第32話 帰郷
ハルパの街。
この数年間、魔物相手の前線基地となっていた場所。
行きかうのも騎士や傭兵、冒険者など強そうな人ばかりだ。
ここからは乗り合い馬車は無い、徒歩での旅となる。
馬車に乗れば二日程度のエルオラ街道だが歩けば四、五日かかるだろう。
道中はところどころ補給地として騎士が駐留しており、ぽつぽつ人が帰ってきている村もあるらしい。
しかし、必ずしも宿がとれるとは限らないので野営の準備をしっかりすることにする。
徒歩とは言え、俺たちは魔術師がいるので比較的装備を絞ることができる。
背も伸びてきたので荷物に背負われてる状態は避けることができそうだ。
エルオラ街道は依然通行規制が敷かれているため、ハルパを出発するときに申請が必要となる。
そんなに目を光らせているとかではないので、頑張れば無視して突破も可能だとは思うがここは素直に従っておこう。
なんで俺はこういう関所でいつも密航みたいな方法を想定するんだろうな。
貴族である師匠が護衛も付けずに徒歩で通過するという話はずいぶん訝しまれたが、もともと剣の腕で貴族位を得たことを説明すると、すんなり通してくれた。
そもそもこの街に貴族はいないはずなので、一番偉い師匠に口答えすることができるものもいない。
エルオラ街道の旅は長閑だった。
確かに魔物との遭遇はあるが、練習がてら狩ることができる程度だ。
それよりも街道の荒れ方が問題なように思う。
数年人が通らなくなった道というのはここまで変わってしまうのか。
道端に転がる動物の骨や折れてしまった道しるべ、その様子は物悲しいものだ。
実務的な視点で考えても馬車での通行は面倒そうだ。
轍が崩れて小さな水路のようになっている場所もある。
これから少しずつ通れるようにしていくのだろう。
俺たちはそんな道を徒歩でゆっくりと進む。
まわりに人間が少ないため、師匠との修行時間が多くとれてルイズは満足そうだ。
なんとなくテムレスへの旅路を思い出した。
あのときも長閑な旅だった。
まだ一年ちょっとしかたっていないんだな。
その間に色々なことがあった。
フルーゼは元気にしているだろうか。
住所がわからないので手紙も出せないのはもどかしい。
途中、野営中に雨に降られることもあったが俺とカイルが作った魔術小屋の耐水性を証明することになっただけで、非常に快適な旅路だった。
難なくニオーシュに辿り着き、はやる気持ちを抑えて一泊休むとすぐに出発する。
ここまでくればロムスはもう目の前だ!
潮の匂いがする。
たった一年離れただけでも懐かしい俺たちの故郷の匂いだ。
一年っていっても人生の二割近くだからね、重みが違いますわ。
ついに辿り着いた懐かしいロムスの街並みは大きく様変わりしていた。
エルオラ街道の開通によって名実ともに陸海の流通拠点となり、隣の大国、エトア教国に面するロムスは忙しく人が行き来する活気のある町になっていた。
計画していた教会も建築が終わっているようで、すでに人が出入りする様子が見て取れた。
せわしなく人が行き来する街中をゆっくりと歩く。
中には俺たちのことを覚えていてくれる人も居て、声をかけてきてくれたりする。
そんな普通のことがとてもうれしい。
代官事務所に寄ってみたのだが、クルーズは不在にしているようだった。
懐かしい事務所の面々も軽く声をかけてくるくらいで、あまり長く引き留めるつもりはないようだった。
短い滞在で「大きくなったね」と何度も言われてお盆に祖父母の家に帰った時のような気分だ。
師匠はその様子をニコニコ眺めていた。
道草をしながらの移動だったがすぐに屋敷についてしまった。
この街はこんなに狭かっただろうか。
屋敷に帰り着くと出迎えてくれたのはなんとクルーズだった。
先日、エリゼが女児を出産し、それにあわせて休んでいるらしい。
夫が出産付き添いで休みをとるのってこの世界では結構先進的じゃないロムス。
出産は七日前、妹の名前はアリス。
良い名前だ。
手紙はもう出してしまったそうで俺たちと行き違いになったようだ。
