第53話 騎士の魂(下)
時間の流れが止まってしまったかのような静寂の中、カイルが木刀を携えて一礼する。
それにやっと自分の取るべき行動を思い出したハンスが落とした木刀を拾い直して続いた。
そんな様子を見ながら、俺は自問自答する。
もしもあそこにいたのがカイルではなく俺だったなら、勝つことはできただろうかと。
魔術を使って良いならば、うまくやる自信がある。
試合開始の前、相対するまでの間に勝利を確実にする仕込みができる。
もしもそれを封印するならば?
少なくともオド循環を使用する必要がある。
ただ力や速さがあれば勝てる相手だとは思わない。
しかし、慢心に付け込み、虚を穿つ攻撃をするならオド循環による身体強化は効果的だろう。
しかし、カイルは「オド循環すら」使っていなかった。
俺が同じ様に剣技と感知のみで戦おうとするならどうか。
マナ感知でフェイントを掻い潜って防戦に入るところまではできたと思う。
しかし、それだけだ。
ふと浮き上がった水中の泡をすくうように、相手の隙をつけたかどうかは怪しい。
おそらく防戦を続けるうちに大人と子どもの体力差が現れ、こちらが決定的なミスをしていた可能性は高い。
そしてハンスにはそれを狙うだけの技量がある。
状況判断の機微、技術の正確さ、その僅かな差が俺とカイルの間に大きく横たわり、末には勝敗を決するところまで積みあがってしまった。
しかし、これを嘆くのは何か違うような気がする。
悔しくはあるが、俺とほぼ同じ体を持つカイルが自身の研鑽によってこの高みに登ったことを称賛するべきだ。
それは自身の至らなさとは別の次元にある話なのだ。
こうして自分の悔しさにあれこれ理由をつけて黙考していると、ゼブがカイルに声をかけた。
「カイル様、感服致しました。よくぞここまで技と心を鍛えられた。いずれあなたの体格が誰にも劣らないところまで育った時、それは花開く強さの種となるでしょう」
絶賛だ。
なんだかおしゃれな例えまで出てきた。
「ありがとう、ゼブたちのおかげだよ。でも僕はルイズに勝てないんだから、ちゃんとルイズのことも褒めてあげてよ?」
そう言われてゼブとルイズがそれぞれの理由で複雑そうな顔をする。
「確かに私の娘は強くなったようです。ただ、先ほどのあなたのような心の強さがあるかどうかはわかりません。技の先にある強さのために、娘の近くにカイル様がいてくれることが一人の親として嬉しいのです」
そう言いながらもルイズの頭を撫でている。
ほっこりする絵だな。
「待ってくれ! その女の子は本当に君より強いのか? そんなことがあるのか!?」
これまでの話を聞いて、気を取り戻したのか新たに平静を失ったのかハンスが口を開いた。
さっきのゼブの言葉もしっかり考えて欲しいな。
「ルイズは強いですよ。百回勝負したら九十九回は僕が負けます」
その勝率一パーセントを手繰り寄せることができる人間はそうそういないのだが。
その言葉でハンスは茫然とするどころか真っ白な顔色になってしまった。
薬が過ぎたらしい。
「おいおい、ハンス、まずは礼節だろう。騎士なんだから。次に約束だ」
そのあたりを察してか、オラフが適当にとりなしてくれる。
これはさすがの年の功だな。
自分だってかなり驚いていたのだと思うが。
「……失礼しました。先ほどはご指導ありがとうございました。自身の不徳を悟りました。よろしければお話を聴かせて頂きたく」
そういえば、説教を聞かせるための勝負だった。
今はなんかハンスが教えを請う感じになっている。
負けの条件を自分の目的のために使ってるあたり強かだな。
しかも立ち直りが早い。
「強さについて知りたいのなら、ご本人に確認してみたらどうだ。カイル様、少しだけ相手をしてやってもらえませんか」
「いいけど、あんまり変わったことは教えられないかなぁ」
「そんなわけない……! 何かが違うはずなんだ。そちらの御仁に教われば俺はもっと強くなれるだろうか?」
「ゼブは教えるのが上手だけど、僕たちのことをずっと指導してきたわけじゃないよ。僕らの師匠は王都にいる。言われてみれば師匠には恵まれたと思うなあ」
その後も師匠のこと、日々の練習方法、さまざまなことをハンスは聞いてくる。
師匠が名高いレア・ペンドルトンであると知ると驚いていたが、実際の訓練内容について聞いてもその効果については懐疑的なようだ。
これ、勝負の結果はカイルの指導に対する素直さで決まったんじゃないかな……。
「たしかに、話を聞けば独創的な訓練もあるとは思う。だけど、君たちの齢でそんなに強くなれるほどではないはずだ。何か、何かがあるはずなんだ」
ここで「才能の差では?」というのは残酷すぎるし、問題の根幹ではないだろう。
実際、このハンスは才能豊かで努力を怠らない剣士だ。
じゃあ違いはなんなのだろうか。
「僕は強くなんかないよ? 兄さんやルイズと一緒に戦えるように頑張って自分のやり方をずっと探してるけど、いつもうまくいかないなって思う。でも諦められないんだ」
カイル……、泣かせることを言ってくれるじゃないか。
でもお前、俺より強いじゃん……。
その答えはハンスの想定外のものだったようだ。
