第39話 真相
今、俺たちは古ぼけた一軒の建物の前に立っている。
ここに、アイン会派について知る人間がいるはずだ。
あけ放たれた入口から中へ向けて歩みをすすめる。
その建物には同じように古ぼけた看板がついおり、大きな字でこう書かれていた。
『ラーム術具店』と。
ゴードンさんから話を聞いた時には唖然とした。
お前だったのかよ、と。
確かにフヨウの言っていた術具店まわりで人の出入りが多くなっているという話とも一致する。
とはいえ、話を聞かずに本当のところはわからない。
それにアイン会派が秘術解放運動に関係しているかどうかは依然不明なままだ。
……どうか関係ないままであってくれ。
「コレン先輩います?」
「んー、ああ、アインか入ってちょっと待っててくれ」
そういったコレン先輩はしばらくして工具をカチャカチャ言わせながら出てきた。
「よう、この間話してた件、図書館に寄稿しておいたぞ。やっぱり試して見たらいけるな、術具の共振。これをうまく使うと相当コスト下げて魔術具を作れるかもしれないな。今、色々試作してるところだ」
「ええ、読みましたよ。こればっかりは結構な数の魔法石がないと確認できないので、助かりました。制御が安定してきたら、ちょっと試したいことがあるので相談させて下さい。それと、今日来たのは別件なんですよ」
「お前また厄介ごと抱えてるのか、懲りないな」
コレン先輩は俺の失敗をよく見ているので含蓄のある言葉だ。
ただ、今回ばかりは苦笑せざるをえない。
「いえ今回は、先輩の話なんです。以前、ゴードンさんと話をしたのを覚えてますか?」
「ゴードン? ゴードンっていうと魔杖売ってるゴードンか? あいつなら術具を卸してるのはうちだから、そのときによく世間話をするが」
魔杖とはそのまま、魔術師が使う杖のことだ。
一般的にほぼすべてが術具なので目が飛び出るほど高い。
ゴードンさんは魔杖関係の仕事の人だったのか。
「そのゴードンさんとアイン会派について話をしませんでしたか?」
「あ、ああ、たしかにそんな話をしたな。なんだ、勝手にそういう話をして怒ってるのか?」
「たしかに、ちょっとまずそうな感じにはなってるんですが、今回の目的はまず確認です。アイン会派って何なのか、どこでその存在を知ったのか教えて欲しいんです」
「……ちょっと勘違いがあるみたいだな。俺はそのアイン会派については何もしらないよ」
「でもさっき!」
「最後まで聞けって。あのときゴードンはな、ちょっと自分の仕事でうまくいかないところがあって俺は相談に乗ってたんだ。で、話してるうちにいい解決法方が見つかった。俺が提案した技術がもとだったんで、ゴードンが「秘術じゃないのか?」って聞いて来たんだよ。だから、「この技術なら最近、学院の図書館に寄贈されてたよ」って伝えたら、どこの会派がっていうんで、「強いていうなら研究共有派のアイン会派かな」って伝えたんだよ。実際アインが書いた論文がもとだったし。その様子だとゴードンは適当に言ったことを誤解したみたいだな。本人のところまでこんな話が及ぶと思ってなかったよ。すまん」
……おお、膝から崩れ落ちそうだ。
脱力した俺を心配したのかルイズが横から支えてくれようとする。
大丈夫だから、ありがとう。
他に勘違いをうむような話がないか確認してみたが、不幸中の幸いというかなんども吹聴したような冗談ではないようだ。
そこまで話を聞いてから店を後にした。
今回の調査においてキーワードになる可能性のあったアイン会派について、これで一応の決着がついたことになる。
あとは多少の裏付けをとればだいたいOKだろう。
少なくとも、俺の名前を使って政治的な運動をしている人間はいないようで安心した。
そして、もともとの依頼である秘術解放運動についてだが――
「これまでの調査結果から、一つの仮説が出来上がるね」
「ああ」
カイルの発言を肯定する。
おそらく俺と同じ推察をしていることだろう。
「ことの起こりは図書館への論文寄贈の増加だった、たぶん兄さんの研究の蓄積が原因の」
このあたりは非常に苦い気持ちだが、因果関係を証明するほどではないので無視することにする。
「その論文を参照した人達が研究を共有することの重要性に気が付く。その人達の中には遠い地域の人達が含まれていた」
コレン先輩にも確認したが、技術系の魔術師は他地区への出張も多いらしい。
図書館の蔵書についても最近はよく話すそうだ。
魔術院の図書館は部外者でも魔術師で身分を証明できるなら利用が可能なので実際に利用しているらしい。