一方俺たちも帰郷の連絡をしてすぐ出発したので帰ってくるのを知ったのは三日前だとか。
追い抜かなかっただけマシと思うべきか。
俺たちの帰宅の挨拶、師匠とクルーズの自己紹介と続いて俺たちの話に戻ってくる。
「しかし、早かったな。手紙が来たときは驚いたよ。今年は無理かなと思っていたからね」
「そのあたりは師匠のお陰だよ。お世話になりっぱなしなんだ」
カイルの発言に、クルーズが師匠の方を向いて丁寧に礼をする。
「重ね重ね、お礼申し上げます、レア様。本来このように粗末な屋敷に招くこともお恥ずかしいのですが……」
「我儘が許されるのであれば、貴族としての扱いを控えてもらえないでしょうか。私は今、武者修行中の一冒険者にすぎません。あの子たちとは偶然行先が同じでしたから同行しただけ、ということになっているのです」
この発言にはクルーズも苦笑いだ。
さすがに無理を言っているなと思っているのだろう。
「わかりました。お言葉に甘えて、この屋敷の中ではあなたを旅のお客様として扱うように話しておきましょう。しかし、王都でもここでも、レアさんが我が子の恩人であることには変わりはありません。滞在中はゆっくりしていって下さい」
それに、とクルーズは続ける。
「本音を言えばあの子たちの王都の様子を聞かせて欲しいのです。手紙が届く度にその内容には驚かされるのですが、レア様はいつも特等席でご覧になっているようですから」
偉い人に対してギリギリの発言な気がするのだが、クルーズはいたずらっぽい顔でうまくごまかしている気がする。
こういう距離の詰め方上手だよな。
微笑んだ師匠も答える。
「そうですね、彼らのここで暮らしていた頃の話を教えて下さい。交換条件でいきましょう」
「契約成立ですね」
ふたりでWin-Winの契約を結ぶのはいいが、俺たちは気恥しいばかりの内容になるよな、それ。
エリゼたちはみな、暖炉のある広間に集まっていた。
冬を思い出すな。
エリゼ母さん、イルマ、ゼブ、クロエ、全員いる。
ひとりひとりにただいまの挨拶をして師匠を紹介する。
ここにみんながいるのは出産時にすぐ対応するため、こうしていた名残だそうだ。
俺たちが使っていた懐かしのベビーベッドも運び込まれており、赤ん坊がおくるみに包まれて横になっている、ちっちゃい。
髪は俺たちよりちょっと暗めの色だろうか。
クルーズ似だな。
つま先立ちで必死にのぞき込んでいるとクルーズが順番に抱っこで見せてくれる。
おぉ、なんかこういうの懐かしいな。
みんながニコニコしてその様子を見ている。
「あなたたちの子どもらしいところを見られただけでも連れてきたかいがあったというものです。いい土産話ができました」
「この子たちの王都での話、聞かせてくれませんか?」
師匠の言葉にエリゼ母さんが合わせる。
「さっき、その話をしたんだ。こっちでの暮らしとお互いに話しましょうってね」
クロエがすっと調理場の方へ向かう。
お茶を入れてくれるのだろう。
「ええ、最初は私からにしましょうか。あれは去年の秋の終わりの話です――」
みんながいて和やかな雰囲気。
帰って来たんだなと思う。
その中に師匠が溶け込んでいるのはとても嬉しいことだ。
「――じゃあ、本当にそんな大きな大会でカイルは優勝したのか! 手紙に書いてあったけど訓練の余興だっていうからもっと身内でやったのかと思ったよ。ラグランドって言ったら王国四剣、『不倒のラグランド』じゃないか。辺境っていわれるこのあたりでもみんな知ってる名前だ」
「師匠はそのラグランドに勝ったんだよ! その戦いは歌にもなっててよく街中で吟遊詩人が歌ってるんだ」
カイルの無邪気な褒め殺しに師匠の瞳から少しずつハイライトが失われていく。
その歌のシリーズから逃げるために師匠は旅をしているのだ。
宿場町でこの歌を聴いたときもこんな目をしていたな。
今だ旅の目的は果たせず、か。
「ルイズも大人たちを相手に優勝したんだろう。ゼブ、レアさんに預けた君の目は確かだったな」
