第25話 悪意(下)
夜空に花火のようなものがあがる。
あれは連絡用の魔術だ。
この回数は問題無しの一番いいケースのやつだな。
良かった。
室内に仕掛けた罠なんかは無駄になったということだが、みんなの無事が一番だ。
これで自分の仕事に集中できる。
走って逃げるターゲットに意識を向ける。
結構速いが循環を使えば追いつける程度だ。
それにこいつの目的地は当たりがついている。
落ち着いて追いかけよう。
ターゲットは予想通りの場所へと辿り着いた。
ある豪商の愛人宅だ。
このあたりの人間関係を洗うのに少し時間がかかってしまったが、なんとか間に合った。
焦って門を叩く犯人。
しばらく様子を見ていると壮年の太った男性が現れた、件の豪商その人だ。
これは、ここで決められるかもしれないな。
もうちょっと時間がかかるかと思ったが。
ターゲットの足に向けて新開発の魔法を放つ。
樹脂紐にゴムのウエイトを付けたボーラと呼ばれる道具だ。
魔術で射出方向を決めておくと結構射程が長く、使い勝手が良い。
魔術師相手にも使える拘束術として準備していたものだ。
同様のものをばね式にしたものを今回、橘花香の周りにもしかけてある。
同時に音と光の出る連絡用の魔術も上空に放っておく。
ターゲットはボーラに足を巻き取られ、近くに居た豪商を巻き込んで倒れ込んだ。
しばらく二人でもぞもぞしているのを観察してから声をかける。
「すみませーん。この辺りに物取りが逃げ込んだみたいなんです。危険ですから戸締りをしっかりしてくださーい。押し入りをしようとしていた凶悪犯なんですー。おや、あなた大丈夫ですか?」
言いながらどさくさにまぎれて門の内側に入っていく。
「い、いや、私は……」
何事かもごもご言っているのを適当に往なしていると、「予定通り」リーデルじいさんがやってくる。
バンさんたち兄弟子も一緒だ。早かったな。
「アイン! 無事か!」
半場本気で俺に尋ねるじいさんに「大丈夫だよ」と声をかける。
ちゃんと演技してくれるだろうか。
「おや、あなたはベンハ商会の……、やや、そこに倒れているのは我々の追っている下手人では?」
大丈夫みたいだ。
演技が適当なのは俺も一緒なんだが、目が怖い。
相手を気に掛けるようなことを言いながら、我が子を守る狼のような獰猛な目をしている。
「いや……、こいつは……、私は知らない、知らないぞ」
「ふむ、こんな時間に戸を開けられるとは不用心ですな。下手人に押し入られたならともかく、自分で迎え入れたように思われますぞ」
「ち、違う! わ、私はこの男に戸をこじ開けられたのだ。あと少しで押し入られるところだったのだ!」
俺が追いかけていた男は顔を青くしているが何も喋らない。
なかなかの忠誠心をお持ちのようだ。
「ふむ、危ないところでしたな。間に合ったようで良かった」
「あ、ああ、ありがとう助かりましたよ。あとは……、そう、衛兵を呼べば、ここは大丈夫です、こちらで呼びにやりましょう。お任せ下さい」
流れが変わったと感じたのか、事態を収拾するために動き出した。
しかし、イニシアティブを渡すつもりはない。
「そういうことでしたら、お気になさらず。もう呼んでありますので」
図ったようなタイミングで槍を持った衛兵たちがやってくる。
ここに居ない兄弟子たちに呼び出して貰っていたのだ。
賄賂や息のかかった衛兵で事件をもみ消させないためだ。
「私も店を一つ襲われた当事者ですから、現場検証にはきっちり立ち会いますよ。犯人をすべて捕まえなければ気がすみませんからな」
その眼には、逃がすつもりは無いという意志が炎となって燃えている。
敵を誘き出すために、店を離れなければならなかったリーデルじいさんは、それならとこの役目だけは自分がやると固辞したのだった。
やる気満々だ。
「アインや、よく頑張ったね。今日はもういいからお店の方に戻っておきなさい。バンさん、この子を店まで連れていってやって下さい。よろしくお願いします」
そういって、老いてなお壮健な血濡れのリーベルは獰猛な牙を剥いたのであった。
二の月十二日未明、王都で化粧品を商うベルマン商会店舗「橘花香」に押し入った八人の下手人のうち七人が「偶然」店舗に滞在していた武芸者に取り押さえられた。不幸にも店主不在の橘花香であったが、強盗の知らせを受けて激怒した商会の会長リーデル氏が即座に警備隊を編制、未明のうちに捜査を開始した。リーデル氏は逃げ延びた犯行グループの最後の一人をベンハ商会会長ガランテ氏の別邸で逮捕。当初、逃げ込んだ犯人とガランテ氏の間に争った様子が無かったことから、ガランテ氏の事件への関与が疑われたが本人はそれを否定、「自分は嵌められた」という意味の発言を除いて黙秘していた。しかし、逮捕された各実行犯の証言と捜査に参加した王国騎士団の協力によりガランテ氏は発言を急変、自身が計画したことであると自供した。本件へ王国騎士団が協力した理由は、襲撃を受けた武芸者自身が名誉騎士爵を持つ貴族であったためであると言われている。
以上が王都の各冒険者ギルドに掲示されている王都報に記載された事件のあらましだ。
じいさんが激怒とか書かれていてちょっとエンターテイメントよりの新聞だな。
冒険者に情報と酒の肴を提供するのが目的なのだろう。
また師匠に武勇譚が増えてしまった。
