第52話 騎士の魂(中)

「簡単に言えば、天狗になっている若いのの鼻っ柱を折ってやって欲しいんだ」


 天狗云々は俺の意訳だ。

 具体的には飛竜の爪を削る、という表現なのだがどういった理由でそうなっているのかはわからない。


「オラフさん! それは……」


「大丈夫だよ、こいつが剣で負けるようなことは万に一つもない。それにゼブ、お前にも覚えがあるだろう。方法は任せるから恩返しだと思ってやってみてくれないか」


「……詳しい話を聞かせて下さい」


 しばらく黙って考えていたゼブは結局この話に踏み込むことにしたようだ。


「うちの新入りに剣の筋がやたら良いのが入ってな、ハンスっていうんだが。それだけなら嬉しい話なんだがこいつは連携の類いがからっきしだ。周りが自分に合わせろばかりでいつもやりたい放題、どうだ? どこかで聞いた話だろう」


 この言い方だとゼブも似たようなことをしたらしい。


「言い聞かせようにもあいつの所属してる中隊で一番腕がたつのがハンスなんだ、何を言っても暖簾に腕押しでな。周りの努力が足りないって一辺倒だ。それが同じ隊の奴の反感を買う。あっという間に孤立して喧嘩、謹慎って流れになった。やっとそれも解けたんだが考え方の根っこが一つも変わってねぇ」


 どうにも話を聞いているゼブが非常に居心地が悪そうだ。


「これは俺の勘なんだが、あいつは口でいうより剣でやり合う方が理解が早い。明らかに負ければ話くらい聞くんじゃないかってな」


 これは昔ジュークと会った時と話が似ているのかもしれないな。

 立場は全然違うが。

 この後、あいつとも会うつもりなのだが土産話になるかもしれない。

 そんな呑気なことを思いついた。

 完全に他人事だと思ってるな俺。


「オラフさんは変わっていませんね……。そんな言い方をされたら断れないじゃないですか。そのハンスはどちらに?」


「そういってくれると思ったよ。ちょうど都合もいいんだ、こっちに来てくれるか?」


 そういって、ニヤリと笑い最初から決まっていたかの様に案内を始めるのであった。


 騎士団の見学自体は終わってしまったのでドミニクに礼を言って別れようとしたのだが、彼もハンスのことが気になるらしくそのまま同行することになった。

 未来のトップには団内の揉め事は他人事ではないのだろう。

 俺とは真面目さが違う。


 案内された先では一人の青年が丈夫そうな巻き藁を相手に打ち込みをしていた。

 彼がハンスかな。

 なるほどたしかな腕がその動きから伝わってくる。

 しかし、ここで訓練をしているのは彼だけだ。

 これは謹慎明けでいきなり喧嘩とかしないようにという配慮だろうか。


「ようハンス、気分は変わったか?」


 声をかけられた青年、ハンスは打ち込みをやめてこちらに向き直った。


「変わるもなにも、俺は間違ったことはしていません。あいつら、俺とやる時は手を抜いてるんですよ」


 後ろにいる俺たちが気になるようだが、まず話しかけてきたオラフに応答する。

 性格自体は真面目っぽいな。


「仮にそうだとして、なんで手を抜かれるか考えたか? その時間はたっぷりあっただろう」


「最初からわかっています。あいつらは俺の腕に嫉妬しているんだ。人がどれだけ努力したかを知らずに」


 オラフの言っていたそのままだった。

 確かに剣の腕が立つ人間に努力していない者はいない。

 そして彼は自分の孤独をその努力に重ねてしまった。

 耳の痛い話だ。


「努力なら、この騎士団にいてやってないやつなんていないだろう。あいつらはお前の謹慎中だってずっと訓練で血反吐を吐いてたんだぞ?」


「っっ! だから! そんな差くらいすぐ取り戻して見せます!」


 その言葉はハンスにとって言い返しにくいものだったようだ。


「努力も練習もかまわん。ただ、謹慎の意味はわからなかったようだな。お前のいない隊にはお前の次に強いやつがいたはずだ、そいつは嫉妬されて手を抜かれていたと思うか?」


