第26話 気晴らしがしたい
騎士 レア・ペンドルトンには悩みがあった。
少し前まで自分にとって悩みとは、体調の思わしくない父ランドについてと父の運営する道場の経営が芳しくないことだった。
後者については先日、あの日々はなんだったのかというくらいあっけなく解決した。
前者についても最近は小康状態でむしろ上向いているとすら思える良い状況だ。
それでは今自分を悩ませているものとはなんなのか。
それはかつての悩みを解決に導いた事実そのものだった。
◇◆◇◆◇
最近の克技館は大盛況だ。
毎日見学者が詰めかける。
王都の人間のみならず、近くの村落、時には隣国からやってくるものもいた。
身分も様々で平民だけでなく騎士や武を磨く高位貴族がお忍びで現れることもあった。
中にはやんちゃな人間も含まれている。
ちょっと有名になった若者に恥をかかせてやろうという意地の悪い人間が道場破り紛いのことをけしかけてくるのだ。
別段、相手をする必要もないのだが、師匠は大抵申し出に応じた。
適度に相手に見せ場を作り、最後には必ず打倒した。
見るものが見れば実力の差が歴然であることがわかる勝ち方だ。
大半はすごすごと逃げ帰り、ごく一部は心を入れ替えて自分の不明を詫び、弟子入りを志願した。
その光景を目の当たりにするたびに、他の見学者たちは感銘のため息をつく。
今、目の前に居る若き美貌の剣士は本物の英雄だと。
現在、克技館は新弟子の受付を止めている。
現行の指導の質を維持するためというのが理由だ。
事実、師範は療養中、師範代が一人だけという体制に対して指導できる人数は限られる。
だからといって古参の中から新たな師範代を選べるかというとそういうわけにもいかない、なにせ師範代となるからには師匠と同格となるのである。
古参はみな、師匠の実力を嫌というほど知っているので口が裂けても自分が並び立つとは言えなかった。
場所も問題だ。
もともとこじんまりとした道場と裏庭のような修練場のみだったが、小所帯の克技館には充分だった。
しかし、今の新弟子希望者の一部でも受け入れるつもりなら絶対的に場所が足りない。
そんな広さである。
当然、道場の引っ越しを希望する人間は大勢いるし、お節介にも新しい場所を都合すると協力を持ちかけてくる裕福な人間も居た。
場所代はとらないから身内を指導してくれというのである。
もともと希望者を断らないのが克技館の考え方なので、非常に断りにくい提案ではあった。
指導者の不足が解決するまで話は受けられないと言ってある。
俺は今、師匠と菓子をつまみながらお茶を飲んでいた。
橘花香襲撃事件のときのお礼をするために持ってきた菓子だ。
アルバン伯父さん達も別にお礼をしたはずだが、今回の協力は俺の一存でお願いしたことなので、こうするのが筋だと思ったのだ。
弟子としては短い付き合いだがそれでも師匠については色々と分かったことがある。
その一つが師匠は甘いものが大好物だということだ。
ルイズもそうなので、剣の道と甘味には相関性があるのかもしれない。
いつも真面目な顔をしている師匠は甘味を食べる時だけは幸せそうな顔になる。
その時だけは年相応の顔に戻るので結構どきっとさせられたりもする。
まあ、俺の理由はともかく、最近忙しそうな師匠に好物でも持って行けばちょっとは楽になるかなという目論見である。
めずらしく時間をつくって自身の修練を行っていた師匠の休み時間を狙ってこれを持ち込むと、せっかくだからとお茶を淹れてくれた。
克技館にお茶くみは弟子の仕事とかいうルールはない。
俺も自分が好きで選んだ菓子なのでありがたくご相伴にあずかって世間話をしていると、出るわ出るわ最近の愚痴である。
最初はぽつぽつと、ある時から決壊したダムのように……。
俺は相槌をうつことしかできない。
「――わかるでしょう。私に出来るのは戦うことと、戦いかたを教えることだけです。あとはまあ、冒険者でしたから旅の作法くらいは知っていますがそんなものなのです。間違っても貴族様との付き合い方なんてわかりませんし、道場を大きくする計画なんて立てられないんです。父もあんまり経営に関しては才能がないみたいですし、もう八方ふさがりです」
自分ももうその貴族様であることを忘れているかのような話し方だ。
本当は俺は跪いて発言の許可を得るべきなのだが……。
そういうことをしても師匠を困らせるだけなので、ちょっとだけでも建設的な話をしてみる。
もしかしたら相槌よりいいかもしれない。