「それだけ強くなっても、自分より強いものを助けたいと思うのか?」
「人はどんなに頑張っても弱いよ。魔物なんかを見ても思う。自分より弱い魔物でも数が集まったらどうしようもないことなんていくらでもあるし、ひとりじゃあどうやっても敵わないようなやつもいるんだ」
カイルの見てきた魔物ということはアロガ・ベアの変異種だろうか。
今、あの敵と相対したとしたらどんな風に戦うべきだろう。
「そんなのが沢山でてきたら、いくら強い兄さんやルイズだって、師匠だってゼブだって誰かに助けてもらいたいはずだよ。そのときに僕は絶対後悔したくないんだ」
「……」
あれだけあった勢いがなくなり、ハンスはついに押し黙ってしまった。
何事か考えているようだ。
「ちょっとはわかったことがあったか? 忘れるなよ、お前は謹慎明けなんだ。勝負にも負けたんだし、隊のみんなに謝りにいくぞ」
会話が終わって程よいと思ったのかオラフが声をかけた。
何かが解決したのかはわからないが、最初の要求には答えたことになるのだろう。
たしか「天狗の鼻をへし折ってくれ」だったか。
「……一晩考えさせてください。謝るのが正しいのかはわかりませんが、今までの俺の考えは何かが違ったのだと思います。それはわかりました……」
最後まで面倒をみることができないが、これで俺たちはお役御免だ。
騎士団の人間関係がうまくいくことを祈ろう。
ここの騎士団の強さはロムスの治安にだって関わるのだ。
しかし、本当にジュークの時と同じようなことになってしまった。
多少経緯は異なるが、アーダン近辺ではいつもこんなことをしてる感じがする。
しかし、今となってはジュークも気の置けない仲間だ。
ハンスともいつか仲良くなれるといいな。
変なことになってしまったが当初の目的だった面会もおまけの見学も終わった。
城を後にする俺たちをドミニクが見送ってくれるという。
一応アーダンのご令息なわけで恐れ多いと思うのだが……。
「今日は本当にありがとう」
「見学をさせて頂いたのはこちらです。お礼など恐れ多いことです」
「いや、ちゃんと礼をしないとそれこそ矜持に関わる。本当は私たちが納めなければいけなかった問題なのだから」
「オラフさんが言いたかったこと、彼に伝わったかな?」
「そう思うよ。君の言葉にはそれだけの説得力があった。騎士は『守る者』だが、その一番近い対象は仲間なんだ。彼はその魂に触れることができた。これからもっと成長することだろう。
しかし、君は本当に強いんだな。騎士の雄姿を見せるつもりだったんだが、こちらが騎士の魂を見せられることになってしまった」
カイルの言葉にドミニクが答える。
褒められ慣れているカイルも、憧れの騎士様からの手放しの称賛は予想外だったようだ。
顔を真っ赤にして照れている。
良かったな。
大した距離でもないのですぐに城門まではすぐ到着した。
「今日は私も色々と考えさせられたよ。君たちはよくアーダンに寄るんだろう。いつでも騎士団を訪ねてくれ。もっとちゃんと歓待できるようにしておくよ。良かったら他の団員にも稽古をつけてもらえると嬉しい」
最後に領主の子息様からそんな言葉を賜るという非常に名誉なことと共に退城となった。
無事生きて帰れて良かった……。
一泊の滞在の後、ここからはカイル、ルイズと俺、ゼブの二チームに分かれた行動になる。
カイル達はジューク、テッサと合流して積み荷とともに王都を目指す。
いよいよテッサが魔術院へ行くことになったのだ。
ついでにジュークの行商テストも監督付きで行えるのでなかなか効率的だと思う。
ただ呼び出されただけで無為に時間を使わずに済む。
俺とゼブは乗り合い馬車でロムスを目指す。
最近はサスペンションに慣れてしまったのでストレスがかかりそうだと思っている。
それはそうとカイルとの差を見せつけられて悔しいので道中はゼブに特訓をつけてもらおう。
就職試験に緊張気味のジュークの気分を解そうと出発前に騎士団で起きたことを話してみた。
「カイルが騎士様を張り倒しちまったのか! やっぱりお前強かったんだな!」
「しかも団員の中でも有数の剣士だぞ。どこにでも似たような目にあうやつがいるなと思ってな」
「騎士様も兄ちゃんと同じってこと? 試合してお説教されたの?」
「言われてみればそうか……。ははっ、説教された回数なら俺の方が上だな。今日から俺も騎士様の先輩か。雲の上にいても同じ人間なんだな。同じ悩みを持ってるのか」
しみじみと言う。
ちょっとは気が楽になったようだ。
「初めての仕事で緊張するかもしれないが、カイル達もいるから楽なもんだと思うぞ。御者にしても馬のいうことを聞いていれば大丈夫だ。うちの子は賢いからな」
「ああ、ありがとうよ。たしかに、こいつらは物事をよくわかってる。下働きでずっと世話をしてきたが、ちゃんと相手をしてやるとわかってくれるんだよな。馬の世話は嫌いじゃないよ」
どうやら馬自体とは結構縁があるらしい。
この仕事には向いてるかもしれないな。
そうして世間話をした後、王都での再会を約束してみんなの馬車を見送った。
俺たちもすぐ出発だ。
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