そう、襲撃を受けたあの日、橘花香には師匠が待っていた。
仮に犯人たちがアインとルイズを退け、仕掛けまくった罠をかいくぐってカミラ姉さんたちのもとに辿り着いたところで、二人を害することは『絶対に』無理な話だったのだ。
事実はもっとお粗末で、店舗にも入ることすらなくカイルとルイズの手によって完封されたようだが。
監視者たちを尾行してアジトに辿り着いた俺は、情報収集を終えて帰ろうとしていたところで気になる発言を聞いた。
「報告に行ってくる」と言ってアジトを離れる者が居たのだ。
最後にガランテ会長のところへ連れていってくれた奴だな。
この発言を聞いた俺は葛藤した。
ここで一度引くか、こいつを尾行して踏み込んだ情報を集めるかの選択にだ。
暫く逡巡した俺は、そいつがアジトから出ていくのを見て追いかけることを決めた。
真犯人を探っていつでもケリをつけられるようにしておきたかった。
しかし、ここで誰かに連絡をとれればもっと良かったのだが、連絡魔術は他にも研究しておいた方が良さそうだ。
その後は尾行を開始してガランテの愛人宅に辿り着き、場所を確かめてから橘花香へと帰った。
真犯人が判明した場合の計画は帰り道であらかた出来上がっていた。
夜のうちに計画のたたき台をみんなに説明してリーデルじいさんを説得した。
翌日はみんなで手分けして色々と下準備をしたというわけだ。
リーデルじいさんは橘花香を離れた分比較的自由に動けたので監視者が報告を行った邸宅の持ち主を調査したり人員を手配してもらった。
師匠のところにはルイズに向かってもらった。
監視の目を掻い潜って橘花香に入り、みんなを守って欲しいという難題だったが、こともなげに隣家の屋根を伝って窓からやっていて、「弟子を守るのは当然のことです」と計画に協力してくれた。
なんだか持ってきた剣というか刀の拵えが上等なもので、師匠の本気が伺われる。
もしかしたら貴族間の付き合いでストレスとか溜まっていたのかもしれない。
その間、俺やカイルはフヨウと交代で休憩を取りながら逆監視をおこないつつ、せっせと店の内外に罠をしかけた。
外は目立つ可能性があったのでちょっとだけだが建屋の中はかなり本気でやった、出番はなかったが……。
そんな感じで、リーデルじいさんに帰ってもらうことで襲撃犯をおびき寄せて現行犯と同時に芋づる式に黒幕を叩く作戦はあっけなく成功したのだった。
道場のみんなに手伝ってもらう長期戦ケースや黒幕を別途叩くケースなど色々と計画していたのだがほとんどは日の目を見ることなく終わってしまったな。良いことだけど。
数日後に帰宅したアルバン夫妻は事件の話を聞いて顔を青くした。
面倒をみるために家政婦は依頼していたが護衛が必要な事件が発生するとまでは考えていなかったからだ。
二人とも自分たちの考えが足らなかったとしばらく落ち込んでいた。
一方で、早期の事件解決に貢献し、娘たちのために夜を徹して警戒を続けたフヨウについては深く感謝をしていた。
それはあまりの様子にフヨウが恐縮するほどだった。
犯人であるガランテの動機はまだ十分な自供が得られていない。
ただ、彼のベンハ商会は化粧品や貴族の女性向けの商品を多く取扱っているという事実から、関係者にはある程度想像できていた。
これまで、あまり競合することのなかったベンハ商会とベルマン商会だったが橘花香の開店で様相が変わって来た。
特に橘花香でしか手に入らない宝石のようなガラスの小瓶を利用した製品の数々は昨今、社交界の淑女の皆さまの間で大流行しているようだ。
各地の領主貴族までが王都にやってくると一度は橘花香に使いを出して仕入れの様子を確認するという。
……つまり、今回の事件の責任の一端は間違いなく俺にあった……。
アルバン夫妻を含む橘花香の面々には正直にこのことを話して謝ったのだが、みんなあまり俺のせいだとは思わなかったようだ。
一時は仕入れ中止も考えていたのだが、謝るくらいだったら増産してくれと言われてしまった。
今更、強い需要を前になかったことにはできないのだ。
ということで今、俺とカイルは罪滅ぼしとしてせっせと小瓶の量産作業に勤しんでいる。
カイルは完全にとばっちりだが。
原材料は完全に枯渇してしまったので、建築資材なんかに混ぜて少しずつ取り寄せてもらっている。
一番仕入れが目立ちそうな鉛は以前買い取った白粉からまだ補給できるのでなんとかなりそうだ。
需要があまりに多すぎて橘花香でつくると卸作業で目立ってしまうということで、今はベルマン商会の倉庫の端っこが臨時工場となっていた。
ここからいくつかの店舗や倉庫を経由して供給することでどこから仕入れているかをうやむやにしてしまう算段だ。
この時期の倉庫はまだ冷えるので火鉢を持ち込んで暖を取っている。
そのすぐ横では現場監督名義で遊びに来ているカミラとエレナ、フヨウと護衛のルイズがみんなで俺たちが作ったカードゲームで遊んでいる。
その和やかな様子を見て、みんな無事に事件を終わらせることが出来て本当に良かったと心から思う。
たとえ自分達がそこに参加できず、内職に勤しまなければならないとしても……。
ほんとごめんなカイル。
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