「つまり、新弟子希望者が殺到して処理しきれないのが問題なのですね。ここはひとつ、郊外で体験訓練とかしてお茶を濁してみたらどうですかね。面白半分の人とかそれで落ち着くかもしれないですし、人が多くてもなんとかなるでしょう」
「……」
俺の前にいながら俺を見ていなかった目線が焦点を結ぶ。
おかえりなさい師匠。
これは続けろってことですかね。
「無理じゃない程度に手数料をとって、必要なものは指定してもちよりとかにすればそこまで準備もいらないんじゃないかなって。実力者との立ち合いがしたい人が多いなら他の道場に話を持ち込んでみるのもいいかもしれないですね、今なら結構聞いてくれると思うんですよ」
師匠の眼に生気が戻る。
「……良い案です、アイン。ヘイリーにも相談してみましょう。立案者なのですからあなたにも協力してもらいますよ」
六歳児に対する期待が重い。
いや、やらせてもらいますとも、それで師匠がやる気になるのなら。
「わかりました、アルバン伯父さんにも話してみます。伯父さんは道場にも顔が広いですし、師匠には感謝してますから、力になってくれるはずです」
そうだ、これも忘れずに渡しておかないとな。
「それとこれ、橘花香の新商品なんですけど良かったら試して見てください。貴族様方の間でも人気なんですよ。もし使われないようでしたら贈答品にされるのもいいかもしれません」
そういって新デザインの小瓶に詰めた香水とハンカチのセットを渡す。
ハンカチについては俺が実験で作ったポリエステルの化繊製なのだが、素材の加工性を活かしてシルク的な風合いを付けた自慢の一品だ。
しわが付きにくいと好評である。
ちょっと手間がかかるので量産するつもりはないが。
これも師匠に対する気付きの一つなのだが、師匠は結構おしゃれなものが好きなはずだ。
あまり身に着けているところは見たことがないが、フリルの服なんかによく目線がいっている。
仮にいらなくても贈り物に使うとか使い道はあるだろう。
なにせ、最近はクリスタルガラスが貴族間の交渉の材料になっているという話すらあるのだ。
これが師匠の身を守ってくれるなら作ったかいがあるというものだ。
「……ありがとうございます。大切に使わせてもらいましょう」
三秒ほど、箱の中を見つめてから受け取ってくれた。
これなら最近増えた師匠への贈り物にも見劣りはすまい。
ちょっとだけ長くなってしまった休憩を終え、久々にのびのびとした様子で訓練に打ち込む師匠を見学してからお暇することにした。
話はとんとん拍子で進んだ。
アルバン伯父さんは師匠に恩返しできるし、本人が商売よりも剣術が好きという人柄である。
あっという間に各道場に話をつけてワクワクしながら準備を進めている。
他の道場も乗り気な所が多い。
他流試合の経験がつめるし、最近話題の克技館の師範代が間近で見れるというのも魅力だったようだ。
うまくやれば新しい弟子をかっさらえるかもしれないと野心を燃やす道場等もあり、色々だ。
こちらとしてはやる気をだしてくれるならなんでもいい。
あれよあれよという間に話は広がり、ベルマンがやるならうちもと商会がスポンサーにつく。
それならと商魂たくましい在野の商人が出店を申請する。
いつの間にか実力者のトーナメントが行われることになり、当然のように組まれたオッズ表の胴元にはリーデルじいさんが収まっていた。
これが商人かと思わざるを得ない。
完全にお祭り騒ぎだ。
農閑期の終わりというタイミングも良かったのかもしれない。
この騒ぎは橘花香にも良い影響をあたえた。
最近落ち込み気味だったアルバン伯父さんが張り切っているのを見てミレーアさんもカミラ姐さんもエレナもフヨウも嬉しそうだ。
こういうイベントが必要だったのかもしれない。
予定の日時はすぐにやって来た。
準備期間もそう長くはないはずだったが、そうは思えないほどの修練場と武舞台が作られていた。
もともとただの合同訓練だからね、
準備期間そんなに要らないはずだったんだよ。
冬の終わりを思わせる暖かい日差しはまさに行楽日和だ。
目の前では今日のメインイベントだったはずの体験訓練がわいわいと行われている。
ヘイリーさん指導のもと、俺とカイルが量産した土人形に木刀を打ち付けている。
丈夫目につくったので今日一日くらいは持つだろう。
師匠は全体を見渡しながら立っているだけだが参加者は結構満足そうである。
他流の有志なども個々の指導をしてくれており、ちゃっかり自分の道場に勧誘している人もいる。
これは結構うまくいってるのでは?
当初の予定が達成されているようでひとりほくそ笑む。
午前中一杯をつかった体験訓練の後は参加者はみんな満足そうな顔をしていた
。
訓練の後は昼食休憩となる。
参加者は持参品の中に弁当が含まれていたのだが、出店が充実していたためあまり必要なかったなと思う。
みんな思い思いの軽食をつまみながらそれぞれの話題に花を咲かせる。
一番多い話題は午後から行われるトーナメント試合だ。
いつの間にか訓練にとって代わっていたメインイベントに誰も異論をはさむことはない。
話題にあがるのは誰が強いかという話だ。
やれ断心流のレイズは二の打ち要らずだとか、やれ青進流のラグランドは攻守隙の無い最強の騎士だとかそういう話が聴こえてくる。
祭りっぽくていいじゃないか。
今日のメインイベントとなってしまったトーナメント試合であるが、なんと三種類もある。
参加者が多すぎて一つにまとめられなかったのだ。
希望者の実力も達人から素人もどきまで差がありすぎたのでジュニア部門、一般部門、推薦部門の三部門に分けられることになった。
ジュニアと一般は名前そのままで、武舞台も四面を半分ずつ使用して同時に行われる。
最後の推薦については各道場に門下生の人数に応じて推薦数がわりふられ、推薦された達人のみが参加できるトーナメントだ。
推薦するのは自分の道場である必要はないため在野の達人も参加している。
完全に今日のメインイベントだ。合同訓練どこ行った。
俺たち三人も克技館の一員なので全員トーナメントには参加する。
俺とカイルがジュニア、そしてなんとルイズは一般部門である。
師匠の一声でそういうことになってしまった。
それだけの実力が認められたのだろう。
そのうえ奥義の使用を禁ずるとのことなので炎と風の魔術は使えない。
オド循環はいいようだ。
俺とカイルはオド循環も封印することにした。
ジュニアの部には俺も気をつかっており、細身の木刀に弾性のあるウレタンを巻いて皮革で覆ったほどほど柔らか木刀は自慢の一品だ。
怪我人さえ出なければ満足である。
所詮前座のジュニアと一般はさくさくと試合が進む。
結果は俺がベスト4、俺に勝ったカイルが優勝した。
努力の結果が実ったといっていいだろう。
試合が終わって駆け付けた一般部門では驚きの結果が待っていた。
ルイズが勝ち残っていたのである。
ベスト8でヘイリーさんを下すと準決勝を危なげなく勝ち残り、そのまま優勝してしまった。
一般の部とは言え、七歳の幼女の優勝は衝撃的で克技館の名前を観戦者に知らしめることになった。
思わぬ一般の部の伏兵に沸き立つギャラリーの熱気をそのままに推薦の部が開始された。
さすがの達人ばかりの部、一つ一つの戦いが見ごたえのある熱戦だ。
その中にあってなお師匠は強かった。
何か重圧から解放されたかのような軽やかで舞うような戦い方で第一シードからトーナメントを勝ち上がっていく。
推薦の部は用意された木刀と盾の中から無制限に選んで使用できるルールなのだが、師匠が腰に差した小刀(木製)を投擲して隙を作ったときには歓声があがった。
そしてついに決勝、相手は第三シードのラグランド。
精悍な顔つきの若者である。
なんとこの齢で騎士団の副団長であるという。
そんな地位にいるってことは本物の貴族様やんけ、師匠もだけど。
決勝に勝ち上がった二人の実力は本物だった。
この日、少しずつ夕暮れへと向かっていく空の下で行われたこの試合は後年まで語り継がれることとなる。
それは激闘だった。
すべての攻撃を盾で凌ぐラグランドに対して特殊な歩法で隙をつくった師匠はなんと盾に飛び乗りそれをそのまま足裏で蹴り割った。
度肝を抜く攻撃である。
しかし、ラグランドは流石だった。
即座に盾の残骸を捨てると激しい打ち合いに持ち込む。
話に聞く牛若丸と武蔵坊弁慶の戦いのような空中戦は一転、目にも止まらぬ乱打となり、ついには両者の木刀が砕け散るに至った。
観客がすわ引き分けかと迷った一瞬のうち、ラグランドの懐に踏み込んだ師匠の投げが決まる。
武舞台の真ん中に大の字になって仰向けに倒れるラグランド。
体格の差から考えれば魔法のようなその技は試合の結果を全員に知らしめるのに充分な一手だった。
歓声が上がる。
誰も負けたラグランドが弱かったなどと微塵も思わない天晴な決勝だった。
この日、最後まで見物していたことを後悔したものは誰も居ない。
経験者は家に帰って素振りをしようと思ったし、未経験者はみな、剣術を習おうと思った。
終わってみれば克技館の実力は圧倒的だった。
すべての部門で優勝をかっさらい、七歳の少女が大人を打ち据えてすら見せたのだ。
その名声は翌日、王都中に広まり、これ以上無いと思われた克技館の人気を再度爆発させたのだった。
……あれ?
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