第63話 素直な言葉で(上)

 わずかな時間に頭をフル回転させて口にするべき言葉を決める。

 想定外の事態にフリーズしなかった俺の脳みそを褒めて欲しい。


「王女殿下、どうか戯れはお控え下さい。我らしがない冒険者三名、やんごとなきお方からの特命依頼と聞き、取るものもとりあえず馳せ参じた次第です。どうか本件について、この教養の貧しい我らにお慈悲の説明を頂きたく」


 となりで様子をうかがっていたオリヴィアさんからちょっとだけイラっとした感情が伝わってくる。

 これはフヨウでなくてもわかる。


「――う、うー。ほんとに余裕ないんですよ? 私ここまで頑張ったんですからね? だから話くらい聞いて下さいよ……いつもの調子で……」


 勢いが尻すぼみになっていく。

 喋り方に『俺の知る彼女』の冴えがない。


 ……もうこのへんでいいか。

 俺はそれなりに礼をつくして対応したからな、忘れないでくれよ。


 敬礼を止めて立ち上がる。


「ようメイリア、久しぶり。俺たちは冒険者としての仕事で来たんだが、こんなところで会うなんて奇遇だな?」


 一瞬目を見開いた王女――メイリアは目じりに涙をためてそれを両袖でグジグジと擦り取った。

 いや、そのドレスどうみてもそういう風に使っていい服じゃないだろう。

 一通りふき取って落ち着いたのか、その後の彼女は目の周りが赤い以外はいつもの顔に戻っていた。

 久しぶり見るな。


「……偶然なわけないじゃないですか! 運命ですよ運命! 王家が導かなくてどうやってこんなところに来れると思ってるんですか」


 こいつ、自分が画策したことを運命だと言い張りやがった。

 そんな傲慢な態度が許される立場、なんだよな。


「それだ。王女とか王家とかわからない話ばかりで混乱してるんだ。そのあたりから説明してくれよ」


「……しょうがないですね、一から説明してあげましょう――」


 なんでそんな偉そうなんだ。

 ……王族だからか。

 ならこっちも、今日初めて見せた笑顔に免じて許してやろう。

 俺も偉くなったもんだな、まったく。




 メイリアの説明は驚くべきものだった。

 国王の孫……。

 こいつ本当に王女なんだな。

 育ちはいいんだろうなとは思っていたが。

 その立場と魔術の才に関わる都合で、直系である彼女は王都にいることすら隠されていたのだという。

 成人するまでその一般公表は控えられ、地方で療養していたことになっていたのだとか。

 以前ちょっとだけ聞いた故郷というのはここのことだったらしい。

 調査で対象として浮上してこないわけだ。

 ただ、ちょっと変な気もする。

 外に出ないとはいえ、一応王宮にいる貴人の情報なのにここまで市井に出回らないものなのか。

 高位貴族なら知っている者も多いだろうに彼らの口は存外堅いらしい。


 しかし俺のこれまでのメイリアへの態度とか見る人が見れば極刑ものなんだが……。

 本人が許してくれているので一つ穏便にお願いしたい。


 思考がそれてしまったが、まずは現状確認を続けよう。


「それで、印章を使って依頼を出したと。ハーガンさんとはどういう繋がりだったんだ?」


「あの人は王宮では敵でも味方でもありませんでしたから、目立たず連絡を取るのには適役だったんです。信用もできますし。ただ、叔父上に借りをつくることになってしまいましたが」


 家族間で貸し借りというのは座りの悪い話だな。

 これが貴族というものか。

 しかし、クラウス殿下の姪っ子だったのか、メイリア。

 ちょっと顔立ちとか似てるか?

 考えたことも無かったから気が付かなかったな。


「これまでの経緯はわかった。それじゃあ、具体的な依頼の話に入ろうか」


 一息、深く息を吐き出してから続けた。


「いったいお前に迫っている危険っていうのはなんなんだ。俺たちへの依頼っていうのは護衛ということでいいのか?」


「聞いてませんか? 依頼は私に会って話をすることですよ。でも、本音を言うならそうなります。今度わたし、成人前のお披露目ということで他国を訪問するんですよ。そこで女神の加護と救済に関するお告げの受領に向かう予定です。でも、このまま行くとその道中で死ぬことになります」


 突っ込みどころが多すぎる。

 外遊は立場上そういう仕事もあるんだろう。

 女神の加護ってのはよくわからんが……、そういえば情報収集中に託宣がどうのこうのっていう噂があったな、あれと関係があるのか? とりあえずこのことは置いておこう。

 問題はそのあとだ。


「その訪問とやらを取りやめたらなんとかできるんじゃないか?」


 解決方法はシンプルなほどいいはずだ。


「それなんですけどね、まあ私がとれる選択肢はだいたいどれを選んでもどこかで誰かを巻き込んで殺されるようになってるみたいなんですよね。各所で人質まで取られてる感じです。そういう意味では、この外遊を無事にこなすっていうのは相手にとって一番想定外の事態のはずではあるんですよ。仕事としてもちゃんとすませたいやつですし、ここを上手く凌げばこれを糸口にバシッと反撃を加えることもできます」


 もうなんだか聞くに堪えない状況説明ががんがん出てくる。

 これって、関わったら俺たちも人質グループの仲間入りなのでは?


「つまり、メイリア的には厳しい道でもルートを絞って相手の出方を定めたいってことか」


 死線をくぐってカウンター戦法。

 克技館的にはまあ、ありといえばありなやつ。


「ですです。ただ、当然向こうもそこは盤石の布陣なんですよね。こっちが護衛戦力を集めれば集めるほど手厚く攻めてくるわけです。間者の類は必ず混ぜてきますし、戦力の分断とかもできる準備はしてあるかと」


 思ったより現状は把握できているようだ。

 情報の正確さはある程度精査する必要があるが、作戦は組みやすいかもしれない。


「そこで護衛を少数精鋭、できれば侮られやすい子どもにして敵をおびき出し、返り討ちにしてしまおうっていう戦法か。ある意味正攻法かもしれないが、相手が他に搦め手を使ってきたらどうする。さっきの人質とか毒殺とか」


 本当に嫌な話ばっかりだ。


「その手の戦い方は後を引きますからね。結構やり方が絞られてきます。人質については対策が必要になりますが、私に対して効果のある人ってそう簡単に手を出せない人物が多いですから。実際のところほぼ対抗準備が出来てます。だいたいヤバい状況っていうのは私に巻き込まれて死ぬ形にすると思うので、外に出ちゃうと狙える人はそんなに多くないはずですが。毒は逆に少人数の方が混ぜにくいでしょう。暗殺にしてもなんにしても、先輩たちって結構なんとかできるんじゃないですか?」


 簡単に言ってくれる。

 ただ魔術や俺の知識を合わせれば少人数のわりにとれる手段は多いだろう。

 食材だって自前で調達しやすいし、水だけならメイリア個人でも魔術で安全なものを準備できるのだ。

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