第27話 わたしの勇者さま(上)

 我が弟カイルは美少年である。

 ……カイルと一卵性双生児である俺がこういうことを言うとなんかすごい傲慢な感じがするのだが、俺よりも美少年なのだから仕方がない。

 生まれてこのかたずっと一緒にいるので今更なんとも思わないのだが、ゼロベースで客観的に考えた時、こいつはやっぱり美少年だと思うのだ。

 当然、学内のお姉さま方にきゃーきゃー言われるのは日常茶飯事だし、それに笑顔で手を振り返すくらいの如才なさを持ち合わせているのがまた弟ながら小憎らしい。

 隠れファンも合わせれば学内に一代派閥があると言っても過言ではない。


 そんな弟が先日、王都で最強の子どもを決める大会で優勝した。

 当然今通っている魔術院でも最強の男と言えるだろう(最強で男ではない)。

 つまり彼は魔術の才能があり、物書きと計算ができる学識があり、王都で最強の美少年となったのだ。

 隙が無さすぎる……。

 これまで一部のお姉さま方の間でのみささやかれていた天使は一気にメジャーデビューすることとなった。

 ユンさんからの情報によると、やんごとなき方向のお方から養子にどうかという誘いがあるとかないとか。

 うちのカイルを渡したりしませんが。

 そもそも両親通さずに養子にとろうとすんなよ、……通してないよね?


 脱線したが、つまり最近カイルの人気が凄いという話だ。

 近所の女の子からお花を貰う、みたいなかわいらしい話だけならいいのだが、完全に成人どころかエリゼ母さんと同世代くらいの女性からガチでラブレターを貰っているのを見ると流石に両者ともに気の毒になる。

 便箋だって安くないだろうに。

 それに対して丁寧に断りの手紙を書くあたりがモテる秘訣であろうことは想像に難くない。

 ちなみに同じ顔をして同じ学院に通う王都四位以内の俺の元に、似たような事案が発生したことは無い。

 かように優勝とそれ以外の差は大きいのだ。

 徳の差とか言われても泣くしかないので控えて欲しい。


 あまり羨ましくない感じのモテ方だが、大変なのは本人だけではない。

 近くに居る異性は災難だった。


「まず、これが今週の分ね」


 エレナからどさっと色々と渡される。

 手紙、自作の詩集、画家に書かせた自分の絵まである。

 他にも菓子、編み物、押し花、これは鞘に入ったナイフだろうか、何やら高そうな石がついてるんだが、どういう意図があるんだ……。


「頼まれたからにはちゃんと渡しておくけど、もうこれ、カイル本人に渡しちゃっていいんじゃないか」


「だめよ、前もいつも通り橘花香で仕事するくらいならいいかなと思ってカイル君を中に入れたらなぜか友達にバレちゃって、仲直り大変だったんだから」


 ケンカの原因になるくらいなのか。

 家族と会うだけなのに……。


「同じ顔してる俺と会ってたらどうせ勘違いされるんじゃないか」


「なぜかアイン君とカイル君って簡単に見分けがつくのよね。こんなもの渡すくらい入れ込んでる人なら間違えないんじゃない?」


 また言われた。

 昔からそうなんだ。

 入れ替わりトリック不可証明。


 今現在、エレナは王都にある私塾に通ってちょっと高度な計算や礼儀作法について学んでいる。

 裕福な家の学校みたいなものだろうか。

 そこでカイルがちょっと話題になった。


 この王都には剣ができて魔術が使えるすごい美少年がいるんだってー。


 それに対してエレナは答えてしまった。


 おじいちゃん家にいる従弟がそんな感じかも。

 魔術院に通ってるしこの前大会で優勝したんだよ凄くない?

 カイルくんっていうんだけどー。


 失言は後で後悔しても遅い。

 ただしその場ではそう大ごとになることはなかった。


 ええー、エレナの従弟なのすごーい。


 そのまま話は終わるかに見えた。

 しかし、事態は野火のようにじわじわと気が付かないうちに凄い速さで平穏を焼き払っていたのだった。


 ねぇ、エレナ、私聞いたんだけどあなたの従弟って……。


 繰り返される質問と引次ぎのお願い、だんだんと歪んでいく友人関係。

 俺には完全にホラーにしか聞こえないのだがエレナは頑張った。

 引次ぎを上手くユンさんやリーデルじいさんにそらし、友人との関係修復につとめ、時にカイル自身のことを交渉材料にすることでなんとか小康状態を保って自分の安全を確保したのだ。

