第23話 雪とテストと召喚状
年越しも終わり、めっきり寒くなってきた。
街には雪が積もって俺たちは大騒ぎである。
これまで温暖な地域で過ごしてきたので王都の寒さはキツイものがあるのだが、こういうのは大歓迎だ。
橘花香の従姉姉妹とフヨウも巻き込んで雪合戦をしたり、俺が説明して雪だるまに雪うさぎ、かまくらを作って遊んだりした。
雪だるまは似たようなものがあるようだが他の二つは結構好評だった。
そんな子どもらしい一日を過ごしてベルマン屋敷に帰りつくとロムスから手紙が届いていた。
泥のように疲れていた体に活力がみなぎる。
勝手にオド循環も高まった気がする。
手紙をユンさんから受け取ると子ども三人われ先にと開封して読み始めた。
内容は、定番の季節の挨拶や体の心配に始まってゼブが任務を終えて無事ロムスに帰りついたことが書かれていた。
良かった、ひと安心だ。
となりのルイズもいつになく嬉しそうで俺も嬉しい。
他にもゼブの調査の結果、アーダンで物資の動きがありどうやら春以降にエルオラ街道への出征と魔物狩りがありそうだということが書いてあった。
うまくいけば封鎖が解除されて王都とロムスの距離がグッと縮まることになる。
まだどうなるかはわからないが朗報だ。
他にはロムスの近況とか季節の野菜が届けられたとかそういう話が内容の大半だったが、爆弾は最後に設置してあった。
その内容はこうだ。
『夏にはあなた達の弟か妹が産まれます。いつか顔を見てやって下さい。体に気を付けて。
クルーズ、エリゼ』
他にもイルマ達からルイズへ向けた手紙等いろいろあったのだが全部吹き飛んでしまった。
カイルとルイズは無邪気に喜んでいる。
俺もクルーズたちあの屋敷に夜は二人っきりだもんなー、とか下世話なことをちょっと思ったが嬉しいニュースなのは間違いない。
出産に関わる危険は気になるが、イルマやクロエが付いていてくれるんだから俺がどうこういっても仕方がないか。
リーデルじいさんもこのニュースには喜んでくれた。
新しい孫が生まれるということで、その日の夜はちょっとしたホームパーティとなった。
急に準備で忙しくなったしまったユンさんも嬉しそうに喜んでくれた。
いつも以上に気合を入れて家事を手伝っておくことにする。
雪合戦と合わせて、今日はクタクタだ……。もう指一本動かない。
幸せな脱力感とともに眠りに落ちた。
そんなサプライズもありながら、俺たちには今、目をそらすわけにはいかないことが一つある。
期末に魔術院で行われる進行度試験だ。
座学のテストは出来が悪いと最悪留年がありえる。
家族に迷惑をかけたくないし、早く弟か妹の顔も見たいのでなんとしても避けたいところだ。
テストの内容は六科目を一日で行う形で、翌日が実技ということになっている。
実技については逆にあまり目立ちたくないというルイズの発言を鑑み、三人で示し合わせて印象が悪くない程度に同じような結果となるように調整することで話がついた。
真面目にやっている同期にはちょっと悪いなと思う。
なんにせよ、座学中心の勉強方針が決まっている。
とは言っても俺はあまり心配していない。
なにせまわりが子どもばかりだし初年度だ。
講義でわからないようなところもないので復習中心でやればいけると思っている。
カイルとルイズもどこかで詰まっている様子はないので一緒に勉強すればいいだろう。
なんて思っていたのだが、ちょうどタイミングがあったので念のため確認をしてみることにした。
「期末試験の内容が知りたい?」
「初めての試験なのでどんな感じかなと」
「そうはいっても初学年の試験なんて、授業にちゃんと出てるならあまり落ちたりしないだろ。歴史と魔術理論でちょっと暗記が必要なくらいだな。ノートを取ってるなら重要そうな語句と順番覚えておけばそれなりの点になると思うぞ。時間が足りなくなるような問題数じゃないからゆっくり解けばいい。それより、お前の見た魔法石の話をちゃんとしてくれ」
ご存知の通り、ここはラーム術具店。
二度目のご来店である。
今回は俺一人でやってきた。
カイルたちは橘花香に居るはずだ。
何か買っていくわけではないので完全に冷やかしだが、コレン先輩は嫌がるそぶりも見せずに教えてくれる。
