第54話 出会いはそれぞれの道を

 領主の呼び出し以降は大きな問題もなく収益も増加傾向にあった。

 今は最初期に後回しになっていた小さな問題をつぶしたり、便数や行路延長の計画を立てているが、このあたりのことは職員が上手くやってくれているお陰で役員の俺たちは比較的自由に時間が取れるようになってきた。

 この時間を使って事業以外のことをいろいろやろうと思っている。


 王都滞在中の俺がやってきたのは懐かしの魔術院だ。

 いや、実のところ図書館には小まめに通っているのでそこまで懐かしいわけでもないか。

 今日はその図書館を通り過ぎて、奥まった場所にある学院生寮へと向かう。

 受付で目的の人物の呼び出しを頼んだ。

 ここは女子寮なので俺が入れるのはここまでだ。

 ……なんだかこれ結構恥ずかしいな。

 あんまり人が通りませんように。


 俺の願いが叶ったのか、大して人通りもないうちに待ち人がやってきた。

 もったいぶる必要はない、テッサだ。

 無事王都入りしたテッサは予定通り魔術院での生活を始めていた。


「よう。寮生活はどうだ? うまくやってるか?」


 同世代のはずなのだが、どうもテッサ相手だと娘を一人暮らしに出した父親のような対応になってしまうな。


「ベッドもあるしシーツも綺麗だよ。ごはんも美味しいしお替りしてもいいの!」


 苛酷な環境で育ったテッサには、味気ないと思われがちな寮の生活もストレス無しらしい。

 テッサは栄養不良だった過去が影響しているのか、年齢から考えると痩せ気味で背も低い。

 しっかりご飯を食べていると聞くだけでも嬉しい。

 今度はおじいちゃんの気持ちだ。

 たんとお食べ。


「兄ちゃんにもご飯食べさせてあげたいな……」


 気持ちが老人になっていた俺の涙腺を的確に攻めてきた。

 泣いてはいかん。

 ジュークの方はと言えば、すでに高速馬車の御者として運行に出ている。

 修理技能はまだいまいちなので一番安定性の高い試作一号機改でロムスまでの道のりを走破しているはずだ。


「あいつだって今はちゃんと稼いでるんだからしっかり食べてるよ。お腹がすいたら仕事にならないだろう」


 テッサが心配しているのは住居のこともだろう。

 あいつは出張期間が長いので節約のために部屋を借りずに王都滞在中は試作馬車の開発所(元倉庫)に寝泊まりしている。

 暖房設備はあるので凍えたりはしないと思うがテッサが気にするのもしょうがない。

 色々実験中の生活機器とかもあるのでもう少し快適に過ごせるように気を使ってやろう。

 シャワーとかつけて。


「あー、また先輩が別の女の子連れてる! 今度はお姉さん的な人じゃないんですか? っていうかその子新入生ですよね、食事の時とか見たことあります。もう卒業してだいぶたつのにどうやって出会ったんですか」


 やっともう一人の待ち人がやってきた。

 言うまでもなく俺の後輩メイリアである。

 しかし、テッサが付いていけてないのでちょっと待てペースを落とせ。

 あと、開口一番俺の評価を下げにいくのやめろ。


「ちょっと落ち着け、呼び出したのはこの子のことで用があるからだ。」


 今日の目的はこの二人の顔合わせだ。

 二人とも寮生で同世代の女の子なので学院生活になれないテッサの相談役としていいだろうなと思って会わせておくことにしたのである。

 完全に俺のお節介だがジュークくらいはこのやり方に賛成してくれることだろう。


「こんにちは、テッサです」


 空気を読んでか読まずかわからないが、テッサがちょっとよそ行きの挨拶をする。

 客商売を手伝っていたからか日ごろの子どもっぽさから考えればそつのない振る舞いだ。

 これにはメイリアも出鼻をくじかれた感がある。


「ええ、学院四年次の寮生、メイリアです。あなたも寮の人であってるわよね?」


「初年次生です」


「テッサ、敬語が面倒だったら普通にしゃべっていいぞ。あんまり年も変わらないはずだ」


「先輩がそれを決めるんですか? 私ずっと先輩に敬語使ってるんですが……。まあいいです。テッサ、勝手に年下だと思ってごめんなさい。普通に話しかけてもらっていいわ」


「ありがとう。私、目上の人と話すの慣れてなくて、助かるの」


 二人とも人見知りしない性格のせいか、とくに問題もなく挨拶が終了する。

 ずっと立ち話もなんなので、学院の近くの定食屋に場所を移す。

 女の子二人連れて定食屋かよ、って感じなのだが、この二人はどっちも外食が好きなのでつべこべ文句を言ったりはしないだろう。

 食事時ではないが、ちょっとした軽食もあるしそのぶん空いているのではないかと思う。


「このあたりは結構開拓したはずなんですが、このお店は初めてです。先輩良く知ってましたね」


 アルバイトで小金を稼ぐようになったメイリアは趣味で食べ歩きを継続しているようだ。


「最近開いたばっかりなんだよ。仕事で会った職人さんに教えてもらってな。あんまり変わった料理はないけど王都の近くでとれた新鮮な野菜とか使ってるから安くて結構美味いらしい。学院から近いこういう店、知ってると便利だろ。テッサにも教えてやって欲しいんだよ」