「それは、あの隊で二番なんて俺と比べれば!」


「変わらんよ。順番なんてものは人数がいて一人一人比べれば自ずとつくもんだ。自分がいないから二番目がずっと二番目なんてことはない。今回の謹慎に強さの順なんてものは関係ないんだよ」


 ハンスはそう言われてうなだれる。

 孤立してしまった彼にとって強さは唯一無二の縋り付くものなのだ。

 辛い言葉だったと思う。


「そう言ってもなかなかわからんだろう。ここにお前の先輩を連れてきた。この騎士団歴代一位だ。自分で敵わない相手なら話くらいは聞けよ。お前の言う一番がどういうものなのかわかるだろう」


 すでにここの所属ではないのだが、それでもなお騎士団一とか言われるのか。

 ただの言葉の綾だという可能性もあるが、オラフはそういうことは言わない気がした。


「!?」


 ハンスにとって一番という言葉は重いものなのだと思う。

 思わぬ相手の登場に驚いていたが、目の色が変わった。


「だったら、俺がこの人を倒したらもう一度俺の話を聞いてください。あいつらの前で」


「かまわんよ」というオラフの言葉に完全にやる気になったようだ。

 しかし、それに対するゼブの様子がちょっと気になる。

 ハンスのことを考えているのだと思うが、どうも勝ち筋を探しているとかそういう感じではない。

 本音を言えば、ゼブが負けるなんてことは無いと思う。

 ハンスの全力を見たというわけではないが、それでも打ち込みでわかる差があるのだ。

 当然そのことを理解しているゼブには何か考えがあるのかもしれない。

 しばらく考えていたゼブの口から出てきた言葉は俺とカイル以外を驚かせた。


「ルイズ、これまでの修行の成果を見せてみなさい」


 みんな何を言いたいのかわからなかったのだろう。

 しばらくの沈黙の後、最初にオラフが口を開いた。


「おいおい、まさかこの子にハンスとやれっていうのか? お前ならわかるだろ、こいつは決して弱くないぞ?」


 流石に狼狽している。

 一番強く反応したのはハンス自身だ。


「俺に女の子と戦えっていうんですか! いくらなんでも冗談が過ぎる! 怖気づいたならそう言うべきだ!」


 おうおう煽りなさる。

 本人にその気はないのだろうが完全にルイズを舐めた発言だ。

 戦場ならその慢心が命取りになるぞ。

 とはいっても普通に考えればゼブの言葉がおかしいのだろう。

 女の子と戦えないというのは如何にも騎士らしい発言だ。

 そこで、思わぬ所から仲裁の声が入る。


「僕がやるよ。女の子の相手が困るなら、それでいいでしょう?」


 カイルだ。

 ルイズの影に隠れがちだがカイルの剣に対する気持ちは真摯なものだ。

 それは時に短慮ともいえる形で現れることがある。

 おおかた強い相手とみて自分が戦いたくなったのだろう。


「おい、いくらなんでも舐めないでくれよ……。子どもだからって容赦したりしないぞ」


 ハンスもカイル相手なら戦えないことはないようだ。

 これまでの流れが効いているのかもしれない。


「……カイル様、決して弱い相手ではありません。やれますか?」


 この言葉で実質許可が出たようなものだ。

 カイルはできないことをできるとは言わないやつだ。


「もちろん。胸を借りるつもりでやらせてもらうよ」


「……ではお任せしましょう。ハンス、カイル様に勝てるようなら私が相手をする。驕ることなく自分の実力を示してみなさい」


 馬鹿にされたと思ったのか、ハンスが奮起するのがわかる。

 だが、それはたぶん逆効果だな。

 ここで冷静になれないなら実力は示せないぞ。


 準備にはそう時間はかからなかった。

 カイルが動きやすいように上着を脱いだくらいだ。

 それぞれが自分の腕に会う木刀を選んで対峙する。

 立場上審判をすることになったオラフが試合開始を告げる。


「始め!」


 ふたりとも中段の構えでにらみ合う。

