第33話 自分たちの力だけで
何か母さんとイルマのためにできることはないだろうか。
俺たちの滞在期間は長くない。
その間に、産後のエリゼ母さんと妊娠中のイルマの滋養になるものでもないかとみんなで市場を周る。
最近は人の行き来も増え、思った以上に多彩な魚介に肉、季節の野菜などが並んでいた。
しかし、うちは腐っても代官の家なので必要な食材や目新しいものは配達されるようになっている。
なかなかこれはというものが見つからないのが現状だった。
そんな中で指針をくれたのは、挨拶に行った折りに話を聞いてくれたアミカス先生だった。
「ロムスの北、海沿いの森の奥にはラムファベリーと呼ばれる果実がなる。これは滋養に良いとされていて、妊婦の方や病気の人によくすすめられているね。北の森には魔物が出るからあまり市には出回らないけれど、ちょうど今の時期の食べ物のはずだ。話に聞く君たちのお師匠さんなら採って来られるかもしれないね」
学校でこの地域の動植物の生態を教えているだけあって詳しい。
細かい生態や他の植物との見分け方を聞いておく。
このラムファベリーは生で良し、干して良し、火を通して良しと日持ちもよく使い方も多いなかなか良いフルーツのようだ。
採りに行ってみるのもいいかもしれない。
師匠に相談してみよう。
そんなことを考えていると後ろから声をかけられた。
「なぁ、おまえら北の森にラムファベリーを採りに行くのか?」
俺たちと似た金髪碧眼の少年だ。
齢はルイズより少し上くらいだろうか。
フルーゼの時もこんな感じで声をかけられたな。
「これから決めるところだよ。師匠に相談してみようかなと思ってる」
「もし行くなら、俺も連れて行ってくれないか」
「ラムファベリーが欲しいの?」
「そうだ。母ちゃん、子どもが産まれそうでさ。ちょっとでも良いものを食わせてやりたいんだ。父ちゃんはしばらく仕事で帰ってこれねぇし、家のことはばあちゃんが仕切っててあんまり手伝えることないし。何かしてやりたいんだよ」
そういうことなら他人事ではない。
手伝ってやりたいという気持ちはある。
「だったら、俺たちが手に入れたら分けようか?」
「……できたら、自分で採ってきたい。産まれてくる弟か妹に頼れる兄ちゃんだってところを見せてやりたい」
男の意地か。
そういうのは嫌いではないが。
「危ないからな。何かあったらそれこそお母さんが心配するし、俺たちには責任持てない」
「そんなこと……! いや、そうだな。俺が考えなしだった。もし多めに採れたらでいい、わけてもらえないか」
「もし行くことになったら多めに採ってくるよ」
「助かるよ、俺はハイムだ。大概は港の端にある工廠に居るから声をかけてくれ」
彼の家は船大工で、そこの組合で下働きをしているそうだ。
今日はアミカス先生に仕事の用事があって街の方へ来ていたらしい。
簡単な取り決めをしてから早速師匠のもとに向かう。
「――北の森で採集ですか。ちょうどいいかもしれませんね」
「わかりました。早速準備して――」
「ただし、今回はあなたたちだけでやってみてください」
「俺たちだけですか?」
できる気はする。
このあたりの地理、植生、魔物の生態は学校で勉強している。
森での野営の経験もあるので、何かあっても対応はできるだろう。
しかし、子ども三人だけでというのは普通ではない。
ハイムには悪いがついてこなくて正解だ。
「普通なら勧めたりはしません。しかし、あなた達は最早普通ではありません。このくらいの採集なら行える技量があるはずです。できるなら無理に足踏みをする必要はないでしょう。無論、私は距離を開けてついていきます。ただし、よほどのことが無ければ手助けはしません。言ってみれば予行演習のようなものです」
そこまで言われればやらないわけにはいかない。
認めてもらえたことが嬉しい。
それに、こんな機会は滅多に無い。
「わかりました。やってみます。今回は俺たちだけで、を念頭に準備します。計画が決まったらまた相談させて下さい」
みんなでしっかり話し合って計画を立てよう。
話し合った結果、野営は行わないことにした。
早朝出発し、昼前までを探索と採集に費やす。
