第51話 騎士の魂(上)

「御屋形様自慢のご子息方ですから」


 そう答えたゼブの表情は随分と親しみの感じられるものだった。

 ゲオルグとゼブには立場を超えた友好関係があるらしい。

 クルーズはそういうことは何も説明してくれていない。


「試すようなことをして悪かったな。最近領内での情報伝達がいやに迅速になったっていうんで調べてみたら高速馬車なんてものが走ってるて聞いてな。面白そうだから話を聞こうと思った、それだけなんだよ」


 本人の話を聞くに、新しいもの好きということらしい。

 さっきの顔を見るにあながち嘘でもないのだろう。


「ただ、商会の名前を調べてみたらロビンスなんて名乗ってて、あのクルーズの息子がやってるって言うじゃないか。こりゃあ、あいつが後ろについて何かやろうとしてるなって最初は思ったんだよ。だいたい、十やそこらの子どもが自分で行商やってますって言っても信じないだろ。話題にするための看板ってのがいいところだ」


 それについては言葉もない。

 俺だって自分のことでなければ俄かには信じられない。

 そこで、ゲオルグは「だが」と続けた。


「呼び出してみればついて来るのはそこのゼブだけ、クルーズはいないわけだ。ゼブは剣の腕は尋常でなく立つが口の方は、まあお世辞にも交渉には向いてない。俺の任せた仕事をほったらかして何遊んでるんだって克を入れてやろうと思ってたら肩透かしをくらったよ。その割にはゼブは心配そうな顔の一つもしない。ならまた、クルーズが何か仕込んだなと鎌をかけてみたんだが、まさか正攻法とはな。完全に俺の負けだ。この商会、お前たちが自分で始めたってことであってるよな?」


「父を始め、みんなの力を借りてやっていることではありますが、始めたのは俺たちです」


「人の力なんてのはな、何か大きな力を担保にしなきゃ、そうそう借りれるもんじゃないんだよ。お前たちにはそれだけの実力があった。クルーズはそれを見せたかったんだろう。自分が何か悪だくみをしているわけじゃありませんよ、ってな。ついでに親ばか自慢の息子を見せに来たと」


 さっきからクルーズの評価が散々だ。

 悪く思われているようではなさそうだが、今まで一体何をしてきたんだ。

 父さんも母さんも聞いても教えてくれないし。


「そういえばゼブともお知り合いのようですが、古いお付き合いなのでしょうか?」


 その言葉にゲオルグは一瞬不思議そうな顔をしてからゼブを一瞥して言った。


「? 聞いてないのか? まあ、あまり昔のことは話したくないかもな。かいつまんで言うならこいつは元々うちの騎士団に居たんだよ。ただとんでもない悪ガキでな、喧嘩ばっかりしてたが腕が立つからなかなか諫められない。ほとほと困ってたところをどうやったのかクルーズのやつが言うこと聞かせてな、そのまま自分の部下としてつれていっちまったんだよ」


 昔話を暴露されてちょっと恥ずかしそうなゼブを見る。

 人に歴史あり、だな。

 この話をきいてルイズは何を思っているんだろう。

 ぱっと見いつも通りだが。

 そんな俺の知らない親たちの話をしばらくしてからゲオルグが言った。


「まあ、変なことを企んでるわけじゃないとわかれば充分だ。実際、お前たちの事業でうちの領内はずいぶん潤ってるよ。言い訳するなら、この辺のやりかたが本当にクルーズそっくりで勘違いしたんだ。先に利益を見せてくるところとかな。最近は目敏い他領からも確認や交渉の手紙が届いてる。俺たちだけで独占なんてしてたら交渉が面倒で敵わんよ。うまく広げてやってくれ。困ったことがあったらうちが後ろ盾になってやるから連絡してこい」


 そうして話を〆(しめ)たのだった。

 粗暴なようで細かい部分をよく見ている人だったな。

 領主というのは伊達ではないらしい。


「そういえば、何か土産を貰ったらしいな。気を使わせて悪かったな」


 お土産というのは毎度おなじみ橘花香の化粧品お歳暮セット豪華版みたいなやつだ。

 女性が身内に居る相手ならハズレのない安定商品だった。

 そういえば、待合所に居たときに執事っぽい人に渡したな。


「礼ってほどでもないが、良かったらうちの騎士団の様子でも見ていくか?」


 騎士は子どもの憧れだ。

 間近で見られるというのは前世で言うところのスポーツ選手に会える感じだろうか。


「是非お願いします!」


 となりのカイルが先に答えた。

 珍しく前のめりだ。

 俺も興味があるが、騎士の剣となるとカイルの方が強い関心を示す傾向がある。

 ルイズも嫌ということはないだろう。

 ゼブは……、色々複雑かもしれないが、我慢してくれ。


「いい返事だ。こっちも嬉しくなる。アヒム、詰め所まで連れて行ってやってくれ。案内はドミニクにさせるといい」


「かしこまりました」


 ゲオルグに退室の挨拶をして、アヒムと呼ばれた執事についていく。

 そのまま城から出て待合所を過ぎた後に城門内の広場まで向かった。

 どうやらここが騎士団の場内訓練場の様だ。

 馬を使う場合等は郊外まで出るのだろうが、剣術訓練や小規模な団体行動の練習を行っているように見える。

 アヒムさんは訓練場の端にある事務作業用とみられる小屋へ向かうと、入口近くで何か打ち合わせをしていた数人のうち一人に声をかけた。


「ドミニク様、ゲオルグ様のお客人がいらっしゃっています。騎士団について案内するように、と」


「今日は、例の高速馬車のお客さんが来る日だったな。わかった、私が応対しよう」


 元々の打ち合わせは急ぐものではなかったのか、適当に切り上げてこちらに向かってくる。

 入れ替わりでアヒムさんは一礼して去って行った。


「私はアーダン領主ゲオルグの息子、ドミニクだ、宜しく。君たちの希望は騎士団の見学ということで良いかな?」


 息子さんか、思ったより偉い人だった。

 っていうか敬礼敬礼! あわてて膝をついて礼をする。


「ロムス代官クルーズの子、ロビンス商会代表のアインです」


「カイルです」


「いや、すまない、楽にしてくれ。私はここに居る間は騎士団の一員だ。貴族扱いは必要ないんだよ。しかし、本当に君たちが代表なんだな。その年で行商をやっているなら大したものだ」


