第38話 捜査と日常と

「ルイズ先輩お久しぶりです」


 メイリアの挨拶にルイズが「おう」という感じで片手をあげて答える。


「そんなに久しぶりだったか?」


 お前、数日と置かず顔出してないか。


「ひと月ぶりくらいです。彼女も調査に協力を?」


 なんでそんなにすれ違ってるんだ。


「調査ってそんな大ごとなんですか?」


「それは調べてみないとわからん。ルイズ、こっちでわかりそうなことはだいたい確認できたから様子を見にきたんだ。こいつ、暇らしくてついてきたんだけどあんまり気にしないでくれ」


 メイリアも「そうそうお気になさらずー」とかなんとか言って後ろに下がる。

 ルイズも「そうですか」とだけ答えて続けた。


「図書館の様子を確認しましたが、いつも通りですね。一般書庫も寄稿論文の書庫も何人か使用しています。司書の方に情報交換について確認しましたが、それらしい動きは確認されていません。もしかしたら符号を利用した連絡を取り合っているかもせんが、わざわざ図書館で行う理由がわかりません」


「図書館で、っていうならやっぱり外部の人間を排除するためかな」


「そんなことするくらいなら学院に申請して部屋を借りるんじゃないですか? しかし、本当に探偵みたいなことしてますね」


「……お前、本当は話に混ざりたいんだろう。まあ言ってることは最もだな。少なくとも表立って図書館を活動拠点にはしていないと。あとはカイルの話を聞いて情報を整理してみるか。なあメイリア、例の勉強会、俺たちも参加できるか?」


「ゆるい会ですし大丈夫なんじゃないですか。先輩お得意の錬金術の話をしたらウケると思いますよ」


 俺の特技は錬金術ということになっている。

 本当に金を作ったりはしないので、あんまりメジャーな分野というわけでもなく他に使う人間に会ったことはない。


 今日はこんなところだろう。

 道場の時間もあるし調査を切り上げることにする。

 メイリアに明日、橘花香を紹介する約束をしてその場を離れた。




「少数だけど、秘術解放運動について知ってる人はいたよ。最近学術都市を経由してた人が多い印象だね。もう少ししたら王都で知ってる人も増えていくかも」


 道場の休憩中にカイルの話を聞く。


「変だな、ハーガンさんの話だと王都が活動の発端だという予想だった。だけど、確認してみると学術都市の方が話が広まっている。ルイズの調査結果では学院の図書館でもそれらしい動きはないし、思っていたのと違うな」


「そこなんだけど、話を聞いた人たちは「王都のやつなら知ってるだろ」っていうんだよ。彼らの知ってる話だと王都から広まった運動らしいよ」


「情報が錯綜していますね。どこかで勘違いがあるように思います」


「俺もそう思う。現状わかっているのは、


・秘術解放運動は存在が主に王都以外で認知されている。

・外部の人間はその運動の発端が王都だと思っている。

・当の王都ではそれらしい運動は確認されておらず、認知もされていない。


 ってところか。これだけだと本当に不明だな。もしかしたらハーガンさんは他所の地域の情報をもとに調査を開始したのかもしれない」


「兄さんの方はどうだったの?」


「明後日、アイン会派について発言した人物に会ってみる。現状ではなんともいえないところだな」


 現時点で言えることは他にはない。


「明日は今日の内容をもとにもうちょっと掘り下げてみるか」





 結論から言えば翌日の掘り下げではあまり成果は得られなかった。

 特に図書館では変わった部分は見られず、細部を調査しても符号のようなものも見つからなかった。

 仮にここを使っているのならば利用者は相当気を使って情報交換を行っていることになる。

 依然として寄稿論文の書庫には一定の利用者がおり、他の人間に気付かれずに連絡をとるのは難しいように思われた。


 冒険者ギルドでの秘術解放運動の調査は少しだけ新たな情報を得ることができた。

 学術都市ラタン以外でも活動が確認されたのだ。

 本当に汎大陸的な運動が存在しているということになる。

 また、細部について聞き取りを行ったところ、各会派はその運動を嫌っているものの、今のところ明確な衝突は発生しておらず極めて平和的なものとして認識されている。

 これは会派に所属する人間にも秘術解放の恩恵を受けているものが少なからずおり、穏健派として緩衝材の役目を担っているからではないかという話だった。


一方、もう一つの予定であったメイリアへのお仕事紹介はというと、


「え、ここって橘花香じゃないですか。仕事を紹介するとか言ってデートに持ち込む手口ですか? 先輩知ってるんですか、ここって結構高位の貴族が予約しないと手に入らないようなものバンバン扱ってるんですよ。そこらの子どものお小遣いで買えるものなんて置いてないですよ。でも演出が予想外だったので評価は〇です」