結果に関わらず昼食を取ったら帰宅する流れだ。
そうすることで身軽にし、移動距離を稼ぐ。
採集が捗ったときにも持ち帰りやすいだろう。
事故等によって身動きがとれなくなっても魔術でビバークは可能だと踏んでいる。
連絡用の打ち上げ魔術もあるし、日帰り前提なら問題発生時の捜索も早い段階で開始できるという目算もある。
最悪見つけられない可能性もあるが、チャンスは一度では無いし群生地の条件を考えれば発見の可能性は高そうだった。
日の出前にみんなで食事を取って出発だ。
知識で知ることと経験することは異なる。
ロムス北の森は王都近辺とは大きく雰囲気の異なる所だった。
海が近いせいだろうか、木々の根が太く陸上に隆起しており起伏が多い。
地面も王都の森の腐葉土とは異なり、ややサラサラしているようだ。
土魔術使用時には注意が必要かもしれない。
その一方で森の中でも日の光が入りやすく明るい雰囲気は悪くなかった。
しかし、森に入ってしばらくした今もまだ、ラムファベリーは発見できていない。
ラムファベリーの群生地の条件は「水場の近い開けた場所」だ。
これまで、地図を頼りに池や川の近くを散策したがハズレだった。
森の浅い地域はすでに人の手が入っているのかもしれない。
加えて水場は魔物も集まりやすい。
注意が必要な地域だった。
森の東部にある池から海へと流れ出る小川を頼り、潮の香りに気が付く。
随分海の近くまで来てしまったようだ。
ここもハズレかと思ったところで丁度よく開けた場所を発見した。
慎重に魔物の気配をマナ感知と五感両方で探る。
大丈夫そうだ。
ゆっくりと周りを調べながら広場に入るとそこにはそれらしい小ぶりの果実が生っているのを発見した。
「これがラムファベリーかな」
カイルの発言にみんなで条件を確認する。
暗い赤色でツルがあり、主に三又に分かれた葉を持つ。
つるをちぎると白い乳液状の汁が出る。
どうやらこの実で合っているようだ。
量もほどほどある。
土魔術で実の成分から明らかに危険な重金属が無いか分離を試して見る。
鉛や水銀などだが、まあ反応は無いようだ。
アルカロイドは分からないので絶対安全とはいえないが、これ以上は持ち帰って確認すればいいだろう。
余談だが、他の成分を確認してみたところ比較的鉄分、カルシウムやカリウムが多いようだった。
これが健康食品と言われる所以かもしれない。
完全に採り切るのも生育に良くないような気がして一部を残して採集した。
南中にはまだ早いがもうあまり遠くを探すほどの時間は無い。
近場で食事に良い場所を探していたら海が見える高台に出た。
先ほどの小川が滝の様に海の方へ流れ込んでいる。
ここはなかなか良い昼食場所になりそうだ。
師匠も呼んでみようか。
ごはんくらいは一緒でもいいだろう。
昼の計画を頭の中で立てながら様子をうかがうと滝の流れ込む先は海ではなく、下に陸地があって池のようになっていることが分かった。
その周りにはラムファベリーらしきものも見える。
ハイムに渡す分を考えるともうちょっと欲しいな。
そういう欲が働いた。
高さは十メートル無いくらいか、これならやろうと思えば生身でも降りれる程度だ。
辺りに魔物の気配もない。
「あそこにあるやつもとってこようと思う。待っててくれるか」
「私も行きます。風の魔術を使えばなにかあっても対応できます」
珍しくルイズが作戦に意見を挟んだ。
確かにルイズなら俺よりスムーズに上り下りができそうだ。
ただ、マナ感知の精度を考えると俺もやっぱり降りた方がいいな。
「じゃあ二人で行くか。カイル、つまらないかもしれないが、ちょっとここで待っててくれ。非常時はいつもの魔術で連絡する。そのときと、南中までに帰らなかった時は師匠への説明を頼む」
「了解、次は僕も連れて行ってね」
手短に段取りを決めるとまわりの木に魔術ロープを張ってラペリングの準備を始める。
何もなくても降りられるとは思うが念のためだ。
俺、ルイズの順で下へ降りる。
やっぱりラムファベリーだ。
簡単には来られない場所なので人はおろか魔物にも荒らされた様子はない。
これなら十分な量が確保できそうだ。