「ごはんは寮と食堂で食べられるよ?」


「それはいけません。私も最初はそう思っていましたがあれは間違いでした。もっと食には救いが必要なんです。主に心を満たすために色々食べてみるべきです」


 どこかの輸入代行業の人みたいなポリシーに目覚めたらしい。

 学院のご飯が悪いとは言わないが、もっと食を楽しむのは良いアイデアだと思う。


「だろ、だから色々学院のイロハを教えてやって欲しいんだ。外で飯を食うにもお金がいるからな。仕事の斡旋とかも」


 術具を扱えるようになればうちの会社でも仕事があるんだが、初年度だとそれも難しいだろう。

 メイリアもそのへんは苦労したはずだからわかってくれると思う。


「ただでご飯食べられるのにお金払うの?」


 信じられない、という顔でテッサに言われる。

 何か悪い遊びを教えているような気持ちになるが、そんなことはないはずだ。


「いつもってわけじゃないよ。ただ、毎日同じものを食べると飽きちゃうだろ。ジュークが帰って来たときなんかは外で食べるんだから、おいしいところを教えてもらって一緒に行ったらいいんだよ」


 あいつは学院の食堂はともかく女子寮には入れないからな。


「そっか、兄ちゃんとご飯か」


 嬉しそうに頷く。

 テッサを飽食の道に引き釣り込んだところで注文していたパイが届く。

 甘いやつではなく、葉物野菜と芋の入ったがっつりお腹にたまるやつだ。軽食なのでみんなでつまむつもりで一品だけ頼んだ。


「なるほど、派手さはないですけど侮れない味ですね。ところでさっき言ってたジュークさんはテッサのお兄さん?」


「そうだよ! 今は御者の仕事をしてるの」


「うちの職員なんだよ。結構いろいろあったんだけどな――」


 俺たちの出会いだとか魔術の素質に関する話を手短に伝える。

 これも、今日話しておこうと思ってたやつだな。

 ちょうど良かった。


「つまり、突っかかって来た不良を改心させて家族のために仕事も斡旋したと。相変わらず先輩は昔話の勇者様みたいなことやってますね。この話はペンドルトン卿も関わってるわけでしょう。酒場に持って行ったら新しい歌ができちゃうんじゃないですか?」


 王都での師匠の人気は相変わらずだ。

 本人はあまりうれしくなさそうだが、噂が下火になるたびに何かしら活躍してしまうのだから、ちょっと自業自得なところもある。


「師匠、あの手の歌あんまり好きじゃないからやめてやってくれ」


 後生だから。


 楽しい時間はあっという間に過ぎる。

 後は二人を学院まで送ってミッションコンプリートだ。

 ちなみに支払いはジェントルな俺がすませた。

 メイリアはともかくテッサはあんまり金もってないしな。


「テッサ、そんなわけで学院で何か困ったことがあったらこいつに相談してくれ。もちろん俺でもいいが、寮にいるから捕まえやすいはずだ」


「わかった、よろしくね」


「他ならぬ先輩のお願いです。任されましょう。テッサ、こちらこそよろしく。今度はお菓子の美味しいお店に一緒にいこうね。あのお店って友達がいると入りやすいの」


 早速テッサに無駄遣いをさせようとしている。

 良く働いて稼いだ金の使い方を覚えてくれ。


 これで俺がコレン先輩から引き継いできたお節介先輩の系譜をテッサまで伝えることができた。

 まだ見ぬテッサの後輩よ、この流れを大切にしてくれ。

 最近忙しかったし、今日は気晴らしになったな。

 二人とも気を遣わずに話せる相手だったのも良かったのかもしれない。

 そういえば両手に花でデートだったのか。

 ジュークに知られたら睨まれそうだな。





 これも、事業の合間のある日のお話。

 ついに形になり始めた自走式魔術馬車の開発のために開発室(元倉庫、魔改造によっていつの間にか手押しポンプや魔力調理器等が設置されて意味のわからない空間になった)を訪れた俺は、同じ様に数日前に王都に到着していたジュークと世間話をしていた。


「お前たちの道場、入門試験やるって本当か? 受けてみようと思うんだが」


 克技館の人気は相変わらずだ。

 なかなか新しく人を入れることができずにいたのだが、最近うちで仕事を始める人が増えたこともあって若干の余裕が出始めていた。

 近く入門枠数を絞って採用を行うことだろう。

 なんだか就職試験みたいだな……。


「たしかに、もう少ししたら新弟子を取ると思うけど、結構倍率高いよ?」


 なにせ、教えを請う人間はいくらでもいる。

 このために他の街からやってきて王都に定着してしまった人すらいるのだ。

 本当のところならより一層の規模の拡大を考えるところなのだが、指導の質は維持したいという方針から今の二代目道場からの引っ越しは考えていない。

 希望者もそのほとんどがレア師匠に師事したいわけで、人が増えすぎればそれが出来ない以上、無理に拡大路線を押されることはなかった。

 ちなみに近年はルイズの人気も順調どころではない伸びを見せており、魔剣士個人に弟子入りしたいという人間も結構いる。

 全部断っているようだが。

 成人前の人間としてはとんでもない話だ。


「もちろんわかってるよ。それでも、教えてもらいたいんだ。どうしようもなかった俺が野垂れ死んだりせずに生きていられる根っこの部分はレア様とお前たちのお陰なんだ。出来るならちゃんと教えてもらいたい。恐れ多いことだとはわかってるけどさ。今、俺は王都にいる時間も結構あるし道場に通う金も貯めた。たとえ無理でもやらずにあきらめたくねぇんだ」


 開発室住みをしているのはこのためだったのか。

 そこまで言う人間に反対する理由はない。


「そっか。さすがに俺たちの力でねじ込む、みたいなことはできないけど、応援してるよ」


 こうして、ジュークの新弟子試験挑戦が始まった。

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