 しかし、そんな外交手腕を発揮したエレナも当のカイルには年相応の大人げなさを発揮した。

 「カイル君と会うと大変だからしばらくここには来ないで!」である。

 しょうがないねって体(てい)で引き下がってたけどカイルあれで結構へこんでるんだぞ。

 当分優しくしてやらないとな。

 とはいえ、エレナの境遇には同情する気持ちもある。

 基本とばっちりを受けてるわけだし。

 だから何か手伝えることないかと訊ねたらこれだ。

 エレナが断り切れなかったカイル宛の色々を引き渡す役を仰せつかった。

 しょうがないから持って行くしかない。


 大荷物を持って橘花香の中を歩いているとフヨウとカミラ姉さんに出会う。


「来ていたのか」


「少し間が空いたわね」


「ああ、カイルのことでちょっと。今日もこれだよ」


 持っていた荷物を掲げて見せる。


「ああ、例のやつか。カイルも難儀だな」


 二人ともカイルとは身近な人間なので、エレナと同様に面倒な目に会っていないわけではないと思う。

 それでもエレナより幾分言動に余裕があるのは、彼女たちは生活の中心が学校ではなく橘花香にあるので付き合う相手が大人中心だからだろう。

 それでも、カイルのことを邪険にせずに思いやってくれるのが嬉しい。

 フヨウなんかは短い時間とはいえ一緒に旅をした戦友っぽい仲なのであまり距離を取らせずに会わせてやりたいもんだな。


「そうだ、これ、カイルへの贈り物なんだけど何か意味があるのか知らないか? こういうのって珍しいなと思って」


 今受け取ったばかりのナイフを見せる。

 この世界では想い人に刃物を送る文化があるんだろうか。


「女の子が? カイル君に? 重いものを渡されたわね……」


「私は聞いたことがないのだが、どういう意味があるのだ?」


「勇者の伝説に出てくるお話ね。魔王の手下の怪物に自分以外の王族をすべて殺されてしまったお姫様が勇者にお願いするの。「王家の血すべてを捧げます、この国を救って下さい」って。そういって自分の心臓を剣で刺して約束通りに王家の血を絶やす。その剣は魔剣になって勇者の手によって振るわれる。ついには誰も傷つけることが出来なかった怪物を打倒す。晴れて王家の献身によって国は救われた。そんな話だったと思うわ。このことから、女性が男性に刃物を送るのは「命を賭けて叶えて欲しい願いがある」っていう意味になったの。あんまり人気のないおまじない。恋愛でも使えるかもしれないけど、ちょっと引かれそうよね」


 引くかどうかはともかく、重すぎる……。

 そりゃ人気無いよ、使いどころが難しすぎる。

 逸話自体が子供向けではない。

 現実の話がもとになっているなら色々裏があるんじゃないか。

 カイルに渡してしまっていいのか?

 それでなくてもナーバスになっているのに止めを刺したりしないか?


「これ、カイルに渡しちゃっていいのかな?」


「恋愛のことはよくわからないが、迷っているならまず、どんな人物か確認すれば良いのではないか? 話を聞くとただ、何か相談があるだけの可能性もあると思うが」


 なるほど、良い案だ。

 なにごともまず情報収集。

 敵を知り己を知れば百戦危うからずだ。

 エレナが渡して来たということは何か断れない理由があったはず。

 まずはエレナに聞いてみよう。


「そうだな、カイル、最近ちょっとへこんでるしあんまり辛いやつを渡したくないからな。先にエレナに確認してみるよ」


 こんな話なら最初にエレナに聞いておけば良かったな。


「なぁエレナ」


「わ、びっくりした、帰ったんじゃなかったの?」


「このナイフのこと聞いておきたくてさ。カミラ姉さんに聞いたら怖い話教えられたんだけど、知ってるか、勇者の話……」


「命がけのお姫様の話? もちろん知ってるわよ。でも、断れなかったのよね。あの子、リーリアっていうんだけど、いい子なのよ。いつも気を使ってくれるし、すごく家族思いなの。貰っても困るかもよって言っても、渡してもらうだけでいいから、ってなんだか必死そうで」


 悪い子ではなさそうだ。

 思い込むと突っ走るタイプなんだろうか。

 恋の暴走って感じなのか?


