にちゃんと話しておかなければならないことがあった。
俺たちのことだ。
「この件、頭を突っ込めば俺たちの大切な人たちも巻き込まれることになるかもしれないな?」
メイリアは真面目な顔をしている。
当たり前のことなのだがちゃんと意識はしていてくれたらしい。
「ええ、隠してもしょうがないですし、護衛として目立った行動をとればいずれ狙われる可能性はあります。相手も情報収集や行動開始までに多少時間がかかるでしょうし、その間に根こそぎやっちゃうつもりではありますが、絶対の安全を保証することはできません」
事実なのだろう。
メイリアは情報を隠して手伝わせる方針ではないらしい。
「だから、この先の相談について、王家の強制力を考える必要はありません。この依頼は話を聞いてもらうことが目的でしたから」
「姫様! それではあまりにも!」
となりでイライラしながら話を聞いていたオリヴィアさんがついに口を挟む。
どうでもいいけど、もうちょっと感情を抑える訓練が必要だって、護衛の仕事にもメイドの仕事にも必須でしょ。
「オリヴィア、大丈夫だからもう少し待ちなさい。先輩、話を聞いてくれてありがとうございました。護衛についてはまあ、今言った通りです。その前にもう一つお願いしたいことがあるんですよ」
ちょっと落ち着いた調子で続ける。
これはメイリアお得意の目的を達成するために本心を隠すやつだ。
学院時代もずいぶんこれに調子を狂わされた。
「王家に関係している人間は私が守りますし、そうでない人達だって守るつもりです。でもどうしても手薄になるところがある。私たちの共通の大切な人たち、しばらくでいいので守ってもらえませんか。簡単ではないですけど、先輩たちならできると思うんです」
学院の後輩、テッサ、橘花香、ロビンス商会。
確かに俺たちだって守りたい人達だ。
学院については教師陣を通した注意喚起で結構いけるか?
あそこはそういう目でみるとかなり盤石に守られている施設だ。
橘花香と商会については克技館のみんなを頼れば……。
頭の中でやりようを考える。
少なくともなんとかなりそうではある。
気は抜けないが……。
あとはロムスの方だな。
だいたい整理できてきた。
まったく無茶苦茶な話だ。
でも、不思議と迷いは無かった。
「カイル、ルイズ、頼みがある」
「嫌だよ」
……ちょっとこの反応は想定外だったな。
話くらいは聞いてくれ。
「ロムスのこと、僕たちに任せようとしたでしょう。それで兄さんだけ一番危険な護衛の仕事をやろうとしてる。違う?」
確かにその通りなんだが……。
「メイリアはちょっとだけ嘘をついているよね。この作戦、王宮の人達は失敗したら見せしめのためにそこまで手を広げる余裕は無いんじゃないかな。そのあたりを見積以上に過大に評価してない?」
俺からメイリアに視線を移して続ける。
「たぶん、護衛に成功したら十中八九他はうまく行くところまで準備しているんだ。それでもどうしても足りない手を僕たち、いや兄さんに求めたんだよね」
メイリアの表情は変わらない。
本当の話なんだろう。
「大切なものに、どれだけ言ったって保証はできないですから」
それでも、メイリアが危険を過大評価したのは俺たちについてだけだ。
「忘れないで、友達を守りたいのは兄さんだけじゃない。僕たちだって一緒なんだ。それに兄さんは当然わかってるよね? ロムスはそう簡単に危機に陥ったりしないよ。あそこは今、世界で一番安全な場所なんだ」
……それは事実かもしれない。
俺は故郷を守り、発展させるために、技術水準だとか魔術以外での再現性とかを度外視してロムスの改革を行った。
当然軍事的防衛については特に念入りに。
それでも暗殺やらなにやらあるといえばあるのだが、そこはもう一つの理由で安全性が担保されている。
「だから、今回一番大変なのは当たり前だけどメイリアの護衛。兄さんはそこを自分でやろうとしてる。一人でやらせるつもりはないよ」
後ろで腕を組んだルイズがとんでもないことだ、とでも言いたげにうんうん頷いている。
こんな時だが、正直かわいい。
なんというか和む。
「……だってさ。この二人はいつもいい子なんだけど、言い出したら絶対聞かないんだ。俺たちの腹は決まったよ。後はメイリアだけだ。今回の依頼は面会だけっていうなら、これで完了だろ。なら、その続きはお前の言葉で言ってくれ。王女の言葉とか王宮の作法とかじゃなくてさ」
メイリアはその言葉を聞いて、スカートの裾を両手で握りしめる。
「……先輩。……アイン先輩、カイル先輩、ルイズ先輩、困ってるんです。私のこと……、助けて下さい」
その裾を掴んだままの手で絞り出したような願い。
間違いのない彼女の本音に対して、
「もちろん助けるよ」
カイルが言った。
「アイン様とカイル様のついでに守ってあげるわ」
ルイズが言った。
なぜか結構メイリアには先輩風吹かせるんだよな。
「まかせろ、約束しただろ」
でも、先輩風なら俺だって負けていない。
今日、このことがあったなら、こいつは例の俺の言葉を見たのだろう。
ちゃんと勉強したってことだ。
なら後輩の努力に答えないとな。
メイリアの頬に今日二度目の涙が流れる。
あーあー、また袖で拭く。
だめだってそのドレス絶対高いんだから。
それに、ことが決まったらやらないといけないことが沢山あるだろう。
……まあ、いいか。
命を狙われて、周りも敵に囲まれて、それで戦っていたのだろう。
もう少しくらい気を緩ませてもいいはずだ。
その時間くらいは守ってやる。
――今回の話は危険なものだ。
結局、話は全然変わってしまったが貴族と王族のごたごたの最前線に頭を突っ込むことになる点だけは最悪の予想が当たってしまった。
依頼を受ける前に最も危惧していた状況。
それでも、一つ想定から大きく外れている部分があった。
俺たちはただ高い位置から捨て駒として選ばれて使われるわけではない。
隣にいる友人を助けるために自ら火中の栗を拾うのだ。
なら、やってやろうじゃないか。
それでも、家族を守るために縁を切る可能性だってある。
相応の覚悟が必要だ。
怒りがある。
どうやっても言い訳のできない、きれいとは言い難い感情。
彼女をここまで追い詰めた悪意に対して。
人質なんて言葉をいとも簡単に使わせるやり方に対して。
この怒りは目的の達成を鈍らせるものだ。
静かに心の奥底に押し込めておく必要がある。
熾火(おきび)として寝かせ、苦境を乗り越える火種にし、冷静に戦い方を考える。
それを俺の仕事にすればいい。
俺たちがここ数日行っていた仕込み。
依頼者の予測を完全に外し、依頼が完了してしまった今、その多くは無駄になるかと思われていた。
しかし今後のことを考えてみれば、かなりの部分で活用ができそうだ。
なにせ、もともと自分たちと身近な人を守るために準備していたものだ。
まさに今回の目的にうってつけだった。
偶然ではあるが、努力の成果でもある。
うまく使ってアドバンテージを得る材料にしよう。
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