 間合いは七歩、カイルの全力の踏み込みならすでに剣の届く距離だ。

 先に動いたのはハンスだった。

 様子見なのだろう、腕を狙った一撃。

 綺麗な攻撃だが必殺の気合もなければフェイントもない見やすい攻撃だった。

 その剣先はカイルにかすることもない。

 剣に詳しくないものにはカイルをすり抜けるように見えたかもしれない。


 背の低い俺たちにとって立ち合いは常にリーチの面で不利なものだ。

 間合いを読み間違えればそれが即敗北につながる戦いだけをしてきた。

 それだけに、ひっかけのつもりもない腕を狙うだけの一刀なんて避けるだけなら容易い。

 カイルは左手を剣から離し、半身で振り下ろしを避けると右手のみで突きを放った。

 フェンシングの構えを考えてもらえれば想像しやすいだろうか。

 ハンスも部隊一の腕というのは確かなようで懐に伸びてくるように感じるはずのその攻撃を重心をずらして肩で弾くようにしてギリギリ避ける。

 体幹が良くなければできない動きだ。


 体制を崩したとみて攻勢をかけるカイルに自身の不利を悟ったのかおおきく後ろにステップを踏んで距離をとった。

 ここではカイルは追い打ちはかけないようだ。

 上背に劣る自分では追いつけずに反撃をもらうと判断したのだろう。

 冷静だな。


 追撃が無いことを理解したハンスは試合の主導権を握るために積極的に距離をあけて自分の間合いで攻め始めた。

 先ほどのような素直な攻撃ではない。

 いくつものフェイントを含んだ技の数々。

 それをカイルは丁寧に捌いていく。

 ハンスの表情にはっきりと驚愕が現れる。

 たしかにこの攻撃は生半可な実力で避けられるものではなかった。

 技術を磨けば磨くほどハマりやすくなる妙技。

 それだけの積み上げのあるものだった。


 それをなぜカイルはいなせるのか。

 種明かしはマナ感知だ。

 師匠が殺気と呼ぶ生き物が戦いの時に放つマナの乱れ。

 それをカイルは魔術師として戦いの中常に注視している。

 いかに技術を磨き視線と間合いで嘘をついてもそれがカイルにはわかってしまうのだ。

 俺たちが積み上げ、勝手に魔剣技とよんでいるものの極意がそこにある。


 感情を表情に乗せてしまったのはまずかった。

 それが本物の狼狽であることはマナ感知を使うカイルには明白だ。

 つい出来てしまった攻撃の綻び。

 ただ放ってしまっただけの一撃を、同じように捌くかにみえたカイルの踏み込みはそれまでより少しだけ深かった。

 強烈ではない、だが必要十分な振り下ろし。

 それは魔法のようにハンスの手元に吸い込まれ、その左腕を痛打した。


「そこまで!」


 ちゃんと止め時を見極めた審判の声に、追撃をかけようとしていたカイルが動きを止める。

 オラフが止めを入れないとやばかったかもしれないな。

 カイルはちゃんと自制することができただろうか。

 結果だけ見れば一度も有効打をもらわなかったカイルの圧勝だが、実態はそう簡単なものではない。

 大人と子どもの戦いなのだ。

 有効打なんてもらった時点で勝敗が決する。

 最初からカイルには肉を切らせる余裕なんてなかったのだ。

 それだけに戦いの中のカイルの集中力と落ち着きは称賛されるべきものだと思う。

 その平静さが勝敗をわけたといっても過言ではない。


 ハンスは強い。

 カイルだって繰り返し戦って手の内を晒せば同じように勝てる相手ではないだろう。

 自身の劣る点を知り、相手の驕りに付け込んだゲームメイクを最後までやってのけた点こそがカイルの強さそのものだったのだ。

 これは克技館の教えを忠実に形にした戦いだった。

 実力以上を示して見せた戦略にゼブすらも驚きを隠せない。

 他の大人については言うまでもない。

 騎士団の誰もが想像しなかった結果がそこにはあった。

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