夢中で採取していると、マナ感知に気になる反応を見つけた。
微かだが人でも魔物でも無い反応がある。
強いて言えば魔法石が近いだろうか、しかも例のアロガ・ベア級のものだ。
……確認が必要だな。
「ルイズ、ちょっと気になる反応があるんだ。魔物ではないと思う。あっちの方向で距離二十だ」
丁度滝のような流れの影に隠れる位置になる。
近づいて魔術で水の方向を捻じ曲げる。
「私が先行します」
当然のことの様に、ルイズが確認のために岩に飛び乗る。
なんとも言えない気分だがルイズ前衛は一番基本的なフォーメーションなので黙って従う。
「裏側が洞窟になっているようです。小さなくぼみのように見えますが、風の動きからある程度深さがありますね。奥へ行きます」
するするとルイズが進んでいく。
マナ反応には依然変化がない。俺も追いかけることにする。
ルイズの言ったように小さなくぼみのように見えた洞窟は角度を変えると奥深くまで続いていた。
入口こそ狭いものの中はどんどん広くなっており少しずつ下へと続いている。
このまま進むと海面より下になるんじゃないか?
しばらく進むと反応のあった場所には何か巨大な建造物があった。
明らかに人工物だ。
それは湾曲した鉄骨の様なものに木製と思われる甲板の様ななにかが引っかかった状態に見える。
俺はそれをみて、『宇宙船の骨』という言葉を思いついた。
実際に木製の素材を使った宇宙船というのは想像しにくいが(あるかもしれないが)その形状は航空力学的な理由があるように見えた。
大きさは二十メートルを少し超えるくらいだろうか。
船としてはそこまで大きくない。
その存在そのものが驚きなのだが、魔術を使って素材を分析することで俺は驚愕した。
俺には、金属の様に見えるそれが何でできているのかわからなかったのだ。
周期表を端から端まで常温での物性にかまわず同位体を含めて放射性物質まで検討してみたが違う。
これは俺にとって真に未知の物質、または『物質ですらない何か』なのかもしれなかった。
マナに反応がある以上魔力が関与している。
これが何なのかはわからないが、あまり時間が無い。
分析はここまでにしてこの場所を離れることにした。
「今日はここまでだ、カイルのところへ戻ろう」
「あれは何なのでしょう。見たこともないものでした」
「俺には船の竜骨に見えたよ、少なくともこのあたりで使われているものじゃないだろうけど」
洞窟から出ると土魔術で入口をふさいで目印をつけておく。
あまり公にするべきものに思えなかったし、本音を言えば独り占めしたかった。
それは俺の心を惹きつけてやまない何かだった。
南中まではもう少しあるはずだ、収集したラムファベリーを袋に入れると慎重に崖を登り始める。
崖の上に戻ると暇そうに待っていたカイルに謝って師匠を呼ぶ。
下で見たものをこの二人には説明しておこうと思った。
全員でピクニックをしながら話す話題としては微妙だったかもしれないが。
「そういった、用途のわからない人工物が見つかることはあります。私の知る限り、そのほとんどはダンジョンから発見されるのですが、このあたりにダンジョンがあるという話は聞いたことがありませんね。そういうものを総称して遺物といいます」
「師匠は遺物を見たことがありますか?」
「現物はありません。聖都に設置された魔力によって星の位置を示す器具が遺物だと言われています。他にはダンジョンで得られる特異な装備なども、使い方がわかるだけで、本質的には遺物と同じものなのかもしれませんね」
俺が発見したものを独り占めしようとしていることに対しては、
「冒険者が自分の発見を隠そうとするのは普通のことです。回収できない石碑や遺跡もありますから。そういう意味ではアインもこれで一人前の冒険者になったといえるのかもしれません」
と気軽に言っていた。
ちょっと気持ちが楽になった。
師匠自身はそこまでこの遺物に強い関心はないようだ。
それとも、なにか冒険者のマナーのようなものがあるのだろうか。
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