第60話 その先に
強行軍で稼いだ時間を使って様々な準備をすすめる。
逃走経路の確保や身近な人への緊急時の対応の根回しなど、だいたいは困った事態になったときにスムーズに逃げおおせたり安全を確保するための色々だ。
無駄になってもいいから取り越し苦労で終わって欲しい、そんな日々だった。
もちろん、情報収集は継続しているのだが王家に大きな動きはないようだ。
しかし、僅かに王宮から聞こえてくる情報によると多少の緊張感が感じられるとのこと。
このあたりは貴族でかつ勘の鋭い師匠の話が非常に役立った。
王家と関係あるかどうかは別として、外交上も何か動きがあるようだ。
エトア教国を中心に大陸の各国で例年では見られない人の動きがある。
こういう時は大きな戦争が起こることが多いのだが、不思議なことに該当する軍事的緊張が見られないため、情報筋は訝しがっている。
そんな理由から魔王誕生の啓示がエトアにあったのだと言うものもいた。
もしくは各国でそれらしい予兆があるのだと。
どれもが噂の域は出ないが注意はしておいた方が良いだろう。
俺たちへの依頼とこのことが重なる部分はあるだろうか?
大小さまざまな情報を整理して、なんとか作戦プランを形にしたところでタイムアップになった。
相手方を待たせるわけにもいかないので先触れの手紙通りに目的地に向かう。
場所はいつかと同じギルド本部の応接室だ。
ここを使用するということはやはりバックに力のある人物がいることは決定なのだろう。
メンバーは俺、カイル、ルイズの三人。
ゼブには後詰として待機してもらっている。
これもいつかと同じ様に、ハーガンさんは時間ぴったりに現れた。
「ご無沙汰しております、皆さま。またお会いできてなによりです」
ハーガンさんと会えること自体は嬉しいといってもいいのだが、やり方がやり方なのでどうにも納得できないところがある。
顔には絶対に出すまい。
相手方は貴族なので敬礼をしようとすると手で制されてしまった。
「ハーガン様もお変わりなく。この度は冒険者としての依頼とのことで馳せ参じました」
「どうぞおかけ下さい。急なお呼びだて失礼しました。本件は急ぎの要件でしたのであのような手段を選ぶことになってしまいましたが本当にこの短期間でいらっしゃるとは。噂に聞く高速馬車とはこれほどのものなのですな」
どうやら数日前に来ていたことは知られていないようだ。
情報にせよ移動にせよ速さは力なのでハーガンさんには悪いがしばらく隠させてもらいたい。
切り札は何枚あってもいいからな。
しかし、王家の印章についてはやっぱり無茶をしているという認識があるんだな。
「当商会が運営していることが功を奏しました。本来は人は乗せないのですが、融通が効きます。行先が王都ということで普段運行している路線なのも運が良かったですね」
「近年、王国中で手紙の運行が早くなっているのはあなた方のお陰なのですな。特にアーダン領の情報伝達の良さは群を抜いている。差し支えなければ教えていただきたいのですが、馬車の運行に魔術を使われていないというのは本当なのでしょうか?」
「ええ、だれでも運行できることが目的ですから。部品の開発や試験には魔術を使用しましたが、現在正規運行されてるすべての路線で魔術は使用していません」
非正規では魔術を使用しているという意味でもある。
「素晴らしい! 開発のみに使用すれば最も多くの民が魔術の恩恵に預かれるという考え方ですか。以前より輝かんばかりの才を見せておられましたが、皆さま本当に立派になられた。これでまだ成人前とは……」
べた褒めいただきました……。
その後に続く「我が子など――」という一人の父親としての言葉からしばらく世間話をする。
お子さんいたんだな。
ハーガンさんの私生活を垣間見ながら多少緊張感が和らいでいるのを感じる。
このあたりはこの人の手腕なのかもしれない。
「クラウス殿下もこちらの事業には強い関心を示していらっしゃいます。そういえば、以前提出頂いた技術管理大綱、『特許』とおっしゃられましたか。あちらもついに形を見せることができそうですよ。まずは秘術の管理から始められる予定ですが、いずれは職人の技まで広げたいと。他国との協調に時間がかかりましたが、殿下がこういったことは範囲が広いほど良いのだと頑張っておられました」
国際特許……、だと……。
あわよくば、という気持ちで提出したものだったがまさかここまで本気で対応してくれるとは。
これだけの根回しを考えれば五年ちょっとという期間はむしろ短いのではと思うのだが。
全然関係ない懸念が思い浮かんでしまったのだが、クラウス殿下が技術利権を押さえて御家騒動に発展したりしないだろうな。
上手くやって下さいよ。
「高速馬車事業の話を伺った殿下は、その話を大変お気に召した様子でした。特許政策についても皆様方のお話を直に聞きたいとおっしゃっていましたよ」
むちゃくちゃ言わないで欲しい。
しかし、殿下の話になったのなら逆に丁度いいか。
話を逸らすついでに本題に入らせてもらおう。
「……恐れ多い話です。まさか私のようなもののお話をそこまで真剣に聴いていただけるとは。しかし、そこまでとなるとお戯れが過ぎるかと。他の方に示しがつきません。本日の呼び出しもそういったクラウス殿下のご下言に関わることなのでしょうか?」
このあたりは予測の中では本命だった。
なにせ面識のある唯一の王族だし、多少稚気があるとは言え、技術政策に興味があるなら俺たちに依頼するのはまだあり得る話だ。
面倒なことにはなると思うが、暗殺とか切った張ったにならないだけ良い方の予想と言える。