「落ち着け、子どもでも買えるものも売ってはいる。それに本当に仕事を紹介しに来たんだよ。ここは俺たちの伯母さんの店なんだ。最近人手不足でな、お前の得意そうな仕事が沢山ある。魔術師としては少ないかもしれないが、給金も結構出るはずだ」


「え、本当にお仕事あるんですか。仕事先はあの橘花香とかちょっとおしゃれじゃないですか。あ、従業員はクリスタルガラスの香水とか貰えたりしないかな」


 発売当時ほどの爆発的な人気ではないが、今でもクリスタルガラスは主力商品で、仕入れただけ掃けていく。

 橘花香のトレードマークのようなものになっている。


「勤務評定がよければ貰えないこともないな」


 三か月ごとに評価の良かった従業員にクリスタルガラスの香水が送られている。

 激務の時に従業員へのご褒美代わりに始めたこのシステムはかなり好評で、今では完全に定着している。

 女の子はあんまり使わずに保管していることが多いようだ。

 男性従業員が想い人に送って結婚に漕ぎつけたという微笑ましいケースもあった。


「俄然興味がわきました。気合入れていきましょう!」


 やる気なのはいいことだ。





「フヨウ、昨日言ってた新人候補を連れてきた」


「君がそうか、私はフヨウだ。名前を教えてもらえるか」


「メイリアです。若輩者ゆえ至らぬこともあるかと思いますが、精いっぱい頑張りますのでよろしくお願いします」


「ああ、よろしく頼む。早速だが今から入れるか。そっちの伝票の検算をお願いしたいんだが」


「採用面接とか試験とかはよろしいんですか?」


 控えめに問うメイリア。

 こういうメイリアは珍しいな。

 俺もそのへん気になるけど。


「アインが連れて来たんだ、信用できるだろう。話は聞いているかもしれないが、今ちょっと人手が足りなくてな。新人を入れてるんだがすぐに仕事ができるようになるものでもない。伝票を作らせてはいるが確認する人間が欲しかったんだ。そろばんはこれを使ってくれ」


 納得いってるのかいってないのか、少なくとも忙しいのはわかったらしくメイリアが伝票を手に取る。

 思った以上にフヨウが俺にプレッシャーをかけてきたのでそのままにしておくわけにもいかなくなってしまった。

 メイリアが慣れるまで手伝うか。


 ということで隣の席に座って検算を始める。

 これくらいなら暗算でもなんとかなるだろう。


「あー、新しい人入ってる! アイン君が連れてきたの? 助かる! 今、お姉ぇまでベルマン商会の方に行ってて大変だったの」


 エレンは忙しくても元気だな。

 ベルマン商会の方も今は大変なはずなのでカミラ姉さんの出向は納得だ。


「ああ、読み書きは一通りできるはずだからうまく使ってやってくれ」


「(先輩先輩、お姉ちゃん系の人がモリモリ出てくるんですけど、先輩姉キラーなんですか?)」


 伝票に目を向けてそろばんをはじきながらメイリアが聞いてくる。

 器用だな。


「(親戚の店だって言ったろ、みんな家族だよ。)ここ間違ってるぞ、税額が別だから気を付けてな」


「あ、本当ですね。っていうか先輩なんでそろばん使わずにわかるんですか。(先輩妹さんも居ますよね。女系家族すぎません?)」


「(それはカイルもだろ。)伝票の検算はコツがあるんだよ。飽きるほどやるとお前にもわかると思うぞ」


 しばらく雑談に興じながら仕事を手伝っていたが、ふと思いついてフヨウにも調査のことを聞いておくことにした。

 商人は噂に強いからな。

 耳の良いフヨウは俺たちの雑談を聞かないふりをしてくれいる。


「フヨウ、ちょっといいか?」


「なんだ?」


「今、魔術関連の調査をしてるんだが、秘術の解放運動って知ってるか?」


「ん、うちにはあんまり関係の無い話題だが最近聞いた話だな。術具関連で出入りをしている人間が言っていた。それが理由なのか、あの界隈では最近よそからよく人が来るようになったそうだ」


