第50話 封建国家なので
事業を開始して一年が経過したころ、突如アーダン領主から呼び出しを受けた。
宛名はロムス代官クルーズの子、アインとカイルではなく、ロビンス商会の代表者としての俺たちだ。
その頃には安定稼働する馬車の設計は完了しており、先行量産型といっていいものが少しずつ生産され始めていた。
御者の人材についても克技館を中心に信頼できて腕の立つ者がぽつぽつ集まり始めており、俺たち以外にも運行本数が確保できるようになってきた矢先の話だ。
そうはいっても高速馬車の研究が終わったわけではない。
俺たちも日夜試作部品を満載した車両を駆って行路を行ったり来たりしていたのだが、ある日、ロムスに到着すると数日早く到着していたカイルから相談を受けた。
その内容が前述の通りである。
クルーズたちもこの話は知っていたようで、俺が到着したことでどうするべきかという結論を出すことにしたらしい。
とは言っても領主に謁見する以外の選択肢はない。
アーダン領主ゲオルグ・アーダンはクルーズの直属の上司にあたるし、俺たちはロムスの人間だ。
命令があれば断ることはできない。
俺の到着で会社の役員も全員揃ったのであとは準備をして領都に向かうことになる。
「僕が連れて行こうかと随分迷ったんだけどね」
クルーズは俺たち未成年の保護者なので引率自体はおかしなことではない。
しかし、ロムスの代官という仕事は街を離れるのにもそれなりに理由が必要になる。
呼び出しの手紙が代官事務所を通していれば話は簡単だったのだが、商会名義で来ている以上、引率のために領主からの命令である代官の仕事を離れるのは風聞が悪かった。
「それに、あの方の性格を考えると、今回は君たちに任せる方がうまくいくと思うんだ。ゼブ、この子たちを宜しく頼むよ」
「はい、御屋形様」
領主の人となりを知るクルーズには何か考えがあるらしい。
それでも、自分で面倒を見られないことを悔いているようである。
とはいえ保護者としてゼブをつけるなら護衛的な意味ではこれ以上無い状態だろう。
同行者である俺、カイル、ルイズと合わせればそこらの山賊一個師団くらいどうということは無いはずだ。
過剰戦力といって差し支えない。
今回、フヨウはロムス側の取りまとめとして残ってもらうことになっている。
これは、万が一にも異人種であることが貴族の不興を買わないようにという意味もある。
王国ではそういうことは少ないと思うが念のためだ。
他に礼儀作法について不安は残るが、行商を生業にすればこういうこともあるだろうと、最低限の礼節マナーは勉強してあるのでそれでなんとかするほかない。
同じ理由で礼服も一応用意してある。
ロムスに到着して間もない俺には慌ただしいことだったが、数日の準備の後に出発することになった。
「呼び出しの理由って何なんだろうね?」
「商会宛に来てるってことは王都ロムス定期便に関することなんだろうな」
封建社会であるこの国では、「うちのシマで好き勝手やってるらしいのワレ」みたいな感じで領主からいちゃもんを付けられることは珍しくはないのだが、そんなことにならないように仁義を切っていたつもりだ。
具体的にいえば商業ギルドを始めとして各所に話を通して挨拶してあるし、もちろん税だって納めている。
「お褒めの言葉を頂くということはないのでしょうか」
「どうかなぁ……、絶対無いとは言えないけど」
確かに、領都であるアーダンは俺たちの定期行路の中心に位置しているため、高速馬車のメリットを最も享受している街であると言える。
行路自体もその大半はアーダン領内にあるので事業自体はいい影響を及ぼしているとは思うが。
しかし俺たちは貴族から見れば一介の商人なのにわざわざ声をかけるものだろうか。
「あとは可能性があるとすれば父さん関係かな」
「御屋形様ですか?」
「何か父さんにやらせたいことがあるなら、こういう絡め手もあるのかもしれない」
ただ代官として仕事をさせるなら命令すればいいだけだが、そうではない『仕事』があるのかもしれない。
クルーズが表立って断るような。
そんな時に子どもに圧力をかけるとか最悪人質にとるようなことも無いとはいえない。
ただ、出発前のクルーズの様子を見るに、そういった性格の人物ではないように思えるのだが……。
「話を聞いてみるしかないか……」
