第55話 挑戦
克技館の新弟子試験初日。
そう初日なのだ。
人数処理の問題もあって一日で済ませることができず、試験は三日に分けて行われる。
この世界で、自分が金を払って通う施設に入るためにこんなに日数をかけて選別されるところは他にはないのではないだろうか。
場所も道場では人が入りきれないために王都郊外で行われることになった。
どんだけだよ……。
会場となった野原、近年は例の剣術トーナメント兼合同練習が行われるようになったため他の街から来た人にはここで試験を受けるだけでも嬉しいそうな人が何人かいる。
完全に観光か聖地巡礼的なやつだ。
いつもはなんにもない広場なんだが。
今回の試験は俺が滞在している期間に行われたので整地や打ち込み用泥人形等を魔術でつくって協力した。
もちろん、ジュークも入門希望者の中に混じっている。
今回の試験のためにあいつの仕事の予定を調節してやったりしたが、これくらいならえこひいきということもないだろう。
最初の試験は剣の振り方から始まって本当に基礎的な動きを見るだけだ。
経験者なら落とされることはまずない。
それでも師匠はこのやり方は好きではないらしい。
本来の克技館のポリシーが来るものは拒まずだからだ。
ただ、未経験者を鍛える指導者が足りていないための次善の処置ということになる。
当然、ジュークも早々に合格を貰ってちょっと安心した顔をしている。
合格できなかった参加者も希望者は簡単な指導が受けられることになっており他の弟子が見回りながら改善点なんかを教えてまわっている。
これはサービスの一環だな。
せっかく来たのに棒を何回か振っただけで不合格になって帰るというのは気分が悪いだろう。
人気商売も慢心が許されるわけではない。
驕れるものは久しからずだ。
俺も低年齢の参加者に指導をしたりするのだがこれがなかなか難しい。
「お前が弟子になれてなんで俺がダメなんだよ!」
俺も子どもなので舐められて中々話を聞いてもらえないのだ。
「最もな意見だな。なんでだと思う?」
「俺が聞いてるんだろ!」
「俺が思うにそれじゃないかな。聞けば全部教えてもらえると思っているところ。もちろん克技館は剣を教えるところだけど、練習中は自分で考えるのも重要なんだ。自分で考えた答えをみんなで話し合うところなんだよ」
「なに難しいこと言ってるんだよ。誤魔化すな! 剣術の道場なんだろ、剣で勝負だ!」
そうは言ってもこの試験に受からない人間と剣で試合をすることは無い。
危ないからだ。
そんなことを考えている間にも持っている木刀を振り上げてくる。
俺が説明が下手くそなのもあると思うのだが短気は良くないな。
振り下ろしが始まる直前に手首を掌底で軽く当てて木刀を手放させるとそのまま魔術で俺の手元まで回収してしまう。
「だめだよ。剣を持てば必ず何かを傷つける。剣術はどれだけ傷つけるかじゃなくて、どれだけ傷つけないかが大切なんだ。俺が説明が下手くそなのは謝るけど、そういうことを勉強してからまた受けに来てくれ。俺だって何年もその方法を勉強したんだぜ?」
突然手から消えた木刀を俺が持っている様子にぽかんとしていた少年だったが、それで毒気を抜かれたのか一応頷いてくれた。
「なあお前、さっきのって剣術の技か? 俺も練習したらできるようになるか?」
今度は一転関心を持たれてしまったようだ。
「そうだな、無刀取りって言うんだ。流派によってちょっとやり方が違うけどどこの道場でも習うことはできるぞ」
魔術を使ったのは内緒にしておく。
これは俺たちの切り札の一つ、魔剣技なのだ。
しかし、やっぱり俺が教えたことはあんまり考えてもらえていないようだな。
まあこういうのは急ぐことじゃない。
いろいろな場所で似たようなことを聞いて自分で考えてくれればいいか。
話を聞いてくれるようになった少年に適当に指導をして次の場所にうつる。
俺たち一般弟子にとっては今日の試験が一番忙しいかもしれないな。
この日は不合格者に先に帰ってもらって、残った者に簡単な今後の予定をレクチャーする。
集合時間とか克技館の理念だとか月謝だとかそういった話だ。
ここまで来た人間なら大丈夫だとは思うが双方の意志に齟齬があってはいけない。
特に理念に関わる部分だ。
この道場のやり方は剣一本でやりたい人間には合わない。
必要なら槍でも手裏剣でも無手でも戦う。
これまで余所で研鑽してきた人間が馴染めないことは大いにありえるので丁寧に話しておく。
さすがに話が違うといい出す者はいなかった。
合格者の人数は一、二、……、四十五か。
やっぱり結構残ったな。
今回新たに入門できるのは五人前後、ここからの倍率で九倍か。
ジュークはどうだろうか。
剣術の腕だけなら五番以内に入るのは難しいかなと思う。
ただ、最終的な採用についてはただ強ければいいという方針でもないので今の時点ではなんとも言えなかった。
翌日、続いて審査が行われる。
