第56話 今度は見送る側

 その後のことについて少しだけ話しておこう。

 そのためにはまず、ジュークの指導担当となったライアンについて説明することになる。

 彼は道場が引っ越しをした時に入って来たメンバーの一人で選抜を抜けただけあった剣の腕はなかなかのものだ。

 良くも悪くも一本気なところがあって、立ち合いでも搦め手に弱いところをよく指摘されている。

 そんな彼が教える側に迎えられるというのは道場としては一つの転換期がやってきていることを意味する。

 かねてよりの懸念であった指導者の不足を解消する人材がやっと揃い始めたということだ。

 とは言ってもライアンがすぐに師範代になるということはないだろう。

 今回の若手教育担当は遠い未来を考えた布石といったところか。


 さて、このたびライアンが担当することになった若手はジュークだけではない。

 もう一人いる。

 何を隠そう以前俺が病気の治療を行ったトルドである。

 彼は病気からの恢復後、長いリハビリを経てついに人並みに剣を振れるほどの体力を身に付けたのだ。

 しかし、古参ではないライアンはそんな事情は知らない。

 片ややせっぽちのもやし、片や偶(たま)にしか道場に来ない元不良。

 自分が担当することになった人員に当初はずいぶん憤慨したらしい。

 その後はさすがの直情型、叩き直してやるとばかりに二人に厳しい指導を行った。


 しかし、この二人、根性にかけては俺の知る中でも抜きんでいている男たちである。

 ライアンは二人の折れない心に関心し、認めた証とばかりに飲みに連れ出した。

 その場で聞くことになる、それぞれの持つ暗く辛い過去。

 それでも立ち上がり、妹たちと寄り添って今を生きる二人にライアンは涙を流した。

 酒のせいもあったと思う。

 しかし、ライアンは根っからの熱い男なのである。

 その場で後輩たちが軽く引くほどに頭を下げて自身の不明を謝罪し、二人のために力を貸すことを誓ったのであった。


 以来、この師弟関係はうまく続いている。

 剣に関して愚直に反復練習をつむ二人と基礎の出来たライアンの指導は意外なほど良くハマった。

 ここ最近の二人の成長には目をみはるばかりだ。

 それがライアン自身のやる気にもつながったのか、最近の彼は弱点であった精神面にも変化が見られ、立ち合いに落ち着きが増したのだそうだ。

 ここに、お互いに影響し合う理想の指導担当が生まれたのである。

 それぞれと別々に付き合いのあった俺から見れば以外な結果だったが、とても気分の良いものでもあった。

 人間関係の化学反応はいつも意外なところにあらわれるものなんだな。





 充実した日々が過ぎる。

 また新しい春が来て、夏になった。

 学校を卒業してしまった俺たちに季節の変化はともかく、年が過ぎることはあまり大きな影響はない。

 しかし、そうでない者もいる。

 身近で言えばメイリアがそうだ。

 彼女は今、魔術院で五年次。

 つまりこの夏で卒業となるのだ。


 なんとなく彼女は王都に残って仕事を探すか、学院で研究を続けるのだろうと思っていたのだが違うらしい。

 聞いてみれば、地元に帰るのだと言う。

 なんだよ早く言えよ、と思わないでもない。

 寂しくなるなというのも掛け値なしの本音だ。

 考えてみれば、俺が卒業する前にも逆の立場で同じ様なことを言ったのだが、人間というのは勝手なものだ。

 いや、勝手なのは俺だけか……。


 なんだかんだ言って彼女の在学中五年間。

 まるまる知っているわけでこれは結構長い付き合いと言えるんじゃないだろうか。

 そのわりに身辺について知っていることは驚くほど少ない。

 地元に帰るという以上、王都以外の出身なのだろう。

 あとは結構身分が高い出身ということくらいだろうか。

 これだって推測にすぎない。

 魔術院という場所を考えれば不自然でない程度の踏み込み。

 先輩後輩の域を出ない付き合い。

 それは構わない。

 でも、あいつ結構俺の実家とか家族のこと知ってるわけでちょっと不公平じゃない?

 そんな不満も伝えることないままに別れの日が来てしまった。


「よう、無事卒業だな」


 目の前には貰ったばかりの印章を何の気なしに手遊びしているメイリアがいる。


「思ったよりすぐでしたねー。五年間とか結構長い時間だと思ってたんですけど」


 それは彼女にとって学院での生活が充実したものだった証のはずだ。

 俺はその手助けができていただろうか。


「俺の時もそう思ったよ。でも悪い気分じゃないだろ」


「そりゃあ楽しかったですよ? でも先輩に色々仕事まわされて終わりごろは大変でしたけどね」


 こいつは橘花香の仕事の引継ぎやら魔術院の研究課題やら俺の会社の術具の仕事やらが重なって最近は忙しかったようだ。

 それでもテッサの面倒をちゃんと見ていたあたり、成長したなと思う。


「お前が自分で頭を突っ込んだ話も結構あっただろ。自己責任だよ。とくに研究課題なんて先に済ませておけばいいのに」


「研究馬鹿の先輩と一緒にしないでくださいよ。普通みんな五年次は忙しく研究してるもんなんです!」


 そんなもんだろうか。

 確かにこの時期は学院内に死んだ目をした生徒が増えるな。

 あんなに面白いのに。


「お前、そういうこと言うと卒業祝いやらないぞ」


「うそうそうそです。日夜研究に取り組む先輩にはお世話になりました。尊敬してます」


 現金なものだが、やっと調子が出てきたな。

 最近忙しさのせいかこいつ、元気がなかったからな。


「なら、これをやろう。俺の最新の研究論文だ。今のところ図書館に寄贈する予定もないぞ」


 そう危険なことが書いてあるわけではないのだが、前世の知識が結構関わっているのでお蔵入りさせる予定の論文だ。

 主に魔術と光学の関連性について記述してある。


「こんな時も研究なんですね、先輩……。いや、うれしいですけど、もうちょっと雰囲気あるものでも良かったんですよ?」


「そういうのは俺が卒業したときやったろう。そう何回も渡すとありがたみがないしな。とはいえ、お前が言いたいことはわからんでもない。だからこれを付けておく」


 小瓶に入った透明の液体を渡す。

 これは仕掛けのヒントでもあるのだが、こいつはいつか気が付くだろうか。


「なんですかこれ? 綺麗な小瓶、香水? そういえば、クリスタルガラスって先輩が卸してたんですよね……。すっかり騙されて働かされましたよ」


「騙したわけじゃないだろ。それが何かはその論文を読んだらわかる」


「思わせぶりですね……。まあ、楽しみにしておきましょう。こっちはお返しにこれをあげます。はい、お世話になりました」


 そういって渡されたのは小さな金属のレリーフ? だった。

 盾の形をしている。


「ありがとう。これってどういうものなんだ?」


「さあ? うちの地元で作られてるものです。私は文鎮代わりに使ってますね」


 よくわからないものを渡すなよ。

 とはいえなかなか雰囲気がある。

 俺も文鎮として使おうかな。

 ちなみに、さっき俺が送ったのは特殊なインクだ。

 山で稀少成分が含まれる石を探しているときに見つけたカルシウム系の鉱石が原料として作ってみた。

 紫外線を当てると文字が浮かび上がる仕組みである。

 期せずして文房具交換をする形になってしまったが、学生生活最後のイベントと思えば悪くない。


「メイリア!」


 そこで、メイリアに飛びついてくる子どもが一人。

 彼女の後輩でもあるテッサだ。

 メイリアに抱き着いて泣いている。

 ここ何年かで彼女の血色は見違えるほどよくなり、背も結構伸びた。

 しかし、どうにも中身が子どものままのような気がする。

 いや、本来この年頃はこんなものなのか?

 どうも俺の周りはしっかりした子が多くてちょっとよくわからない。

 なんにせよ今もメイリアとの別れを素直に悲しんで涙を流している。

 そんな彼女をちょっと困った顔であやしているメイリアも決して嫌そうな顔ではない。

 彼女だって内心は別れがつらいのだろう。

 それでもいつも通りの表情を浮かべてしまう。

 そんなやつだ。

 それくらいのことは俺にもわかった。


 俺たちは王都で、ロムスで、旅先で多くの出会いを経験してきた。

 必定、別れだってあるものだ。

 それでも別の大陸にいるフルーゼとだって交友は続いているのだ。

 そのつもりがあれば再会は必ず叶う。

 運のいいことに俺の仕事は流通業だ。

 やる気があればどこにだって行くことができるはずだ。

 今は未来の再会を願って彼女の門出を祝うことに専念しよう。





 高速馬車事業は完全に軌道に乗った……、と思う。

 その行路は王都・ロムス間に限らずテムレスをはじめとした多くの土地に広がっている。

 馬車も設計が安定し、量産体制がととのってOEM(受託製造の一種)で各都市でパーツの製作も行われるようになった。

 他領でも俺たちの公開した技術を使用した馬車が運行を始めた様である。

 もう少しすれば王国全土で馬車の整備が可能になることだろう。

 近年は他国の関心も強く、外交でやってきた高官が事業の見学にあらわれることも珍しくない。

 こちらもある程度の技術を公開する方針に変更はないため、彼らはその話を聞いて喜んで帰国している。

 もうひとつ大きな変化を挙げるならば、事業の安定化に伴って俺たちが業務を遂行する必要がなくなってきている点が挙げられる。

 年次報告や税の計算こそ顔を出しているものの仕事はほぼない。

 完全に後進が育ったと言っても過言ではないだろう。

 これは主にフヨウの人材育成能力によるものだ。

 役員である俺たちが得る収益はちょっと個人資産の範囲を逸脱しつつあるのだが、それに比例して自由になる時間も増えるという、世の労働者が資本家を憎む理由がよくわかる事態となっていた。

 俺やカイルはその時間を利用してロムスを治める勉強をしてみたり、都市計画に参画してちょっと自重しない改革をしたりしている。

 ルイズはストイックに剣の道を歩みすすめ、冒険者としての等級も二級まで上がってしまった。

 フヨウは俺たちの流通業経験を活かして独自の事業を立ち上げて収益を上げているようだ。

 これ以上稼いでどうするつもりだよ。





 そんなわけで、ロムスに滞在していたある日、俺宛に手紙が届いた。

 これは近日中に訪問するという先触れだ。

 手紙の送り主は――、リーリアか。

 いつぞやは色々大変だった、トルドの妹だな。

 彼女は先日成人を迎え、正式に家業を手伝って忙しく働いているらしい。

 俺の知らないところでフヨウとも交友があったらしくロビンス商会、そしてエレナのいる橘花香と身近な所でも業務提携して一緒に仕事をしている。

 そんな彼女が俺のいるロムス代官事務所訪れるらしい。

 名目は挨拶と……、出資の申し出?

 俺が個人的に進めようとしている事業に一口かみたいと。

 どこでその話を知ったんだ?

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