「カイル、最近へこんでるからさ、あんまり刺激したくなくてな。先に俺が会って確かめるのってありかな?」


「んー、さっきも言ったけどなりすましは無理よ? ちゃんと兄弟だって言うならいいんじゃない? 私は渡すだけでもって頼まれただけだから何も言わないわ。カイル君には悪いなぁとは思ってるし」


「よし、じゃあそれで行ってみるか。話が落ち着いたらちゃんとカイルには謝っておけよ」


「わかってるわよ」


 ナイフのお姫様の連絡先を聞き出した俺は、今度こそ橘花香を離れることにしたのだった。

 色々確かめてみたところ、このナイフ、すべてを賭して願うのでいつ訊ねてもいいらしい。

 ひたすら重いうえに逆に気をつかう。

 今日は、学院の後すぐに橘花香に向かったのでまだ時間はある。

 人を訪ねるのにそう悪い時間でもないだろう。

 ベルマン屋敷で他の荷物を置いたら早速向かってみよう。


「ごめん下さい、ベルマン家のエレナより紹介されましたアインと言います、リーリアさんはご在宅でしょうか」


 王都の高級住宅街に構えられたデカい家に気おくれしながら声をかける。

 ベルマン屋敷も立派だと思うが、こっちは二つくらいランクが上だな。


「はい、ただいま参ります! 少々お待ちを」


 二階から声がしたかと思うと慌ただしく移動する物音が聞こえる。

 どうやらご本人が応対してくれそうな雰囲気だ。

 てっきり家令かだれかが取り付いてくれると思ったんだけど。

 ドアはすぐに開けられた。


「お待ちしておりました、どうぞ中へ!」


 ……あれ? 俺を入れていいのか? カイルと間違えられてる?

 同じ顔だからあり得るのか、俺の挨拶聞こえてなかったかな。

 エレナさん、予想外れてますよー。


「あ、えっと、カイルの兄、アインと申します。失礼ですがリーリアさんでよろしいでしょうか?」


 念のため、目の前の少女に確認する。

 齢はルイズより上でエレナよりちょっとだけ下くらいかな?


「あぁ、挨拶も無しに失礼しました。リーリアと申します。本日はよくいらっしゃいました」


 最初こそ焦っていた様だが、いざ挨拶となると上品にスカートをつまみ上げて礼をする。

 こういう動きが様になる人っているんだな。

 さすが、学校で習っているだけある。

 リーリアは挨拶は済んだとばかりに俺を中に招き入れようとしているが、いいのだろうか……。

 まあ俺はちゃんと自己紹介をしたのでさすがに後で怒られたりはしないだろう。

 ついていくことにする。

 一階奥の応接室に招かれると、リーリアはメイドさんにテキパキと指示をしてお茶の用意を始める。

 急な訪問なのでちょっと悪いなと思わないでもない。

 あまり世話をかけさせたくもないので早速本題に入ることにした。


「こちらのナイフについてです。リーリアさんより送られたもので間違いないでしょうか?」


「! なにか粗相がありましたでしょうか? こちらは我が家の女系に伝わる宝刀です。私が祖母より受け継ぎました。これでも用意できるものの中で最も相応しいものを選んだのです……」


 想像以上に重かった。

 人に渡しちゃだめでしょ! 一度返しておこう。

 今のカイルには重すぎる。

 なんならデートの取り持ちくらいするから!


「……この短刀が由緒正しいものだということはわかりました。問題はこちら側にありまして」


 ちょっと押され気味にそれが問題ではないと伝える。

 頑張れ俺!


「今現在、弟は込み入った状況にあります。俺は伝承には疎いのですが、聞けば強い意志が無ければ渡せないと言われる作法だとか。今の弟にはこの想いに答えられないのです。そのことを伝え、こちらをお返しするために名代として参りました」


 話を聴いたリーリアは口元を手で押さえて押し殺したような声で話す。


「そんな……、アイン様、話を聴いて頂くだけでもお願いできないでしょうか。どうか、無理をきいてこちらを受け取って頂けないでしょうか……」


 どうも覚悟だけなら本物らしい。


「……俺が話を聴いて伝えることはできます。本人に伝えるかどうかは確約できません。それでもよろしいですか?」


 その熱意に免じて人の恋路をむりやり覗かされる苦行を甘んじて受けようじゃないか。


「? ありがとうございます! よろしくお願いします! 私の――」


 そして彼女は命まで賭けようとした一世一代の告白を行った。


「――私の兄を救って欲しいのです!」


 その告白は恋とは全然関係なさそうなものだった。

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