第40話 祝う理由があるのなら(上)
「此度(こたび)のこと、改めてお詫びします」
俺たちだけが残った応接室で、ハーガンさんは開口一番に謝った。
「いえ、依頼者が身元を隠すのは普通のことです。特にクラウス様の様な立場であれば当然のことかと。それよりも、ハーガンさん、いえハーガン様も貴族でしょう。どうかそのようにこちらを立てる扱いを止めて下さい」
「お心遣い痛み入ります。しかし、私の家はもともと消え入りそうな宮廷貴族。クラウス様に拾って頂いていなければ残ることもなかった家名です。クラウス様はみなさまのことを大層お気に入りの様子。どうか私にできる礼をお許し下さい」
そんなんめちゃくちゃやりにくいじゃないですか。
そういう本音を言うわけにもいかず、とりあえず受け入れることにする。
「ハーガン様が望まれるのであれば異存はありません」
「ええ、よろしくお願いします。それでは依頼の話に入りましょう」
それが本題だったはずだよね。
「はい、こちらといしては先ほど報告した通りです。想定と異なることが多すぎたので方針の変更もあるかと思いますが」
「いいえ、本心を言えば今回の依頼はクラウス様が満足された時点で達成されております。予定されていた期間には余裕がありますので今回の報告の細部を確認して頂けさえせすれば充分でしょう」
「わかりました。とはいえ、先ほどの話は俺たちの推測の域をでません。できるだけ事実を報告できるようにしますが、必ずしもご期待に添えるかはわかりません」
この言い訳の言葉で、嵐の中間報告はやっと終わりを告げることになった。
その後の調査でも仮説を覆すような情報はなく、もちろんアイン会派が暗躍した事実が出てくるようなこともなかった。
俺が知らないのだから当たり前だが。
この件については調査のついでにコレン先輩とゴードンさんに言い含めて話が広がらないようにお願いしてあるのでじきに鎮静化するだろう。
一方で、王都における秘術解放運動はゆっくりと活発化していっていることが確認されている。
他都市から情報が入るにつれ、王都の魔術師もそれに迎合するようになったのだ。
変な話だが、王都で生まれたと言われている運動がやっと王都に辿り着いたことになる。
図書館の寄稿論文書庫は常に多くの人が足を運んでいる。
また、論文書庫に入る権利を得るための論文投稿も急激に増加しており、図書館は忙しそうだ。
以前から計画していた査読担当者の増員や書庫の増設などを前倒しですすめる予定のようである。
このへんにはどうやらクラウス殿下の働きかけも関与しているっぽい。
個人的には査読担当者の増員は丁寧にやってもらえればいいなと思う。
何事も急な変化は傷を残す。
ゆっくりやっていけば一番良いのだ。
「――以上が、本調査の報告となります。詳細はこちらに」
「はい、確かに受領致しました。アイン様、ルイズ様、カイル様、今回の調査は本当にありがとうございました。クラウス様より伝言を仰せつかっております。「此度の調査、大儀であった。報酬と評価は期待しておけよ」とのことです」
どうやら、ちゃんと依頼を果たせたらしい。
最後までハーガンさんは俺たちに様付けだったな……。
「こちらこそ、当初の依頼と離れた報告になってしまいすみませんでした」
「これ以上満足いく結果は想定していませんでしたよ。最後に、こちらは依頼とは関係ないのですが良ければ質問させて頂いてもよろしいでしょうか?」
短い付き合いだが、ちょっとハーガンさんっぽくない発言だなと感じた。
「なんでしょうか?」
「アイン様はなぜ、ここまで数多くの論文を投稿をされたのでしょう? 他の魔術師のようにご自身で独占することもできたはずです」
「……俺が知ったことをみんなが知るべきだと思ったからです。俺はしょせん一人の人間ですから、研究から何か学びがあってもそれだけです。知識と技術は広く共有して育て上げて初めて形を成しますから。ただ、俺個人はすべての技術を共有するべきだとは考えていません。ときに危険なものが秘匿されるのは当然のことです。だから他の会派と対立するつもりなんて元々ないんですよ」
このあたりは念を押しておいた方が良さそうだ。
変に担ぎ上げられても困る。
「先ほどの報告書には、備考として公開されたアイデアを守り、秘匿する権利を維持するための考察を記載しています。良かったらご参考下さい」
いわゆる特許管理の枠組みにあたるものを考察という形で提案してある。
権力者であるクラウス殿下ならうまく使えるかもしれない。
「……そのお答え、感服致しました。すでに依頼達成の手続きは済んでおります。改めてありがとうございました」
そういって綺麗に一礼してからハーガンさんは退室していった。
どうやら今回の報告書は依頼の評価には含まれないらしい。