しかし、次にハーガンさんの口から出た言葉はそんな予想を裏切るものだった。
「……いいえ、本件に殿下は関わっておられません。私は他のお方の指示で皆さまに依頼を出したのです」
「……このこととクラウス殿下は無関係である、と?」
俄かには信じられない話だった。
ハーガンさんはクラウス殿下個人に忠誠を誓っている様子だったし、王族同士でこういった子飼いの人員を融通するのは大きな危険が伴う。
「正確にはそうではありません。本件の御依頼者様は殿下に皆さまとの顔繋ぎをお願いしたのです。ですから、今私がこうしていることをクラウス様もご存じですよ」
つまり、この話の黒幕――と言っていいのかわからないが――は政治的な方法で殿下に俺たちを紹介させたのか。
確かにハーガンさんまで伝手をたどればほぼ確実に連絡はとれる。
しかし、印章がある以上、この人物は王族なわけで……、なんでそこまでして一冒険者と話をする必要があるんだ。
事前の予測によると、それを行ったのは二人の王子のどちからという可能性が高いが……。
「……俺たちが事前に想定していたことと、今回の依頼はいささか内容が異なるようです。よろしければ、具体的な説明をいただけませんか?」
もうここまで来て、想定と違うと駄々をこねるわけにはいかない。
腹をくくるしかないだろう。
「承知いたしました。本依頼は単純です。これより私の案内にてお連れする場所へ赴き、一人の人物と面会して欲しい。それだけでございます」
その内容は拍子抜けするようなものだった。
それだけに不安が募る。
王家の印章で無理やり呼び出して会わせたい人物とはいったい何者なのか。
「断るわけにはいかないのですよね?」
かなり挑戦的な質問をしてみる。
ハーガンさんはしばらく天井を眺めてから答えた。
「その質問は非常に答えにくいものです。ですからこれからの言葉は私個人のものとお考え下さい。この依頼はとても強い意志と決断のもとに下されたものです。それを受けることは皆様方にとっても決して悪いことではないはず。どうかご意志をくみ取っていただきたく」
よくわからない。
ただ、この人は真の依頼者側の人間らしい。
二人とアイコンタクトをして言葉を決める。
どうせここに来る前に決まっていたことだ。
「……わかりました。お受けしましょう。面会の日時はどうしましょうか?」
「ありがとうございます。そう言っていただけると思っていました。依頼主は時間を惜しんでいらっしゃいます。可能ならこのままお連れして欲しいと」
王族の紹介でアポなし面会か。
冒険者をやっていると思わぬことが起きるものなんだな……。
いや、現実逃避はやめよう。
ここからは戦場みたいなものだ。
緊張の手綱をゆるめずに、だ。
ひとつ明るいニュースは先方が断られる可能性も考える程度には傲慢でないことだろう。
ここからはハーガンさんを信じるしかない、か。
応接室を出て行ったハーガンさんはテキパキと出発の準備を整えて馬車を呼んだ。
これに乗って目的地へ行くことになるらしい。
この馬車、しっかりした高級そうな造りなのだが少し気になることがある。
窓が無いのだ。
乗った人間を守るためか隠すためか、はたまた行先を知られないようにするためか。
マナ感知のある俺たちには効果の薄い方法だとは思うのでおとなしく乗り込むことにした。
締め切った馬車の中は真っ暗かというとそんなこともなく、天井には明り取りもあってなかなか良い乗り心地と言える。
まあうちの馬車の方が上だけどな(謎の張り合い)。
そんなことを考えながらせっせと魔術で道中の目立たないところに目印をつけていく。
何かあった時に待機中のゼブに行先を知らせるためだ。
名付けてヘンゼルとグレーテル作戦。
魔術全開で経路を確認しながら目印を作っていた俺たちはそのまま近づいてくる目的地と思しき施設に内心嘆息する。
やっぱりか……。
少し迷ったが同乗するハーガンさんに問いかけの目線を送ると観念したように喋り始めた。
「やはりわかりますか……。どちらにせよ到着すればお話する予定だったのですが、規定上仕方なかったのです。どうかお付き合いください」
俺たちの目的地はこの都市のほぼ中心、王城だった。
やっぱり面会の相手も高位貴族かなんなら王族の誰かかもしれない。
それでも平民を中に入れるというのは論外だと思うのだが……。
俺たちは馬車から降りることもなく幾重にも重なる検問を通過する。
平民が素通りしてるならあんまり検問の意味ないでしょ。
そのまま城門の内側をしばらく走ると奥まった一角へと向かうことになった。
場内でも特にいかめしい門の前で馬車が停まる。
そこで御者と何事か話したハーガンさんが俺たちに向かって言った。
「私はここまでとなります。代わりの者が参りますのでしばらくお待ちください。お気づきのようでしたが、ここはウィルモア王城。そしてこれより向かっていただくのは後宮の面会室となります」
これはちょっと……、王城にいる現状以上に無茶苦茶だ。
マジかよ……。
後宮という場所に何を思うかは人それぞれだと思うが、たとえ高位貴族だろうとおいそれと足を踏み入れてはいけない場所だということはわかるだろう。
面会室とは言っていたが俺たちが入れる場所だとは思えなかった。
受け答えすらできないでいると、馬車の入口がノックされた。
顔を出したのはまだ年若いメイドさんだ。
ただしちょっと普通ではない物腰の。
「ここよりこの者が私に代わって案内いたします」
「オリヴィアと申します。以後お見知りおきを」
そういって優雅に礼をした彼女は何故か俺たちを、いや俺を睨んでいる?