「本当か、その情報はありがたい。助かったよ」


 術具といえばコレン先輩だ。

 調査先に付け加えておく。


「人手を連れてきてくれたからな。これくらいでお返しになるなら安いものだ」


「(先輩、私情報料として売られました? 嵌められたんですか?)」


「(偶然だから気にせず働け。忙しいかもしれないが、良い職場だぞアットホームで)」


 そんな感じで調査二日目はメイリアをなだめながら情報料代わりの労働に費やした。




 調査三日目。

 今日の内容次第で明日の報告が決まるな。

 なんにせよハーガンさんが思っていたより自体は複雑なようだ。

 予定通り、勉強会に参加するためにメイリアに教えてもらっていた教室を探す。

 三人一緒に教室に入ると、じわっと中に居た人間の視線が集まり、次第にざわざわし始めた。


「魔剣士だ……、もしかして今日の検討会に参加するのか?」


「ヤバい、俺緊張してきたよ」


 ルイズのことだ。

 ルイズは定例化してしまった剣術トーナメントでの活躍や、いくつかの武勇伝で名の知れた存在になってしまったのでたまにこういうことがある。

 魔術院に所属していることも隠していないので、学院では有名人だ。


 先に来ていたメイリアが手を振っていたので合流すると、今日の勉強会の主催者を紹介してくれた。

 ゴードンと名乗った彼は二年前の卒院生らしい。

 仕事を持っている今も積極的に学院で交流を図って勉強しているそうだ。


「魔剣士ルイズに万能カイル、そして錬金術師アインか。そうそうたるメンバーだな。俺たちの勉強会で良かったら是非見学していってくれ」


 調査のために来たことは伝えてあったが、勉強会自体には興味があったので参加していく。


「――つまり、銀食器が変色する種類の毒については比較的容易に魔術による分離が可能です。一方で、生物由来の毒、特に植物性のものは種類が多くごく少量で効果を発揮するため、魔術による分離が困難となります」


「それでは生物毒への対処は実質不可能なのでしょうか?」


「魔術による分離が困難であるということは、その成り立ちが非常に複雑であることを意味します。これはちょっとしたことで別の物質へ変性しやすいということになるので、熱などの単純な処置で毒性を大きく軽減させることが可能なケースはあります。毒の種類は多様なので全体を網羅することはできませんが、魔術を組み合わせることで危険度を大きく下げることは可能でしょう。この場合、ひとつひとつの毒に対する知識が絶対条件となります」


 結構俺好みの議題だったので思わず熱弁をふるってしまった。

 あんまり実用的な話題でもないと思うのだがみんな神妙な顔で話を聞いて、時には質問までしてくれるとなるとやる気になってしまうな。


「『錬金術師』の名は伊達ではないな。君のお陰でみんな勉強に熱が入っている。君には一度お礼を言おうと思っていたのだが、まさかこんなに若いとはな。探しても見つからないわけだ」


 休憩に入ったところでゴードンから声をかけられる。

 なんか異名とか呼ばれるととても恥ずかしい。


「お礼ですか? 探すっていうことは以前お会いしたわけではないですよね?」


「初対面だよ。ただ、以前から名前は知っていた。「図書館のアイン」だからな。俺はやりたい仕事もあったし会派はそりに会わなかったんで入っていない。ただ、それだとどうしても新しい魔術の知識が足りない。だから、こうやって学院で勉強会を開いたりしてるんだが、君の寄稿した論文の数々のお陰で飛躍的にその効果が伸びんだ。最近ではみんなそれに触発されて寄稿論文そのものが増加している。まさにアイン様々ってところだな。俺たちみたいなはぐれ者には「図書館のアイン」って言えばちょっとは知れた名前だよ。在学中から自分の会派ができるっていうのもわかる話だ」


 きた! この話だ。


「それなんですが、アイン会派っていうのはなんなんでしょうか? 正直、困惑しています」


「ん? 技術をどんどん公開して発展させようっていうのは君が始めた話ではないのか? 俺はそう聞いたんだが……」


「その話をした人を教えてもらえませんか」


「確かに、本人が知らないのに話が進んでるのはよくないな。わかった、俺にこの話をしたのは――」


 そうして俺たちの調査は核心にむけて一歩、あゆみを進めたのだった。

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