面倒見のいいひとだ。
「さっき言った通りですよ。秋に行った魔物狩りでうちの師匠がでっかいアロガ・ベアを倒したんですけど、そこにあるやつの十倍くらいの大きさの魔法石がとれたんです。騎士団の人に預けちゃいましたけど」
「魔法石はな、でかいと基本どんどん高くなるんだよ。二倍の重さで十倍くらい値段差があることもザラだ。そいつの十倍なんて言うとおとぎ話くらいでしか聞いたことがない。ダンジョンでもそうそう手に入らないんじゃないか。二百年くらい前の魔王との戦いで砕け散った魔法石っていうのがそれくらいの大きさだったって言われてるけどな。アロガ・ベアってそこらの森にも住んでる魔物だろ。今までそんな話は聞いたことがないな。本当にあるなら俺も見てみたいよ」
「そうはいっても、この目でしっかり見てますからね。噂話としては正確な方だと思いますよ。しかし、この食いつきっぷりはやっぱり仕事柄ですか?」
「そりゃあな。俺も今年からは術具屋だからな、そういう特別なものも見ておいて経験を積んでおきたい」
「そういうコレン先輩は卒業前の期末試験はいいんですか? 結構余裕ありそうですけど。今も働いてますし」
「俺が店番してないと成り立たないからな。ばあちゃんには調整の仕事に集中して欲しいし。まあ、五年次にもなると座学は傾向と対策ができてるからそっちをちゃんとやってれば大丈夫だ。高学年は研究課題もあるんでそっちで躓くやつは結構いるな」
「先輩は大丈夫なんで?」
「俺はそもそも術具が専門だからな、研究もそれでやってるしそれ自体が今後も仕事になるわけだからあんまり困ってないな。今の話を聞くのだって研究の一環みたいなもんだ」
「あぁ、確かに。それなら俺も魔術の研究が趣味なんで結構なんとかなりそうですね」
与太話が研究に役立つなら嬉しい。
今日はアロガ・ベアの魔法石について聴こうと思って来たんだが、試験のこととか聞けてよかったな。
それとついでにこれも渡しておこう。
「これ、親戚の家で取り扱ってる商品なんですけど、良かったらどうぞ。色々教えてもらったお礼です」
行きがけに仕入れたガラス瓶の余りを一つ渡す。実験とかでも使い道があるはずだ。
「見たことないくらい透明なガラスなんだが……、いいのか?」
「身内価格ですから。俺からもらったことは内緒にしておいてください。結構人気らしいので」
なんせ、今でも小まめにせっせと作ってるからな。
そんな感じで店を出た。
さて、試験勉強でもするか。
結論から言えばコレン先輩の言った通りだった。
大した苦労もなく六科目の試験を終える。
全問正解かはともかく、詰まって書けないところは無かったな。
この様子だと二人も大丈夫だろう。
余裕があったのでだいたいの設問も覚えている。
帰ったらメモしておこう。
翌日の実技はある意味もっと緊張した。
新学期前の実力に講義で習った内容を良い感じにもりつけていったあれは俺たち三人の合作にして力作だ。
試験監督の満足そうな顔を見た時はガッツポーズをしそうになったものだ。
これで晴れて俺たちは冬休み。
春がくるまでの長期休暇がやってくる。
が、あんまり生活が変わっていない。
初めての長期休暇なので帰省を考えたいところだが雪のせいで断念している。
少なくともウオス山の通行は無理だし今のところ同行してくれる保護者も居ない。
その結果、王都でおとなしく過ごすことになってしまったのである。
生活もあまり変化がない。
毎日の登校こそないものの、結構な頻度で図書館へ行くために学院には通っていた。
当然のように道場は開いているし、あえて言えば橘花香で過ごす時間が増えたくらいだ。
そんな変わらない日常とちょっと残念な長期休暇だったがある日大きなイベントが転がり込んできた。
師匠の叙勲である。
つまり、レア師匠は貴族となったのであった。
この話についてはアロガ・ベア討伐のその後から始めることになる。
俺たちから話を聞いたライルとケイトの上司は約束通り師匠の功績をいくつかの経路から上申した。
これは都合が悪い人間がもみ消したりしないようにである。
なかなか勇気のある行動であるように思う。
それと同時に即座に調査隊を編成し、事件の翌日にはアロガ・ベアの死骸を回収することに成功した。
死骸の実物を確認するに至って、騎士団の上層部は震撼することになる。
この時点では事件の概要についての報告のみが行われており、魔法石の実物については団長をはじめとする首脳陣は確認していなかった。
あまりにも類を見ない大きさであったため、偽物でないことを宮廷魔術師のもとで調査していたためだ。
魔法石の実物とそれにふさわしい魔物の存在を確認して初めて、騎士団は事件を過小評価していたことを理解したのだった。
報告にアロガ・ベアと魔物の名前が書かれていたことが不幸の原因だった。
読んだ人間に多少強い程度の個体という認識を与えてしまったのだ。
件の小隊は運悪く人的被害を出して冒険者に助けられた程度だと。
王都のすぐ近くに危険な魔物が迫っている。
あるいは新たな魔王誕生の予兆である可能性すらあった。
事態は想定を超えて危険であると判断され、大規模な部隊が編制されて周辺の森林に対して調査が行われた。
幸いにも他の個体の存在は確認されず、討伐されたものが暴れた後と思われる残骸が確認されたのみであった。
これによって討伐された魔物は突然変異の特殊個体という結論が下された。
目の前の危険が去った今、問題となったのは特殊個体を討伐した人間だ。
その個体は槍をもった騎士ですら刺し通すこともできない毛皮を持っていることが確認されている。
報告によれば子どもと怪我人を何人も抱えた状態でその全てを守ったまま実質一人で魔物の首を落とした人物がいる。
しかもうら若い女性だという。
当初はその実力を疑う声もあった。
しかし、調査してみればダンジョン探索経験のある一級冒険者。
王都で実質一人で道場を運営しており評価も高い。
あるいは偉業を成し遂げうるのではないかという傍証が集まるにつれてその声も無くなっていった。
最後に高位の貴族、助けられた騎士のうち一人の実家が擁護したことが決め手となった。
もはや、この人物を軽々と扱うことはできない。
次に必要なのは騎士団と王国の面子を維持しつつ、この人物を活躍させる筋書きだ。
民を脅かす脅威となる魔物が王都のすぐ近くまでやってきた。
それを見つけた騎士団は、魔物を民に一歩も近づけまいと決死の覚悟で戦いを挑んだ。
多大な犠牲を払ったものの、偶然修行をしていた美貌の武芸者と協力して死闘の末に討伐に成功した。
そういうことになった。
状況証拠に嘘はなく、関係者の認識にもそう大きなずれはない。
武芸者の反発が予想されたが、彼女は意外にも「自分だけの力で打ち取ったわけではない、一定の報酬が貰えれば反意はない」と謙虚な反応を示した。
この発言は騎士団の人間に武芸者の清濁併せのむ柔軟さと欲の無さを知らしめ、かつ小さな罪悪感を覚えさせた。
自分たちは身内を助けてもらった上で、秘宝とも呼べる魔法石と高価な素材をとりあげているのだ。
ちっぽけな報酬では足りない、なんらかの形で報いねばならぬ。
そういった考えがさざ波の様に広がっていった。
そのさざ波は、娘を助けられた高位貴族のもとに届く頃には大きな波へと変化していた。
波は一人や二人の意志で止めることは叶わない。
王のもとに届いたころには英雄への名誉騎士爵の叙勲申請へと変わっていた。
かくして誰が意図したでも無い英雄譚がここに生まれることとなったのだ。
以上が、克技館へと報告に現れたライル達と上司殿、師匠の話を総合的に判断して俺が考えた流れである。
そんなに事実と外れてはいないはずだ。
アロガ・ベアの件、時間がかかっているなと思ったら政治の話になっていたのか。
ここまでの経緯で何度か騎士団の人間が道場を見学に立ち寄っていたのもそういうことだったんだな。
余談だが、見学に来た騎士はみな師匠の立ち合う姿に見ほれ、何人もの大人と同時に打ち合うルイズの姿に驚愕して帰って行った。
年端も行かぬ女の子がこのように苛酷な修練を積んでいるならば、あるいは英雄の一人も生まれるのかもしれない。
そういう感想を騎士たちに植え付けた可能性はあるな。
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