「その人達が自分の居住地でも同様の知識集約を行おうと秘術解放をうたって活動を開始した。目標は王都の魔術院の図書館だと言って」
この場合、秘術解放運動とは自然発生的かつ非暴力なただの学生運動ということになる。
「それが、他地区でハーガンさんの関係者の耳に入ったってところか。固定観念にとらわれるのは危険だけど、一応このケースで矛盾が出ないかは調べることになるだろうな。問題は明日の報告でどこまで話すか、だな」
「事実をそのまま話すのがいいんじゃないかな。仮説はまだ裏付けのとれてない段階だし、ハーガンさんの知ってることを聞いてからでも遅くないと思う」
魅力的な提案だな。
どの程度話すかはともかく、不確定情報をある程度排除して報告するのは賛成だ。
「それで行ってみるか」
アイン会派はこのあたりでゆるやかに消えていって欲しい。
ハーガンさんと打ち合わせのためにギルド本部に向かった。
この間と同じ応接室だ。
しかし、ギルドを完全に私用に使ってると思うんだが、影響力ありすぎじゃないですかね。
この間と一つ違う点は、何人かこの応接室を監視しているような位置に人がいるところだ。
マナ感知で筒抜けなのだが。
ギルド内にいるので怪しい人間ということはないと思う。
何か状況に変化があったのだろうか。
念のため警戒しておこう。
少し早めに来たつもりだったが、以前と同じようにハーガンさんは先に来て待っていた。
今回は二十歳くらいの青年も一緒だ。
なんだかわからないが嬉しそうにニコニコしている。
俺の訝し気な視線に気が付いたのか、早速ハーガンさんが青年について紹介を始めた。
「この者は本件で動いているものの一人です。今回は情報共有のために同席させて下さい」
依頼人が関係者だというなら彼について反対するつもりもない。
「ええ、わかりました。中間報告の前に、この応接室を監視しているものがいるようなのですが、そちらについては把握されていますか?」
二人とも驚いた顔でこちらを見る。
「え、ええ、ギルドの職員がこちらを確認しているはずです。この部屋を借りる条件でして」
ハーガンさんが説明する。
変な説明だな、この前はいなかったと思うし。
警戒度一段階アップだ。
ハーガンさんが把握しているのなら始めるしかないか。
「ご承知のようですので、報告を開始したいと思います」
「よろしくお願いします」
「今日までで確認された情報ですが――」
客観的に事実となる部分を一通り説明する。
「――以上のことから図書館を情報交換の場とした痕跡はなく、特定の個人、団体が扇動している事実は確認されませんでした」
「なんと、前提から見直す必要があるということですか……」
「先ほどの報告通り、他の都市では頂いた情報と同様の認識が確認されています。こちらの入手元も別の都市からということでよろしいでしょうか?」
「確かに、本件は外部からの情報をもとに調査を開始しております」
「やはりそうでしたか。これまでの調査内容はこちらに要旨をまとめてありますので必要でしたらご参照下さい。それと今後の調査方針についてですが、これまでの調査内容の裏付けと妥当性の検証に重きを置いたものを考えています。また、こちらについては我々以外の人員による確認も推奨します。どうしても我々だけでは捜査が一面的にならざるを得ませんので」
魔術院に限らない部分が多いので、他の冒険者でも情報は集められるだろう。
そこで、それまで黙って話を聴いていた青年が要旨を見ながら言った。
「この報告によると扇動を行った人間や団体は居ないが、王都には運動の発端となるものはあるということに……なりそうですね?」
「はい、備考に記載していますが、近年の論文寄稿件数の増加は他都市の人間にとって強い影響を与えうる変化だったようです。事実、王都を訪れた一部の技術者は頻繁に図書館を訪れて論文を参照しています。このあたりはあくまで原因の一部だと考えていますが」
「だとすると、論文の寄稿数増加の原因があるのでは……ないですか? あるいは、そこに中心人物がいるのでは?」
完全に行ったらだめな方に話が向かっている。
しかし、さっきからこの人なんでこんなに話しにくそうなんだ。
「……ここからは推測を交えたものになります。ここ数年で新規に寄稿された論文はほぼすべて目を通していますが、特定の人物がなんらかの意図をもって投稿している様子はありませんでした。もしも符号の様なものを隠しているのなら大がかりすぎであるように思います」
そこで、青年は突然吹き出して笑い始めた。