「旦那様に下調べをして頂きましたから。それにアルバン様の協力もありました」
「ゼブ、言ってたものね。あの方ならルイズの剣は大丈夫ですって」
「ゼブ殿、あの時あなたが見せた歩法は見事なものでした。よろしければ滞在中にお手合わせ願うことはできないでしょうか?」
「こちらからもお願いしたい」
ゼブが頭を下げる。
二人の試合は俺たちもまた見たいな。
「アインも頑張ったんだろう?」
「子どもたちの中で四位だったよ。カイルには勝てなかったな」
「僕は剣はからっきしだからな。たまに腰に下げなきゃいけないけど、ちゃんと振るうこともできないよ。それと比べるとアインは立派なものだ」
クルーズ父さんは剣は苦手なのか。
素振りとかも全然してないもんな。
ゼブが守ってくれれば充分なのかもしれない。
和やかな談笑は夕食を挟んで、離れていた時間を埋めるように続いた。
誰もがその話を続けたいと思っていたが、イルマは妊娠中、エリゼは産後だ。
無理はいけないとほどほどのところで切り上げることになる。
ゼブの家の人間が帰っていく。
こちらに滞在している間はルイズもそっちだ。
家族には存分に甘えるべきだ。
師匠には滞在中、屋敷のすぐそばにある空き家を貸す予定なのだが、到着が早すぎたためにまだ準備ができていなかった。
今日は二階の客間ということになる。
今日は旅から帰って、ロムスの変化に驚いて、家族と話をした。
疲れたけどいい一日だったな。
よく眠れそうだ。
剣戟の音が聞こえる。
夜が明けてしばらくたったころ、ここはロムスの代官屋敷の前だ。
早朝とは思えない人数の人間が集まっているが囁き声一つすら聞こえない。
みんな見入っているのだ、ここ数日恒例となったゼブと師匠の練習試合に。
試合はすぐに終わった、これもいつものことだ。
その間に何合という打ち合いがあるため、見ている人間が残念な気持ちになったりはしない。
みな、興奮した面持ちで丘を降りていく。
ロムスに帰った翌日から、俺たちはいつも通りの朝練を再開した。
変わったのは師匠が二人に増えたことだ。
当然、レア師匠とゼブである。
一通りの練習の後、約束通り、師匠とゼブの練習試合が行われることになった。
達人の技が見られるのでこれは俺たちにも学ぶことが多い。
見稽古というやつだな。
それを港から魚を卸しにきてくれるおっちゃんがなんとは無しに眺めていた。
その結果、おっちゃんは度肝を抜かれることとなる。
俺たちは二人の実力をよく知っているし、二人の試合をみるのも初めてではない。
しかし、考えてみれば師匠とゼブの立ち合いとなれば王都なら金がとれる大一番だ。
素人目にも普通ではないその様子をおっちゃんは街に帰るとおおいに喧伝してまわった。
翌日、どれどれと現れたのは屋敷に仕事で出入りする人間だった。
彼らがやってくる時間はいつもまちまちなのだが、どうせならと朝に一番にあらわれた。
一通り俺たちの訓練を見て、「小さいのに凄いなぁ」と適当に感想を漏らしたあと、師匠たちにも話しかけた。
「あんたたちはやらないのかい」と。
何気ないひとことだったが、ゼブも師匠も自分から言わないだけで達人と試合できる機会は逃したくない。
断る理由がなかった。
声をかけた人間は予想以上の内容に言葉を失い丘を降りる。
正気に戻ったらそのことを知り合いに自慢してまわる。
人が集まるようになるのはあっという間だった。
こうなってはもう断れない。
もともと押しに弱い二人なのだ。
そのまま恒例行事となって今に至る。
これは俺の感想なのだが、二人とも最初のころより動きが良くなっていると思う。
勘を取り戻したのだろうか。
マナの動きも明らかに活性化しているのだ。
これって奥義ってやつなんじゃないかなぁ。
ふたりは多少恥ずかしそうではあるものの、どちらかというとみんな得るもののあるいい行事だ。
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