結構頑張って書いたんだけどな。
ギルド本部では受付業務を行っていないので、一度支部まで向かうことにする。
ちょっと面倒だけどね。
すでに依頼達成の手続きは行ってあると言っていたのでもう報酬を受け取ることができるはずだ。
「ルイズです。達成した依頼の報酬を受け取りに来ました」
「はい、報酬の受け取りですね、少々お待ち下さい」
しばらく待合で時間をつぶしてから呼び出しを受ける。
「お待たせいたしました。こちら依頼の評価になります。えっ!? 失礼しました……、特命指名依頼、……評価特優 報酬は金貨三枚になります。こちらの依頼達成により、ルイズさんは……五級より三級へと昇級しました。おめでとうございます……。報酬は金貨となりますので後日受け渡しか貯蓄となりますがいかが致しますか?」
飛び級しとる……。
そんなの聞いたことないぞ。
冒険者になって一週間でルイズがベテラン冒険者扱いになってしまった。
それに、報酬も聞いていた倍くらいある。
ボーナス多すぎだろ。
これだけで一年くらい普通に暮らせるんじゃないか。
「全額貯蓄でお願いします」
そんな大金を持ち歩けないのでとりあえずルイズの口座に保管してもらう。
期待していいってこういうことですか殿下。
王族のやることはスケールが違うな。
横紙破りすぎだろう。
この世界は法学や倫理的にはまだまだ発展途上だ。
そんな世界の封建国家であるウィルモアにおいて、貴族、そして王族の持つ力は絶大だ。
慎重に距離をとっていかないとクラウス殿下のようにみんなが話の通じる相手とは限らない。
クラウス殿下に話が通じたかどうかも疑問ではあるが。
ともあれ、平民の俺たちは気を付けよう。
冒険者活動も考えながらやった方がいいな。
変に等級を知られるとどこでいちゃもんを付けられるかわからん。
十年単位で目立たない依頼を狙う方がいいかもしれないな。
師匠の例もあるし、大人になれば少しは受け入れてもらえるだろう。
まわりが今回の依頼の話を聞いていないことを願いつつ、そそくさとギルド支部を後にした。
そういえば、もう一つ仕事が残っていたな。
「これが約束の論文だ。待たせて悪かったな」
「おおお、先輩、これ例の紙錬金術のやつですか? これ読みこめば支給用紙の残数を気にせずに記録が残せる! 去年かなりやばかったんですよね。今年は色々やれるぞやったー」
喜んでもらってなによりだ。
そこまできっちり使ってもらえれば配布した学院も本望だろう。
俺だって必要なところでは広まって欲しいから論文を寄贈しているのだ。
きな臭い話を聞かされるよりこっちの方がずっといい。
「お前、橘花香から結構給金貰えることになったろう? 学院の用紙くらい購買で買えるんじゃないか?」
「それはそうなんですけど、何事にも先立つものが必要じゃないですか。とりあえずある程度は貯蓄にまわしておかないとなって思うんですよ。去年はそもそもお金なかったですしねー。初年次はなかなか仕事にもありつけなくて困りました」
結構苦労していたらしい。
まあ、散財よりは貯蓄という考え方は支持する。
「なら橘花香の紹介も悪くなかったな。仕事の調子はどうだ?」
「こき使われてますよー。かと言って仕事減らすとクリスタルガラス争奪に遅れをとりますからね。頑張ったらお給金貰えるのもあるし、結局がっつり通ってます。同期のやつらも結構ガラス狙ってますし負けてられないですね」
新しい人間関係を構築しながらうまくやっているらしい。
感心な後輩にはもう一つご褒美をやろう。
「お前、飯は基本学内で食ってるよな。どっか食いに行こうっていったら来るか? 奢るぞ」
「!? なんですか先輩、そういう喜びを一気に持ってくるの止めましょうよ、落差がきつくなるじゃないですか。こう、こまめに間を空けて良い話を持ってくるのを推奨します!」
「今度にしろっていうなら、そのうちまた誘うが……」
「言葉の綾です先輩。行きましょう、今日の夜行きましょう。やった、久しぶりの寮でも学食でもないご飯、楽しみだなー、泣きそう」
「なら今日な。そんなに喜んでくれるならちょくちょく誘ってやるから食いに行けばいいだろ、安くていい店教えてやるからそのときは自分で払えよ」
「……稼いで食べる、お金にそんな楽しみ方が。それ良い案ですねいきましょう。でもとりあえず今日は奢って下さい楽しみにしています」
「この間臨時収入があったからな、今日は好きな物頼んでいいぞ。ちょっといい店連れていってやる」
「おおおおお。先輩太っ腹ー」
この表現ってあんまり嬉しくないよな、まあ日本語とは若干違うんだが。
概ね同じ意味なのがつらい。
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