ハーガンさんは青い顔をしている。
「すまぬ、普通の話し方というものになれていなくてな。どうやら市井の敬語というものは私の知るものとは異なるようだ。悪いがここからは普段の話し方でいかせてもらおう。アイン、そなたはその齢で近年投稿された論文のほぼすべてに目を通しているという。何か隠していることがあるのではないか?」
なんなんだこの人。
ハーガンさんの方を向くと何かを諦めたように、
「アイン様、どうかお答え願います……」
とだけぽつりと言った。
ここが観念のしどころか。
「投稿されている論文の増加は私の論文寄稿開始とほぼ同時期です。私は寄稿数がかなり多い方なのであるいはそれに刺激を受けて投稿を始めた者もいるかもしれません。それを呼び水として図書館の利用者が増えた可能性はあります。客観性はありませんが」
そこで青年は我慢できないという風に笑い始めた。
「……くくくっ、ははは、ハーガン、お前、「私は調査には向いておらぬようです」などと申しておきながら、こんなに早く核心にたどりついていたではないか! どこの隠密もここまで適切に人探しはできんぞ! つまりアイン、そなたこそが秘術の楔を抜いて魔術の世界に変革をもたらした者その人ということだな!」
「申し訳ありませんでした、アイン様、事前にお話しするわけにはいかなかったのです。この方は――」
「良い、私自ら名乗り聞かせよう。私はクラウス、クラウス・デムラ・ウィルモア。この国の第六王子。どうあがいても継承権はまわってこないだろうから未来の公爵といったところだな」
王族!?
急な展開について行けない。
完全に置いてけぼりである。
しかし、このままではまずい。
取り急ぎ片膝をついて首を垂れる。
おそらく間違った対応ではないはずだ。
師匠に話を聞いていてよかった。
一緒にいたカイルとルイズもすぐにそれにならう。
まわりの人間は監視者ではなく護衛だったのか。
「面を上げて先ほどのように立ち上がり話を続けよ。ここでは私はただのクラウスでないと困るのだ。名乗ったのはお前たちの仕事に対して礼をとったにすぎんよ」
「アイン様、そのようにお願い致します」
迷っていた俺たちはハーガンさんの声にゆっくりと立ち上がる。
「……詳しくお話を聞かせ願えますか」
「そう大したことではない。すでに伝えてあった通りよ。秘術解放運動の中心人物を探しておった。お前たちが知らなかったのは私が依頼者だということくらいだな」
「なぜ、このような場に?」
「ハーガンが子どもを雇ったというのでな。何をおかしなことをと思って様子を見に来たのだが、結果は護衛にも気が付くほどの腕であった。その上目的の人物自身を見つけてくるとはな。仕事を疑ったことを謝らねばなるまい、これはハーガンに慧眼があったな。」
嬉しそうに言う。
「恐れ多いことでございます」
「……私は秘術解放運動というものに関与したつもりはありません。また、私の行動だけが運動の発端となったとは考えられません」
「それならそれでよいのだ。むしろそのほうがよい。民が民の想いによって剣以外の方法で変革を起こそうというのだからな。私はこの秘術解放運動というものを外遊先で聞き及んで驚いたのだ。人を傷つけず、取り込むことであの偏屈な魔術師共に泡をふかした者たちがいるという。此度の変革で利を得たものは傷ついたものと比べてはるかに多い。その根源が私のひざ元である王都にあるというのだ。どうしても気になって、ついハーガンに無理を言って調べてもらったのだ」
言ってることを聞くかぎり名君っぽいのだが……、このひとの発言ひとつで俺だけでなく一族郎党首が飛ぶからなぁ……。
「承知いたしました。依頼についてですが、先ほど申し上げた通り裏付けを中心とした捜査を行うことでよろしいでしょうか?」
「よい、そのあたりのことはこれまで通りハーガンと進めてくれ。それが一番であろう。論文の寄稿も可能なら続けて欲しいところだな。今回の件は非常に興味深い話だったぞ」
そんなに不興を買っているわけではないらしい。
調査にがんがん口を出すこともなさそうなので少し安心した。
「勿体なきお言葉です」
膝をつかずに略式の礼だけする。
「うむ、私はこのあたりにしておこう。ハーガン、後は任せる」
「仰せのままに」
満足げに頷いて応接室を後にしたのだった。
ぞろぞろと監視改め護衛の人達が後をついていく。
緊張で死ぬかと思った……。
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