第31話 貧しさと不良の生き方
リーデルじいさんは俺たちの里帰りに賛成してくれた。
あえて詳しく話せば、自分が何とか保護者としてついて行こうと頑張っていたが、師匠の登場で無理をする必要がなくなり楽になったような物凄く残念なようなそういう顔をしていた。
たしかに俺の目から見ても旅の護衛として師匠以上に頼りになるひとは居ないので非常に助かる。
師匠が貴族であることが問題と言えば問題なのだが、これは師匠自身が適当に言い訳することになった。
たぶん信じてもらえないだろう。
師匠曰く貴族は建前が重要! だそうである。
そうと決まればあまり時間をかけるのは良くない。
休みは有限なのだ。
一刻も早く面倒臭いことと決別したかった師匠と利害が一致し、話がまとまった翌々日には俺たちは馬車に乗り込んでいた。
今回通るのは初めての旅路、向かうのは故郷。
心躍る旅の始まりだ!
王都からロムスに陸路で向かう場合、最初の目的地はアーダン領の領都となる。
その名もアーダン、そのままだ。
肥沃な土地と強大な騎士団を持つ有力貴族の支配区域となる。
ロムスもアーダン領の街の一つなので実質地元と言えなくもない。
ここまでは馬車で一週間程度、間には宿場町も充実しているので困ることもなくやってくることができた。
……厳密に言えば二度ほど酔っ払いに絡まれたのだが両方とも二秒以内に絡んだすべての人間の髪型が変わるに至り、比較的穏便にお引き取り願うことに成功している。
もちろん師匠が剣技によって散髪したのだ。
アーダンは城塞都市である。
郊外の農村を除けばすべての家屋と施設が大きな塀の中にあり、夕方には門が閉じられる構造だ。
つまり滞在するためにはかならず門を通過し関所を通ることになる。
ここで小さな問題が起きた。
関所には一般用の入口と貴族用の入口の二種類があるのだが、師匠がそこを通ることを嫌がったのだ。
貴族が滞在するのに領主への挨拶をしないわけにはいかない。
それが嫌なのだ。
一般門を通れば問題が解決するというのなら、俺たちも別にそれで全然構わない。
しかしそちらを通ったところで身元の確認は行われるのだ。
若い女一人に子どもが三人はそこそこ目立つ。
貴族の師匠も代官の息子である俺たちも本名を名乗れば結局挨拶せざるを得ない。
偽名で目立ったまま通るかどうかで暫く話し合うことになった。
いっそ中に入らず農村で宿泊させてもらうことも考えたが結局変に隠れて見つかるよりもさっさと正攻法で入って挨拶状だけ領主に送り、翌日には出発する案をとることになった。
急いでいる理由としてエリゼ母さんの出産を使うことになるが、本当のことなので許して欲しい。
果たして、夕方到着した俺たちは、わざわざ乗り合い馬車から降りて貴族門へ向かうという力業を行うことになった。
一緒に乗っていた人は目を丸くしていた。
結局目立つ入門となってしまったが、さっと入ってぱっと出る作戦はうまくいき、翌日早朝の馬車に乗り込むことに成功した。
しっかり観光できなかったのは残念だがまた来ることもあるだろう。
俺たちは次の目的地であるハルパへと向かった。
王都とアーダンの間ほどではないが、ハルパへの道も比較的宿場町の充実した旅のしやすい街道である。
しかし、行きかう人の数はずいぶん少ない。
少し前までエルオラ街道が封鎖されていたのでハルパへ移動する理由があまり無かったのだ。
人の流れは国の血液、一か所止まるだけでその部分はすぐに壊死してしまう。
その様子が見て取れた。
そのため、これまでの街道と比べると貧しさが見た目によく表れている。
着ている服、靴を履いている人間の割合、痩せている人の多さ等だ。
しかし、そのひとたちの多くは目に希望の光を宿していた。
エルオラ街道が解放された。
これから自分たちの村はいい方向に向かっていくと。