 高速馬車と子ども社長の話は息子さんにも知られているらしい。


「疑われないのですか?」


「簡単に信じられる話ではないがね。クルーズ殿の話を聞くとそういうこともあるのではないかと思えるようになるのだ」


 ここでもクルーズである。

 どうやらアーダンで俺たちの父親は武勇を鳴らしていたようだ。

 話を聞いたところドミニクはゲオルグの考えで、アーダンの騎士団に所属して一騎士として鍛えているらしい。

 体育会系っぽい考えだが現場を知っておけということだろうか。


「お手間をかけますが、よろしくお願いします」


「アーダン自慢の騎士団だ。厳しい訓練の様子をしっかり見学していってくれ。実際やる側になると大変だがね」


 訓練の様子は自分で言うだけあって苛酷なものだった。

 ただ走り周っただけではこうはならないだろうという泥に汚れた状態でボロボロになりながら剣を打ち合っている。


「あれは行軍訓練のあとの試合だ。騎士団の戦いは万全の状態で行われることは少ないからな。疲労で動きが悪くなってからの動きを体に叩き込むんだ。あれの後に吐かなくなったら新入り卒業だよ」


 まさに軍事訓練といった感じだ。

 克技館にも能力を制限した状態で戦う訓練はあったが、ここまでではなかった。


「あっちでは何をやっているんですか?」


 なにやら土嚢を沢山運んでいる。


「あれは要救助者のいる状態での戦いかたの訓練だ。自分が不利になったからといって騎士には弱者を捨てて逃げるという選択肢は絶対に無い。人は重いからな。運び、守り、逃げ、戦う方法を学ぶのさ」


 かつて、アロガ・ベアの特異個体と遭遇した騎士は若手を逃がすために自らの命を賭けていた。

 ああいった行動はこの訓練で育まれるのだろう。


「騎士は戦い方だけ知っていればいいわけじゃない。守れない騎士に意味はないんだよ。ここは戦う訓練を中心にやっているが、応急処置や雨での野営訓練なんかもやってるぞ。あとは美味い飯の作り方とかな。少人数で行動するときは自分たちで飯の用意が必要だからな。これが下手くそな小隊は弱いぞ」


 笑いながら言っているが大切なことだと思った。

 数日以上かかる戦いなら食事の質は結果に直結するだろう。

 そんな感じで説明を受けていく。

 カッコいい騎士鎧での行軍訓練等もあったが、基本的には泥臭いものを中心に見ることになった。


「今すぐ説明できるのはこんなところだな。どうだ? ピカピカの騎士様とは言えない様子に幻滅したか?」


「いいえ、頼もしかったです。僕たちも野を駆ける行商人ですから。民の為に恰好ばかりでない努力を重ねている様子を見せられて幻滅なんてしませんよ」


 カイルの一言にドミニクは相好を崩す。


「……そういってもらえると嬉しいよ。君たちも本当に自分の力で旅をしているんだな。ここまで話せばさすがに実感させられるよ」


 そうしてしばらく冒険者の野営方法の話なんかで盛り上がっているとこちらに声をかけてくる者がいた。


「おおい? そっちのはゼブじゃないか? やっぱりだ、久しぶりだな! 戻ってきてたのか!」


 齢は四十くらいだろうか。

 ここにいる騎士の中では上の方だ。


「オラフさん、ご無沙汰しています」


 対するゼブはいつもの調子で挨拶をした。

 しかし、ゼブとの付き合いが長い俺にはわかる。

 これはちょっと恥ずかしそうなような嬉しそうなような感じだ。


「お前が、そうやってちゃんと挨拶してるところを見ると齢をとったのを実感するな。それで、騎士団に戻るのか?」


「私は、こちらのクルーズ様のご子息の護衛として来ています。ロムスに骨を埋めるつもりですよ」


「この子たちがあのクルーズの子か? そういえば口元がちょっと似てるか。ああすまん。自己紹介がまだだったな。俺はオラフだ。この騎士団では年長者ってことでまあ引退前に新人の教育みたいなことをしてる」


「オラフさん、お知り合いでしたか」


 ドミニクはゼブがアーダンにいたことは知らなかったようだ。

 まあ俺たちもなのだが。


「そうか、ドミニクは知らなかったか。こっちのゼブはもともとうちの騎士団にいたんだよ。なかなか言うことを聞かないやつだったが腕は立つぞ」


 話を聞いて驚いている。

 たしかに今の様子からは想像できない。


「その様子だと見学か?」


「ええ、一通り訓練の説明をしたところです」


 そう聞いたオラフは何か考え事をしているようだ。


「――そうか。なあゼブ、ちょっと頼まれごとを聞いてくれないか?」


「頼まれごとですか?」


「ちょうどお前向きの面倒ごとがあってな、その剣術の腕を借りたい」


 そういって問題について話し始めたのだった。

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