生殺与奪の権利を握られているので、なるようになると開き直れないのがつらいところだ。
アーダン城。
そこは戦争になれば籠城もありえる様な強固な砦城だった。
領主の居住地というのは地域によってまちまちで、庭の大きい屋敷くらいの規模のものから、今目の前にそびえるような城までいろいろあるそうだ。
アーダンは高位貴族の納める裕福な地なので国内でも有数の大きさなのではないかと思う。
ここ数年、この街には幾度となく立ち寄ってきたので城自体は飽きるほど見てきたが、中に入るのは初めてだ。
物々しい城門の前で呼び出しを受けたことを伝える。
この日、面会を行うこと自体は数日前にこの領都に到着してから調整していたのでスムーズに中に入るように言われた。
結構丁重な扱いなので、いきなり拘束されるようなことはなさそうだ。
場内に入る前にあるそれだけでちょっとした家ほどの大きさがある建物の中で待たされる。
ここで待っている間に謁見の準備が行われるのだろう。
呼び出しを受けて会うだけでこの手間だと思うとちょっとげんなりする。
幸い、大して待つこともなく場内から呼び出しがあった。
先方も受け入れる体制ができていたのだろう。
連れていかれた部屋は豪華な応接室といった感じの部屋だった。
さすがに謁見の間があるわけじゃないのか。
王都のギルド本部で見た応接室を広くした感じで雰囲気は良く似ている。
上座のソファに四十代くらいの精悍な顔つきの男性が一人座っており、その後ろには壮年の家令と思わしき人物が控えていた。
「よう、よく来たな。俺がアーダン領主ゲオルグだ」
どうやら、ソファの男性はご当主本人だったようだ。
確かに聞いていた風貌と一致する。
俺たちは全員膝をついて頭を垂れる、敬礼だ。
「ロビンス商会代表アイン・ロビンスとカイル・ロビンス、ルイズ、召喚に応じ馳せ参じました。後ろのゼブは我々の後見人です。何分未成年者ですので身分を疑われることもあるかと思い、同行しています。どうかお許し下さい」
「ああ、ゼブのことは俺も知ってる。そのままだと話しにくいからとりあえず座ってくれ」
お言葉に甘えてソファにあがる。
背は伸びているはずだが、いまだにこういうところだと足はつかないままだな……。
ゼブとルイズはそのまま俺たちの後ろに控えて立っている。
「しかし、早かったな。ロムスに使いをやって半月と少しくらいだろう。お前たちは行商を自分でやってるって聞いたから、話が伝わるのにもう少しかかると思ったが。やっぱりこれも噂の高速馬車の効果か?」
普通なら往復で最低二週間はかかるので二十日足らずでやってきた俺たちはかなり早い方なのだろう。
実際にはそのうち半分近くはロムスでの準備期間なのだが。
「わが商会の馬車を使用したのは事実ですが、それだけではありません。折良くみながロムスに集う時期でした。閣下をお待たせせずに済んで僥倖です」
その後も、主に俺たちの馬車に関する会話が続く。
これは俺たちにとっても話せることの多い話題なのでどうしても会話が弾む。
相手の立場を考えて話さないと思わず失言してしまいそうだ。
「――ということは乗り合い馬車への利用は難しいか」
「仰る通りです。この馬車の速度は突き詰めると軽量化と軽抵抗化によるものですので人を多く乗せるとその効果をうまく発揮できません。現時点では成人男性四、五人あたりから急速に巡行速度が下がり始めます」
技術の多くは既に段階的に公開を始めている。
領主様からお金をもらっているわけではないが、これくらい話すのは手土産の一種と考えてもいいだろう。
この話を聞いた領主様はなにやら考え事をしているようだ。
もしかしたら、うちの馬車を人員輸送手段へ使うことを考えていたのかもしれない。
例えば、アーダンには精強な騎士団があるので素早くローコストで人員を展開できるなら軍としてはかなり有効な戦術になるだろう。
新しい技術が出来れば軍事に利用されるのは当たり前のことなのだろうが、あまり嬉しい話ではないな。
「――使えないものは仕方がないか。ところで、お前たちは行路を増やす予定はないのか?」
「しばらくは王都、ロムス便の安定化と便数の増加に努めます。ゆくゆくは他地域も考えてはいますが」
「具体的にはどのあたりだ?」
「まずはテムレスです。ロムスから広げられるので整備施設がそのまま使用できますし、距離も手ごろですから」