時として、満ち足りた状態から何かを失っていくときよりも、何もかも足りない状態から少しずつ新しいものを得ていくときの方が人は幸福を感じる。
両者に絶対的な持ちうるものの差があってもだ。
しかし、中にはごく少数、瞳に希望を宿せないひとたちもいる。
エルオラ街道が封鎖されていた期間は六年間。
これはその日を生きる人々には長すぎた。
満足に食べられずに死ぬ子ども。
生きる術を探して家を出る子を引き留められない老いた両親。
それは掛け替えの無いものを失うのに十分な時間だった。
物心ついたときから貧しかった者もいる。
そういう子どもたちにとって、大人が言う未来の幸福は到底信用できるものではない。
自分たちが今、空腹なのはその大人たちの仕打ちだと、そう思っているからだ。
今、俺たちの目の前に立ちはだかる集団はそういう者の集まりだった。
ハルパまで馬車で一日の街道沿いにある農村。
今日の宿泊地はここだ。
魔物の発生に近かった地域であるためひなびているが、一応飲食のできる酒場も軒を貸す農家もあるので、ここから先を考えるなら上等な部類の宿場と言える。
宿泊の交渉を終えた俺たちは酒場で簡素な食事をとり、農家へと戻ろうとしていた。
そのとき、道端からぞろぞろと現れる集団があった。
全部で六人。
年齢は学院の生徒くらいか。
もちろん俺たちは全員気が付いていたし、師匠には目配せしていた。
念のため、いつでも魔術で拘束する準備もしてある。
言ってみればまな板の上の鯉なのだが、相手に俺くらいのが何人か居れば多少はてこずるかもしれない。
師匠が居るので大丈夫だが。
そんな状況とは知らず、集団のリーダーらしき少年が声をかけてくる。
「なあ、あんたたち、金持ってそうだな、全部おいていけよ。そうすれば痛い目見ずにすむぜ」
「カイル、今回はあなたがやってみてください。魔術と剣は必要ありません。向こうが手を出したら開始です」
師匠が相手をガン無視して言った。
おそらく、カイルの訓練に使うつもりなのだろう。
カイルは基本、よほど言い聞かせなければ最大限相手に手心を加えようとする。
特に同世代の子どもを打ち負かすのが苦手だ。
全力でかかるのはルイズと俺くらいではないだろうか。
ナチュラル舐めプ傾向がある。
優しさの表れなので構わないと思っているが、旅の上ではそういうわけにはいかないからな。
だから、師匠は今回、カイルだけにやらせるつもりなのだろう。
「あ?」
取り巻きみたいなのがメンチを切ってくる。
子どもなので可愛い感じがしないでもない。
このままだといつまでも始まりそうにないので俺が一仕事することにした。
「聞こえなかったのか? さっさとかかってこいって言ったんだよ、いつまで突っ立ってるつもりだよ」
かかってこいとは言ってないのだが、まあ挑発なので。
俺のいまいちかっこつかない三下セリフに激情したリーダーが早速やってくる。
先陣を切るのは偉いな。
ちょっと後ろに下がってカイルと入れ替わる。
あとはカイルがやってくれる。
簡単なお仕事だ。
一人目を空気投げで飛ばしたあとは普通に歩いて二人目に向かう。
そのまま主に投げや崩しでひとりひとり地面に伸ばしていく。
結局優しい倒し方だな……。
相手は集団にも関わらず、攻撃すらできない。
立っている位置が悪いのだ。
集団戦においては自分がどこに立つのかが最も重要だ。
良い場所をとれば他になにもしていなくても仕事ができる。
道場で武器を持ったバンさんたち大人複数と立ち会っている俺たちと、少年たちはキャリアが違った。
四人目を転ばせたところで残りの二人が逃げ出した。
追いかけるつもりもない。
先に伸ばした四人のうち三人も戦意を喪失して怯えた目をしてこちらを見ている。
ただ、最初に仕掛けてきたリーダーだけが違った。
立ち上がるとカイルを無視してルイズに向かう。
この場で一番なんとかなると踏んだのだろう。
人質にでもとるつもりかもしれない。
当然悪手だ。
たぶんルイズは今この村にいるすべての人間の中で二番目に強い。
ルイズは容赦がなかった。
カイルのように気を使って投げることもなく、隙だらけの水月に最短ルートで崩拳を入れる。
えぐい一撃だ。
これ、明日までご飯食べられないやつだよ……。
地面に伸びて目を白くし、胃液を吐いてぴくぴくしているリーダーを見て、残りの三人ははっきりと恐怖を示した。
立ち上がれる者は即座に走り出し、腰がぬけた者もがくがくしながら這って逃げていく。
ゆっくり落ち着いてお逃げ。
一人残ってぴくぴくしているリーダーをカイルが循環で治療している。
やっぱり最後まで優しいな。
さすがに師匠もなにも言わない。
この男、驚いたことに意識を取り戻すと師匠の足に向かってタックル的な攻撃を仕掛けようとした。
当然触れることもできずに再度カイルに低い姿勢のままひっくり返されるように地面に投げられる。
あ、あれは胸を打ったな。
息ができずに苦しそうだ。
しかし、ここまで戦意を失わないのはすごい、狂犬かよ。
俺の作った結束バンドで手足を拘束するに及んで、やっと話ができるようになったのだった。
「お前らなにもんだ……」
あんたたちからお前らに変わったのはランクアップかな?
まだこっちに敵意を向けられるのはあっぱれだ。
「旅人です。あなたは?」
「旅人があんなに強いもんかよ」
「質問しているのはこちらです。あなたは誰で何者ですか?」
「……この村のジュークだ、他に何が知りたいんだ」
「親はこの村に居ますか? 他の五人の親もです」
「俺にはいねぇ。あいつらにはいるけど、みんな味噌っかすだ。俺たちは俺たちで生きていく」
「そうですか。なら、今日のようなことはもうやめなさい」
「そうやってお説教かよ」
「お説教です。断言しますが、同じことを繰り返せば次か次の次であなたは死にます。おそらく他の者も死ぬことになるでしょう」
「あ?」
「これから、この宿場はエルオラ街道を通る人間が立ち寄る場所になります。当面の間、ここに立ち寄る人間は私たちのように戦えるものか、護衛をつけられるものだけです。あなたたちのような者がつっかかっていけば気まぐれでもない限り斬って捨てられるでしょう。変化の潮目を見られなければ死ぬのです」
「……何を、何ができる」
「自分で考えなさい。これからこの村の仕事は飛躍的に増えます。皿洗い、野菜売り、水汲み。このあたりに詳しいなら案内の仕事もあるかもしれません。頭を使い、頭を下げてそれをするのです」
自分で考えろといいつつも師匠は結構優しい。
「頭を……下げるのか……」
「そうです。私は戦い方しか知りません」
そういって近くの木の枝を切り落とす。
音はしなかった。
地面に枝が落ちた時、小枝は切り払われ、既に師匠の剣は鞘へと戻っている。
師匠はその枝をジュークの前へ投げ渡す。
「頭を下げずにすませたいならその枝を振りなさい。頭の上から足元まで。それ以外の振り方は必要ありません。一日千回。一年も振れば頭を下げない方法も見えてくるでしょう。それまでは頭を使って、頭を下げるのです」
そういって、今夜の宿となる農家へと向かった。
俺たちはジュークの拘束を解くとそれを追いかけた。
今回はジュークもそれをおとなしく見ていた。
一日千回素振りをすれば強くなるかというとそんなことは無い。
毎日うんざりするほど剣を振っている俺にはわかる。
いずれかは強くなるかもしれないが一年では無理だ。
師匠は「方法が見えてくる」と言った。
うんざりするほど繰り返すと、他の人間の修練が見えてくる。
この実質前線のような場所に来る冒険者の修練がわかれば、彼にも生き方が見えてくるとそういう意味ではないかと俺は思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます