第22話 死闘、そのあと
殺気を感じた時、怪我人を連れて逃げ切ることはできないと直感した。
あの、生物として異質なほどの殺意は以前ダンジョンで感じたものとそっくりだ。
父のいない今の私は戦うことができるだろうか。
迷っている暇は無い、なによりもまず時間を稼ぐ必要がある。
「ヘイリーと合流してください!」
最低限の指示を出して矢を放つ。
けん制の一撃。
矢を追いかけるようにして走り出す。
当たらなくても構わないと思っていた矢は思いがけず魔物の右腕に命中した。
浅い! 突き刺さりすらせずに矢は地面に落ちる。
もともと当てるつもりのなかった矢だ、気を取り直して相手の右手外側へと回り込む。
殺気を感じた時に普通ではないと思ったが、ここまで大きいとは……。
ゆうに自分の倍以上の上背がある目の前の魔物はもはやアロガ・ベアとは言えない凶悪な存在と化していた。
攻め手を選んで相手の攻撃を避けていると、ポンと何かが割れるような音がした。
恐らくアインかカイルがヘイリーに連絡するために魔術を使ったのだろう、それでいい。
あとはうまく距離を稼いで欲しい。
決め手に欠けたまま戦いが続く。
そろそろ、この魔物の恐ろしさが驚異的な丈夫さの毛皮や大きさにそぐわぬ速さだけではないことを認めなければいけない。
わざと隙を見せ、こちらの攻撃を誘う。
必要ならその剛腕でけん制の一撃を放つ。
攻撃のひとつひとつが老獪なのだ。
これは不味い。
敵はこの先に怪我人が居ることに気が付いている。
こちらに隙をつくるために私を無視して弟子たちを追いかけるという手を使うことがありえる。
もしその方法を選ばれたら、私には事態を打開する手がない。
いずれ弟子たちが追い付かれるか、追いかけようとして隙を見せた私が打倒されるか、どちらにしても敗北が決定する。
その迷いを読まれたかのように一撃がやってくる。
危うく避けるが体勢を崩された。
不味いと感じたところで傍らの木の幹が爆ぜた。
魔物がそちらに気を取られているうちに構え直す。
ついで、先ほどと同じように魔物の左肩が弾かれる。
魔術による援護攻撃?
アイン達がやっているのか?
あの毛皮に手傷を与えるほどの攻撃なのか。
初めて魔物の気配に焦りが生まれる。
続けて放たれる魔術に魔物の動きが悪くなる。
これならいける。
相手から選択肢を丁寧にうばっていく。
はじめは指先、次は肘、攻撃を躊躇したところで踏み込んで足の腱だ。
魔物が怒りの咆哮をあげようとしたところでそのまま大地に飲まれるように下半身が消えた。
目の前には敵の首。
この隙を逃す手は無かった。
◇◆◇◆◇
「……終わったのか?」
バンさんがつぶやく。
「恐らく……少なくとも師匠は無事です」
「俺が確認に行こう」
いつの間にかヘイリーさんが戻ってきていた。
魔術に集中していてそんなことにも気が付いていなかった。
マナ感知はつかっていても視野が狭くなっていると意味がないらしい。
ルイズとカイルが守ってくれてないとやばかったところだ。
今回は課題ばかりが増えていくな。
これが実戦か……。
気が付いてみれば動きまわったわけでもないのに、汗びっしょりになっていた。
ヘイリーさんが辿り着くのを待つまでもなく師匠が戻ってくるのが見える。
やっと勝利を確信した俺たちは歓声をあげた。
全員で合流して話し合った結果、実地検分を行うことになった。
マナ感知に今だにある変な反応も気になるので足早にアロガ・ベアの死体に向かう。
「あのときの爆発はアインかカイルの魔術ですか? なにか礫か棒のようなものを飛ばしていたようですが」
あたりまえのように銃弾の形状を見分けるようなことはやめて欲しい。
「俺がやりました、あまり傷は負わせられなかったようですが」
「いえ、あの攻撃が決め手になりました。ありがとう、アイン」
褒められれば悪い気はしない。
ぶっつけ本番だったことは黙っておこう……。
「これは、見事に切り落としましたね。流石師匠です」
アロガ・ベアはばっさりと首を落とされていた。
まさかここまで完璧にとどめが刺されていたとは、アシスト冥利に尽きる。
「こうする以外に命を取ることができなかったのです。これはそこらの魔物とは比べ物にならないしぶとさでした」
そもそも達人じゃないと選べない手法ですよね。
「師匠以外無理でしょう。しかし、素材はどうしますかね」
ヘイリーさんが言う。
もともとアロガ・ベアは毛皮に爪に骨と使える素材の多い魔物らしい。
これだけでかいと値段もかなり高くなるだろうとのことだった。
しかしデカくて持って帰るのは無理そうだな。
次のひとことで唐突にマナ感知の反応の正体が判明した。
「魔法石だけ回収してあとは騎士団に任せましょう」
魔法石! 一部の魔物のみが持つ術具の素材か。
流石にこれだけ大きいとそんなものもあるのか。
そういえば、この反応は魔力がこもった術具とよく似ているな。
強さが全然違うけど。
やるべきことはすんなり決まったが実行は困難を極めた。
死体の毛皮にナイフが全く通らないからだ。
師匠にもうひと働きしてもらうかと相談していたところでルイズが手を挙げた。
こういう積極的なルイズは珍しいな。
彼女は例の火魔術を使用するとバシバシ毛皮に切れ込みを入れていく。
戦闘での出番が少なくて鬱憤が溜まっていたのかもしれない。
ではいざ魔法石、というところでバンさんに連れられて二人の騎士、ライルとケイトが現れた。
少し離れて休んでいたはずだ。
「こいつらが、どうしても魔物を確認したいって言ってな」
このアロガ・ベアは彼らにとって仇そのものだ。
そういう気持ちはわからないでもない。
「本当に倒したんだな……、ありがとう、隊長たちの仇を討ってくれて」
落とされた首を見てしばらく茫然としていたが、ちゃんととどめを刺されていることを確認したライルが泣いている。
ここであれも伝えておかないとな。
「すみません、俺の運んでいた鎧なんですが……」
アロガ・ベアとの戦いで魔術の素材にしてしまったことを謝る。
「構わないさ、あんたたちが来てくれないとどうせおしゃかになってた鎧だ。それにあのアロガ・ベアに俺の鎧で一矢報いてくれたんだろう。お礼を言いたいくらいだ」
しばらく驚いていたライルは感慨深そうにそう零した。
あれはライルの鎧だったらしい。
確かに大きい方を俺が運んでたしな。
そんな話をしていると、魔法石の取り出しが終わっていた。
肉もかなり丈夫だったようだが毛皮ほどではないようだ。
デカい……。
アロガベアの巨体に見合ったその魔法石は赤ん坊の頭くらいの大きさがあった。
いままで見た術具とはサイズが大きく異なる。
コレンが持っていたものの十倍くらいの重さがありそうだ。
「ちょっと値段の予想が付きませんね……。これだけの大きさだと冒険者ギルドですぐに売るってわけにもいかないんじゃないですか」
ヘイリーさんの発言から、これは普通のものではないということがわかる。
「恐らく、王国が買い取ることになるだろう。この大きさのものを市井に放出できないし、騎士団の沽券にも関わる。レア殿には手間をかけるが王へ謁見してもらうことになるのではないかと思う」
それまで黙っていたケイトが発言する。
彼女はそこまで怪我が酷くはなかったし休んだことで回復したのかもしれない。
だいぶ顔色が良くなっていた。
若いけどこういう政治的なことに詳しいんだろうか。
しかし、謁見か、師匠はもともと高位の冒険者なのかもしれないがこれはなかなか無いことなのではないかと思う。
貴族でもない人間がそうそう許されることではないはずだ。
いつのまにかちょっとした英雄譚になっている。
金勘定と政治の話をしているうちにカイルがアロガ・ベアの死体を上手く地下に処理してくれていた。
土はよく固められているし流れた血は勾配で溝に溜まるようになっている。
これなら虫とかに食われずに済むだろう、こんなの食える虫が居るのか疑問だが。
あとは蓋をすれば完璧だ。
窒素充填をして腐敗を防いでもいいのだが、掘り起こすときに酸欠事故を起こすとよくないので止めておくことにした。
あとでわかるようにしっかりと目印をつけてっと。
一連の魔術にライルとケイトは驚きっぱなしだ。
克技館の人間はこれまでで慣れてしまったのでちょっと嬉しいな。
やったのはカイルだが。
森からの脱出に問題は無かった。
道中、小型で草食の魔物くらいしか遭遇しなかったので無視して進んだ。
むしろそれからの方が面倒だったくらいだ。
応急処置は済んでいるがライルの怪我は浅くない。
近くの農場で人を呼んでもらって対応している間にちょっとした騒ぎになってしまった。
自分の家のとなりで武装した人間が大けがして帰ってきたら不安になるよな。
魔物の討伐が済んでいること等を説明していると、呼んでもらっていた騎士団の人間がやってきてまた説明を繰り返すことになる。
気苦労が多い。
幸い、ライル達の上司は真摯に話を聞き、仇を討ったというところでは頭を下げて感謝の意を示してくれた。
最後に魔法石を渡した時には「必ずやあなた達の貢献に報いよう。この剣に誓って」と宣誓までしてくれた。
騎士って本当にこういうことするんだな。
そりゃあ、子どもが憧れるわ。
そうしてクタクタで家路についたのであった。
なお、この後に帰りが遅かったことを心配したリーデルじいさんとユンさんを相手に同様の説明を繰り返して騒ぎになるという展開が待っていたのだが。
家に帰っても遠足は続く……。
なんだかこういうこと多くない?
魔術師は弱い。
今回の訓練の感想である。
別に魔術院の存在意義を全否定しているわけではなくて、同じ時間訓練した剣士と魔術師が相対したとき、魔術師の分は悪いと思うのだ。
実際に、この世界では魔術師は戦力としてではなく技術者として重宝されている。
限られた人員を戦いで減らすわけにはいかないというのもあるが。
俺は今まで魔術については研究と研鑽を重ねてきた。
前世になかった技術なので面白かったというのもあるし、俺が持っている知識と相性が良かったというのもある。
研究を重ねれば多くの問題を解決できると今でも思っている。
ただ、魔術を過信してはいけないのだ。
森で多くの魔物に囲まれたとき、旅の途中で理不尽な悪意に晒されたとき。
この世界で生きるには戦い抜く前提の技術が別に必要なのだと、そう気が付いた。
「魔術戦闘を研究したい?」
「そうです。剣の修練は今まで通り積むつもりですが、俺の場合それだけではだめだと感じまして」
「……そうですね。あなたにはあなたの戦い方が必要なように思います。持ちうる力を使いこなす戦い方は克技館の考え方とも一致します。しかし、ここではその本質を教えられる人間がいません」
「構いません。基本的には剣を軸にするつもりですし、俺自身が研究します。研究は嫌いではないですから。戦う場所を借りたいんです」
「いいでしょう。必要なことがあったら言ってください。出来ることは手伝いましょう。ある程度形が出来上がれば、あなたが魔術戦闘の師範代です」
なんか責任重大なことを言われてしまった。
確かにあんまり魔術で攻撃するひと居ないもんな。
逆に対魔術師戦を経験できるのはこの道場の強みになるかもしれない。
「そうなれるように研鑽します」
「励んで下さい」
いつも凛とした表情の師匠が微笑んだ気がする。
すぐにいつもの表情に戻ってしまったがいいものを見たな。
武術を軸にした戦いはこのまま修練を続けるつもりだ。
体が育っていない今はまだ十全なとはいかないだろうが、オド循環を組み合わせればそこそこ戦えるようになると思う。
今でも戦えているルイズは例外だ……。
では課題は何かというと、そこそこではダメな相手との戦い方だ。
例えば数が多い時。
森の中でフォレストウルフに囲まれた時のことを思い出す。
あの時は味方の数が多かったので対応できた。
師匠もいたし。
数を集めるのは有効だろう。
いつも徒党を組んで歩くわけにはいかないが、カイルとルイズは身近にいることが多い。
二人とのコンビネーションを詰めるのは有りだな。
一人の場合は逃亡する技術を押さえておきたいな。
からめ手を使う悪人に囲まれるとか、数が揃ってないとどうしようもない。
相手はだいたいどうしようもない状況にこちらを追い込んでくるだろうし。
ちょっと方向性が見えてきた。
まずはコンビネーションと逃亡で色々と試してみよう。
「というわけで共同戦闘の訓練を行う!」
観客はいつものカイルとルイズだ。
ふたりとも真面目な顔で頷いている。
今回の戦闘では二人も思うところがあったみたいだしな。
ちなみに場所はおなじみ克技館の修練場なので、バンさんとかも面白そうに後ろで見物している。
自分の修練しなよ。
「いくつか考えてきたが、まずはルイズが前衛の戦い方を基本にして練習したいと思う」
女の子を前に出すというのはちょっと情けないのだが、どう考えても今できるベストのフォーメーションなのだ。
ルイズの強さは他の弟子も知っているので馬鹿にされたりはしない。
みんな戦い方には真摯だ。
この考え方の骨子にはアロガ・ベアとの戦いがある。
師匠が敵を押さえてくれたから。
こちらは安定して援護ができた。
援護によって師匠は攻めに転じることができた。
アロガ・ベアは動けなくなり、最初は使えなかった落とし穴作戦が成功した、とこんな感じの段階的な攻め方をあらかじめ決めておきたいのだ。
勝ちパターンというやつだろうか。
「この戦い方はすべてルイズが時間を稼いで俺たちが後ろ、あるいは横で援護する体勢をつくることになる。ルイズは無理に相手を倒すのではなく、複数の相手でも時間を稼げる立ち回りを練習して欲しい。バンさんたち、暇ならルイズの相手をして下さい。一度に襲い掛かる感じで」
バンさんたちも数的優位を活かす訓練になるだろう。
「俺たちもやるのか?」
「師匠の許可はとってあります。バンさんたちだって良い練習になるでしょう」
「ルイズが時間を稼げば俺たちが必ず隙をつくる。大切なのはお互いが信用しあうことだ。じゃあ、行っておいで」
真面目にコクコクと頷いたルイズが訓練に赴く。
なんていうかこういうときのルイズの真面目な顔は可愛い。
さて、女の子だけを窮地に送るわけにはいかない。
俺たちの戦いを始めねば。
そうして俺はカイルと相手の体勢を崩す小技の練習を始めるのだった。
情けなくても頑張らねばなるまい。
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