「港と大都市を押さえているから次は隣の国か。順当なところだな」
テムレスまでの道はすべてアーダン領内なので領主としてもメリットのある話のはずだ。
「もしも――」
そこで、ゲオルグの目が鋭くなったように感じた。
「――俺が、お前たちの事業を他領でやるな、と言ったらどうする?」
この感じは商談をしている時のアルバン伯父さんに近いような気がする。
わざと人に判るように殺気を放つ。
考えてみれば二人は似たところが多いように思う。
この人も剣術の修練を積んでいるのかもしれない。
しかし、この殺気はわざとらしさ故に本気ではない。
殺気というのは恐ろしいものだが、本当に殺すつもりのないものは慣れればわかるものだ。
そして師匠の元で修行をして魔物と対峙してきた俺たちにはそれがわかる。
ルイズも多少緊張しているものの、戦いに入る態勢になっていないのはそれが理解できているからだ。
どうせ、俺たちの答えは決まっているのだが。
「……閣下がそうおっしゃるのであれば」
「……ほう、思ったより簡単に引いたな。俺が本気で言っているのはお前たちにもわかったんじゃないか?」
それはどうだろうか。
この人はそういうプレッシャーを交渉の道具に使っているだけのような気がする。
「我々はロムス、ひいてはアーダン領の民ですから、ご命令に逆らう理由がありません。わがままで父の立場を悪くするつもりもないのです」
「あまり面白くない答えだな。他に何か言うことがあるか?」
関心を失ったかのように話を納めに入った。
マナの動きを見るにこれもブラフだな。
「ただ、個人の推測を述べるのであれば、当社の事業を領内に収めるのはアーダンにとっては良い手とは言えないでしょう」
「俺の考えが間違っていると?」
「……続けさせていただきます。我々の事業はこれまでの馬車の運行が技術の進歩によって高速化できることを広く知らしめてしまいました。すでに他領でも高速馬車の開発を進めているはずです。実際に我々が技術の一部を販売した商会もありますからこのままでも遠からず同じ事業を始めるものが現れるでしょう。そうしていつかアーダン領の優位性は失われます。自分たちでもできていることなら他の地域に関心はなくなりますから」
「なら、事業の展開を許すならどうなる?」
ゲオルグの顔に僅かに好奇心の色が入る。
こちらがこの人の本当の姿なのだろう。
「技術は広く周知し、競争することでより大きく成長します。我々の事業を広く展開できるなら、領内に限定してしまうよりずっと長い間、この業種の最先端がアーダン領にある当商会だと知らしめて見せましょう。他領の者も、実際に早く目的地に到着する馬車を見れば理解せざるを得ませんから。こうすれば、僅かな優位性にすがる必要なく、アーダン領が高速流通の一番手ということになります」
かなり吹かしているように聞こえるはずだが自信はある。
となりでもっと早い馬車を見せつけられれば誰だって気にするだろう。
やりたいこと試したいことなんていくらでもあるのだ。
そう簡単に他の商会に追いつかせるつもりはない。
逆に一般化した技術のブラッシュアップは他の事業者に任せたいところだが。
そもそも、ゲオルグ自身もこの解答を求めていると思う。
「大きく出たな。今から技術を独占して他に漏らさないようにするならどうだ? アーダンが一番ってことになるんじゃないか?」
「隠しても無駄でしょう。これまでできなかったことができるようになると示されたら、試さずにいられないのが職人です。もう堰は切れてしまったのですよ。当商会に関係なく、これからは大陸中の技術者が流通の活性化のために尽くすことでしょう」
そこで、ゲオルグは再度態度を変えた。
今度は好奇心を隠さない。
年齢にそぐわない子どものような顔だ。
「――そこまでで充分だ。俺を相手にたいした大口だよ。しかもその顔だとやり遂げる自信があるんだな。そりゃあ自由にやらせる方が結果を出すだろう。しかし、ゼブ、お前のところの上司は大した息子を育てたもんだな」
それまで後ろで黙って話を聞いていたゼブに話しかけた。
どうやら、この問答は最初からクルーズとゼブには想定されていたものの様だ。
上手く乗せられてしまったな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます