第30話 保護者不在
時はしばらくさかのぼる。
雪が解けて春の訪れを感じるころ、王都の守護者、王国騎士団の第二師団が西方に向かって出征した。
魔物の大量発生によって封鎖されていたエルオラ街道を現地の騎士団と協力して開放するためだ。
つまり、以前クルーズの指示によってゼブが調査した件が現実のものになろうとしていた。
実家のロムスと王都の間にある街道は、そりゃあもう俺たちにとって大切なものなので、出発する騎士団を見た時は嬉しかったものだ。
整然と並ぶ訓練された騎士たちはそれだけで壮観なものだった。
しかし、喉元過ぎればなんとやら、自分の弟に刃物が送られてきたかと思ったら、苛酷な疫学戦に身を投じることになったり、そっちが落ち着いて来たかと思ったら武道の師匠や弟が拗ねてしまって相手をすることになったり、学業を控えめにサボっているうちに目の前に迫った期末試験のことを考えたりしているうちに、その感動も記憶の片隅にすっかり追いやられてしまっていた。
なお、期末試験については経験を活かし、先輩から過去問の傾向と対策を伝授してもらってやり過ごした。
充実していたと言っていい日々を過ごすうちに目の前には長い休暇がやってきていた。
そして先日冒険者ギルドの王都報に報じられたこのニュースである。
『エルオラ街道解放 アーダン騎士団と王国騎士団の共同作戦により魔物の討伐完了、今夏八の月より限定的にエルオラ街道の通行許可の見通し』。
冬季に開放するとウオス山越えで立ち往生している人たちが殺到する恐れがあるため、夏季から段階的に開放するらしい。
そして俺たち身内の大ニュースとして先日手紙で知らされたゼブ・イルマ夫妻第二子懐妊の報。
まだ連絡は無いが俺たちの弟が妹も待っている、はずだ。
これはもうロムスに帰省するしかない!
あっという間だった気がするがもう一年近くたつのだ、顔のひとつも見せねば親不孝というものだろう。
幸い、商売が上手く行き過ぎたので帰省の費用くらいは余裕で捻出できる。
街道の通行は限定的という話だったが、代官の子息が自分の土地に帰るとなれば規制されることもないとのことであった。
ただひとつ、俺たちの目の前に立ちはだかる問題があった。
それは『保護者不在』の一言である。
王都に来るときは良かった。
ゼブという強力な護衛がいてくれたおかげで、海路山越えという苦難の道も安心して越えられた。
結果論から言えば友達もできたので僥倖だったと言えるだろう。
しかし、今ゼブはロムスで大きくなるイルマのお腹にソワソワしているころだろう。
呼びつけるわけにはいかない。
少なくとも往復助けてくれる人を確保したい。
第一候補としてはリーデルじいさんだろうか。
行商で鳴らしていたので旅慣れているし、戦闘力も高い。
頼めば真面目に考えてくれそうな気がする。
問題があるとすればベルマン商会の会長という立場上、おいそれと長期間商会を開けられないことだろうか。
例えば、いずれ商会をつぐアルバン伯父さんが会長代理をするという手もあると思うのがだ、それはちょっと微妙だ。
どうも橘花香開店時のフィーバーはなかなか終わらず、大成功を収めた剣術合同訓練体験会という名のお祭りを企画、仕切りとやりとげて一躍王都の商業ギルドの時の人だ。
そこに重ねるように販売される新製品の数々に橘花香は完全に有名店の仲間入りをしてしまった。
冬にあった橘花香襲撃事件のこともある。
家族のことを考えると今は地盤固めの時なのだ。
そこで誰か道場で良い人はいないかと、世間話がてらその話をしてみた。
ヘイリーさんは所帯持ちなので無理だが、バンさんあたり雇えないだろうかと。
「私が面倒を見ましょう!」
道場を一番空けてはいけない人が手を上げた。
微塵の迷いも無かった。
「今のこの道場の課題は指導者不足です。一度ヘイリーに全体の運営を任せて他の者に指導経験を増やそうと前々から思っていました」
光の速さで理論武装が進んでいく。
前々から考えていたというのはたぶん本当だ。
よっぽど今の環境にストレスを感じていたんだろうな。
「勘が鈍らぬように実戦に触れる機会は得難いものです」
秋には魔物大討伐、春先には騎士団副団長と伝説の一戦をやったじゃないですか。
「旅費のことは心配いりません。私はたまたま武者修行に行くだけです。最近は懐にも余裕がありますしもちろん自分で出しますよ」
そもそも、お貴族様に平民の護衛をさせるわけには……。
だめだ、こうなってしまったこの人はもう止められない。古参は最近のこの人の状態をよく理解している。
最強の力を持った権力者の暴走はもう行き着くところまで行くしかないのだ。
「師範が病床にあると聞いているのですが……」
念のため最後の懸念を確認しておく。
「最近は不思議と体調が良いようなのです。父には支えてくれる人もいます。一度子離れするほうが良い経験になるでしょう」
大師匠の復調は良いニュースだな。
しかし退路は完全に塞がれてしまった。
覚悟を決めるしかあるまい。
「ありがとうございます。祖父に相談してみます……」
これはほぼ決定だろうなと思いながらそう言葉を濁した。
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