この日は相互に試合をしたり、一部の弟子と打ち合ったりして総合的に判断される。
どれか一つの試験だけで不合格という話にはならない。
簡単な面談も行われる予定だ。
俺に出番はないので雑用を手伝いながらそれぞれの参加者の様子を見て周る。
……何人かとびぬけて強いのがいるな。
今の本弟子と比べても強い方かもしれない。
よほどの問題がなければこのあたりの面子は明日まで残るだろう。
ジュークの様子も見たが健闘しているように見えた。
真剣にひとつひとつの審査に取り組んでいるようだ。
例の素振りは続けているらしく、ここまで残った候補者の中でも唐竹の綺麗さでは中々目立っていた。
ひとつ強みのある人間は戦いにおいて有利に立ちやすい。
審査員をしている兄弟子たちにもジュークの努力は分かってもらえているだろう。
午後になって魔術院からテッサが応援に駆けつけてきた。
メイリアも一緒だ。
「剣術の入門試験ってもっと汗臭い感じなのかと思ったらそうでもないんですね。結構女性が多いじゃないですか」
お前、真剣な参加者を前にその言い草はないだろう。
だが、克技館の入門希望者に女性が多いのは事実だ。
なにせ看板が師匠とルイズなので女性でも強くなれるという説得力がすごい。
そうしてやってくる女性につられてやってくる不埒な男性入門希望者なんかも確かにいて、残念なことしきりだ。
そういう人物はだいたい昨日ふるいにかけられているとは思うのだが。
「うちは師匠が師範代だし道場の中では女性に配慮されてる方なんだよ。やっぱり更衣室くらいは男女別の方がいいだろ」
「げ、女子更衣室無い道場とかあるんですか? それはキツイ……」
道場なんてどこも男所帯だからな。
そんな俺たちの会話を聞き流しながらきょろきょろとあたりを見回していたテッサが手を挙げた。
「兄ちゃん!」
手番を終えたジュークがこちらを振り返る。
「なんだ、わざわざ見に来たのか。もうちょい待っててくれ。そうしたら俺の試合が全部終わるから」
テッサが準備していた手ぬぐいで汗を拭きながら言う。
準備いいな。
「調子はどう?」
「わかんねぇな。いや、強さっていうなら俺より上がゴロゴロいるよ。やっぱ王都はすげえ」
本人が理解している通り、ジュークがこの中で一番ということは間違ってもあり得ない。ジュークが弱いなんてことはなく、手練れが多すぎるのだ。
他の道場なら完全に指導者側にいるようなのが何人かいる。
余所なら給金も出るだろうに、そこまでしてうちの道場で何を学ぶつもりなのか。
「ただ、俺も調子は悪くねぇよ。できることなんて知れてるからな。自分より強い相手でもそれでなんとか戦うしかない。そういや、あんたたちに扱(しご)いてもらった時と同じだな」
「なんとなく初めての気がしなかったのはそれでか」と頭を掻きながら言う。
これは良い傾向だ。
少なくとも今日の試験は強くなければ残れない試験ではない。
自分の持っている物を知って使いこなしていること。
気負いなく強者に全力で当たれることはジュークの強みといっていいだろう。
ここで残れる確率はそう高くないと思っていたが、これならいけるかもしれない。
この予想は当たり、最後に呼び出された中にジュークの名前があった。
残ったのは十名。
彼らはヘイリーさんと簡単な面談の後、解散となった。
「最後に呼び出された時は何を聞かれたの?」
試験で合流した四人で夕食をとっている途中にテッサが聞いた。
ちなみに今日の結果のお祝いということでちょっとだけ高い店に来ている。
もしダメだったら残念会と称して同じ店に来ていたかもしれないが。
それはそうと、なんとジュークの支払いはテッサが持つのだという。
この日のためにメイリアの紹介で橘花香で働いて貯金していたというのだから泣かせる話だ。
それを断ろうとしていたジュークは俺とメイリアで止めた。
さて、そんな糟糠の妹の質問に関する答えだが。
「あんまり特別な質問は無かったな。道場に来られる日とか、月謝が払えるかとか。前に説明を受けてたのとあんまり変わらなかったよ」
本当に道場に来るつもりがあるかどうかの確認。
言ってしまえばここまでくる人間は誰が入門してもいいのだ。
ただ腕試しだけして入るつもりのない奴に内定を出しては他の希望者に申し訳がたたない。
そういった不幸を防ぐための面談だったようだ。
「だけど、ジューク強くなったよな。他の希望者と比べてもちゃんと剣士って感じだった」
「今日の試合の感じだと、全然実感ないぞ。周りは強いやつばっかりだったしな」
確かに、今日の後半は腕のたつのばっかりと戦っていたように見えた。
ちょっと意図的なものを感じるな。
「でも、お前に認めてもらうのは悪くない気分だよ。なんだかんだいって、俺がこれを始めたのはお前たちとお師匠さんのお陰だからな。だから、今日残れたのが本当に嬉しいんだ。明日はそのお師匠さんと勝負できるんだろ?」
そう、明日の最終試験はレア師匠との試合だ。
王都で剣を志す多くの者にとってそれだけで羨まれる。
最終試験に残った人へのご褒美と言えなくもない。
「そのはずだよ。今日の調子なら全力が出せないってことはなさそうだな」
その問にジュークはやれるだけやるよと答えた。
その日、テッサとメイリアを寮へ送る帰り道。
メイリアが何かをジュークに話しかけていた。
内容は聞こえなかったが、どうやらテッサの扱いに対して何かを説いているようだ。
橘花香のこともあるし、二人はちゃんと友人関係を築けているのだなと思った。
入門試験最終日。
この日の試験は前述の通り師匠との試合のみだ。
ひとりひとりが真剣に取り組み、敗北の後にその内容を頭の中で反芻している。
他の相手の時も一時も見逃すまいと注視していた。
ジュークの手番がやってくる。
木刀を持って対峙すると合図もなく試合が始まった。
ジュークの繰り出す太刀筋の一つ一つを確認するように師匠が払っていく。
フェイントなどないまっすぐなジュークらしい攻め。
単純だが、その足運びに目線に真剣さがあらわれている。
彼はこうやって師匠に貰ったものを返しているつもりなのかもしれない。
自分はこの五年間手を抜かなかったと、そう証明したいのだ。
一通りの攻めのあと、師匠の繰り出した袈裟の一刀によってあっけなく敗北となった。
ここまで、他の入門希望者と同じだ。
十名。
すべての受験者がその内容に違いはあれ、同じように負けて試合を終わらせたあと、しばらくの講評を行って合格者の発表となった。
新規の入門生は予定通り五名。
その中に、ジュークの名前はなかった。
みんなが三々五々帰宅の途につく。
ジュークも多少気落ちしているようだが、存外普通の面持ちで片付けをしていた。
これは残念会が必要かなと声をかけようとしたところでヘイリーさんが先にジュークを呼んだ。
何の話だろうと思っていると俺も一緒に来るように言われる。
その先にはヘイリーさんと師匠。
「入門希望者八十七番ジューク、ロビンス商会の御者。アイン、彼は以前ロムスへ行く途中に出会った少年で合っていますか?」
俺たちが呼び出しの理由を確認するより早く、師匠から質問があった。
「ええ、カンテ村で絡まれたジュークです」
今回、ジュークのことは師匠には話していない。
真剣な参加者ばかりの中で贔屓があったように見えると感じが悪いからだ。
何か問いたげな顔でこちらを見てくるジュークにも首を振っておく。
俺の言いたいことは伝わっただろうか。
「そうですか。随分背が伸びましたね」
「俺のことを覚えているんですか?」
「一度指導をした以上、私はあなたの師です。教えを忘れて鍛錬を怠っていたならばともかく、今日の様子を見れば私の言ったことを守っていることは明白です。私は人を忘れることはあっても剣を忘れることはありません。よくここまで鍛え上げましたね」
ジュークの眼には涙が浮かんでいる。
いい年して……なんてことは言えない。
なんの面白みもないただ剣を振るだけの鍛錬。
それが五年間の歳月をかけて一人の悪童ををここまで育て上げた。
今、彼は自分の積み上げたものの重さに俯いた顔を上げることができない。
師匠に認められることでやっと自身の修練の大きさを自覚できたのだ。
「……はい、ありがとうございます」
絞り出すようにその口からもれた感謝の言葉は彼らしい実直なものだった。
「あなたは、定期馬車の御者として月に二十日程度王都を離れる生活をしているといっていましたね」
「昨日お話しした通りです」
最後の面談でそんな話をしたのだろう。
「そのため、あなたを新弟子として迎えるわけにはいきませんでした。月に十日の参加では他の希望者に示しがつきませんし、月謝もわりに合いませんからね」
「……そうですか」
残念な話ではあるが、一応納得したらしい。
「その代わり、あなたに道場の練習に参加することを許します。人が多ければ今までの弟子が優先ですが、その時以外は自由に鍛錬してください。指導担当もつけます」
弟子の人数は多いが、さすがに道場がいっぱいで人が入れないという状況は少ない。
これは実質入門を許したのと同じことだった。
「……いいんですか?」
「一度弟子としたものが、指導の通り己を鍛え上げてきたのです。ならばこちらもそれに答えなければいけないでしょう。あなたにはその気がありますか?」
「! よろしくお願いします!」
「よろしい。では月謝についてはアインたちと同じ日割りの方法をとりましょう。指導担当は……、ライアンがいいでしょう。ヘイリー、ライアンに伝えておいてください――」
細かい部分が話し合われていく。
ジュークもおっかなびっくり応答している。
一人の少年の努力がまさに実を結んだ良い一日だった。
今日もお祝いだな。
二日連続になるけど、良いことは繰り返しあったって良いことなのだ、構わない。
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