ギリギリそう感じるかどうかくらいの時間見つめていた目線をそらすと続けて剣を回収する旨を伝えてくる。
ここは王城なんだから当たり前だよな。
正直遅いくらいだ。
ルイズなんかは魔術と組み合わせれば手刀でも木の枝を切り落とすくらいのことはできるので気休めみたいなものだが、ルールは大切だ。
素直に全員が剣を渡して厳めしい門内への入場となった。
「どうか、あの方の力になってあげてください」
入れ替わりでここに残るハーガンさんが別れの直前に小さな声で呟く。
その意味を問う間もなく先へ進まざるを得ない。
門内すぐにある小さな、しかし非常に丈夫そうなつくりの建物の中に招き入れられるとしばらく待つように言われる。
件の人物を呼びに行くためにオリヴィアが部屋を離れたのを確認して息を吐く。
まわりには少数の警護の人間はいるようだが、監視はされていないようだ。
「あの人、結構強そうだったね」
そう、歩き方一つとってもオリヴィアさんは武術の修練を積んでいることがわかった。
ただ、逆を言えばそれだけだ、優等生かもしれないが老獪な強さは持っていないのではないかと思う。
そんな教科書のような動き。
ルイズもあまり彼女を警戒する様子がないのはそのせいだろう。
それにしても年齢からすればかなり頑張ったのだと思う。
「貴人の警護ができるようにしているんだろうな。しかし、こんなところで人と会うことになるなんて想定外もいいところだ」
すでに、検討してきたほとんどの具体的なケースからは外れている。
もう有効に活用できそうなのは非常時対応くらいだ。
「あんなに、準備したのにわからないものだね」
こんなときに余裕を見せられるカイルは大物だよなー。
俺とは大違いだ。
「ここで会うことになるということは、面会の対象はカロリーネ殿下なのでしょうか」
十一歳の第四王女。
王都にいるものの、年齢を理由に除外していたケース。
後宮にいるとなると彼女だ。
もしそうなら、この齢で自身の意志で印章を使って冒険者を呼び出したということになる。
「もしくは、それ以外のここにいる人間が王女に顔繋ぎを頼んで呼び出したか」
後宮に住むものが王城の外に出る機会は少ない。
それはよっぽどのことがあった時だしすべて記録に残されるだろう。
そんな人物なら人と会うためにも策を弄する必要はあると思うが、だから王族をアゴで使うというのはちょっと想定できないよな。
その後も簡単な打ち合わせをしてみたものの、有望な説は思い浮かばなかった。
そうこうしているうちにオリヴィアの気配が戻ってくる。
数人一緒にやってくる人間がいるが、貴人とその警護として考えると人数が少なすぎるか?
入口近くでしばらく問答をした様子のあと、その数人もいなくなってしまった。
残るのはオリヴィアさんともう一人だけだ。
ということは俺たちを呼び出したのはメイドさん仲間とかなんだろうか。
予想外もいいところだ。
入室してきたオリヴィアはドアの横で敬礼をすると口を開いた。
「王女殿下の御なりです」
慌てて膝をついて最敬礼をする。
カロリーネ殿下本人?
だから部屋の前でもめてたのか。
なぜ警護を離れさせた。
結局すべての予測を外されたのか。
敗北感がすごい。
入室してくる王女殿下を頭を垂れて待つ。
さして待たせることもなくドアは開かれた。
「オリヴィア、ご苦労でした。礼は良いので警護に戻って下さい。それと、今日、この場所で起きたこと一切の口外を禁じます。良いですね?」
……ん? この声? そもそもさっきから気になっていたのだがこの反応は……。
マナ感知からすら伝わってくるオリヴィアさんの渋々といった「承知しました」という声の後に、王女殿下は口を開いた。
「――先輩! もう敬礼とかいいから早く相談に乗って下さい! 時間も無いですし色々追い詰められてるんですよ!」
それは錯覚や他人の空似とはどうしても言えない慣れ親しんだ声と口調だった。
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